心霊現象を科学する!!

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別に、否定するつもりはないんです。だだ、こう言う見方もあるよと、そう言う事です。
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酔石亭主さんから転載のお許しを頂いたもう一枚の画像。
 
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(↑)少し色のついた画像
 
詳しくは酔石亭主さんのブログ記事 【水石の美を求めて「パワースポット探訪記その4」】をご参照頂ければ
 
なのですが、ゼロ磁場で有名な分杭峠で移された1枚がご覧のように真っ白になっていると…。
 
 
で、調べた結果、これはいわゆる「白かぶり」と言う現象ではないかと思い当たりました。
 
私もそんなにデジカメに詳しくないのでアレなのですが、どうやら暗い場所(例えばカバンの中やポケット)から取
 
り出してすぐに撮影すると、露出の調節が間に合わなくて画面が白くかぶってしまう事があるらしい。
 
で、実験してみました。
 
 
デジカメの前面を覆った手を離しざまにシャッターを押すと…
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(←)真っ白!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それが次の瞬間シャッターを押すと…
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だんだん露出が合って来て…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
で、三枚目で普通に戻る。
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私はこれは可能性の一つとしか言えず、これ以上のことは判りませんが、どなたかデジカメに詳しい方がいらっ
 
しゃったら是非ご意見を頂きたいと存じます。
 
(ちなみに、写ってるのは私の愛機「ちっちゃいPC」です。)
 
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―と、意気込んではみたものの。
 
デジカメの専門家でも霊能者でもない私が出来る事等限られておりますが…。
 
以前転載させて頂いたこの画像。
 
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これが心霊現象の類でないのであれば、では何か?
 
ちょっと実験してみました。
 
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ちょっと、似ている感じがしませんか?
 
これは、霊体とかそんなのではなく、ただの糸くずをカメラの前にぶら下げてフラッシュを焚いたもの。
 
丸いのが繋がって見えるのは、糸をよった部分がこの様に写ったのです。
 
酔石亭主さんの画像にもやや間隔は空いておりますが、同じ様に丸いモノが繋がっている様にも見えます。
 
つまり、何らかの原因で糸くずみたいなものが画面に映りこんでしまった可能性があるのではないかと…。
 
 
いかがでしょうか…?(あまり自信なし)
 
 
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水子は祟るか?

「腰痛や腰から下の病気になるのは、水子供養をしていないからだ」(細木数子) 「戦慄すべきは『水子の霊障』
 
である。解脱供養しないとその怨念はいつまでも消滅しない」(阿含宗・桐山靖雄管長)  「(水子をつくれば)家
 
系の未来を自分自身の手でふさいでしまうのであるから家族や子孫が幸せになることはとうてい望めない。…
 
いつまでも何らかの不幸をもたらす恐しい霊障であり、父母、兄弟姉妹、孫、ひ孫まで引き継がれていく」(本覚
 
寺、後の明覚寺)…
 
 
「水子のたたり」を説く「霊能者」「宗教団体」は数多く存在します。
 
堕胎や流産した子供の霊が親にすがりつき、数々の障害を為すのであると。
 
そして、「霊能者」や「宗教団体」は続けてこう言います。それを回避するには、高額の水子地蔵を買い、高額の
 
墓を建て、高額の布施をしなさいと。ついでに、「ずばり言うわよ」で有名なおばはんみたいに、墓石業者を「紹
 
介」してくれる親切な「霊能者」も数多く存在します。
 
 
テレビなどの「心霊写真コーナー」でも、女性の腰の辺りに妙な光が映りこんでいたりすると、それが明らかに
 
レンズゴーストであろうが、テレビ霊能者はしたり顔でこう言います。「水子が憑いていますね…このままでは良
 
からぬ事が起こるでしょう…」
 


 
呪いや祟りは数々あれど、この「水子のたたり」と言うのは、現代の日本人にとっては最も身近な「たたり」なので
 
はないでしょうか。しかし、現実に「水子のたたり」などと言うものは存在するのか?
 
調べてみたら、そんなモノはありゃしないと言う事が判明しましたの
 
で、記事にします。
 

 
流産・死産した子を水子と呼ぶのは、流産する事を「水になる」と呼んだ事に発する様です。もしかしたら、「水」と
 
「見ず」をかけて、「親を見ずに亡くなった」と言う意味を込めたのかもしれません。本来は戒名の下につける位号
 
の一つで、「すいじ」と読むのが正しいそうです。
 
 
日本では昔から、水子(生まれて間もなく亡くなった子も含めて)の葬儀や埋葬は、大人とは異なった方法で行う
 
風習があったそうです。現代から見ると酷く残酷に思える間引きに対してすら、後ろめたさは少なく、生まれてこ
 
なかった子はすぐに次の生を受けると前向きに考えられて、仏としては扱われなかったのです。
 
これは、「水子は人間の子ではなく、未だ神の子である」との考え方によるものです。
 
世俗の垢にまみれておらず何の罪も犯していない水子が祟る訳はなく、長らく水子と祟りを結びつける考え方
 
はありませんでした。そう言う事情によって、水子を特別扱いして供養をすると言う風習も存在しませんでした。
 
 
水子供養を最初に始めたのは、江戸時代の浄土宗僧・祐天(寛永14〔1637〕年〜享保3〔1718〕年)だと言われて
 
おります。(江戸時代の怨霊ハンターとしてその手の話が好きな方には特に有名です。東横線の駅名にもなって
 
いる祐天寺は彼が晩年を過ごしたお寺です。)祐天は、それまで碌な供養もされていなかった水子に法名を授
 
け、供養しました。これは、亡くなった子供の為に供養したと言うよりは、子供を亡くした親の苦悩を救済する
 
為の行為だったと考えられています。
 
江戸時代は、死産率が10〜15%・1歳未満の乳幼児の死亡率が20%・2〜5歳の幼児の死亡率が10〜15%と言
 
う状況でした。それだけ多くの親が幼い我が子を亡くしているにもかかわらず、その苦しみを癒してくれるものが
 
何も無かったのです。その状況に宗教者として対応したのが祐天だったのです。祐天の行った水子供養には
 
「水子のたたり」と言う概念は存在しておりません。元々仏教は霊の存在を否定していますし(「霊魂不
 
説」)、そこには「霊が祟るから供養する」という考え方は介在出来ないのです。
 


 
では、いつ頃から「水子のたたり」などと言う話が流布し始めたのでしょうか。
 
これは意外に最近の事で、1970年代からだと言う事が判りました。
 
 
昭和46(1971)年、埼玉県秩父郡に紫雲山地蔵寺と言う寺が造られました。
 
地蔵寺のHPには、沿革が次の様に紹介されております。
 
「初代住職はかっては政治評論家として活動しておりました。…(中略)ありとあらゆる相談に応じてきましたが、
 
その相談の半数以上が胎児中絶の後遺症に悩む人であることを知って、驚きました。そして近年の異常な犯
 
罪、社会問題の多くが胎児中絶、人命軽視に関係があることを思い、埼玉県秩父の山中に、水子供養のため
 
「紫雲山地蔵寺」を建立しました…(後略)」(太字は原文のママ)
 
「初代住職」と言うのは国家主義的な政治活動家である橋本徹馬氏で、時の総理大臣佐藤栄作の私的相談役
 
でもあった関係で、落慶式には佐藤総理も参列しました。
 
現代の「水子供養」の創唱者は、この橋本徹馬氏なのです。そして、ここで初めて水子供養に「水子のたた
 
り」と言う考え方が導入されたのです。(現在でも、地蔵寺に設置されているチラシには、水子を供養せずに
 
放置すると重病になったり家庭が崩壊したりする云々と、「中絶胎児のたたりのおそろしさ」が書き連ねてあるそ
 
うです。)佐藤総理の看板効果もあってか、地蔵寺は14,000体以上の水子地蔵を販売しました。
 
つまり、「水子のたたり」とは、新・新宗教の発案で生まれたものだったのです。
 
 
ここから「水子ブーム」が始まります。当時の日本は空前のオカルトブームでしたから、UFO・心霊・超能力など
 
に雑じってテレビや雑誌で大きくそしておどろおどろしく「水子のたたり」が採り上げられる事になりました。
 
「水子のたたり」「水子供養」が一般化していくのと同時期、檀家離れで経営難に陥っていた数多くの寺院は、大
 
手の墓石業者とタイアップして「水子供養」に続々と参入し、収益をあげる様になっていきました。
 
「水子は儲かる」―それが「業界」の共通認識だったのです。前出の阿含宗も、水子ブームに乗る様にして、急
 
拡大しております。
 
 
―しかし何故、この時期に水子供養が大ブレークしたのでしょうか?
 
 
戦後の日本では様々な要因で人工中絶が急増し、堕胎に対するある種の後ろめたさ、申し訳なさを抱えた女性
 
が多くおりました。戦後の混乱期を経て、経済的に余裕が出来た時には、そう言った女性達も年齢を重ね、身体
 
のひとつも悪くなる頃。また、急激な社会の変革・発展は反面、日常生活や人間関係において様々な矛盾や歪
 
みを生み出しており、そららは女性達の悩みの原因となっておりました。
 
つまり、当時の日本には、水子供養の膨大な「マーケット」が存在していたのです。そして、思い当たる節のある
 
人々への動機付けとして「水子のたたり」が持ち出され、大ヒットして、あっと言う間に社会に定着したのです。
 
 
もちろん、全ての寺院が「水子のたたり」を語っていた訳ではありません。多くは祐天と同じく、亡くなった子を想う
 
親の苦悩を救う為に水子供養を行っていました。(水子供養を行うお寺のHPを数々見てみましたが、大多数には
 
「水子が祟ると言う事はない」と書いてありました。)しかし、中には人の弱みに付込んで法外な値を吹っかける連
 
中も数多く存在し、詐欺まがいの販売を手がけておりました。いわゆる「霊感商法」と言う奴です。
 

 
その中でもとりわけ有名なのは「本覚寺(明覚寺)霊感商法事件」でしょう。
 
事件のあらましはこうです。昭和59(1984)年、千葉県野田市に訪問販売会社が設立され、地元の寺院と提携
 
して水子菩薩を販売していました。その会社の経営者は昭和62(1987)年に茨城県に宗教法人「本覚寺」を設
 
立。関東一円に道場を開設し、販売網を張り巡らしていきました。当初は京都の醍醐寺の末寺だった本覚寺は、
 
流派を脱退し独立の寺として霊視鑑定を行っていましたが、消費者センターに苦情が殺到し、損害賠償請求が
 
多数寄せられた為に一時活動休止。しかしその後、休眠していた高野山の明覚寺を買収して関西方面で活動を
 
再開。ここでも損害賠償が多発し、しまいには僧侶らが摘発され、明覚寺グループには解散命令が出されまし
 
た。本覚寺が何といって客を脅していたかは、前に書いた通りです。
 
 
本覚寺の事件は氷山の一角で、この手の霊感商法事件は枚挙に暇がありません。
 
統一教会やオウム真理教でも「水子のたたり」は散々利用され、それらカルト宗教の資金源となっておりました。
 

 
何か問題が発生して悩んでいる女性がいるとしましょう。「霊能者」や「宗教団体」から、「それは水子のたたりで
 
す。あなた自身か、家族・親類に中絶をしたり、流産をした方がいらっしゃるでしょう」と言われたら、それはまず
 
100%的中します。2002年に行われたNHKの調査では、20代〜40代女性の内、3人に1人は人工中絶を経験して
 
いるとのデータが出ています。つまり、本人にそんな覚えは無くとも、身内のうち誰か一人くらいは中絶や流産を
 
経験していても全くおかしくはないのです。しかし、ずばり言い当てられた女性は、そのまま霊感商法にはまって
 
しまう可能性が高いのです。
 
 
しかし、そうなる前に良く考えると、もしその女性が体調悪化で悩んでいるのだったら、日ごろの生活習慣を見直
 
すと原因が見えてくるかもしれませんし、人間関係で悩んでいるのだったら、自分の振る舞いを冷静に振り返る
 
と、自分にも落ち度があったと思い当たるかもしれません。そうすると、自ずと改善策も見えてくるでしょう。
 
悪い事が立て続けに起こると、ついついオカルトに走りがちですが、人生そういう時もあります。逆に、良い事ば
 
かりが続いて「最近私ってすごくラッキーなのよね」と思った事も過去一度や二度はあった筈です。
 
 
「水子のたたり」を主張して高額な金品を要求する連中は「これこれこうで水子のたたり」と言う説明はするもの
 
の、決してその根拠を示す事はありません。「祟りはあるからあるんだ(阿含宗の桐山管長の言)」と開き直っ
 
て、無根拠にたたりじゃたたりじゃ〜と繰り返すのみです。根拠のないものを信じるのは盲信・妄信でしかありま
 
せん。 
 
 
―と言う訳で、もし「水子のたたり」に悩む方がいらっしゃいましたら、是非ご安心下さい。
 
水子は祟る存在ではありません。
 
繰り返し申し上げますが「水子のたたり」なんて、そんなモンはありゃしません。
 
 
 
(念のために申し上げておきますが、私は水子供養そのものを否定している訳ではありません。
 
祐天が始めた、本来の意味での水子供養であれば、あって然るべきとも思います。子供を亡くした親の心は
 
理屈や科学では癒せませんから…。)
 

 
 
「霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造」(櫻井義秀著・新潮新書) 「だます心だまされる心」(安斎育郎著・岩波新書) 「霊はあるか」化学の視点から(安斎育郎著・講談社)
 
イメージ 1(←)大きくしてみました。
 
 

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40代の方には懐かしい昭和ネタです。
 
 
昭和51(1976)年、日テレ系のワイドショー『ルックルックこんにちは』の1コーナー『TV三面記事』で、2枚の生首
 
の絵が紹介されました。「所有者がこの絵を入手して以来、不幸がふりかかった」として、怪奇特集で採り上げら
 
れたのです。
 
 
放送後、「生首の絵が目を開いていた」と視聴者から何本もの電話が入り、スタッフがVTRを確認した所、確かに
 
目が開いている。そこで、急遽それを検証する特集が組まれ、一気に大ブレークしました。
 
しかも、目を開くばかりか、よーく見ると、その黒目が動いている事も判明しました。
 
 
 
確かに、目を開いてい(る様に見え)ます!!
 
また、微妙に黒目が動いている(様な気も…)!!
 
首を落とされた武士の無念が、この絵に取り憑いているのでしょうか!?
 
(いやしかし、子供の頃はマジで怖かったなあ、この話…。)
 
 

 
イメージ 1
この絵は、「渡邊金三郎断首図」と言い、青森県弘前市の正傳寺に所蔵されており
 
ます。
 
渡邊金三郎は、幕末の京都町奉行所与力で、安政の大獄では厳しい取締りと尋問
 
で恐れられていたそうです。勤皇志士の襲撃を恐れて江戸に移る際、近江で激派
 
に暗殺され、その首は粟田口に晒されました。
 
 
(血の部分は、金三郎本人の血で描かれたと伝わっています。)
 
 
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(←)番組で同時に紹介された「僧光惇(そうこうじゅん)断首図」
 
光惇は水戸東清寺の僧侶でしたが、幕府転覆の呪詛を行ったとして京・三条河原
 
で斬首されたそうです。
 
 
 
 
 
 
弘前市の故人が、京都で4本の「断首図」掛け軸を購入し、他2本は絵の遺族に渡されて残ったものがこの2枚
 
だったそうです。掛け軸を入れた箪笥が鳴動し、母親が体調を崩したので、正傳寺に移されたと言う逸話が残っ
 
ています。
 

 
さて、実際に掛け軸の絵が目を見開く事などあるのか!?
 
 
この絵は「仕掛け絵」で、見る角度により目が開いて見えるのだ―と言う説もあります。
 
しかし、検証した放送では再度この絵をスタジオに持ち込み、様々な角度から撮影したのものの、再び目が開く
 
事はありませんでした。また、この絵は晒し首を役人がスケッチしたものと思われ、そんな絵に仕掛けをするとは
 
考えにくい。どうやら、「仕掛け絵」説は根拠が弱い様です。
 
 
 
やはり、金三郎の怨念が…と思いたい所ですが、どうやらこれ、
 
ハエか何かがとまっていただけ
 
―と言うのが真相の様です。
 
イメージ 2
 
怨霊なら、両目をクワッと見開きそうなものですが、この絵
 
の場合は片目しか開けておりません。
 
ウインクする生首ってのも不気味なんだか可愛いんだか
 
判りませんが、これは「右目のところにたまたまハエがとま
 
って黒目に見えた」可能性が高いのです。
 
 
 
そう言われると、黒目の動きも「ハエが手を擦る足を擦る」に見えてくるから不思議なものです。
 
 
それにしても、絶妙なタイミングで絶妙なところにとまるハエ。
 
TV局にいるだけあって、さすがに空気を読んでます。
 
 
ちなみに、スタジオに持ち込まれた生首の絵は、実物ではなく、同寸のカラースライド(複写)だったそうです。
 
だから、正確には「目を開く生首の絵の複写」と言うべきですが、少々興醒めですね…。
 

 
正傳寺では、春と秋の彼岸の時期に供養を兼ねてこの絵を公開しているとの事です。
 
また、弘前市内では毎年夏に「幽霊展」が開催され、市内の寺院が所蔵する幽霊画や地獄絵が展示される中、
 
この断首図も目玉の一つとして公開されるそうです。
 
その時期に弘前に行く機会があれば、是非見て見たいですね〜。
 
金三郎さん、パチッと目を開けてくれるかも…。

 
 
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(←)久しぶりに勝った…
 
 
久々に「心霊写真」ネタをやったので、ついでに何故「心霊写真」が広く世間に広まったのかを調べみました。
 
「心霊写真」がホンモノか見間違いか捏造か、一枚一枚検証していく訳にもいかないので、「心霊写真」の歴史を
 
辿れば、おのずとその本質も見えてくるのではないかと思います。
 
そんなもの見えてこようが来まいが、どっちでもいいっちゃいい事なのですが。
 


 
先の記事の通り、明治時代には日本にも「幽霊写真」が登場していたのですが、先行する欧米では、既にその
 
頃、「プロの心霊写真家」とでも呼べるような写真技師が数多く存在していたそうです。
 
 
当時の「心霊写真」は、カメラの進歩に伴った特殊技術開発を繰り返した上の技術的結晶であり、欧米の心霊写
 
真家達は、開発した技術を持ち寄っては研究を重ね、さらに新しい技法を開発していたのです。
 
 
これは、別にインチキ写真で一儲けしようと考えていた訳ではなく(そういう人も大勢いましたが)、家族や知人と
 
の死別に嘆き悲しむ人々の需要に応える為だったのです。
 
19世紀の欧米では、心霊写真は商業化しており、心霊写真家に故人の「心霊写真」を造って貰う事は、葬儀屋
 
に予約を入れるのと同じ様に、慣習的な行為となっていたそうです。造られた「心霊写真」は故人と親しい者が購
 
入し、知人や親族の間で回覧されていたそうです。
 
道理で、昔の外国の「心霊写真」には、やたらとはっきり霊が写っているモノが多い訳です。
 
薄ぼんやりと写ってるのなら、それが故人かどうか判りませんからね…。
 
イメージ 1
 
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こうやって、堂々と霊が写っているのは、それが望まれたからで、当時の「特撮職人」が腕を振るった「作品」だったからなんですね〜。
 
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さて、日本にも1909(明治42)年に作家の羽化仙史(渋江保)によって海外の心霊写真研究が紹介されました。
 
すると、日本でも「心霊写真職人」が増えた様で、数々の「心霊写真」が造られたそうです。
 
しかし、日本においては欧米ほどあからさまではなく、推測するに写真館の主人がこっそり作った「心霊写真」を
 
「こんな写真が撮れました」などと言って、客に売っていたのではないかと。
 
買い手の方は、写った霊を亡くなった身内や知人などと思い、大切にしていた様です。
 
つまり、お菊人形じゃないけど、故人の魂が人形や遺品に宿ると言う考えの延長線上に「心霊写真」は位置して
 
いたのだと思います。つまり、この頃の「心霊写真」とは今と違って忌み嫌われるものでも、持っていると祟られる
 
ものでもなく、死者と生者を繋ぐ心の架け橋だったのです。
 


 
そんな傾向は戦前まで続いていた様ですが、戦後の復興期を経てようやく国民生活も落ち着いた頃、一般庶民
 
にもカメラが普及し、フィルムの消費量が増え始めるのと同時に、「霊が写っている」と騒がれる写真が数多く現
 
れる事になりました。
 
 
それを一気に世間に広めたのは、やはり1970年代のオカルト・ブームです。誰でも手軽に撮影できるバカチョン
 
カメラの普及が後押ししたのは間違いないでしょう。
 
 
TVや雑誌で幾度も「心霊写真特集」が組まれて人気を博すると、自称心霊写真鑑定家や自称霊媒師などがメデ
 
ィアに登場し始め、明らかな撮影ミスや岩や草木がそう見えるだけと判断できる写真にも「これは、浮遊霊です」
 
とか「これは、背後霊です」とか、「お墨付き」の大安売りを始めます。
 
 この「心霊写真ブーム」を牽引したのが女性週刊誌で、夏場になると殆んどの週刊誌が「心霊写真特集」を組ん
 
でいました。ブームの中、「心霊写真」は自称霊媒師なんかの手によって、「持っていると祟られる」とか「悪霊が
 
取り憑いている」「自殺者の怨念がおんねん」とかナントカ、おどろおどろしい怪談の一部に組み込まれていきま
 
す。そして、本来「心霊写真」が持っていた「遺族向け精神的サービス」の側面は完全に喪失してしまいました。
 
 
しかもここで大変興味深いのは、その様な雑誌媒体に載る「心霊写真」の多くは、「修正職人」と呼ばれる
 
プロ達によって造られたものだったと言う事実です。
 
新聞や雑誌のざら紙部分に写真を入れるとモアレ(変な模様が出る事)が生じたり不鮮明になる場合が多い為、
 
印刷した後に見やすくなる様に墨やホワイトで写真を修整する専門家―それが修正職人です。
 
初期の「心霊写真」がプロ達の手によって造りだされていたのと同じ事が、現代日本でも行われていたのです。
 
増える「心霊写真」の需要を満たす為、出版社は修正職人を使って「心霊写真」を量産していたのですね…。
 
 
しかし、80年代に某有名女性週刊誌の心霊写真捏造が発覚し、編集長やデスクが処分されるに及び、ブームは
 
一気に下火になり、「心霊写真」がメディアを賑わす事は少なくなっていきました。
 
イメージ 3
 イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5'70s〜'80sの心霊写真の数々。
 
この様に、「見るからに二重露光」系のモノが多かった。
 
それぞれに「怨念を持った女性の霊」とか「この世に強い
 
未練を…」とか、もっともらしいキャプションが付きます。
 
 
イメージ 6
 


 
デジカメやカメラ付き携帯電話が普及しだすと、撮影される写真の数が飛躍的に増大しますが、それと正比例し
 
て「心霊写真」の数が増えたかと言うとそうでもありません。むしろ、数が減ったとさえ言えます。これは、カメラの
 
ハイテク化で様々な「心霊写真」の要因(多重露光とかレンズ・ゴーストとか)が発生しにくくなった為だと思われ
 
ます。その代わり出てきたのが、画像加工ソフトを使用した偽造モノ。当ブログでも、度々そんな画像を載せてヒ
 
ンシュクと失笑を買っておりますが、フリーソフトをど素人が使って…と言ったレベルでも、そこそこの「心霊写
 
真」が至極簡単に造れてしまうのです。よって、ここ最近では、余程バックボーンの情報がしっかりしていない限
 
り、生半可な「心霊写真」では、誰も鼻も引っ掛けない世知辛い世の中になってしまいました。(これは「UFO写
 
真」にも言える事ですが。)
                     
                    (↓)そこそこの「心霊写真」(TO作)
イメージ 7
 
 
そこで、新たな分野として「心霊動画」が一頃流行りましたが、「有名ネタ」がことごとくウケ狙いの創作であった
 
り、単に海外のCMの一場面だったりと、ネタばれをしてしまった為に、ここの所はあまり元気がない様です。
 
(当ブログでも以前は良く採り上げましたが、ここのところはめっきり面白い「心霊動画」が減ってしまって…。)
 
 
とは言え、「心霊写真」は根強い人気を誇り、最近になってまたメディアに採り上げられる機会が増えて来ている
 
様です。同時に「心霊写真を無料鑑定!!格安で除霊します!!」とか「アナタの持っている心霊写真が全ての不幸の
 
根源かも!!お早めに御祓いを!!!」などと言う妖しいご商売のサイトが雨後の筍の様にインターネット上に生えて来
 
ております。
 
(大きなお世話かも知れませんが、「心霊写真」を撮ってしまって困ったら、まずはプロのカメラマンとか、ちゃんと
 
した写真屋さんに見てもらうのが一番です。すぐにその「正体」を、見極めてくれますから。)
 


 
私は決して一枚一枚の「心霊写真」を否定するつもりはありませんが、この様に「心霊写真」と言う概念が日本に
 
定着した経緯を見てみると、全部が全部「霊が写った」と信じる気にはなれないのも事実ではあります。
 
 
しかし、私なんかも、中岡俊哉の「恐怖の心霊写真集」をクラス中で回し読みしたクチです。
 
子供心に、アレは怖かった…。
 

 
 
 
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