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世界で一番呪われた絵

tantantontonさんのコメントに触発されての記事です。 つまりは美人特集です。
 
 
美人。
 
ああ、何と麗しい響きなのでしょう。美人。
 
 
男として生まれたからには、美人が嫌いで美人を見るのも嫌どころか美人と聞くだけで虫酸が走る、と言う
 
人はまず居ないのではないかと。
 
少なくとも私は、酒とタバコと吉野屋の牛丼の次に美人が好きです。
 
 
だからと言って、現世の美人を特集するほど当ブログは甘くありません。
 
こちとら、痩せても枯れてもオカルト系ブログですから。
 
 
そこで、この美人はいかがでしょう?
 

 
イメージ 1
 
UWAO!? これを出してきたかTOッ!? こッ、この絵をぉぉぉッ!!
 
と、お嘆きの貴兄貴女もいらっしゃる事でしょう。
 
クソつまらないブログに今まで付き合ってきてやったのに、この絵を見せるのかぁぁッ!!!!!
 
と、好事家な程、そう思われるでしょう。
 
 
―そう。
 
これは、「世界で最も呪われた絵」 「世界一怖い絵」 「呪いし絶世の美女」 などと呼ばれている絵です。
 
 

 
―この絵の、曰くとしては…。
 
 
「絶対見つめるな」 から始まり、「見続けると突然笑い出したように見える」 「見ると発狂する」 「5分間見
 
続けると死ぬ」 「フォルダーに保存すると死ぬ」 「検索しただけで死ぬ」 ときて、「この絵は様々な人間の
 
手に渡ったが、過去所有した7名は全員頭を掻きみしって発狂死した」とか、色々何やら云われておるようです。
 
 
この絵の由来がこれまた色々あって、「日本の10代の少女が自殺を決意した時に、その自殺を決行する前に
 
描いた絵」 「この絵の女性は東南アジアの方で、1965年ごろ夫が愛人を作ったため絶望し、自殺。それを
 
嘆いた夫が描いた絵」 「夫はこの絵を描いた後、自殺」 「絵の女性はパキスタン在住だった」 「いや、中国」 
 
「いや、やっぱり日本」 「日本の肥後」 「肥後どこさ?」 「熊本さ」 「熊本どこさ?」 「船場さ」
 
―と、百家争鳴状態。(後半ウソ)
 
 
私TOとしては、相手が美人なら多少呪われようが、ブ○につきまとわれるよりはナンボかましな気がするの
 
ですが、如何でしょうか?
 

 
で、ちょっと調べてみました。いつもの通り。
 
 
その結果、この絵は、ロバート・チャンと言う名の中国系アメリカ人アーティストが、フォトショなどの画像ソフトを
 
使って描いた絵だと言う事が判明致しました。
 
 
イメージ 3(←)ロバート・チャンさん。
 
絵のタイトルは「Melancholic Princess」で、テーマには不倫も自殺も一切関係
 
なく、チャンさんが創作したファンタジー系ゲームのキャラとして描かれたそうで
 
す。(ちなみに、キャラの名はルーちゃん
 
 
 
 
チャンさんが絵のモデルとしたのは女優の(ラックス・スーパーリッチで御馴染みの)ジェニファー・コネリー
 
さんだそうで…
 
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なるほど、なるほど。 って感じ。
 
 
描いた当のご本人も、自分の絵がやれ「世界で一番怖い」 とか 「呪いし美女」とか言われて、困惑と苦笑
 
をされているようです。
 

 
で、この絵が「世界で一番怖い絵」とか何とか言われて拡散した、その経緯とは…
 
 
2002年 作者のチャンさんが、画像サイトに投稿。 (これ)
2004年 中国のネット上で「不倫されて云々」がウワサに。 (これ)
2007年 中国の掲示板で話題復活し、ニュースサイトに掲載。 (これ)
2007年 それを受けて日本に流入。「中国の掲示板に貼られた呪いの絵云々」。 (これ)
2012年 日本国内でツイッターで拡散。「見続けてはいけない」系の尾ひれが付着。 (これ)
現在に至る。
 
 
どんなデマにも一抹の信憑がなくては広まらない。この場合それは、「Melancholic Princess」≒「憂鬱な
 
お姫様」のタイトル通りに、美人の表情に浮かぶ微妙な翳を表現して余りありすぎたのが原因ではないかと、
 
私TOは推察します。
 
 

 
ですから、今後は、ご安心の上で、じっくりと、この美人を見つめて下さい。
 
イメージ 4
 
 

 
 
 
 
 
 
スコットランドのケアンゴーム山地にそびえるベン・マックドゥーイ(Ben Macdui)山は、グレートブリテン第二の
 
高峰です。しかし、美味い料理と高い山は存在しないと言われるイギリスの事、標高は1,309mにすぎません。
 
私の地元・神奈川県で言うと、丹沢の最高峰である蛭ガ岳よりも300m以上低く、大山より60m弱高いだけ。
 
 
とは言え、北緯57度と言うカムチャッカ半島の真ん中あたりと同じ高緯度に位置する為、ケアンゴーム山地
 
では過去2回、グレートブリテン島における最低気温が記録されているとの事です。
 
 
(↓)ベン・マックドゥーイ山の位置と山容。
イメージ 1
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な、何だ?この足音は!?                 
 
1890年、科学者であり、登山家としても有名なノーマン・コリー教授は、単身ベン・マックドゥーイ山を登って
 
おりましたが、途中、台地部のケルン(石積み)付近で突然の濃霧に見舞われてしまいました。
 
すると、ほどなくして、霧の中で後から誰かが歩いて来るような、地面を踏みしめる音が聞こえてきました。
 
奇妙な事に、その足音の歩幅はやけに広く、教授の歩幅の3〜4倍はあるように感じられました。
 
振り返っても、濃い霧に遮られて足音の主は見えません。
 
気のせいだと思いながら教授は歩き続けますが、足音は背後から離れず、ずっとついて来ます。
 
恐怖にかられた教授は、玉石の斜面ををよろめきながら走って逃げ、4〜5マイル(約6〜8Km)も下って
 
やっとこさっとこ麓の村に辿りつきました。
 
イメージ 5
(←)ジョン・ノーマン・コリー(John Norman Collie)
 
ヒマラヤの8,000m峰ナンガパルパットに初登頂しようとしたらしいが、
 
失敗。しかし、ヒマラヤ、アルプス、コーカサス、カナディアンロッキーと、
 
世界各地の高峰に登った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

な、何だ?あの影は!?                   
 
コリー教授の恐怖体験はニュージーランドの新聞に載り、その記事を読んだ著名な登山家A・M・ケラス博士
 
(エベレスト登頂に尽力)は、「自分もベン・マックドゥーイ山で同じ様な体験をした」と、コリー教授に手紙を
 
送りました。
 
その手紙によると、ケラス博士は弟と二人で鉱物の調査中、霧の中でケルンから巨大な影が降りて来る
 
のを目撃。影はすぐに窪みに隠れましたが、恐ろしくなった二人は霧の中を必死に逃げたそうです。
 
逃げる最中はずっと「巨人」につけられている気がしてならなかったと、ケラス博士は記述しております。
 
 
(↓)A・M・ケラス(Alexander Mitchell Kellas)
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(↓)ベン・マックドゥーイ山の”ケルン”
イメージ 2
 

誰だ、誰だ、誰だぁ〜♪ 俺の背中を押したのは!?  
 
さらに、元軍人の登山家ピーター・デンジャムも1945年にベン・マックドゥーイ山で恐怖の体験をしました。
 
デンジャムはケルン付近で一人岩に座って休憩していたところ、急に深い霧がたちこめ、すぐ近くに”何か”
 
がいる気配を感じたそうです。するとケルンの方から足音?が聞こえたので、そちらの方に歩いて行くと、
 
突然後から押されて危うく”ラーチャー壁”と呼ばれる断崖から転落しそうになったそうです。デンジャムも
 
この後、ほうほうの体で麓に逃げ帰ったそうです。
 
 
またある日、飛行機墜落事故の調査に仲間のリチャード・フレアと二人でベン・マックドゥーイ山に入った
 
デンジャム。二人がケルンの傍に座っていると、フレアがケルンの向こうで何事かをボソボソと呟いています。
 
フレアは誰かと会話しているようなのですが、二人の他には誰もいない筈。不思議に思ったデンジャムが
 
ケルンの裏に回ってみると、いつのまにか自分もその会話に加わっていました。
 
しばらくして、やはり誰もいない事に気付きましたが、二人とも、目には見えない何者かと会話したのは確か
 
だと言います。しかし、その内容は全く憶えていませんでした。
 
 
(↓)ベン・マックドゥーイ山の断崖。
イメージ 4
 

うわっツ!? で、でかい猿がぁっツ!?           
 
1940年代、 ベン・マックドゥーイ山の山頂でキャンプしていた男性が、月明かりの下で大きな生物を目撃。
 
2足で直立するその生物は、身長が20フィート(約6m)もあり、肩幅が広く、腰は細かったそうです。
 
 
(↓)ベン・マックドゥーイ山頂。
イメージ 3
 

は、疾いぃっツ!! 通常の3倍のスピイドで接近ッ!?  
 
1990年代初期には近くの森で二足歩行の生物が3人の男性によって目撃されました。
 
その生物は後日再び現われ、時速45マイル(約72Km)で走る車に追いすがったばかりか、車内に入ろうと
 
さえした…とか言う話もあります。
 

( ↓)モデル歩き⁉ 
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―と言う訳で、                       
 
そまりんさんのリクエストにお応えして、ベン・マックドゥーイ山の灰色の巨人です。
 
 
最初にコリー教授が不思議な体験をしたのが1890年ですから、明治23年。120年以上前です。
 
東京では帝国ホテル(初代)が開業し、都内の一般電話通話が開始され、浅草12階が竣工する中、
 
第一回帝国議会が招集され、山縣有朋内閣が組閣されたりしつつ、ラフカディオ・ハーン(後の小泉八雲)が
 
来日した年でもありました。
 
(↓)山縣有朋                       (↓)ラフカディオ・ハーン
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始まりは意外と古いネタなんですね〜。
 
 
さすが、オカルト大国イギリス。美味い料理と高い山は存在しないが、怖い話や不思議な話は腐るほど
 
あるのです。
 

 
さて、この、ベン・マックドゥーイ山の灰色の巨人。
 
 
心霊現象なのか、UMAなのか、この話を自著で広く紹介したコリン・ウィルソンはまたぞろレイラインがどうした
 
こうしたとか言ってるし、妖精の類だと言う人もいる。なんとも収まりの悪いお話です。
 
その収まりの悪さゆえ、ヒマラヤの雪男や、ビッグフットと同列に語れないような気もして、むしろモスマンに
 
近い雰囲気を持ったお話のように感じます。いや、事の起こりの前後からすると、モスマンがベン・マックドゥーイ
 
山の灰色の巨人に似た雰囲気を湛えていると言うべきでしょうか。
 
 
この手の「ふしぎなおはなし」に合理的解釈を加えるのは野暮。ですが、野暮な連中は、「単調な山道を歩く事に
 
よる疲労や感覚遮断による幻覚・幻聴、ブロッケン現象の誤認」などでコリー教授らの体験を説明しようとし、
 
後の「巨大類人猿」の目撃例は、「刷り込み・思い込みによって何か他の生物を誤認した可能性」や、「そんなの
 
単なる尾ひれである可能性」を指摘したりしております。全く以って野暮ですね。
 
 
まあ、私も野暮を承知で言いますと、最初は足音につけられる→次は影を見る→今度は背中を押される→
 
遂に姿を現す→終いにゃ8マン(若い方は知らないか…)ばりの走力を見せる…と、
 
「オカルトネタ進化の法則(*)」をきっちりと踏襲しているあたりが、「ああ成る程ね感」を漂わせているとは
 
思います。
 
 
蛇足ながら、コリー教授が体験談を語ったのは1925年とされ、何で35年も経ってから公表したんだろうとか、
 
コリー教授やケラス博士がヒマラヤ繋がりで雪男と縁が無くもなかったりとか、6mの巨人なら車に入ろうと
 
しても入れないだろとか、調査どころとかツッコミどころが結構ちりばめられているお話ではあります。
 
 
(↓)参考資料。灰色の巨人と大型観光バス&路線バス(神奈中)との大きさ比較。やたらとでかい…。
イメージ 8
 
(↓)参考資料2。やっぱり、やたらとでかい…。
イメージ 7
 
 

 
いっその事で、私TOとしては、ベン・マックドゥーイ山の灰色の巨人は、「6mの類人猿の幽霊」である!!
 
―としておきます。
 
 
(↓)こんな骨も出土していると言う事ですし…(笑)。
イメージ 13
 









…何となく、収まりがついたような、つかないような…。
 

 
 
 (*)「オカルトネタ進化の法則」…色んなオカルトネタで、時を経て目撃者や体験者が増えるにつれ、ほぼ決まって事態がだんだん大げさになっていく事。
UFOネタでの一例をとると、「円盤を見た→円盤が着陸するのを見た→円盤から宇宙人が降りて来るのを見た→
宇宙人と話した→円盤に乗せて貰った→円盤で月に行った→円盤で火星に行った→木星に行った→太陽系外に行った→何万光年先の宇宙人の母星に行った…」と言う風に、ネタをかぶせる毎にだんだん大げさになって、どんどん現実離れして行くのである…。
 
 
 
 

ベルメスの顔

ベルメスの顔(べるめすのかお、Caras de Bélmez)は、スペインアンダルシーア州ハエン県のベルメス・デ・ラ・モラレーダの民家で発生した現象。その家のコンクリート床に、顔のような染みが浮かび上がるというものである。 (Wikipedia日本語版)
 
イメージ 1
 

 
1971年8月23日。韓国・実尾島では、北朝鮮侵攻のために訓練されていた特殊部隊兵士らによる反乱が発生
 
し、後に映画になったりするのだが、アンダルシアの小さな村に住むマリア・ゴメス夫人は、そんな事は露とも
 
知らぬまま、その日もいつもの通り、自宅のキッチンに入った。
 
 
「バモス ア エンペサ−ル(始めましょ)!!」とばかりに、鼻歌交じりでミガスか何かを作り始めたマリア。
 
ようやくぐつぐつと煮立った鍋にHarina de Sémola de trigo(セモリナ粉)を豪快に投入しようとした時、
 
マリアはふと足元に目をやった。―その刹那。
 
「たわばっ!!!」 ガラガラガチャン!!バサァァ!!ドシャァァァッ!!
 
―マリアは、悲鳴と共にセモリナ粉を容器ごと取り落とした。
 
そのまま表に駆け出たマリアは、川口浩探検隊員ばりに叫んだ。
 
「ゆ、床に、ひ、ひ、人の顔がぁぁぁぁッツ!!」
 
「な、何ぃッ!? …床に、人の顔ぉぉッツ???」と、川口浩隊長ばりに驚いた隣人たちが駆けつけてみると、
 
皆マリアと同じような悲鳴をあげた。
 
「あべしっ!!!」 「ひでぶっ!!!」
 
無理も無かろう…。キッチンのコンクリートの床には…
 
 
イメージ 2
 
さくらももこ風のタッチが気にならなくもないが、兎も角、恨めしそうでもあり、楽しそうでもある、男?女?
 
オカマ?の顔が、浮かび上がっていたのである。
 
 
「顔」は、マリアの亭主や息子も気味悪らがせ、5日後には職人を呼んでツルハシで床をぶっ壊し、新たに
 
セメントを流し込んだ。
 
 
 …し・か・し…
 
 
再び、「顔」は、浮き出てきたのである…。
 
 
それだけならばまだいいが、いや、あんまりよくないが、あろうことか数日後から、いくつもの新たな顔がキッチン
 
や廊下のコンクリ床に現われては消え…と言う事態が繰り返されるようになった。
 
 
(↓)「ベルナスの顔」群の一例… どれも絵心を感じられない
イメージ 3
 
地中海性気候の典型であるアンダルシアの夏空はどこまでも蒼く、無尽蔵の陽光は木々の緑を鮮やかにし、
 
乾いたベルメス・デ・ラ・モラレーダ村を吹き抜ける風はどこまでも爽やかである。
 
しかし、あの月曜日以降、その村のレアル通り5番地の一角、マリアの家だけには、仄暗い水の底が如く、
 
重苦しい空気が充満していた。
 
 
この奇妙な現象は近在の人々の耳目を集め、遂にはその年の11月には地元紙に掲載されて一気にブレイク。
 
「ベルメスの顔」として世に知らしめられ、近所の野次馬観光客、オカルティストにデパンカー、
 
暇人粋人仕事人、弥次さん喜多さん黄門さんと、アンダルシアに憧れた訳でもない人々が、呼びもせんのに
 
あちらこちらから見物に訪れるようになった。
 
 
そうこうするうち、家の中で奇妙な音や声が聞こえるようになってしまい、高感度マイクを設置した調査では、
 
正体不明の呻き声や泣き声が録音されたと言う。
 
また、床下を発掘調査したところ、その土地は以前は墓地であった事が判明し、多くの人骨が発見された。
 
―ところが、その人骨の中に、頭蓋骨は一つもなかったと言う。皆が皆、首なし遺骸だったのだ。
 
この事から、「顔」は、スペイン内戦(1936年7月 - 1939年3月)で虐殺された人々のものではないかとも
 
言われている…。
 
 
(注:以上の記述にはTOの脚色が色濃く入っております。)
 

 
 とっくの昔に記事にしたつもりでいた「ベル顔」ですが、つもりだっただけでしたので、改めて記事にしました。
 
有名と言えば有名なこのネタ、掲載した「顔」をご覧になった憶えがおありの方も多いかと存じます。
 
「顔」の、稚拙な描写を以って醸し出される”味”には、「宇宙人目撃イラスト」と同様に堪らないものがあり、
 
怖がっていいのか笑っていいのかよく判らないところに「ベル顔」の魅力があるように思えます。
 
 
さて、ご当地スペインのサイトを巡ってみると、がっかりと言うか、やっぱりねと言うか、これは単なる悪戯に
 
端を発していたネタのようです。
 

 
当初のスペイン新聞各紙は、肯定否定の真っ二つに別れておりました。
 
事の発端から半年後、つまり1972年の2月頃に、否定派の新聞は調査の結果を「"顔"は硝酸塩と塩化銀で
 
描かれたもの」と発表。スペイン内務省の一部門も、調査の上で、「”顔”は描かれたもの」との確証を得ました。
 
同年以降、肯定派の最右翼だった新聞も「"顔"は超常現象ではなかった」と認めました。
 
 
そんなこんなで世間の熱と野次馬の数は日を追って下がって行き、とりあえずインチキで一件落着…
 
的な雰囲気になったようです。その後は世間一般には忘れられつつも、村には時折好事家が訪ねて来る程度
 
に事態は落ち着いていたらしい。
 
 
(↓)レアル通り。
イメージ 4
 
 
…し・か・し…
 
 
その後、創刊された雑誌「エニグマ(謎)」誌上で「ベル顔」が採り上げられた事から、ネタが復活!!
 
2004年2月にマリア夫人が亡くなると、スペイン超心理学研究協会(SEIP)なる団体の会長が、エクトプラズムが
 
どうしたこうしたと言いながらマリアの実家を調査したら、何とそこにも「顔」が現われたと主張。
 
 
対して新聞各社は、村として最初に「顔」が現れた家を購入して観光名所化するつもりが、売りに出された家は
 
価格があまりに高騰したので諦めて、違う家に「顔」を描いて客寄せしようとしていると非難。
 
エルムンド紙は2004年11月28日付けで、「地方自治体と『幽霊ハンター』が、新たなる”顔”を捏造。商業・観光
 
に利用するのが目的」と報じ、「60万ユーロにまで高騰したマリアの家のかわりに、8.4万ユーロ程で買える家に
 
”顔”を出現させた」とレポートしました。
 
 
マリアの家族の一部は「商売でやっているんじゃない」と言いながらも、2005年6月にはちゃっかりしっかり
 
『ベルメスの顔』を商標登録していたりして。
 
 
当然、村役場としては今更引き下がる事もできず、「顔」が超常現象ではないとする意見を拒否し続けました。
 
 
かたや、エルムンド紙編集者らが2007年5月に『ベルナスの顔』なる本を出版し、これは悪戯から始まった事、
 
これまで出現した「顔」は全てマリアの家族や共犯者によって描かれた事、ビリーバー系調査員がミステリー
 
を維持するため各種調査データを改竄した事…等を暴露し、客観的に検証できる資料も公開しました。
 
 
ちなみに、マリアの家族のある人は「ヘンな音や声なんて聞いた事がない」と証言しております。
 
床下を発掘し人骨が出たのは事実らしくも、頭蓋骨が一つもなかったとの下りはご当地サイトのどこにも記述
 
が見つからず、どうやらこのへんのノリは、尾ひれの類のようです。
 
 
よく考えてみりゃ、スペイン内戦の遺体が埋葬されるような墓地だったら、この事件からたった30年かそこら前
 
まで墓地だったはずで、地元の人が「発掘してようやく墓地だったと知る」なんて事はなかった筈ですし。
 

 
―と言う訳で、「ベル顔」は、事件勃発→ガゼ→忘れかけられ→ほとぼり冷めて復活→やっぱガゼ→
 
しかし今なおビリVS懐疑派で論争中。一般にはビリ優勢…と、まるでロズウェル事件のような経過を辿っている
 
おハナシでした。
 
 
(↓)最初に「顔」が出た家。
イメージ 5
 
私見ですが、そうは言っても、与太話の片棒を担いだ形の地元の当事者の人達も、決して悪意をもってやって
 
いたのではないのではと。おばあちゃんをビックリさせようとした軽い気持ちの悪戯だったのが、事が大きくなって
 
引き下がれなくなり、いつしかビジネスの側面が優先されるようになってしまったのではないかと…。
 
これまた、オカルトネタでは良くあるハナシですが。
 
イメージ 6
(←)マリア・ゴメスばあちゃん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まあ、日本でもちょっと前までは、あそこの柱に人の姿が、ここの石碑に人の顔が…とニュースが度々流れ、
 
わんさかと野次馬が押し寄せて屋台まで出た事例が幾つもありますし。キリストの墓とかで村おこしをする
 
ところもありますし。
 
 
ただ、欧米か!!と感心するのが、超常現象の起こる家の値段が高騰するあたりですね〜。
 
あちらでは、幽霊の出る宿がそれを売りにしたり、幽霊の出る家が高値で売れるそうですし。
 
日本じゃ、へんちょこりんな顔が浮き出る家なんて、まず売れないもんねぇ。
 
 
♪チャンチャン
 
 
 
 
 
 
 
 

フライト19こぼれ話

文字制限で、本編には書けなかったのですが、「フライト19」の事を調べていて、一番笑ったのは…
 
フライト19は、バミューダトライアングル内で消失した
訳ではない!!
 
―と言う事です。
 
 
ちょっとしたトリビアですが、まあ、ご覧下さい。
 
赤い三角形が、フロリダ半島先端〜バミューダ諸島〜プエルトリコを結んだいわゆるバミューダトライアングル。
 
そして、○がフライト19の消失したあたりです。イメージ 1
 
離れとるやんけ!!
 
と、ツッコミの一つも入れたくなろうと言うものです。
 
(正確に言うと、○印は18:00時点でのフライト19の位置だから、実際はもっと北に離れています。)
 


 
だもので、フライト19を扱うビリーバー系のサイトでは、こんな風や(↓)
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんな風に(↓)
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつの間にか、バミューダトライアングルを広げちゃ
 
ってる ところもあります(爆笑)。下の奴なんか、すでに三角形じゃないし。
 
涙ぐましいというか、姑息的と言うか、とにかく何が何でもフライト19をバミューダトライアングルの中に押し込め
 
ておきたいんでしょうね〜。
 
 
実は、これが、フライト19ネタの、真のオチでした。
 
ちゃんちゃん♪
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
1945年12月5日14:10、フロリダ州フォート・ローダデールの海軍基地から、5機のTBMアベンジャー雷撃機が飛行訓練に飛び立った。隊長のチャールズ・キャロル・テイラー中尉は、2,500の飛行時間を持つベテランパイロットである。5機のアベンジャーには総勢14名の搭乗員が乗っていたが、みな歴戦のパイロットだった。
 
(↓)アベンジャー雷撃機。
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
イメージ 3
(←)フライト19の予定飛行ルート。
1.フォート・ローダデール海軍基地
2.爆撃訓練地点
3.北へ進路変更
4.西南西に進路を変更し、基地へ向う
 
 
 
 
 
 
 
帰還予定時間をやや過ぎた15:45、基地のコントロールタワーにテイラー中尉から不可解な無線連絡が入った。「タワーに告ぐ!!こちら指令機。緊急事態発生。我々はコースをはずれたらしい。陸地が全く見えない…」
現在位置を訊く管制官にテイラー中尉は答えた。
「それが分からない。どこを飛んでいるのかさっぱり分からない。」
「とにかく西へ向かえ。」と指示するタワーに、パニックに陥っているテイラー中尉の声が返ってきた。
「どっちが西か分からない。…奇妙だ。…何もかもおかしい。方向がつかめないし、海の様子もいつもと違って妙に白い。」
 
タワーに詰めるメンバーは困惑した。この時間は陽が西に傾き、太陽の方向へ飛べばともかく陸地には着く筈である。しかし、西の方角が判らないとは、どう言う事なのか?
 
タワーには、徐々に感度が弱まりながら、フライト19編隊各機からの無線通信が入ってくる。
「一体、何が起こったんだ?雲の中に入ったのか?他の4機はどこへ行った。」
「計器がみんな狂った!」
「現在16時25分。現在地は不明。迷ってしまったらしい。・・・うわっ!白い水に突入した!!
 
そして、またテイラー中尉の声が入った。「ここはどこだ?いや、基地の北東360キロ・・」
「見ろ!!我々がいるところは…」
 
その一言を最後に、フライト19からの通信は途絶えた。フライト19編隊は燃料を満載していたが、それも1,000マイル・約4時間で底を尽いてしまう。
 
フライト19編隊の燃料が尽きたと思われる頃、遭難を確信したタワーは、救難機を飛ばす事にした。
18:30、要請を受けたハバナリバー海軍基地から、マーチンPBMマリナー飛行艇が13人の乗員を乗せて飛び立ち、フライト19の無線途絶地点へ向った。19:50頃、マリナー飛行艇から無線連絡が入った。
「フライト19はまだ発見出来ない。何かまわりの様子がおかしい。うわっ、何か白いものに包まれた!!
マリナー飛行艇も、これを最後に通信が途絶。忽然と姿を消したのである。
 
 
イメージ 2
(←)マリナー飛行艇。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、海上では5日間に渡って、空母を含む多数の艦船や延べ300機を越す飛行機による大がかりな捜索活動が行われ、捜索範囲は25万平方マイルに及んだ。陸上でも10以上の捜索隊によって徹底的な捜索が行われた。しかし、死体や残骸はおろか、破片一つ発見する事が出来なかった。
 
この消失事件は合理的な説明が困難であり、「UFOに遭遇して連れ去られた」「異次元に迷い込んだ」など
の説もある。
 


 
随分前にバミューダ・トライアングルの記事を書きましたが(こちら)、数ある「バミューダ・トライアングルでの消失事件」の中でも最も有名なものの一つが、この「フライト19事件」でしょう。
 
映画『未知との遭遇』にもフライト19はネタとして使われてましたね〜。砂漠の中で整列して発見された5機のアベンジャーのシーンは、今でも目に焼きついてます。
 
(↓)『未知との遭遇』のワンシーン。
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さて、前回の記事で、バミューダ・トライアングル自体がガセネタくさい事が判ってしまっただけに、この事件もやっぱりガセなんでしょうか。ちょっと調べてみました。
 

 
バミューダ・トライアングルの真相を解き明かしたローレンス・D・クシュは、この事件に関しても、軍の報告書を精査するなどして、調査を行っております。その結果、フライト19について世間で言われている事は、事実と随分違う事に気付きました。
 
クシュの調査やその他の情報源を基に、事実と「伝説」の相違点をざっと挙げると、こうなります。
 
 
○フライト19やマリナー飛行艇は、快晴の中を飛んだ訳ではない。フライト19が飛び立った時は天気は良かったが、その後急変して悪天候になっている。フライト19が遭難したのと同時刻・同海域にいた英国籍タンカー・SS Empire Viscount,は、「北東ハバナは雲が垂れ込み波が荒く、強い風が吹いていた」と報告している。
 
○テイラー中尉はベテランの飛行士ではあったが、戦時中3回も自機位置をロストして(平たく言うと迷子になって)おり、内2回は飛行機を海に沈めてしまっている。つまり、航法は苦手だった様である。しかも、彼はローダデール基地に配属になって2週間ほどしか経っておらず、周囲の地理や気象に疎かった。また、テイラー中尉ともう1名のパイロット以外は、全員が飛行経験の浅い訓練パイロットだった。
 
○テイラー機にはコンパスが2個装備されていたが、1個は故障していた。
 
○「どっちが西かわからん」とか「白い水が云々」とか「見ろ!!我々のいる所は…」などと言う言葉は通信記録に残っておらず、後からついた尾ひれだと思われる。
 
○マリナー飛行艇からの通信が途絶えた頃、消失地点近くを航行していたタンカー・SS Gaines Mills が、高度30mほどの空中で爆発があり、炎が海面で10分間燃え続けたのを目撃している。爆発の地点は28 °35'N  80 °15'W で、 マリナー飛行艇の飛行経路に完全に一致していた。マリナー飛行艇は燃料漏れなどを頻繁に起こす欠陥があり、「空飛ぶガスタンク」の悪名をとっていた。この事故も、タンクから漏れて気化したガソリンに何らかの原因で火がついて爆発したものと推測された。マリナー飛行艇に緑色の不思議な光がまとわりついているのを目撃した住民がおり、いわゆる「セントエルモの灯」(悪天候時、船舶や飛行機等に発生する静電気によるコロナ放電)がガソリンに引火したと言う説もある。
 

 
―と言う訳で、きちんとした資料を基に、「フライト19消失事件」を再現すると、こんな感じになります。
 
14:10 フライト19編隊がフォート・ローダデール海軍基地を発進。
 
15:45 フォート・ローダデール海軍基地上空の飛行機がテイラー中尉からの無線を受けた。
     テイラー中尉「コンパスが2つとも狂ってしまった。今、陸の上だが、きれぎれの陸だ。キーズ上空に違い     ないと思うが、どのくらい南に下ったかわからないし、ローダデールへどう行けばいいのか判らない。」
 
(テイラーは、視界の利かない雲の中を、コンパスが故障して南に飛んでしまったと思っていたが、実はこの時、ほぼ予定通りのコースを飛んでいた事が後の調査で判明しています。つまり、道に迷ったと思い込んでいた のです。また、実際コンパスは故障していなかった可能性が高く、これもテイラーの思い込みだった様です。)
 
16:31 テイラー中尉から通信が入る。
    「わが編隊の1機が、270度旋回(つまり、西に向って旋回)すれば、本土に接近できると主張しているが、    どうか?」
 
(テイラーは訓練生の一人に現在位置を算出させたが、今ひとつ信用できなかった様です。しかし、訓練生の計算は正しく、言う通りにしておけば無事陸地に辿り着けたのです。…が…。)
 
16:45 テイラー中尉から通信。「これより方位030(北北東)にて45分間飛行し、その後北へ向う。」
 
(フロリダ半島の西側のメキシコ湾に迷い込んだと思っていたらしい。タワーからは訓練生の一人に航法を任せるよう指示したが、テイラー中尉はそうしなかったらしいです。タワーが受けた無線の内容によると、テイラーと訓練生達との間で意見の食い違いがあり、訓練生たちは西へ飛ぶ事を主張しておりました。)
 
17:07 〃「方位090(東)へ変更。10分間飛ぶ。」
 
17:15 〃「方位270(西)へ飛行中。」
 
(かなり混乱しています。と言うか、完全にドツボにはまってます。実はこの後、18:00頃に電波による三角測量でフライト19の正確な現在位置{29°15′N 79°00′W}が算出できたのですが、手違いで送信されませんでした。この時、フライト19はフロリダ半島東の海上を飛んでいたのですが、しかし、テイラー中尉は相変らずメキシコ湾上にいると思っていたのです。)
 
18:15 〃「現在のコースは、メキシコ湾の上空だ。まだ東へ飛び方が足りないんだ。ともかく、燃料が切れるまで東へ飛ぶ。そうすれば、できるだけ海岸の近くで救助される可能性がある。」
 
(フライト19がさらに不運だったのは、この時の電波状況がかなり悪かった事です。通信に使用していた周波帯は空電が酷く、キューバの音楽放送も混信しており、陸上基地から何度「西へ飛べ」と指示を出しても、彼らには届かなかったのです。)
 
19:04 テイラー中尉から短かい通信。(よく聞き取れなかったらしい。)その後、通信途絶。
 
 
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(←)フライト19の飛行経路図。
 
黄色が本来の飛行ルート。
赤が実際に飛んだルート。
紫がテイラー中尉の思い込みルート。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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1〜5.フライト19の予定飛行経路
6.フライト19が彷徨っていたエリア
7.三角測量で特定された18:00のフライト19の位置
8.ハバナリバー海軍基地
9.マリナー飛行艇の爆発位置
10.フロリダ州キース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
先述の通り、当時は悪天候で、着水もしくは墜落した、重量6.3トンもあるアベンジャー雷撃機が、波高15m近い荒波の中、痕跡一つ残さず海底に沈んで行っても何の不思議もありませんでした。
 

 
フライト19の一件を総括すると、地理に不案内で方向オンチ、しかも部下を信頼できず、パニクってしまう指揮官・悪天候・電波状況の悪さなどの、悪条件と言うか不運が重なって起きた、むしろ、起こるべきして起きた遭難事故だったと言う事が出来ます。
 
引き摺り回された訓練生こそ浮かばれず、あの世でテイラーに文句を言っている事でしょう。
(特に、正確な位置を算出した人なんか…。)
 
 
 
(↓)フライト19のメンバーと、テイラー中尉。
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しかしまあ、ここにもUFOや異次元が介在する余地は全くなかった…
と言う事はよく判りました。
 
このネタも、バーリッツを始とする、バミューダ・トライアングル業界の作家やライターの人たちが無理やり謎に仕立て上げたものなのでしょう。
 
 
ちゃんちゃん♪
 

 
蛇足情報 1991年にフロリダ沖で5機のアベンジャーの残骸が発見され、「すわ、フライト19の残骸か!?」とビリー
 
バーもカイギストも注目しましたが、エンジンのシリアルナンバーからどれもフライト19の機体ではない事が判
 
明。それぞれ、別の日に落ちた機体だったそうです。よく落ちるんですね、アベンジャーって。
 

 
『トンデモ超常現象99の真相』(と学会著/洋泉社)
 
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