昔の日記

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明け方国境を越えてスイスに入った。となりのコンパートメントの若いイタリア人のアントニオ達としゃべった。言葉がわからないので、俺と水島だけういていた。車販のイタリア人は歌いながら車内をまわっていた。
11時頃チューリッヒ着。COOPで食料をかいこみ、リマト河の河辺で昼食。しかしやはりスイスは物価が高い。ラーメン(なんとカップスターとサッポロ一番を売っていた)も日本の3倍位した。その他は日本とあまりかわらないようだ。
トラムでユースまで行きチェックイン。ここは大きなYHで、各国から若いバックパッカーが集っていた。外人は自炊でもやたら大量にメシをつくっている。オレはここんとこ食欲があまりない。ともかく今日はゆっくり寝て体力を回復しよう。

P.S ローマはうすよごれた喧騒の街で、そこに居る人々もどこかスレた感じのあるヤツばっかりだったが、チューリッヒはこざっぱりとした街並みでいかにもスイスといった感じだ。それにさすがに少し肌寒い。車も礼儀よく走っている。(ローマの車の運転はすごかった…)
生活水準は平均的に高い様だ。それにしてもまわりが外人だらけだと気疲れする…。

スイス チューリッヒのYH、410号室にて。8:00PM

何か、弱音を吐いてます。まわりが外人だらけって、自分が外人なのですが。

9/22(THU)晴

ホテルをチェックアウトした後、トランスアルピーノのカウンターで安売りを買った。ローマ→チューリッヒLit69,400。時刻表を見ると、朝列車に乗ってもチューリッヒ着が遅くなり宿探しに苦労しそうだったので、夜行に乗ることにした。半日、ローマ市内をうろついて時間をつぶす。スペイン階段で何時間かグダった。さすがに日本人観光客が多い。スペイン広場は観光客であふれ、バチカンに向かう道では老婆が折れた足をひきずって物ごいをしていた。
夕方、駅前の広場に居るとハッシッシ売りが声をかけてきた。夜が近くなると、あやしげな男達がたむろするようになる。彼らをポリスが抜き打ち検査していた。
駅でシャワーをあび、食料を買いこんで列車を待つ。10分遅れでやってきた夜行は混んでいて、しかもどの車両に乗っていいかわからず右往左往した。ようやく空いている席にすわり、おちついた。相部屋はイタリア人、ドイツ人の年配ばかりだった。片言で話すが、今一つわからない。マイッタ!
車窓には流れる光も少なく、畑と森が続いていた。疲れていたのですぐ眠りに落ちる。明日はチューリッヒ。

一読すると、ローマ市内をあちこち歩いた様に思えますが、実はこの日、殆ど一日中スペイン階段で寝て

ました。(真実の口にさえ行ってない。)南回り+ドア開きで疲れきっていたのでしょう。

到着して早々、ローマの休日ですね。(アイスは食べませんでしたが。)


今思い出したのですが、スペイン階段でグダっていると、日本人の団体さんが寄って来て、「マクドナル

ドがこの辺にあると聞いたのですが、何処ですか?」と訊くので、「そんなもん自分で探せよ」と思いつ

つ、親切に「あそこですよ」とMの看板を指してあげました。

マックのMと似たそれは、「メトロの入り口の看板」だったのですが、あの人達はちゃんとマックで食

えたのでしょうか。今更ながら心配になりました。
バンコクを経由し、カラチ着。カラチで4〜5時間まってローマ行きに乗る。カラチの空港で夜が明けた。普段の日常とあまりにかけ離れた幻想的な光景で、かえって現実感がない。待合中に知り合ったオヤジにユーゴに行くべきだと勧められた。彼はユーゴに妻子を残し、日本に働きに出ている日本人だ。
カラチ発7:45。しかし、離陸上昇中、目の前のドアがあいてしまい、一時は大騒ぎになった。
パーサーたちがドアを押さえている間に、機はカラチに引き返した。約2時間の修理の間、ずっと機内でまたされ、サウナなみの気温の中でいいかげんつかれた。でも、一時はもう命ギリギリだったんだから、死ぬコトに比べたらずっとマシだ。
そんなこんなで機はアテネを経てローマへ。先出のオヤジと一人旅の女の子(英語ペラペラ)につれられて市内へ。テルミニ駅で彼らと別れ、ホテルさがし。サンタマリア・マッジョーレ教会近くのVia Merulan沿いのホテルAMALFI泊。一泊ツインで85,000Lit。いい値をとりやがる。チックイン後テルミニ駅のセルフサービスレストランで食事。夜のローマは駅周辺を除けば人通りも少なく、思ったよりは寂しい通りも多い。あかりに照らされた教会は重厚さをよりひきたたせていた。

明日はチューリッヒに行く予定。ともかく今日はつかれた。もうねる。

10:00PM ホテルのベッドにて。

テイク・オフ

9/20(TUE)晴時々曇所によって集中豪雨
あっという間に出発の日になってしまった。
朝7:00起床。YCAT発が9:40。快適なリムジンバスで成田へ。
2時間程待ってから集合カウンターへ行ったが、メンバーは俺ら2人だけだった。
出国・搭乗手続きとも無事に終わり、16:00、いよいよ成田を離陸した。
機に乗ってみると、真ん中の列だったのはいいとしても、まわりはヤッちゃんの軍団に囲まれてしまった。しかし彼らはマニラで降り、俺らはロビーに出てビールを飲む。注文取りのネーちゃんが、まともに口をきいた初の外人になった。
トイレに行くと、地元らしい若い男が数人たむろしていて、手を洗おうとすると蛇口をひねって水を出してくれた。
しかし、何かヤバそうだったんで、''No thank you''と言って自分で洗った。
マニラ離陸10:15(現地TIMEでは9:15)。
離陸後、夕食が出たが、サラダがクソまずかった。しかし、イスラム教国の航空会社だけあって、機内で酒がのめないのがつらい。次の経由地はバンコク。約3時間の飛行となる。

PK(パキスタン航空)761便の機内にて。

出発前夜

7/7(THU)晴のち曇りときどき雨
カスヤはやっぱりダメだった。オヤジから反対されたらしい。一番つれえのはヤツだろう。
でもオレにひとつのきっかけをくれたのはヤツだ。ありがとう。
そのかわり、といっちゃ何だが、水島が一緒に行くことになった。
水島はやっぱりマブタチだから、半年近く一緒にいても大丈夫だと思う。
時々くじけそうになるけど、水島が一緒なら大丈夫だ。
きっと何かてめーのためになる旅になるだろう。
ちなみに15日からのバイトが決まった。がんばって金をためよー!!
GPも売らなきゃいけない。ごめんな。
てな訳で頑張っていこーってか

カスヤと言うのは、大学の友人です。(まさかこのブログ見てたら、コメントくれ!!)

そもそも、海外旅行なんて毛ほども興味の無かった私を誘ったのはカスヤでした。

「車でアメリカ横断しない?」なんて誘いだった様な憶えがあります。

当時はバブル真っ最中。1年位留年したって、就職先には事欠きません。

(今、就活中の方、お気を悪くなさらないで…兎も角、そう言う時代だったのです。)

よし行こう!!金は、バイトすれば何とかなる!!…即決でした。

でも、アメリカ横断だったら一カ国しか行けないから、国が一杯あるヨーロッパに行こう!!

…となったのです。

また、私がゼミの論文テーマで「パレスチナ問題」をやっていたので、ついでにイスラエルに行けば、

卒論の為と言う、留年の大義名分が出来る!!

―と言う訳で、イスラエルにも行く事にしました。


ゼミの先生に「これこれこうで、留年して2、3ヶ月ヨーロッパに行きたいんですが」と相談すると、

「是非是非行きなさい!!2、3ヶ月なんて、短い!!せめて半年は行きなさい!!」とのお答え。

両親は「そうか。いってらっしゃい」でした。


しかし、カスヤは、親御さんが「留年などもっての他」と言う至極真っ当なご意見を仰ったので、断念。


もう既にその気になっていた私は、じゃあ、一人で行くか。と思っていた所に、高校からの親友の

水島が「俺が行く」と言い出したのです。

彼は、整備士の資格を取り、鈴鹿8耐にもエントリーする大手バイクショップのメカとして働いておりま

した。

(実は、こいつは何度か当ブログに登場しております。水島と言うのは仮名です。と言う事にしておく

か。…まあ、大丈夫でしょう。たぶん。おーい水島!!このブログ見てたら、コメント寄越せ!!)


おめー、仕事はよ?

と聞いても、バイク屋なんて、いくらでもある。金は、溜まってるから、何時でも行ける。

そう言って、とっとと仕事を辞め、ここにコンビ結成と相成ったのです。

7/27(WED)曇のち雨
今日はパスポートの申請をしてきた。
宅配のバイトもなんとか慣れてきた。
資金の自己調達は、やっぱかなりきつい。
GPもずっと雨ざらしだ。つらいもんがある。
GPと言うのは、当時私が乗っていたバイク「カワサキZ400GP」の事です。

資金稼ぎに明け暮れ、バイクに乗る暇も無かった様です。

金が足りなければ、バイクも売ろう。そう思っておりました。


さて、ここから日記は一気に出発日近くに飛びます。

朝から晩までバイトをして、書く暇が無かったのでしょう。
9/12(MON)曇
いよいよ出発一週間前だ。準備もまあ順調に進んだ。
あとは航空券とユーレイルだが、まだ連絡が無い。
大丈夫かなー。
そろそろ荷物のせんてー【注:選定の事と思われる】をはじめる。
明日はT/C、外貨の購入に行く。
9/15(THU)雨(台風)
航空券もユーレイルもOK。しかし、到着地はフランクフルトからローマになってしまった。
こまごましたものを購入。荷物をまとめはじめる。T/Cも買った。
ひこじより餞別1万円。
ひこじは、やはり高校からのマブダチ。この1万円で小さなカメラを買い、旅の写真を撮りました。
9/16(FRI)晴
今日は外貨を買った。その他、ウォーキングブーツ、カメラetc…を購入。
これで一応準備は整った事になる。手持ちの資金は予定より少なくなりそうだ。
夕方にワールドエアポートツアーズより電報。
''シキュウ TEL コウ''との事だが、電話したら営業時間は過ぎていた。何だったんだろう。
気になる
その後、記述が無い所をみると、大した事では無かった様です。

しかし、電報と言うのが時代を感じさせます。携帯なんて、影も形もない頃です。

準備段階を終えての感想(9/16)
時間がなかった、とは想わないが(実質2ヶ月)手順が少しマズかった。
パスポート・ビザetc…の手続きは、自分でやっても何てことはない事だが、やはり航空券の手配は遅すぎた様だ。少なくとも2ヶ月前には手をつけるべきだったと想う。
情報収集についてはまずまずだったと思う。でも単なる観光案内だけではなく行く先々の民話・歴史・政治情勢etc…も身につけておくと旅のたのしみが広がる。と言うよりそういうものがあってはじめて「行きたい所」がきまるのだと思う。
初の海外でいきなり4ヶ月も5ヶ月もというんだからかなり大胆不敵だと思うが、がんばって何とかしよう。
最後に、この計画にあっさりと理解を示し資金援助もしてくれた両親、あとおししてくれた松井さん
【注;ゼミの先生】きっかけを与えてくれたカスヤ、それにやっぱりひこじ、以上の皆さんに感謝。
何とか生きて帰ってきます。
水島君、よろしくね。

―もうすぐ、旅立つ様です。

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