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何だ今の人!?
−と言うのが、その時に、率直に思った事だった…と、知人は言います。
初めて、父の郷里のおばあちゃんちに行った時のこと、昼下がりに一人で「裏の部屋」に居た時、目の前を
見知らぬ老婆がスーッと通っていった―と言うのが、今回彼が私に語ってくれた体験談です。
その老婆は、壁から現われ、彼を一顧だにせず、そのまま反対側の壁に消えたそうです。
彼のおばあちゃんちは、昔に商売で成功した素封家であり、それ故広くて、古い。表の方、つまり、玄関がある方
には居間や台所や、風呂場や仏間やちょっとした宴会が開けるほどの座敷があり、中庭を隔てて渡り廊下があ
って、「裏の部屋」がある。一言に「裏の部屋」と言っても、10畳ほどの座敷が3部屋ほど並んでいたそうで、それ
ぞれを隔てる襖を開けると、かなりの広さになる。その時はその襖を開け広げていたので、実際広い大座敷を、
その老婆はスススと滑るように壁から壁へと渡っていったそうです。
彼は当時小学校の低学年ではありましたが、昼寝の起き抜けで寝ぼけていた訳でもなく、ライダーごっこを一人
で楽しんでいる最中で、寝ぼけるどころか、息を弾ませつつ、想像上の怪人に何発目かのライダーキックをかま
している所だったそうです。都心の団地住まいでは、ちょっとドタバタすると下の階から文句が来るので、両親か
らはいつもいつも、こら静かにしろ静かにしなさいと言われ続けていたので、家の中で暴れまわっても怒られない
おばあちゃんちを、彼は既に大いに気に入っていたようです。
お父さんは若い頃、田舎の暮らしが嫌で東京に飛び出して、最近やっとおばあちゃんと仲直りしたから、彼もお
ばあちゃんちに来る事ができた…と言う様な事情を、子供なりに理解していた彼も、初対面だと思っていた祖母
が、自分が生まれた時には自分の顔を見るために上京してくれていた事は、知ったばかりでした。
白昼の事だったからかもしれません。目の当たりにした現象をさして怖いとも思わず、と言うより、怖く感じる前に
渡り廊下を表の方に走って行き、昼餉の片づけをしていた祖母に、ねーねーおばあちゃん、今ね、裏に知らない
おばあちゃんが通ってったよ、壁から出てきて、スーって、壁に入ってったよ、と報告したそうです。彼にとって
は、めずらしいモノを見たので、やや自慢げな気分もあり、そして、いつもはんなりと落ち着いている祖母の驚く
顔が見かったのかもしれません。
あー、その人は、隣のばあちゃんやねぇ、と、いつもの通りはんなりと、おばあちゃんは言ったそうです。
おととし亡くなったんやけど。
ほら、あっちにそのばあちゃんのお墓があってな、お墓から家に行く時、うちを通るンよ。
と、事も無げに、おばちゃんが指で示したのはまさに、老婆が出てきて、消えていった方向だったそうです。
そのあとおばあちゃんは、中庭の井戸で冷やしたスイカを切ってくれて、一緒に中庭の庭石に腰掛けて食べ、
その時心地よく響いていた、草深い野山を渡ってきた風が鳴らす、ちりんちりんと涼しげな風鈴の音が、今でも
彼の耳の奥に残っているそうです。
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2012年03月25日
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