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UMAを撃沈したUボート

そう言えば、プティンスビーちゃん(浜名湖の巨大生物)はどこ行っちゃったんでしょうか。
 
続報らしい続報がありませんが、まあ、気長に待ちましょう。
 


 
プティンスビーちゃんの再登場を待つ間に、ちょっと、こんなネタをご紹介。
 
第一次大戦中に、謎の巨大生物を撃沈したUボートが存在する!!
 
 ―と言うハナシ。どっかで聞いた事憶えのある方も多いかもしれません。
 

 
時は1915年7月30日(31日と言う説もあるが、とりあえずどっちでもいい)。場所はアイルランドのファストネット
 
東南沖約14Kmの海域。
 
イメージ 1
 
イギリスの貨物船イベリアン号(Iberian SS・5223t)がドイツ海軍第4潜水艦隊所属のUボート、U-28による魚雷
 
攻撃を受け、撃沈されました。
 
 
水中でボイラーが爆発して大きな水柱が立つ中、戦果確認の為浮上していたU-28のフォストナー艦長以下
 
5名のクルーは信じられないものを目撃しました。
 
それは水中爆発の衝撃で、海面から30mも躍り上がった巨大な生物でした。
 
その生物は全長が20mほどもあり、大きな4つのヒレと長い尾を持ち、ワニの首を長くしたような姿をして
 
いました。
 
イメージ 2
 
巨大生物は写真を撮る暇もなく海中に没し、行方は杳として知れず…。
 
つまりは、U-28は敵国の輸送船と一緒にUMAまで撃沈しちゃったと言う事になり、
 
こりゃまさしく前代未聞空前絶後な事件が発生した訳であります。
 
(↓)U-28。
イメージ 6
 
 
 

 
フォストナー艦長はこの出来事を航海日誌に記載しましたが、戦中戦後の混乱でそれも失われ、謎の巨大生物
 
の目撃譚は一般に知られる事はありませんでした。
 
が!!
 
その後、1930年代になってから、フォストナー艦長の体験談がドイツの新聞に掲載され、それがきっかけで
 
この出来事が世に広まり、今なお語り継がれるUMAネタとなったのです。
 
 
好事家の間では、巨大生物は恐竜モササウルスの生き残りではないかとも言われております。
 
イメージ 3
(←↓)モササウルス。
約7,900万〜6,500万年前(白亜紀後期)に生息していた肉食海棲爬虫類。体長12〜18m。海表面を泳ぎ、アンモナイトや亀なんかを食べていたらしい。日本でも化石が発見されている。一見ワニっぽいが、実はワニではなく、オオトカゲに近いらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 7
 
 
 
 
 

 
さて。
 
海は広いな大きいな…ですから、恐竜の一匹や二匹いてもおかしくないと思うのが普通のUMAファン。
 
ところがどっこい、こちとら少しばかりヒネくれたUMAファンでぃ!!
 
 
―と言う訳で、いつもの如く、ちょっと調べてみました。
 
 
フォストナー艦長の目撃談が掲載されたのは、1933年10月19日付のドイツ紙『アルゲマイネ・ツァイトゥング』
 
です。実はこの、1933年と言うタイミングがポイントで、ミソがいくつもあるのです。
 
何故、18年も経ってから、この事件が世に出たのでしょうか???
 
 
第一のミソは、この時点で、謎の生物の目撃者は、フォストナー艦長以外全員戦死している点
 
当時、Uボートの損耗率の高さは並ではなく、「潜る棺桶」と言ってもおかしくない状況でしたので、これは仕方
 
がない。実際、U-28も1917年9月2日に沈没しております。
 
ちなみに、フォストナー艦長は1914年8月1日から1916年6月14日までU-28の(初代)艦長を務めた後、Uボート
 
には乗っていなかったようです。これは、男爵である彼をこれ以上危険な任務に就かせる訳にはいかなかった
 
からなのでしょうか、その辺はドイツ海軍の事情なのでよく判りません。
 
ともあれ、フォストナー艦長は第一次大戦を生き残り、1940年に58歳で鬼籍に入っております。
 
それは兎も角、「こんなのを見たんっすよ!!」と言っているのはフォストナー艦長だけであるのは確かなのです。
 
 
第二のミソは、丁度この頃、イギリス発のUMAネタの王者、「ネッシー」が世間を騒がせていた点
 
1933年にネス湖周辺の舗装道路が整備され、観光客が増えたところで「謎の生物を見た!!」と言うハナシが
 
広がり始め、かの有名な「外科医の写真」が1934年に発表されて大ブレークしました。
 
イメージ 4
(←)ロバート・ウィルソンが撮った(とされる)、
「外科医の写真」。インチキだとネタバレ済み。
ちなみに、ロバートは外科医じゃなくて産婦人科医。
最初にイギリスのタブロイド紙『デイリー・メール』が報道した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第三のミソは、丁度この頃、ドイツではナチスが台頭した時期である点
 
何かにつけ、ドイツは英仏なんかと張り合っており、1933年と言えば、国際連盟を脱退した年でもあります。
 

 
イギリスの超常現象研究家マイク・ダッシュの調査によって、失われたとされるU-28の航海日誌は現存しており
 
そこには「謎の巨大生物」についての記述は一切ない事、また、アイルランドやアメリカの新聞のインタビューに
 
答えたイベリアン号の生存者の中で、怪物を見たと証言する人は一人もいなかった事が明らかになりました。
 
 
ちなみに、U-28の航海日誌は原本が残っていた訳ではありません。当時、Uボートは航海日誌(KTB)を無線で
 
本部に送信しており、それを傍受したアメリカ軍が逐一記録をしており、マイクロフィルムで保存していたのです。
 
U-28のKTBもその中に含まれており、イベリアン号撃沈の際も詳細な記録が為されているのですが、ワニみた
 
いな生物が飛び出てきたとは一言も書かれていなかった事が判明したのです。
 
 
(↓)U-28のKTB。
イメージ 5
 
なお、上に挙げた「謎の巨大生物」のイラストは、『アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙に掲載されたもののような
 
のですが、これはカイマンワニの子供の剥製を模写したものと思われ、決してフォストナー艦長が見た(とする)
 
生物を描写したものではなかったのでした。
 

 
どうも御他多分に漏れずドイツの船乗りも迷信深いらしく、呪いのUボート(以前記事にしましたっけ)とか、
 
呪いの戦艦(シャルンホルスト)とか、その手のハナシが山ほどあります。
 
 
そんな中で、爆発で飛び散る残骸か何かをを巨大生物と見間違ったのかどうかは知りませんが、そんな体験談
 
を持つフォストナー艦長のハナシに飛びついたドイツの新聞が、「イギリスにネッシーがいるんなら、ドイツ人だっ
 
てこんなの見てるんだぞ!!」と対抗意識を剥き出しにして大騒ぎしたのではないか…。
 
つまるところ、このネタは、ネッシーフィーバーの中で当時のドイツメディアがでっち上げた創作
 
―そんなところがこのネタのオチなのではないでしょうか。
 
 
もっと言うと、「ドイツ人がそんなの見てるんだったら、イギリスにはこんなのがあるぞ!!」と繰り出してきたのが
 
件の「外科医の写真」だったりして。こうして、第二次大戦における英独の戦いの前哨戦として、両国庶民の間で
 
UMAネタの応酬が盛り上がっていったのではないかと、そんな気もしてきます。
 
 
だって『デイリー・メール』は当ブログ御用達の『ザ・サン』と同じく、いわゆる『東スポ』的新聞だし、このネタを
 
最初に報道した『アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙も『ドイツの東スポ』っぽさがプンプン漂っているんだよなぁ…。
 


 
 
『未確認生物学!』(天野ミチヒロ×武村政春/メディアファクトリー) 『世界の陰謀と戦争の謎』(高野聖・工藤智明他/学研パブリッシング) 他
 

 
【お願い】 あのゾルゲが隠れ蓑にした『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙と、この記事にある『アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙が同一のものなのかは不明です。知ってる方がいらっしゃったら、是非お知らせ下さい!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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提供:日刊SPA!
 
3月19日、静岡新聞が「浜名湖で謎の巨大生物を発見」と報じ、地元民だけでなくネット上でも話題となった。黒っぽい体を湖面に出し泳ぐ姿を複数の通行人が目撃していものの、まだ完全に姿を見せていないためか、専門家の間では、アザラシ、イルカ、スナメリ、ゴンドウクジラなど、様々な説があがっている。

 そんな噂の巨大生物が、29日午後、浜名湖の今切口付近に再び姿を現した。実際、釣りの最中に目撃したという、男性の話を聞くことができた。

「5メートルくらい先で不自然に水が揺れたと思ったら、急に2メートルくらいの黒い背中が湖面に現れました。背びれはなく、黒い体と盛り上がった背骨がはっきりと見えましたね。その後、さっきまで釣れていた魚が、全くかからくなった。おそらく巨大生物がボラの群れなどを追って、他の魚も散らしてしまったのでしょう」

 またこの男性は1年ほど前にも巨大生物を目撃しているという。

「1年ほど前にもっと大きいものを見ています。そのときは、50メートルほど離れていたでしょうか。同じように一瞬だけ背中を見せて潜ったんですが、大きさが全然違いました。体長6〜8メートル、横幅は1.5〜2メートルで、ちょうど乗っていた小型船と同じくらい。あのときは恐怖を感じました…。大きさから考えると、一年前に見た生物と、今回話題になっている生物は親子かもしれませんね」

 といった、気になる新証言も。また現在有力とされているクジラ、イルカ説について、浜名湖と繋がった遠州灘沖を漁場とする地元漁師は「遠州灘沖なら鯨やイルカもさほど珍しいものでもないが、浜名湖の湾内で目撃されるのは珍しい。浅瀬や養殖場など、魚にとっての障害物の多い浜名湖で回遊を続けているならば、知能もかなり高いのでは」と語っている。

 今も回遊を続ける浜名湖の謎の巨大生物。果たして、その正体やいかに? 目撃情報をお待ちしています。
 <取材・文/日刊SPA!取材班>


 
と言う訳で、結構前からいるんですね、プティンスビーちゃん。
 
いよいよもって、親子連れの可能性が高まって参りました。
 
いつか、正体が判る日が来るのか、それともこのままずっと謎のままでいるのか?
 
どっちが良いのか、難しいところですね。
 


 
(蛇足)最近私は「プティンスビー=スナメリ説」に傾倒しつつあります。
 
イメージ 1(←)プティンスビー。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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(←)スナメリ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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(←)スナメリ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
(←)スナメリ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―すごく良く似てるんですよね、スナメリに…。
 
スナメリは水面に浮上して呼吸する時に、このように背中を丸めるそうです。
 
スナメリは三河湾とか伊勢湾にはたくさん生息していると言うし。
 
そんなのが、浜名湖まで遠出してきたんじゃないかなぁ?
 
イメージ 5
「ボクかな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「ボクかも?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でも、体長4〜5mでは、スナメリにしては大きすぎるんだよなぁ…?
 
(普通は1.5m〜2mくらいらしいです。)
 


 
もし、浜名湖畔にお住まいの方がいらっしゃいましたら、是非情報をお寄せ下さい!!
 
 

浜名湖の巨大生物

 浜名湖に謎の巨大生物? 湖西・新居漁港で目撃                

 18日午後3時半ごろ、湖西市新居町新居の浜名漁協新居支所などを通じて「体長4〜5メートルほどもある巨大生物が浜名湖を泳いでいる」と湖西署に連絡があった。同署員が目撃現場の新居漁港に駆け付け、東へ約300メートル沖合で時折姿を見せる生物を確認。同署はアザラシなどの可能性もあるとみて、付近を航行する船舶に注意を呼び掛けている。
 同署や地元漁業関係者によると、目撃された生物は茶色がかっていて、同日午後5時半ごろまでの間、1〜5分程度の間隔で体の一部を湖面からのぞかせた。浜名湖が遠州灘と接する今切口から北約1キロの地点で発見されたことから、潮に流されて迷い込んだとみられるという。
 第1発見者の同市新居町浜名、漁業加藤康之さん(48)は「船に燃料を積む作業をしていたら突然湖面を泳ぐ巨大な姿が見えた。こんなことは初めて」と興奮気味だった。 
【2012.3.19 静岡新聞】
 
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浜名湖に謎の生物 泳ぐ姿、複数の通行人目撃                  
アザラシ?イルカ?クジラ?
湖西市新居町の競艇場近くの浜名湖で、16日から20日にかけて、遠目にはアザラシのようにも見える黒っぽい大きな生物が泳いでいるのを複数の通行人らが見かけた。 (加藤祥子)
 浜名湖体験学習施設「ウォット」によると、遠州灘と今切口でつながる周辺では、過去にもイルカが見つかっているが、今回は姿がはっきりしないことから正体が分からない。
 最初に目撃されたのは、16日午後4時半ごろ。浜松市の配管業男性(75)が、県浜松土木事務所新居分庁舎南東の湖面で発見した。「茶色のようだった。水から出たり入ったりしていた」という。
 18日午後3時すぎに同じような場所で目撃した湖西市の自営業男性(65)は「10メートル間隔で丸い背中のようなものが出てきた。水から出ている部分は1メートルくらい」と説明する。
 湖西署によると、18日は浜名漁協新居支所からも同様の内容の通報があった。
 20日午前10時ごろには、遠江総合高校講師伊藤信夫さん(66)が、競艇場東側で見た。「岸から30メートルほどの所に、つるっとした黒いものが見えた」
 ウォット館長で学芸員の加藤修さんは「どの生物とも言い切れない」としながら「背びれを見ていないとなると、体長2メートル前後ならスナメリ、5メートルくらいならゴンドウクジラの可能性もある」と話している。
 【2012.3.21 中日新聞】
 
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と言う訳で、先日の海底UFOに続いて、当ブログにとっては大変嬉しいニュースが飛び込んで参りました。
 
ネタ切れでどうしようかと思っていたところに、向こうからネタがやって来てくれるんだから、何か当ブログに
 
吹いてますね、風が
 
それはともかく、心ときめく話題ではありますね〜、コレ。
 

 
巨大生物騒ぎに沸く浜名湖は、数々の伝説に彩られております。
 
例えば、こんなの。
 
 
遠州灘の波の音伝説「海坊主伝説」 (浜名湖の西岸の入出周辺)
 
波の穏やかなおぼろの夜、漁師の二人が帰港しようとした時、突然湖中から怪物が出現した。
 
勇気を振り絞って血みどろの格闘をし、櫓を取って怪物を殴殺しようとしたところ「私は浜名湖の主『海坊主』。
 
命はお助け下さい。お礼として漁師に一番心配な雨と風と湖の荒れることを波の音でお知らせします。遠州灘の
 
波の音が西(西南)から聞こえる時は翌日は晴天、東(南東)から聞こえる時は雨天になります。極端に東へ寄っ
 
てゴーゴーいう音が聞こえたら「大時化」になります」と言った。
 
この時から怪物(海坊主)は約束を律儀に履行しました。
 
入出の漁師たちは「漁」にでる前には必ず遠州灘の波の音に耳を傾けてから出漁するようになりました。
 
(遠州七不思議より)
 
 
また、浜名湖には鵺(ヌエ)に纏わる伝説もあります。
 
鵺とは、ご存知の通り、頭はサル、胴体はタヌキ、尾はヘビ、足手はトラの怪物です。
 
平家物語の、源頼政鵺退治の話はつとに有名です。
 
イメージ 2その昔、浜名湖西方に鵺の死体が落ちて来たと云います。
 
浜松市北区の三ヶ日町鵺代、胴崎、羽平、尾奈といった地名は
 
それぞれ鵺の頭部、胴体、羽、尾が落ちてきたという伝説に由来
 
するそうです。
 
鵺退治の折に源頼政の従者を務め、鵺にとどめを刺した猪早太は
 
浜名湖あたりの出身とも云われているそうなので、そのつながりで
 
こんな伝説が生まれたのかもしれません。
 
(←)妖怪画の巨匠・鳥山 石燕の描いた鵺。
 
 
 
 
そして、巨大生物が目撃された新居町周辺にはこんな伝説もあります。
 
ある夏の暑い日のことである。一人の農夫が、湖岸に流れ着く海藻の上に小さな金色の蛇を見つけた。
 
そのままにしておくと海に落ちてしまうのではないかと心配し、拾い上げ 、陸に放してやった。
 
その夜、枕もとに昼間の蛇が現れ、「おまえはやさしい男だ。実は、私は亀が淵の主であるが、明日の朝、今日の
 
浜辺で、甕の中に入っているからその私を祀ってくれ。きっといいことがある 。」と言った。
 
翌朝、行ってみるとそこに金色の蛇がいたので言われた通り自分の庭に祀っていたが、もったいないと思い
 
三ツ谷の清源院の境内に祠を作って祀りかえた。その後、更に二宮神社に移され 、今に至っていると言う。
 
 
そもそも、浜名湖はだいだらぼっちが手を突いて出来たそうですので、 昔っから「巨大」とか「怪物」とかに縁が
 
あった湖なんですね。


 
さて、この巨大生物が海坊主とか鵺とかの、そんな未知のものである事を祈りつつ記事を終りますが、仮にそれ
 
がアザラシとかだったりしても、「浜名湖のハマちゃん」とか名づけて、それはそれで盛り上るんだろうなぁ、
 
きっと。
 

 

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未確認大型類人猿「ビッグフット」、真剣に研究

http://www.yomiuri.co.jp/photo/20120124-651479-1-N.jpg
長さが平均約40センチあるビッグフットの足跡の標本(米アイダホ州立大、ジェフリー・メルドラム准教授所蔵)=山田哲朗撮影
 
 【ワシントン=山田哲朗】北米にいるとされる未知の大型類人猿ビッグフットを科学的に研究しようと、米アイダホ州立大が今月、世界初の専門の電子版学術誌を開設した。
 ビッグフットは、ゴリラを大きくしたような体格で二足歩行し、北米の太平洋側を中心に目撃や足跡の報告が絶えない。しかし、いたずらや見間違いも多く、科学界では長く、未確認飛行物体(UFO)や幽霊などと同様の
たわごととして無視されてきた。
 ただ、足跡の中には、地面をけって滑った跡、足紋が全面に残るもの、骨格の発育不全、切り傷が治ったような跡などが見つかっている。一部の研究者は、ビッグフットは身長2メートル以上で夜行性で、約10万年前に絶滅した身長3メートルの巨大類人猿ギガントピテクスの生き残りが、当時陸続きだったベーリング海峡をわたって北米に分布を広げたのではないかなどと真剣に議論している。アジアの「雪男」(イエティ)などは近縁種とみられる。
 サイトは「残存ヒト上科の調査」と題され、一般的な学術誌と同じく専門家が投稿を審査する。第1号の論文は、カリフォルニア州のアメリカ先住民の「毛むくじゃらの男」に関する伝承や絵について報告した。
 
 

 
研究結果が楽しみですね〜。「パターソン・ギムリン・フィルムは実はホンモノだった!!」とか。
 
しかし、言うに事欠いて、「たわごと」とはあんまりだ。
 
せめて「与太話」くらいにして欲しい…。
 

ヒマラヤの雪男

雪男捕獲記念に今年最後の大ネタです。ネッシーと並んでUMAネタでは横綱格の雪男。
 
私の子供の頃はヒマラヤと言えば雪男。雪男と言えばヒマラヤ。
 
70年代オカルトブームを過ごした我々世代においては、ヒマラヤに雪男がいるのは当たり前田のクラッカーな
 
話でした。しかし、私自身雪男の話がどうやって世界に広まったのかよく知らないので、大掃除そっちのけで
 
ちょっと調べてみました。
 

雪男の歴史                                   
 
○伝説の時代
 
昔から、ネパールやチベットの人たちの間では、ヒマラヤに住む謎の生物の言い伝えがあったそうです。
 
呼び名は場所によって様々ですが、取りあえずここでは、その名を「イエティ」としておきます。
 
「イエティを見たものは死ぬ」 「足の爪先は前後両方についている」 「メスが走るときには大きな乳房を肩に
 
背負う」 「メスは凶暴で、腹が減るとオスを食う」 等々の伝承が残されております。恐ろしや…。
  
しかし、雪と険峻な山々に閉ざされ、そのような伝承が外の世界に出る事は長らくありませんでした。
 
○目撃の時代
 
さて、そんなイエティの話が西洋に伝わったのは、イギリスがインドに進出して以降の事です。
 
ヒマラヤの謎の生物を初めて報告したのは、ネパールのイギリス代理公B・H・ホジソン。ホジソンは探検中に二
 
足歩行の謎の生物を目撃。「ポーター達がラカシャス(サンスクリット語で悪魔を意味する)と呼び恐れている
 
野人がいる」と言う話を、イギリスの雑誌に寄稿したのです。
 
1889年に、インド駐在のイギリス陸軍中尉L・オースティン・ウォデルが西洋人としては初めてイエティのものらし
 
き足跡を目撃し、1920年にイギリス陸軍のヘンリー・ニューマンが報告書で「忌まわしき雪男(Snowman)」と書い
 
た事で「雪男」の名が知られるようになりました。
 
 
1920年代は本格的なエベレスト探検が始まった時代です。イギリス軍が中心となって、頻繁に遠征隊が送り出
 
されるようになります。それに伴い、イエティの目撃事例が増えていくのです。
 
1921年には、イギリスのハワード・ベリー陸軍中佐率いる第1回エベレスト偵察隊が、ヨーロッパ人として初めて
 
イエティの姿を目撃したとされ、1925年にイギリスの写真家N・A・トンバジーがイエティの姿と足跡を目撃。王立
 
地理学会員でもあるトンバジーの証言は大きな反響を呼びました。

○写真と物証の時代
 
1951年、遂にイエティの足跡が撮影されました。撮影したのはイギリスの著名な登山家であるエリック・シプトン
 
でした。足跡は長さ約32cm幅約20cmもあり、『ロンドンタイムス』に写真が掲載されるや、世界中で大反響を得
 
て、イエティの実在が広く信じられるようになりました。
 
イメージ 1(←)超有名な「シプトンの足跡写真」
 
1953年のイギリス遠征隊隊長に任命されたシプトンでした
 
が、色々とゴタゴタがあって、途中で解任され、登山界の表
 
舞台から去る事となりました。
 
 
5月29日、そのイギリス隊のメンバーであるニュージーランド
 
の登山家エドモンド・ヒラリーが、シェルパのテンジン・ノルゲ
 
イと共に人類初のエベレスト登頂を果たし、奇しくもエリザベ
 
スⅡ世戴冠と時を同じくした偉業にイギリスは大いに沸き、
 
ヒマラヤの雪男も一層の注目を集めるようになりました。
 
 
 
さて、そんなフィーバーを見逃す筈もなく、翌年イギリスのタブロイド新聞『デイリー・メール』が世界初のイエティ
 
捜索隊を組織してヒマラヤに遠征し、ヒマラヤの僧院に保管されていた「イエティーの頭皮」や「ミイラ化した手
 
首」などを発見しました。
 
(↓)イエティの頭皮と手首。似たようなものが近隣の村々で複数発見されている。
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いよいよイエティの存在にリアリティーが出て参りました。肝心要のイエティの写真が撮られるのも時間の問題
 
だと思われましたが、なかなかそうはいきません。足跡を見たとかイエティを見たと言う目撃例は出て、イエティ
 
のものとされる毛やフンは発見されるのですが、なかなか写真が撮影されない。
 
―と、そんな中の1986年。
 
イギリス人アンソニー・B・ウールドリッジが雪の斜面に立つイエティの姿を撮影する事に成功!!
 
遂に撮影された、世界で初めてのイエティ写真は一大スクープとして世界中に配信されました。
 
イメージ 3(←)ウールドリッジのイエティ写真
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
事の真相は?                                  
 
こうしてみると、雪男の存在は間違いないような気がますが、ホントにそうなのか、もう少し調べてみました。
 
 
まず、取っ掛かりであるホジソンは、実は部下から聞いた話を報告しただけで、「オラウータンでも見たのだろう」
 
と述べております。ウォデルも自分の見た足跡は「ヒグマのものだろう」と自著の中に書いております。
 
雪男の名付け親であるヘンリー・ニューマンも、イエティーはチベット人が信じる精霊だとした上で、「雪男の話は
 
自分がでっち上げたものだ」と告白していた事が、ニューマンの元同僚の大佐によって暴露されております。
 
つまり、雪男の話の初期段階では誰もそんなものの存在などは信じていなかったのです。
 
 
初めて「足跡の写真」を撮影したシプソンも、「常習的にホラ話を吹聴していた」人だったそうで、同行者の手
 
記の中に雪男の事など1行も書かれてなかったり、エドモンド・ヒラリーから写真の矛盾点を突かれたりしており、
 
今ではどうやらこいつは捏造もしくはヒグマの足跡が解けて広がったものであると考えられております。
 
 
1957年にイエティに興味を持った米テキサスの石油王トム・スリックが本格的な雪男調査隊を派遣しました。
 
この時収集された「イエティの頭皮」や「イエティのフン」がパリ、シカゴなどで検証され、それぞれ鹿とヒグマのも
 
のであることが判明しました。
 
 
1960年にエドモンド・ヒラリーも参加した国際学術探査隊がエベレスト山麓を調査した結果、「イエティの足跡」
 
とされるのはキツネのものであり、毛やフンもヒグマ・カモシカ・アカゲザルのものである事が判明。
 
「イエティの頭皮」はシーローと言うカモシカの一種の毛皮をつなぎ合わせたものであり、つまりは偽造品だっ
 
た事も判りました。 
 
 
「イエティの手」については、ロンドン動物園の鑑定では明らかに人間のものであると言う結果が出ており、
 
さらに2011年12月に行われたエディンバラ動物園によるDNA分析でも、同じ結論に至っております。 
 
 
ウールドリッジが撮影した「雪男の写真」は、翌夏になって雪がなくなってから地元の人が撮影現場に行って
 
写真を撮ったところ、全く同じ場所に同じポーズで立つ「雪男」が撮れました。そう、その「雪男」の正体は
 
ただの岩…だったのです。
 
イエティの正体は!?                             
 
雪男を調査で有名な青森県の登山家・根深誠氏は、ネパールやブータンなどでシェルパ族のガイドへの聞き取
 
り調査を続けました。氏の調査によると、雪男を意味するとされるシェルパ語の「イエティ」はヒグマの一種(ヒ
 
マラン・ブラウン・ベア)の事で、他の地域でも「雪男」指すとされる単語(ブータンの「メギュ」やチベットでの
 
「テモ」など)も同じく全てヒグマを意味しておりました。別の調査でも、ヒグマの姿を見せられたシェルパ族はみ
 
なそれを「イエティ」と呼びました。
 
つまり、イエティとはヒマラヤに住むヒグマの事だったのです。
 
 
(↓)神戸市立王子動物園のチベットヒグマ。
イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オチ!!                                       
 
雪男の歴史は、殆ど最初から最後までイギリス人がからんでいます。
 
調べた所、どうやら雪男は、イギリスのヒマラヤ探検登山隊の資金集めに利用されていたようなのです。
 
イギリスの貴族などは、昔から冒険・探検・学術調査に出資するのが好きで、エジプトの遺跡発掘のスポンサー
 
になったり、沈没船からお宝を引き上げる計画に出資したりするのが一つの文化になっておりました。
 
そんな貴族達に出資をお願いするのに、「ヒマラヤの雪男」はうってつけのネタだったのです。
 
 
1938年、ヒマラヤに行ったドイツの動物学者で探検家のエルンスト・シェーファーが、「イエティは熊だ」と書いた
 
本を出そうとしたら、その本の内容を英語圏の報道機関に公表しないよう、イギリスの登山家らから懇願されまし
 
た。つまりは、エベレスト探検の資金集めに困るから止めてくれと。そのイギリスの登山家とは、後に「世
 
初の足跡写真」を公表する事になる、あのエリック・シプトンでした。
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と言う訳でオチですが…。
 
現地の人々にとってはイエティ=ヒグマでしかなかったところに、イギリス人が現地の伝承をベースに
 
して架空の「二足歩行の謎の生物」と言うイメージを持ち込み、雪男が生まれた。 
 
―と言うのはどうでしょうか。
 
 
その上で重要な役割を果たしたのは、『デイリー・ミラー』が1954年の捜索隊を出した時に掲載した「雪男の想像
 
図」だと思われます。
 
イメージ 4
 (←)これ。
 
この「想像図」によって、雪男のビジュアルが確定し、
 
以後それらしいモノに遭遇した時には何でもかんでも
 
雪男に見えてしまい、伝説の一人歩きが始まったのでは
 
ないか。
 
いい例がウールドリッジの一件で、彼が例の写真を撮影した
 
時、「雪男」は40分もじーっとして、動かなかったのです。
 
そんなもん、普通なら岩か何かだと気付きそうなもんですが、
 
バイアスがかかってしまうと雪男に見えてしまうんです
 
ね・・・。
 
 
よく、「ヒマラヤでは標高4,000m以上に生物はいないのに、雪男の目撃や足跡の発見はそれ以上の標高で為さ
 
れている」と言われます。つまり、誤認の対象となる動物がいないのだから、やはり雪男なのだと言う事です。
 
しかしそれは間違いで、ヒマラヤではかなり高いところまで動物達の生息が確認されています。
 
クマ(5,000m)を初め、ユキヒョウ・ヤク・ブルーシープ・ヤギ(6000m)、ヒツジ・オオカミ・キツネ(5800m)、
 
レイヨウ・ロバ・ガゼル(5,000m)、カモシカ(4,300m)等々。(カッコ内は生息が確認された標高。)
 
雪男目撃例の多くが標高5,000m以上の高地である事を見ると、高山病や低酸素状態による幻覚・錯覚によ
 
ってこれらの動物が雪男に見えてしまった可能性も考えられます。
 
あと、誤認の対象となるのは人間。脱走した犯罪者やラマ教の隠者などを雪男と誤認したケースも存在すること
 
が判明しています。  
 
 
だいたい、長い事雪男雪男と騒がれてきた割に生体の捕獲はもとより鮮明な写真1枚撮れていないと言うのは
 
やっぱりおかしいよなぁ…。でも、シェルパの伝説では「イエティは自らの意思で姿を現したり消したりできる」そ
 
んなんで、やっぱりいるのかなぁ・・・?
 
(おわり。文字制限の為尻切れトンボ…。)
                                          
『新・トンデモ超常現象56の真相』(皆神龍太郎・志水一夫・加門正一著/大田出版) 『未確認生物学!』(天野ミチヒロ・武村政春著/メディアファクトリー)
 
 イメージ 7(↓)雪男はともかく、大掃除しなきゃ・・・
 
 

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