今日は朝方天気が良かったので、上まで登ることにした。階下のレストランで朝食。スイスはどこに行ってもパンとコーヒーの朝食だ。朝シャンをして宿を出る。 駅前で例の兄ちゃんに会った。彼はユースのババァに「今日登らないと、明日は天気が悪い」と言われて上まで行く事にしたらしい。2両編成の電車に乗り、クライネシャイデック。そこから登山電車に乗り換えてヨッホまで登る。ホリデーCでSfr.72,2。途中、アイガー北壁に開けられた窓から外を眺める事が出来た。やっぱ、ここを登るというのはとんでもない事だ。 頂上に着くとさすがに寒い。それにこの人ゴミ。氷の宮殿も人ばかりでゆっくり見られない。仕方ないので、外に出て雪の上を歩く。ユングフラウを背に、だだっぴろい雪原が広がり、その下には青白い氷河がクレバスをところどころに開けて、はるか彼方まで流れている。 登山者も大勢いた。アイガーとかユングフラウに登るのだろうか。この頃になると空が曇り雪もちらつきはじめた。 建物に戻りセルフでメシを食う。しばらく大阪弁の兄ちゃんと談笑した後、スフィンクス展望台へ行く。ツアーの軍団は帰ったらしく、ずいぶん空いていた。エレベーターで一気に100m以上昇り、展望台へ。さっき歩いた雪原や氷河がはるか足元に望める。ユングフラウは、背後にどんより黒い雪雲を背負っている。 不意に、スイス空軍のF−5が二機、アイガーと展望台の間を轟音を響かせて飛びぬけて行った。目線とほとんど同高度で飛ぶ戦闘機を見たのはもちろん初めてだ。あっという間に氷河を飛び越え、山あいに消えて行ってしまった。 そこでしばらく時間をつぶし、駅へ。電車の中で待っていると、ジャカルタ人(と言っていた)のおじさんとスイス人(らしい)夫婦と言う妙な取り合わせの旅行者が話しかけてきた。一緒に写真を撮る。日本の住所を教えろと言うので、たぶん後で送ってくれるのだろう。 ゴトゴトのんびり登山電車でアイガーの腹の中を下る。ずっと寝ていた。結局、グリンデルワルトに帰ってきた時は7時をまわっていた。あたりは真っ暗。店も軒並み閉まっている。なんかしらんが、日本人しか歩いていない。宿に帰ってビールを一杯やって、パンを食って、あとはシャワーを浴びて寝るだけ。けっこう疲れた。カゼもあまり良くならない。ここに泊まっている間になんとか直さなくては。 P.S 大阪弁の兄ちゃんとは、ツェルマットでの再会を約束して別れた。会えたらいいが。 Alpen BLICK15号室の床に寝っころがりながら。8:37PM クライネシャイデックの登山電車は、一生のうち一度乗っておいても損ではありません。あのアイガー北 壁を真下から見上げる車窓は、特筆モノです。また、アイガー北壁に開いた覗き窓から見下ろす風景は、 世界絶景トップ10に入るかも。しかし、標高差があるので、麓で一泊して高度順化した方が良いかもしれ ません。実際、水島は行きの電車で軽い高山病に罹り頭痛を訴えておりました。 ちなみに、アイガー北壁がどんな所かは、「北壁の死闘」(ボブ・ラングレー)を読むと良く判ります。
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昔の日記
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大阪弁の彼は一日延泊して湖を周遊するらしい。俺らは電車でグリンデルワルトへ。インターラーケンから約1時間で着いた。この間、ホリデーC(*1)でタダ。 i(*2)で宿をとって貰う。一泊60〜70で三泊したいと言ったら、Alpen Blickと言うのをとってくれた。宿に荷物を置いて、駅前のハンバーガー・ショップで昼食。ウェイトレスの女の子が、可愛くて親切だった。 リフトでフィレストまで登る。ホリデーCでSFr13.6。ヨーロッパ最長と言う触れ込みのリフトで、アイガーの壁を望みながら登る。連なる4,000m級の山々の峰を眺め、氷河は淡い水色で谷間を流れている。頂上に着くと、そこはなだらかな起伏の草原だった。 iで買った地図を頼りに、カールの底へ抜けるハイキング・コースを下る。 途中の小川のせせらぎをすくい、紅茶を淹れてのんびりとティー・タイムとしゃれこむ。 眺めおろすカールの底にはグリンデルワルトの村。その向こうにはアイガー北壁。 ―この壮大な遠近感は何なんだ!! 稜線を歩くハイカーはまるで宙を歩くように見える。 草原の道をしばらく行くと、樹林帯に入った。途中の山小屋で山々をみながらコーラを飲む。 オレンジ色のパラシュートがゆっくりと村にむけて降りていく。そのパラシュートが着地した頃、俺らも出発。木陰の道を30分も歩くと、グリンデルワルトに着いた。 COOPで買出しして、宿に戻る。シャワーを浴びた後、テラスでビール。アイガーを眺めながら。 青かった空が、だんだんと群青になっていくのにつきあっているのか、白と灰色だったアイガー北壁は、桃色に染まっていた。アイガー北壁は、女なんだと確信した。 ジョッキが空くと、宿のネーちゃんが愛想良く注文を取りに来る。2杯目を空けてしばらくすると、ドイツ人のおっさんが来た。3人でビールを飲みながら話す。ドイツ語は全く解らないが、なんとなく通じて寒いながら楽しいひと時を過ごす。彼はドイツ軍の兵士。一杯飲んだ後、夜の街に突撃して行った。 しかし、カゼが本格化し、腹具合も良くない。今日はふかふかのベッドでゆっくり休もう。 水島はもう寝てしまった。明日、天気さえ良ければヨッホまで行く。 HOTEL ALPEN BLICK 15号室にて。 (*1)ホリデー・カード。何度か出てきましたが、解説が遅くなりました。スイス国内の鉄道他の交通機関が一定期間乗り放題(もしくは割引)になるパスです。私が買ったのは、一ヶ月パスだったと思います。日本で買えます。 (*2)インフォメーション(=旅行案内所)の勝手な略。ヨーロッパ各国、ちょっとした街の駅前にほぼ必ずあり、世界各国から呼んでもないのに押し寄せてくる(主に貧乏)旅行者相手に様々な情報を提供し、便宜を図ってくれる、有り難い存在です。これなくしては、貧乏旅行者はお手上げになり、はっきり言って「地球の迷い方(*3)」の数百倍は役に立ちました。副次的効果として、貧乏旅行者同士の情報交換の場としても機能していました。 (*3)正式名称『地球の歩き方』。今や単なる海外旅行ガイドブックと化していますが、当時は貧乏旅行者向けの、貴重で、思わずそこに行って見たくなる、しかし主観的で不正確で傍迷惑な情報が満載の、魅力が溢れすぎていた本でした。別名『地球の這いずり方』。 蛇足ながら、対抗馬として、『自由自在』がありましたが、こちらは当時にして、かなり真っ当だった印象があります。なのに何故か我々は、この『地球のトンでもない目にあい方』を愛用していたのです。 しかし、このアルペン・ブリックと言う宿は、最高でした。 家族でやっているらしいのですが、アットホームで、オネーチャン(と言っても当時の私と同い年位)は ブロンド美人で優しいし、料理は美味いし、お布団フカフカだし。 最大のおまけに、目の前アイガーだし。 駅から若干遠いのが欠点でもあり、良点でもあります。
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朝、あんまり天気が良かったのでインターラーケンに向かう事にした。 YHで知り合った人と3人で出発。朝食後は、彼とバイク談義に花が咲いた。 ルツェルンからインターラーケンに通じる線路はモロにローカル線で、湖や岩山などが次から次へと現れては消えた。線路際ではカウベルをつけた牛がのんびり草を食んでいる。いつものスイスの景色だ。停車する駅はみな小さな一軒屋のようなもので、全然駅らしくない。乗ってくる人は地元の人も多く、近所の山にハイキングに行くといった風情が多かった。犬を連れて乗る人も多い。犬はみな利口でおとなしく、ペットに対する接し方は日本とはずいぶん違う様だ。犬も一人前に切符を買って乗る様だ。 谷あいの村、湖のほとりの村を縫いながら約2時間でインターラーケンに着いた。Ost駅で両替。手数料はとられなかった。駅前には何もない。仕方なく西駅の方に歩いていると途中にレストランがあったのでチーズフォンデュを食う。が、あれは、あまり昼間から食うもんじゃない。ワインがきつく、ホロ酔い気分になった。 バス停の脇の草原から、ユングフラウの峰が見えた。山あいの向こうにそびえ立つユングフラウはそこだけ雪をかぶり白く輝いていた。 YHに行って、開くのを待つ間、湖で遊ぶ。さすがに水は冷たい。YHの前でも牛が草を食っていた。まだ時間があるので、西駅まで行く。東駅との間から急激に街がはじまり、いかにも観光地というたたずまいだった。日本語の解説をウインドウに出す店もあった。道には観光馬車がコトコト走っている。 バスでYHに戻りチェックイン。受付のオバチャンの愛想は良くない。一応、英語をしゃべるが何を言っているのかわからない。設備もあまり良くないが、夕食込みで16.5SFrと安い。しかし、シャワーの数が少なく、いつも人が浴びているのがつらい。景色はいいので、夕日に染まり徐々に暗くなっていく山々が望めた。夜中には、満天の星空が楽しめそうだ。 水島はバイク整備の講義をしている。明日は早くなりそうだ。グリンデルワルトで宿をとる予定。ユングフラウへは明後日になりそうだ。天気がもつ事を祈る。 インターラーケンYHのロビーにて。20:05。 P.S 鼻は出る、ノドは痛いクシャミは出るでカゼ気味。今日は良く寝る。 ベルンに行くつもりが、好天に誘われて山の方へ行っちゃった様です。お気楽なのが、今となっては羨ま しく思えます。金と計画性は無いにしても、時間と好奇心はありました。 ちなみに、当時の1SFr(スイスフラン)は≒100円でした。高物価のスイスで、いかにYHが安かったか。 多少愛想が悪かろうが、多少ボロっちかろうが、文句を言わずに泊まるのが筋と言うモノです。
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(夏時間は終わり、この日から時計は1時間遅れる。) 朝起きると、空はどんより曇っていた。雨は降りそうにないので予定通りPilatus(ピラトス)山へ行く。駅前の遊覧船乗り場から船に乗る。エメラルド・グリーンの湖面を、いくつかの湖畔の街を経由しながら約1時間でAlpamachstad着。(乗船した時、知らずに1st classのデッキに上がってしまい、検札しに来たケビン・シュワンツに似た兄ちゃんに''金払うか、下に降りるかしてくれ''といわれてしまった) 船窓から見る風景は、繊細さと野性味をたくみに組み合わせた様な、美しいものだ。ここでも点在する「人工物」が風景を引き締めている。船内で後にいた家族連れのガキ(''パスカル君''と呼ばれていた)がなついてきた。外人のガキもなかなかにかわいい。 Alpamachstadから急角度の登山電車で山頂へ向かう。森林限界を超えると目の下にゴーカイなカールとルツェルン湖、はるか彼方にはベルナーオーバーランドの山々がそびえ立っていた。 それにしても、こっちの観光客は陽気だ。いい景色が見えると口々に''ウォー''だの''ヒュー''だのと叫んでいる。 約20分で山頂。ふもとから登ってきたらしい登山者も大勢いた。電車とロープウェイの建物(その中には、ホテルやレストランがある)さえなければ、北アあたりに似たフンイキがある。遊歩道を歩き、景観を楽しむ。さすがに寒い。なんせ2,000mを超える高さだ。セルフで昼食の後、また少し散策してロープウェイに乗る。眼下には巨大なカールが広がり、ふもとの森のむこうにはルツェルンの街がこぢんまりと広がっている。途中で小さなゴンドラに乗りかえ、下界へと下る。針葉樹林をかすめながら、約30分程で到着。ずっと寝ていた。 トロリーバスで駅前に戻り、旧市街をうろつく。中世風の街並。ショーウインドウはどれもきれいにディスプレイされていたが、みな閉まっていた。日曜日は定休なのだろうか。 湖から流れるロイス川沿いに広がった街は、こぢんまりとしている。川に架かる木造の橋には屋根がついていて、宗教画風の絵がいくつも掲げてある。端から順に見ていくと一つの物語になっているらしいが、ドイツ語なので全くわからない。下流の橋(シュプロイヤー橋)の方は、不気味なドクロ貴族達がどうやら人間ともめているような話らしい。約100枚以上もあるだろうか。これらの絵は皆異様な不気味さと荘厳さをもっている。上流の橋(これが有名なカペル橋)は多少明るくなっているが、首のない人間の絵や、首と胴のはなれたガイコツを安置し、祈りをささげる人達の絵などがあった。(たぶん、キリスト教の僧侶の受難の話と、スイス独立の戦いの物語らしい。) 橋詰の広場で、大道芸人が芸を見せていた。何を言っているのかはわからないが、何をやっているのかはわかる。30分ばかり、橋の上からタダ見させてもらった。 しかし、この街はヘンな街だ。街のあちこちに訳のわからん彫刻や噴水がある。橋の不気味な絵物語もそうだ。シュプロイヤー橋から来る道にあった人形の店のショーウインドウには超リアルな子供の人形や涙を流したピエロの人形、きわめつけは魔女(?)のあやつり人形が飾ってあった。人形達は皆うつろな目をしていた。 この街を歩いていると、何か異次元にきてしまった様な錯覚におちいりそうになる。 ピラトス山のゴツゴツした岩肌も''魔の山''のような感じがある。湖が美しいだけに、その悪魔的な姿が一層引き立つようだ。 街の北部にはロイス川と街をはさみこむような形で、ムーゼク城壁が伸びている。森の上から、その見張り棟が湖と街をむっつりと見下ろしていた。 バスで街並みを抜け、YHに戻る。朝出る時シーツを返してしまったが、フロントの兄ちゃんが快くまた貸してくれた。夕食は昨夜よりゴーカになった。夕食をとっていると、地球の歩き方を持った日本人の兄ちゃんが入ってきた。若い日本人は十中八九この本を持っている。昨夜話し込んだスイス人の兄ちゃんは今日は見当たらない。(日本の人口・物価・家の価格・京都や奈良の事・色々話した。''東京で4部屋のマンションを借りたら月いくらだ?ときくので、''30万円''と言うと、心底驚いていた。片言の英語でも何とかコミュニケーションできた。''日本で9年間、英語を習ったが、みての通りうまくしゃべれない''と言うと''enough!''と言ってくれた。) 明日はベルンに行く予定。ここんとこ予算オーバー気味なので、しめてかからなければ。 YHのロビーにて。20:53 多少、旅慣れた気になって、イッチョ前に観光を始めた様です。 ちなみに、文中の「カペル橋」ですが、 1993年に火事で絵もろとも焼けてしまいました。 それは、日本では小さな小さなニュースとして報道されましたが、私にとってはえらくショックでした。 この橋はルツェルンの象徴とも言えるものなので、すぐ再建されたそうですが、あの味が出るにはあと 2〜300年かかるのではないかと思います。写真がアップできないのが残念でなりません…。 この橋を含めて、ルツェルンは、独特の存在感をもって私の想い出に残っています。 綺麗で、落ち着いていて、和やかで、親切で…しかし、何かケツの座りが悪い。そんな感じでした。 ―蛇足ですが、都内のマンション月30万円…バブルですねぇ…。
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昨夜はぐっすりと眠れた。だいぶ疲れもとれたが、朝少し頭痛がしたのでバファリンを飲む。 朝食はパンにコーヒーという本当に軽いものだった。 午前中はチューリッヒの街をうろつく。道ばたにゴミ一つ落ちていないといった感じで非常にキレイな街だ。アーミー・ショップにはルガーP08とシグが置いてあった。 バーンホフ通りをチューリッヒ湖に向かって歩く。チューリッヒはスイスでも最大の都市だが、近代的な高層ビルなど一つもなく、重厚な大時計を持つ図書館や、教会があちこちにある、とても落ち着いたたたずまいをみせている。道ゆく人々も適度におしゃれでカッコイイ。 チューリッヒ湖畔の公園ではノミの市がたっていた。様々な人たちが様々な物をもちよって店をひろげている。ひやかしの買い物客も多数いて道をうめていたが、ローマの喧騒とは全く違った落ち着きと和やかさがあった。 駅のPTTで家に電話し、セルフで昼食。ハンバーガーとスプライト。ハンバーガーには山ほどポテトがついていたが、やはり高い。しかしハンバーグの味はなかなか。 14:01発(のはずだったが、実際に出たのは20分近く)の列車でルツェルンへ。車窓にはのんびりとした田園風景が広がる。広々とした中にかわいらしい家が散在し、休閑地では牛が草を食んでいる。所々に立っているスイスの国旗。 車販でビールを飲み、となりのオジサンがタバコをくれた。通路をへだてた席では、放浪の芸術家と旅行者らしい二人連れがビールの缶を重ねた上に紙くずをのっけて''Flower、top of the tower!!''とか言って、はしゃいでいた。 1時間弱でルツェルン着。バスに乗ってユースへ。どこで降りるか迷っていると、乗客のオバサンたちが「ユースで降りるなら、ここよ」とおしえてくれた。(もちろんドイツ語で。) スイス人はおおむね親切で明るい。あっちこっちで笑顔で対応してくれる。 ユースでは、アメリカ人らしいバックパッカーたちと相部屋。 ここのユースも小ぎれいですごしやすい。 体調も回復してきた。明日はピレウス山に登る予定。今日みたいに快晴ならいいが。 ユースのロビーにて。20:48PM ―特にツッコミ所の無い一日ですね。ちょっとずつ、慣れては来ている様です。 そう言えば、ローマでチューリッヒ行きの切符を買う時に、カウンターで「チューリッヒ!!チューリッ ヒ!!」と何度言っても、カウンターのおねいさんは「???ちゅーりっひ???どこの国デスカ〜???」と、解 ってくれない。しかし、オフィスに居た人達(10人位)は皆いいひとで、集ってきては「お前ちゅーりっ ひって知ってる?」「ちゅーりっひ???聞いた事無いなぁ。お前知ってる?」「いやぁ、どこの国だろ う」と真剣に悩んでくれました。仕方が無いので、地図を引っ張り出し、「チューリッヒ!!ここ、こ こ!!」と指し示すと、皆さん一斉に「OH!ズーリヒ!!」 その30秒後にはチケットが出て、オフィスの皆さん総出で、「券が買えてよかったね。いい旅を!!」と 見送ってくれました。(何で、このエピソードを日記に書かないかなぁ。) ―と言う訳で、外人に「チューリッヒ」と言っても全く通じないので、「ズーリヒ」と言いましょう。 (TOのワンポイント・トラベル会話)
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