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今日は天気が良かったですからね〜。
 
ここのところ出かけがちな私TO、また鎌倉に行っちゃいました。
 
本日向かうは、鎌倉の隠れ里と云われる、佐助ガ谷界隈です。
 
 
隠れ里、と言うと、平家の落人が…的なイメージのある私TOですが、頼朝さんのお膝元にそんな
 
もんがある訳もないです。
 
 
源平以前から、もちろん全国あちこちに”隠れ里”と云われる村落はあった訳で、そこにはあまり世間と
 
関わりたくない人々―例えば祈祷師、例えば修験者、例えばUFOコンタクティー(いねえよ)、
 
また、生業の都合で人里離れた山中に住む人々、例えば木樵や猟師、木地師(木工品を造る職人)
 
などなど、味のある人々が ”隠れ里” に住んでいたようです。
 


 
佐助ガ谷。”さすけがたに”、ではなく、”さすけがやつ”。
 
鎌倉では谷を”やつ”と読みます。
 
 
ですから、私TOなんて、昔、織田(*゚∀゚*)裕二主演のドラマのタイトルを聞いて、
 
振り返れば谷がいる」だと勘違いし、振り返ったら谷啓がいたのかそれとも谷隼人だったのか、
 
もしかしてチンペイ!? と、訝ったものです。何故なら、私TOにとって彼らは半分”やつけい”であり、
 
”やつはやと”であり、”やつむらしんじ”だったからです。
 
これは、反町隆史が出始めの頃、”たんまちたかし”だと思っていたり、大前あつみ&サザンクロスの
 
「星の河」を聴くと、ついつい相鉄線の星川を思い出したりする、いわゆる、ご当地思い込みであり…
 
 
そんなこたぁどうでもいいですね。
 
すみません。
 

 
さて、その昔の隠れ里と云っても、現在は、鎌倉市役所にも近く、高級…と言うより、
 
上品な住宅街となっております。
 
 
遠足修学旅行の学童学生は時期柄いいとして、平日にもかかわらず、陽気に誘われた
 
暇なじじばばばおっさんおばはん、酔狂な若いカップルなどなどが、今日など大勢、
 
上品住宅街の狭い道を歩いております。(人のこと言えるか!!)
 
 
殆どの人の目的地は、銭洗弁天でしょう。
 
洗うと金が増えると、そんな都合が良すぎつつも有難い弁天窟が、
 
佐助界隈のメイン観光スポットですから。
 
 
そんな中、銭洗弁天ロードから左に折れる人はそうは多くない内の一人が私TO。
 
佐助稲荷に向かいます。
 
 
イメージ 1
 
 隠れ里っぽくは全くない住宅街の脇どん突きに至ると、空気は一変。
 
この、空気一変感が、鎌倉散歩の醍醐味っちゃぁ醍醐味です。
 
イメージ 2
 
佐助稲荷です。
 
この子の七つのお祝いに的な、赤鳥居がずらりずらずらと並ぶ参道。
 
こっからは山の中。
 
のたりのたりと、階段を登っていきます。
 
圧し迫るような、赤い鳥居と赤い陣旗。
 
イメージ 3
 
真夜中に来たら、迫力ありそうです。(来ませんよ、はねるさんとかには言っとくけど。)
 
 
しかし、こう同じもんが沢山寄り集まっていると、恐怖感を感じるのは何故なんでしょうか。
 
子供の頃、草野球してて、夕暮れ時に小さい羽虫が頭の上に群れ飛んでる時しかり、
 
流行らないキ○バで、待ちのネエチャンたちが一つのブースに群れてる時しかり、
 
赤い鳥居しかり、赤い陣旗しかり。
 
(って、赤い陣旗は平氏の旗では??? お稲荷さんだからいいのか???)
 
 
イメージ 4
 
参道にはお狐様。
 
体力のない私TO、やや息を上げつつ拝殿に登り着きました。
 
イメージ 5
 
佐助稲荷の由来ですが、実は、いつからあるのかは良く判りません。
 
判りませんが、隠れ里には伝説がつきもので、ここにも伝説が多くあるようです。
 
有名なところでは、頼朝さんが伊豆にいる時に、こんな事があったそうです。
 
 
頼朝 「うーん、うーん、具合悪くて寝込んでるんだけど、熱が下がらないなぁ…(説明的)」
 
ミスターX 「おばんです。」
 
頼朝 「わ?誰すか、おじいさん???」
 
ミスターX 「病気はね、これこれこの薬草を煎じて飲めば治る!! ―♪たぶん治ると思う。
 
治るんじゃないかな? ―まちょと覚悟はしておけ。
 
…で、もし治ったら、平氏討伐の兵を挙げなさい。手伝ってあげるから。」
 
頼朝 「だ・か・ら、♪その手を離して…じゃなくて、だから、そんな自信なげに言われても
 
ハイそうですかとわかりました…とは言いにくいんだけど、だから、おじいさん、あんた誰?」
 
ミスターX 「わし? わしは、隠れ里の稲荷だよーん」 
 
 
と、そんな夢を三晩続けて見た頼朝さん。 
 
勇気づけられた(?)頼朝さんは、その後挙兵し…と言うのがその伝説。
 
 
(しかしたぶん、あんまりやりたくなかった挙兵を、どいつもこいつもやれやれと言うし、
 
こないだはヘンな坊さんが、「あんたのお父さんの頭蓋骨だ、これ見てアンタ何も感じないのか
 
いや感じるだろう!? ♪僕の髪が肩まで伸びたら挙兵しようよ挙兵挙兵」とガイコツ片手に
 
騒いで帰ってたし、いい加減うっるせえよ、となってるところに、夢の中の見も知らずのジジイにまで
 
言われたかねぇよ!!  ―と思ったんじゃないかな頼朝さん、と言うのが私TOの史観ですが、そんな事も
 
どうでもいい。)
 
 
念願叶ったのかどうかは微妙だが、兎も角鎌倉に拠点を築いた頼朝さんは、配下に命じて件の
 
稲荷を探させて見つけたのが、いかにも隠れ里っぽい人達が住む山ん中の小さな祠。
 
ああ、これこれ、これでいいや、これにしとこうと(TO史観)、再興したのがこの佐助稲荷です。  
 
 
ちなみに、その普請を命ぜられたのは、こないだ記事にした畠山重忠さんでした。
 
重忠さんのことだから、無茶苦茶律儀に仕事にあたったであろう事は、想像に難くありません。
 
 
(↓)本殿。
イメージ 6
 
と言う訳で、頼朝さんは、官名(伊豆に流される前に朝廷から貰った位が従五位下右兵衛権)に
 
ちなんで佐殿(すけどの)と呼ばれた時期もありましたが、その佐殿を助けて天下を執らせたので、
 
佐を助けて佐助。 それがこのお稲荷さんの名前の由来だそうです。
 

 
どこでも、隠れ里、と云われるところには、何故か洞窟・泉などがつきものなのですが、これは、
 
いざとなれば潜伏する場所&生命維持に欠かせない水…と言う事なのかどうなのか知りませんが、
 
ここにもやっぱりありました。
 
イメージ 7
 
拝殿の右手に、こんこんと清水が湧く洞窟泉が。
 
霊狐泉と云うそうです。 説明札によれば、古来、麓の田畑を潤す水源だそうな。
 
賽銭は水の中に入れず、賽銭箱に入れてくれとも書かれていました。
 
こうでもしないと、銭洗から流れてきた観光客が、同じノリでポンポン小銭を投げるんでしょうね〜。
 
 
イメージ 8
 
いやしかし、境内を支配する、この”苔生す”感。
 
イメージ 9
 
 いいですね〜。 実にいい。 静寂感満点です。
 
イメージ 10
 

 
ところで、面白いのはここから。
 
佐を助けたのはむしろ頼朝が鎌倉殿になって以降のことかもしれませんのです。
 
 
吾妻鏡 (文治元【1185】年8月27日)には、「御霊社が地震のように鳴動し、頼朝が巫女それぞれに
 
藍摺二反を渡して収まった…」みたいな事が書かれている。
 
 
御霊社とは、坂ノ下の御霊神社のことですが、その社が鳴動する?
 
で、巫女たちに大変貴重な藍摺を二反づつも渡す? 
 
今で言うと、超高級ブランドの服を2着ずつ買ってあげるみたいなもん。
 
 
頼朝さんが、何でこんな大盤振る舞いをしたかのか?
 
イメージ 11
 「かんけーないね…」と呟いているようなお狐様。
 
 
 
(続く)
 
 

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