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北条政子さんのお墓です。
なんか、オーブっぽいのが写ってますが…。
政子さん、歓迎してくれてるのか、いないのか。
大庭景親の子孫(半信半疑)の私TOを歓迎する訳はないか…。
しかし、日本史上有数の女傑の墓にしては、案内板などのデコレーションもなく、
「北条政子の墓」と手書きされた看板がぞんざいに置かれてるだけ。
一杯飲み屋の短冊の方がよっぽど丁寧なくらい。
しかしこのキッチュさがまた、鎌倉の史跡のいいところ。
鎌倉を歩くと、青年団が建てた石碑があちこちにあり、ここはだれそれの館、ここはこういう場所、
と教えてくれますが、あれは、どこもかしこもあまりにもぞんざいなので、見るに見かねて
やってくれたのではないかと思ったりします。
そんな事はどうでもいいとして、北条政子さん。
尼将軍・鬼嫁と、コワくて強い女性のイメージが強いようです。
歴史ドラマでも、政子役を演じるのは「強い女」系の女優さんが多いようにも思います。
ちなみに、私にとって政子さんのイメージは、大河ドラマ「草燃ゆる」の岩下志麻さんです。
子供の頃はそんなに大河ドラマなんか見てなかったんですが、あれだけは欠かさず見てたような
記憶があります。(蛇足ですが、と言う訳で、佐殿と言えば石坂浩二さん。)
(よしたかさま〜by斉藤こず恵)
考えたら、歴史ど素人の癖に「鎌怨」なんてのを始めたのも、単に鎌倉に馴染みがあるだけでなく、
あのドラマの影響が多分にあるような気がしないでもありません。
そんなこんなで、私TO、政子さんには惹かれるんですよね〜。
詳しくは省きますが、やる事成す事、すごく自分に正直っぽくて。それが後に謀略と言われようと。
愛する夫、頼朝さんが築いた鎌倉幕府を、なりふり構わず守り抜きたかったんだろうな、
と、そんな風に思える訳です。
頼朝愛人の家を叩き壊させたりするのは男にとってはゾッとしますが、
慈愛に満ちた言動を見せる事もしばしばだし。
そして、すぐ並びにある、実朝くんのお墓。
こちらは、オーブだけでなく、ヘンな白いモヤが…。
実朝くん、ご存知のように、お兄さんの息子に暗殺されちゃいますが、
これまた結構好きなんですよね〜。
母親とおじいさんに実権を握られつつも、ちょっとづつ反抗した感じで。
それでいて、若いくせに全てを悟ったように生き、そして死んでいった…ような気がしたり。
(「草燃ゆる」ではウルトラマンタロウこと篠田三郎さんが演じてたので、すごく親しみがありましたっけ。
ちなみに、三浦義村は仮面ライダー1号の藤岡弘さん、畠山重忠はウルトラセブンの森次晃嗣さんでした。)
そして、激動の人生を歩んだお二人が眠る寿福寺には、秋の午後の日差しが柔らかく降り注いで
いるのでした…。
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2014年10月11日
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ずっとほっぽらかしてた癖に一度始めると続いてしまう当ブログの癖。
ご興味のない方、じき飽きますので今しばらくのお付き合いを頂ければ…。
と言う訳で、寿福寺にも立ち寄ったので、ついでに。
政子さんと実朝くんの記事が畠山とか梶原のついでとはアレなんですが、仕方がない。
私TO、マイナー好きなんで。
さて、平日にもかかわらず大勢の観光客や遠足修学旅行の学童学生で賑わう
小町通りから、横須賀線の線路一本渡るだけで、静寂感あふれる落ち着いた空気になります。
そんな中に佇む古刹が寿福寺です。
(↓)総門
鎌倉五山第三位。開基は北条政子、開山は栄西。
栄西は言わずと知れた臨済宗の開祖です。
鎌倉的にはむちゃむちゃ格の高い由緒ただしいお寺さんです。
(ちなみに、開基とは創立者いうなればスポンサー的な人、開山は初代住職の事です。)
正治2(1200)年、前の年に亡くなった頼朝さんの菩提を弔うために創建したと伝えられております。
もともとこの地は、源範義が奥州征伐の戦勝祈願をし、頼朝の父義朝の居館があったという
父祖伝来の地だそうで、政子さんにとっても特別な場所だったのです。
とは言え、麗美さはなく、鎌倉の寺らしく全く質素。
総門から本堂へ向かう参道には、心地よく静かに秋の風がそよぐ。
本堂。門が閉ざされ入れない…。
本堂の裏手にまわります。
本堂裏の墓地の奥に、政子さんと実朝くんのお墓があるそうな。
寿福寺の墓地には、陸奥宗光さんとか大仏次郎さんとか、高浜虚子さんら、そうそうたるメンバーが
永眠しておりますが、失礼ながら今回は割愛させて頂きます。
あそこかな?
それっぽいやぐら群があります。
近くば寄って目にも見よ。
―お。やっぱり北条政子さんのお墓でした。
…と、言うところで、画像の容量が不足したとかでこれ以上写真を載せられなくなりました。
(続く…)
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