世界のふしぎコーナー

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長くなりそう、と言うか、下書きはそれはそれはもう既に大長編になってしまっております。
 
恐らく、10や15の連載ではきかないでしょう。忙しいのに何やってんでしょうか私は。これをこれから記事にする
 
のか…と、そこまでやる気力も時間もないので、大幅にハショッて記事にします。
 


 
さて、ファティマに現われた女性はナニモノだったのか。
 
ナニモノもナニも、聖母マリアだったんでしょ?と思われるかもしれません。
 
だって、こんな(↓)イメージですもんね。
イメージ 8
 
しかし、「ハイそうですね」と言ってしまうと当ブログは成立しなくなるの
 
で、一応「懐疑的に」検証してみます。
 
ここでは、いつもの通り、「UFO説」をケチョンケチョンにして見ようかと思
 
います。実はそうする事によって、「ファティマの秘密」の秘密(言ってる事
 
が良く判らん)が解明できるかも知れないのです。
 
 
 
 
 
 
 
念の為申し上げておきますが、私は実は懐疑的なUFOビリーバーです。宇宙人はUFOに乗って地球観光にやっ
 
てきていると確信しており、その証拠を探してUFOネタを検証し続けているのです。ところが本件は、検証の結
 
果、UFOも宇宙人も一切絡んでないと思うに至りました。
 

「ファティマの奇跡」の正体はUFOか!?

UFO本やUFOビリーバー系サイトでは、「ファティマの奇跡」を宇宙人とのコンタクト・ストーリーとみなす傾向が
 
非常に強い。そりゃ尤もな話で、ちょっと見慣れないものが空を飛んでると、無批判無検証でUFO(宇宙人の乗り
 
物と言う意味の)と思ってしまう方々ですから。何せ、「ファティマの奇跡」には、「卵形の球体」だの「動く太陽」だ
 
の、それこそパッと見UFOチックなアイテムが盛りだくさん。UFOビリーバーさん達が、これは間違いなくUFO
 
だぁ〜ッ!!と思ってしまうのは、当たり前田のクラッカーです。
 
しかし、調べてみると、それもやはり思い込みに過ぎなかった事が何となく判りました。
 

 
 まず、ビリーバーさんたちの論拠である、「卵形の球体」や「動く太陽」などのUFOチックな「天空の奇跡」が本当
 
に出現したのかが非常に疑わしいのです。
 
 
「ファティマの奇跡」を伝えた当時の新聞(前回記事参照)ですが、ご覧の通り、「天空の奇跡を見上げる群衆」の
 
写真は多々掲載されておりますが、肝心要の「天空の奇跡」の写真は1枚も載っていないのです。常識的に考え
 
れば、一連の奇跡の中でもクライマックスである「動く太陽」は、本件最大の報道価値がある筈です。その写真
 
が載っていないとは、どういう事なのか。
 
 
例えば、プロ野球のある試合で、3−0で負けてる9回裏ツーアウト満塁の場面で逆転サヨナラ満塁ホームランが
 
出たとしましょう。その翌朝のスポーツ紙で、「ホームランを見上げる観客」の写真を一面トップに持ってきて、
 
「バッターが打った瞬間」の写真を1枚も掲載しない新聞があるでしょうか?あったら是非お目にかかりたいもの
 
です。つまり、「動く太陽」の写真を載せないのは、それほど有り得ない事なのです。(ちなみに、今の例で勝っ
 
たのは当然ながら巨人ですが。)
 
 
発生したなら必ず新聞に写真が出る筈の事象なのに、そうでなかったと言う事は、そんな事象は発生していな
 
ったとも考えられます。
 
 
「おいおいTO、あんた前回の記事で『太陽の奇跡』だか何だかの写真をどっかから拾ってきては載せていたじゃ
 
ねえか!!ありゃあ、一体全体なんなんだい!?」と、お思いになる方もいらっしゃいましょう。
 
はい、その通り、載せました。アレを。しかし、アレは、「ファティマの奇跡」当時、つまり1917年の新聞に掲載され
 
たものではないのです。実はアレ、「ファティマの奇跡」から34年も経った1951年11月18日にバチカンの日刊紙
 
『Li Osservatore Romano』に「(バチカンの)厳正な審査の結果、真性と判断された写真」として掲載されたものな
 
のです。
 
いくらなんでも審査に時間かけすぎだろ!!とツッコミのひとつも入れたくなる代物なんですね〜、アレは。
 
普通なら、すぐに新聞に載るネタなのに、何で34年も経ってから世に出たのか???しかもバチカンの新聞から???
 
 
―さあさあ、何だか、話が怪しくなって参りました。
 
 
(↓)アレ。(再度掲載)
イメージ 7
(何度見ても、う〜む…だよなぁ…。)
 

 
じゃ、じゃあ、「卵形の球体」はどうなんだよ!!あれなんか、まさにUFOだろうよ!」!と、お思いの方も多いかと存じま
 
す。確かに、それを目撃した司教達(奇跡現象がホンモノかどうか確かめに来たのです)が「あれは聖母の乗り
 
物でごわす」と認めた空中現象。しかしながら、司教達が認めた…というのがミソなのです。
 
いや、ごわすと言ったかどうかは知りませんが。
 

 
これは、その内記事にしようと思っていたネタなのですが、キリスト教の宗教画にはその様な「球体」が数多く描
 
かれております。そして、そのことごとくは、UFOビリーバーさんたちにとっては「UFO存在の証拠」として取り扱わ
 
れております。
 
イメージ 1
(←)その中でも、最も有名処なのがこれ。セルビア・モンテネグロのデシャニ修道院にある14世紀のフレスコ画です。ちなみにこの修道院は世界(文化)遺産です。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2イメージ 3
こんなの見たらビリーバーさんならずとも、UFOだと思っても無理はありません。でも…
 
 
 
 
 
 
イメージ 4イメージ 5(←)こんなの(『聖母と聖ジョバンニーノ』フィリッポ・リッヒ作 14世紀)とか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
(←)こんなの(『十戒を受け取るモーセ』)とか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―とまあ、挙げていったらキリがないくらいに、「ヘンな球体」が描かれている宗教画は多いのです。
 
 
それもその筈、キリスト教では天から聖なる者が降臨するのを視覚的に表すのに、しばしば「楕円の球体」を用
 
いたのです。この手の宗教画は、教会や貴族などが画家に注文して描かせたものが多く、絵の構成要素は全て
 
事細かに契約内容に盛り込まれており、画家が勝手に表現する事は出来ませんでした。発注者たちは聖書の
 
一場面を忠実に再現する事を望んだのです。当然、絵の表現方法には細部に至るまで決まりごとがあり、「神聖
 
な者」が地上に現われる表現としては「こんな感じで描く」と決まっていたのです。その「こんな感じ」が「卵形(楕
 
円)の球体」であり、それが今から見るとたまたまUFOそっくりに見えるに過ぎないのです。
 
 
―と言う訳で、記事ネタをひとつ損した気分になるTOでした。(これって、独立した記事でもいけるよなぁ…。)
 

 
ファティマに現れたとされる「卵形の球体」は、その写真すら無く、「こんな事があった」と伝承されているのみで
 
す。しかもそれを「あれは聖母の乗り物じゃけん」と言ったのは司教達。うーん、怪しい。いかにも宗教的。
 
(じゃけんと言ったかどうかは未確認ですが。)
 

 
そんな事を知ってか知らずか、ビリーバーさんたちは、UFOチックな伝承に無批判無検証で食いついたあげく、
 
「ファティマの奇跡」で出現した女性は、宇宙人であると主張します。気持ちは重々承知の上で言うのですが、何
 
でわざわざ遠い星から来た宇宙人がイベリア半島の片田舎で、「教会を建てろ」だの「ロザリオの祈りをしろ」だ
 
の辛気臭いと言うか、宗教臭いと言うか、そんな預言をするのでしょう?
 
この宇宙人はクリスチャンだったのでしょうか。しかも、カトリックの(笑)?と言う事は、ムスリムの宇宙人とか、
 
浄土真宗の宇宙人とかもいるのでしょうか???苦笑と興味が尽きません。
 
 
地球人にコンタクトしてくる宇宙人は、大抵の場合、相手の人選を間違ってますが、「ファティマの宇宙人」も
 
また然り。聖母のふりして小難しい預言をするなら、ルチア達みたいな朴訥な子供よりも、その辺の司教とか、何
 
だったらバチカンまでひとっ飛びして直接ローマ教皇の所に行った方が早いと思うのは私だけなのでしょうか?
 

 
 しかし、「ファティマの秘密」ってのが、ビシバシ的中したってTOてめえが前の記事で書いたろうよ!!」と憤りを感じ
 
るお気持ちも十分理解できます。しかしながら、調べてみると、その「的中」ってのもまた怪しい。調べていて、驚
 
いたのが実は…
 
 
 
…と言う所で、もう死ぬほど眠いので、一旦〆めます。
 
 
イメージ 9
 
お休みなさい…。
 
 
 
 
 
 
 
 

ファティマの秘密

エドさんからのフリとどらみさんのコメントにより、記事にしてみます。
 
超有名ネタの「ファティマの秘密」です。
 
久々に、長くなりそうな予感がしますが、どこまで興味と根気が持つのやら…。とりあ
 
えず、やれるとこまでやってみます。どうせ、読みにくく面白くもなんともない記事に
 
なる事請け合いなので、無理してまで読まないで下さい。
 


 
「ファティマ」でググってみると、「ファティマの(第三の)予言」「ファティマの
 
(第三の)預言」「ファティマの奇跡」「ファティマの(第三の)秘密」などがぞろぞ
 
ろとヒットします。
 
 
このネタに対する私の認識は、「ファティマって場所に聖母マリア様が出現して、三人
 
の子供たちに三つの預言をしたんだけど、一つ目と二つ目は第一次・第二次世界大戦の
 
事で、ずばり的中してて、三つ目の預言を聞いたローマ教皇は、あまりの恐ろしさに失
 
神して、それを封印しちゃったんだって!!何か、世界滅亡の事だったらしいんだけ
 
ど…」ってな感じのストーリーでしかありませんでした。色々なサイトを拝読した所、
 
世間一般の認識もほぼ似たような感じの様です。(亜流として「ファティマに現れた聖
 
母マリアは実は宇宙人で、人類を導くために云々かんぬんどうたらこうたら…」とか言
 
うのがありましたが…。)
 
 
まあ、聞くからに怪しげな…と思いきや、「ファティマの聖母出現」は真の奇跡として
 
バチカンに認定されているから話がややこしい。実際、第一・第二の秘密は第一次大戦
 
の終結と第二次大戦の勃発をズバリ言い当てています。
 
 
それでは!!とばかりに、世界中で「第三の秘密」とは何ぞやと、喧々諤々の議論が交わ
 
されてきました。「第一・第二の秘密」が第一次・第二次世界大戦だった流れからする
 
と、当然「第三の秘密」は第三次世界大戦なのか?と、そう思うのが人の常です。中に
 
は、「そんなのが的中したら、第三次だけに大惨事!!」なんてアホな事を言う奴もいた
 
とかいなかったとか。
 


 
ところで、「ファティマの秘密」が広く世界中に知られる様になったのは、ある事件が
 
きっかけでした。
 
 
それは、198152日にロンドン・ヒースロー空港で旅客機がハイジャックされた事件
 
でした。犯人の要求は「ファティマ第三の預言を世界に向けて公開せよ」というもの
 
した。(犯人は逮捕され、彼の目論見は失敗に終わりましたが。)
 
ハイジャックしてまで知りたい「秘密」とは、一体全体どんなものなのか。それは、ハ
 
イジャック事件から19年後に明らかになりました。
 
 
2000年、バチカンは「ファティマ第三の秘密とは、1981年の教皇ヨハネ・パウロ2世
 
暗殺未遂事件であ」と発表しました。
 
しかし、世界中のオカルトマニアから「いや、そんな筈はない。バチカンは『ファティ
 
マ第三の秘密』を未だ隠しているのだ!!」などと言われる始末。第三次大戦勃発=地球
 
滅亡クラスの大惨事を期待(?)していた「終末ファン」にとっては、少々肩透かしの
 
結論だったのです。
 


 
さて、「ファティマって所にマリア様が出現」した事件とは、どんなものだったのか。
 
ちょっと詳しく調べてみました。
 
 
1917513日。時は第一次世界大戦の真只中です。ポルトガルの寒村ファティマに住む
 
羊飼いのルチア・ドス・サントスという10歳の少女が強い衝動に駆られ、いとこで9歳の
 
フランシスコ・ペトロと7歳のヤシンタ・マルトを連れて、父親の所有するコーバ・ダ・
 
イリヤという場所に行きました。
 
イメージ 4
 
(←)左から、ルチア、フランシスコ、ヤシンタ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
(←)コーバ・ダ・イリヤ
 
 
 
 
 
 
 
 
すると、突然の稲光と共に激しい旋風が巻き起こり、光る雲に包まれた若く美しい女性
 
がヒイラギの木の上に現れました。恐れおののくルチア達に、「何も怖がることはあり
 
ません。私は天国から来ました」と言う女性は、純白のドレスを着て、金色に縁取られ
 
たベールをはおり、右の手首にはロザリオをかけていました。
 
その女性は、「世界が平和であるように、毎日熱心にロザリオの祈りを唱えなさい」と
 
教え、そして毎月13日の同じ時刻、この場所に現れることを約束して光る雲と共に東の
 
空に飛び去っていきました。
 
 
これが、聖母マリアと思しき女性と、ルチア達3人の子供とのファースト・コンタクトで
 
した。ただし、聖母マリアと思しき女性の姿を見る事ができるのはルチアだけで、フラ
 
ンシスコはルチアから話の内容を聞くだけ、ヤシンタはそれすらして貰っていなかった
 
様です。
 
イメージ 5
(←)ファティマの資料館に展示さ
れている蝋人形。「聖母マリア」と
の遭遇の場面。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(←)再現動画。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
以後の経過を詳しく書くと長くなるのでハショリますが、それ以降ルチア達は約束通り
 
に毎月13に都合6回聖母マリアと思しき女性とコンタクトします。最初は子供の法螺話
 
か悪魔に騙されたかと思っていた大人達も、様々な奇跡的現象を目の当たりし、聖母出
 
現を信じる様になりました。
 
(聖母マリアと思しき女性の姿は、やはりルチアにしか見えず、その声はルチアにしか
 
聞こえませんでした。その為、聖母マリアと思しき女性は皆がルチアの話を信じる様
 
に、卵形の物体を飛ばせたり七色の光を空に満すなどの奇跡を成してくれたのです。)
 
 
評判が評判を呼び、回を追う毎に見物人が増え続け、終いには7万人以上の集客力を誇る
 
イベントと化していきました。そして、6回目にして最後のコンタクトでは、太陽がジグ
 
ザグに動いたり四方八方に光を放ったりと、一大天空ショーが開催され、その様子は
 
40Km離れた場所からも観察する事が出来たそうです。
 
 
イメージ 6
(↑)新聞記者が撮影した「太陽の奇跡」。(1917年10月13日に出現。)…う〜む…。
 
 
イメージ 7
(←)「O MILAGRE DE FATIMA (ファティマの奇跡)」を伝える新聞。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8
(←)大々的に報道される「ファティマの奇跡」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
6回のコンタクトの中で、ルチアは聖母マリアと思しき女性から様々な預言を受けました
 
が、3回目のコンタクトで受けた三つの預言だけは決して他言するなと念を押されまし
 
た。それが世に言う「ファティマの秘密」なのです。(「教会を建てろ」との預言は積
 
極的に公表され、地区の司祭は早速用地買収に乗り出したそうです。
 
イメージ 9
(←)早速建てられた
「記念アーチ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
バチカンも10年に及ぶ調査・検討の末、19271月に司祭や信徒がファティマに行って祈
 
る事を認め、1930年には「ファティマの聖母出現は真の奇跡である」と認定し、正式
 
礼拝を許可しました。
 
そしてその後、ファティマには立派な大聖堂が建てられ、年間数百万人の巡礼者と観光
 
客を集めるカトリックの一大聖地となりました。
 
イメージ 3
(←)現在のファティマ大聖堂。聖母マリアが出現したヒイラギの木の場所に建てられたと言う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
不思議なお話ですね〜。
 
と、ここで終われば良いのですが、そうはいかないのが当ブロ グ。
 
まだまだ続きます…。
 
 
イメージ 2
(←)しかし、このネタに需要があるのだろうか…?
 
 
 
 

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「バミューダ・トライアングル」−ご存知ネタです。
 
 
フロリダ半島の先端と、プエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の空海域で、船や飛行機が跡形もなく消
 
失したり、乗員が忽然と消えた無人船が発見されたりすると言われております。
 
 
イメージ 1
 

歴史
 
全ては、超常現象研究家のヴィンセント・ガディスが1960年代に発表した本で「バミューダ・トライアングル」という
 
言葉を使った事に始まります。それから先、主に超常現象を肯定的に扱う研究者達が調査を重ね、「古くからこ
 
の海域で謎の事故が多発している」と考えられる様になったのです。
 
 
「バミューダ・トライアングルの謎」も、最初の頃は今ひとつメジャーになりきれないネタだったのですが、1974年
 
に超常現象研究家のチャールズ・バーリッツが書いた『The Bermuda Triangle』(邦題『謎のバミューダ海域』・
 
徳間文庫)が全世界で500万部以上売れた事により、一気に世に広まったのです。
 
我が国でも、1970年代のオカルト・ブームに乗って、知らぬ者のない超有名ネタになりました。
 


仕掛け人・バーリッツ!!
 
さて、このバーリッツさん。一般には余り知られておりませんが、超常現象の業界では、押しも押されもせぬ大御
 
所のお一人です。「MJ12委員会」「駆逐艦フィラデルフィア・テレポート実験」「アトランティスの謎」「1999年人類
 
滅亡」「ノアの箱舟がアララト山にあった」などなど、世界中のミステリーを幅広く扱っており、それらはことごとく
 
日本のオカルト業界の飯のタネになっております。南○先生や矢○さんなんかは、バーリッツに足を向けて寝る
 
事は出来ない程なのです(想像)。
 
しかし、持ちネタのほとんどは既にネタバレしているのが玉に瑕。まともに取り合ってくれる人も少ない与太話の
 
オンパレードです。
 

―と言う訳で、「バーリッツ・ネタ」の信用度・信憑性は「The SUN」や「東スポ」とどっこいどっこいと言っ
 
た所でしょうか。
 
実際、「日本近海に『ドラゴン・トライアングル』と呼ばれる魔の海域がある!!」などと主張し、話の荒唐無稽さと事
 
実誤認(と言うか、歪曲)さ加減から、日本中から失笑される事態に陥ったりしております。【注1】
 


クシュの反証
 
「バミューダ・トライアングルの謎」も、そんな「バーリッツ・ネタ」の一つですから、各方面から合理的な反証、
 
平たく言えばツッコミがなされております。
 
 
有名なのは、ローレンツ・クシュが書いた『魔の三角海域』と言う本です。クシュは、元アリゾナ州立大学図書館
 
司書で、「バミューダ・トライアングル」に関する問い合わせの余りの多さに興味を持ち、一つ自分でこの謎を調
 
べてやろうと思い立ったのです。
 
一つ一つを詳しく書くと長くなるので割愛しますが、クシュの調査の結果、バーリッツらの著作には次のような問
 
題点が存在する事が判明しました。
 
○当時の天候や捜索結果等、必要な情報が伏されているケースが多い。
 (悪天候で遭難したのに「その日は好天だった」となっていたり、残骸や漂流物が発見されているのに「捜索したが残骸の一片も発見されなかった」となっていたりします。)
 
○事故発生箇所がバミューダ・トライアングルではないケースも多い。
 (メアリー・セレスト号が好例です。1,000㌔以上離れた場所で行方不明になった事例も「バミューダ・トライアングル」の中で起こった事にされているケースが多いのです。笑っちゃいますが、アイルランド沖で墜落した飛行機とか、太平洋で沈んだ日本の船とかもバミューダ・トライアングルで消失した事になっています。バミューダで消えたとされるケースの実に4分の1が、全然違う所で起こった事故なのです。)
 
○事故そのもののが起きていない、また、明らかにウソが付け加えられているケースも多い。
(有名な「フライト19」の事例なんかもその一つです。また、「行方不明になった」とされる人とクシュは電話で話しています。)

○上記3つが組み合わさっているケースも多い。
 
 
つまり、バーリッツの「バミューダ・トライアングルの謎」も、彼の他の著作や大抵のオカルト本と同じく、事実を
 
ひん曲げたり膨らませたり、捏造したりした末に出来上がったものだったのです。
 
 
バーリッツは、後の著作でクシュに反論を行っておりますが、それはただ「直接海を肌で知っている訳でもないク
 
シュが、電話であれこれ問い合わせただけだ」などと言うのみで、クシュの主張のどこがどう間違っているのかと
 
いう事には一切触れておりません。これでは反論と言うにはいささか貧弱に過ぎます。それどころか、バーリッツ
 
の著書は、他の人が書いた「バミューダ本」を焼きなおして付け加えて書き直しているだけと思われる節が多々
 
あり、「それじゃあ、お前はどうなんだ?」と聞かれたら恐らく返す言葉もないでしょう。
 
蛇足ですが、クシュは飛行機免許も持っており、自ら現地に飛んで調査も行っていたのです。司書だからと言っ
 
て、机に向かってばかりいるとは限らないのです
 


まとめ
 
さて、「バミューダ・トライアングル」では、今でも年間100隻の船が消息を絶っていると言われております。
 
この数字が事実として、世界中の他の海域と比較して「バミューダ・トライアングル」での事故発生確率はそんな
 
に極端に高いと言えるのでしょうか?
 
 
この海域を行きかう船は、年間で約15万隻に上ると言われております。その内消息を絶つ(沈没事故などに遭
 
う)のが100隻だとすると、その確率は0.07%弱となります。実はこれ、世界中の他の海域と比較しても、決して高
 
い割合ではないのです。【注2】
 
 
「乗組員が消えた無人船が発見される」と言う点についても同じ事が言えます。メアリー・セレスト号の記事でも
 
書きましたが、何らかの理由で乗員が放棄した船が漂流し発見されるのは、世界中何処の海でもありふれた事
 
でしかないのです。
  
 
では何故、そう極端に事故発生率的に特殊とも言えないこの海域が、「謎の消失事件」が起こる場所として目を
 
つけられてしまったのでしょうか。
 
 
 「バミューダ・トライアングル」の海域には、古来「船の墓場」と言われるサルガッソー海が含まれております。
 
言いだしっぺのヴィンセント・ガディスは、この辺りをイメージのネタ元にして「魔の海域」のアイデアを思いついた
 
のではないでしょうか。それをバーリッツ始め、超常現象業界人が大きく脚色して世に広めた。
 
 
つまり、まずは「消失事件が多発する魔の海域」と言う結論があって、そこにとても事実とは言えない
 
「過去の事例」を肉付けして出来上がった伝説が、「バミューダ・トライアングルの謎」の本質なのです。
 
 
 それに今や尾ひれやはひれがついて、UFOの基地だの、海底にピラミッドがあるだの、異次元空間につながっ
 
ているだの、上空で人工衛星の電子機器に異常が起きるだのと言う、思いついた事をただただ言っているだけ
 
の、与太話の生産現場になってしまったのです。【注3】
 
 
と言う訳で、「バミューダ・トライアングル」がとうの昔にバーリッツさんの手を離れて独り歩きし、肥大化
 
して行ったなれの果てが、現代の巨大都市伝説「バミューダ・トライアングルの謎」の姿なのです。
 
 
蛇足ですが、「バミューダ・トライアングルの謎」を合理的に説明しようとする、例えば「メタン・ハイドレード説」や
 
「マイクロバースト説」も、基本的にバーリッツらがデッチ上げた事例を説明しようとしているので、あまり意味が
 
あるとは思えません。起こってもいない「消失」に原因なんかある訳はないですから…。
 

 どうでもいい話
 
 こう言う事を調べていて、いつも残念に感じるのは、超常現象ビリーバー系の本はバカスカ売れて、書かれた与
 
太話があたかも真実の如く振る舞い出すのに比べ、合理的・懐疑的に書いた本はさっぱり売れず【注4】、そのネ
 
タに対しての反証や批判は殆んど世間に広まらないと言う事です。
 
考えてみれば、大多数の人にとってはバミューダで船が消えようが飛行機が消えようが実際どうでも良い訳で、
 
であるなら話は荒唐無稽でも面白い方がいい。だから、こ難しい批判本などを、わざわざ買ってまで読む気には
 
ならないのでしょう。
 
 
―あ、このブログはいくら読んでもタダなので、どんどんお読みになって下さい!!
 

 
【注1】ドラゴン・トライアングルが失笑を買った訳=原因がはっきりしていたり、残骸はおろか生存者まで発見されている事故を「謎の消失」にしていたり、『滝京都丸』なるみょうちきりんな名前の船が出てきたり、日本では大規模な海難事故は報道されないと時代錯誤してみたり…こんなネタで日本人が騙されるとでも思っているのでしょうか?
 
【注2】例えば、年間約5万隻が航行するマラッカ海峡での、2002年の衝突・乗り上げ・火災・沈没などの事故発生率は0.09%で、バミューダ海域よりも高いのです。しかもこれは、マレーシア領海内の事故発生件数だけを元にした数字なので、インドネシアやシンガポール領海内での事故を含めると、事故発生率はさらに上がります。
 
【注3】爆笑の尾ひれ=1990年10月9日、UFOがSOSを発信しながらバミューダ海域に墜落した。救助信号を受けた沿岸警備隊の説明では、音声合成された声で『助ケテクレ。我々ハ銀河系ノ彼方カラヤッテ来タ者ダ!!』 という無線連絡が入ったという。捜索隊がUFOと身長1.5mほどのグレイ型エイリアンの遺体、2体を回収した。エイリアンの内一体は、救助された時はまだ生きており、『タスケテクレ…』と言った。―そうです。ちなみにこの話の
ネタ元は「The SUN」です。わっはっは!!
 
【注4】ローレンツ・クシュの『魔の三角海域』も、とっとと絶版になっています。
 
【こぼれ話1】バーリッツさんは、単なるオカルトオヤジではなく、25ヶ国語に精通する言語学者でもあり、『ベルリッツの世界言葉百科』(新潮選書)など、まともな本も出しております。ベルリッツ?…そう、バーリッツさんのお祖父さんは、あの外国語教室「ベルリッツ」の創始者なのです。
 

 (参考) Unbroken Snow「バミューダ・トライアングル」 海難事故の現況 『トンデモ超常現象99の真相』 (と学会著・洋泉社)
 

イメージ 1
 
大体皆さん、話の大筋はご存知でしょうが、「メアリー・セレスト号事件」のあらましは、こんな感じです。
 
 
1872年11月7日、メアリー・セレスト号はニューヨークからイタリアのジェノバへ向かう航海に出航。船にはベンジャミン・ブリッグス船長と妻子、船員8人の合計11人が乗り組んでいた。積荷は工業用アルコールだった。
 
12月4日、ポルトガル沖で漂流するメアリー・セレスト号を、同じくニューヨークから出航したデイ・グラチア号が発見した。同号の乗組員がメアリー・セレスト号に乗り移って調べた所、船には全く異常がないにもかかわらず、船内は無人だった。しかも、調べるにつれ、数々の不思議な事実が浮かび上がってきた。
 
まず、救命ボートは縄をほどいた跡もなく残されていた。船倉の積荷は荒らされた形跡も無く、水や食料も十分に残されていた。船長以下船員達の私物なども綺麗に整理されたまま、全くの手付かずだった。
船長室には、食べかけでまだ暖かい朝食(皿に盛られたベーコンやパン、半切りのゆで卵など)が残されており、コーヒーは湯気をたてていた。かたわらには、蓋を開けたままの咳止め薬のビンや、子供用のミルクビンが飲みかけのまま置かれていた。船員達の部屋にも食べかけのチキンやシチューが残されていた。また、調理室には火にかけられたままの鍋が煮立っており、洗面所にはつい今しがたまで髭を剃っていた様な形跡があった。船長の妻子が使っていた部屋には、子供が遊んでいたように玩具がちらかっており、航海士の部屋では、机の上に計算途中の用紙や、火がついたままのパイプが残されていたのだ。
 
つまり、ほんの一瞬前まで乗組員らがいた痕跡がありありと残っていたのだが、彼らの姿はどこにもないのだ。
 
船長室を調べると、ベッドの下には血の付いた刀剣が転がり、12/4付の航海日誌最後のページには
 「わが妻マリーが…」と、船長の走り書きが残されていた。
 
船長と妻子、そして8名の乗組員は何処に消えてしまったのか?
 
この事件は、今なお「海難史上最大の謎」とされている。
 


 
―と言う訳なんですが、簡単にオチを言ってしまうと、「暖かいままの朝食が残っていた」云々と言うのは後から
 
付いた尾ひれ(後述)で、デイ・グラチア号の船員達は後日に「そんな事実は無かった」と証言しております。
 
朝食どころか、デッキは水びたし、船倉は1m以上も浸水し、柱時計は動かず、羅針盤は壊れ、六分儀とクロノ
 
メーターは持ち去られ、救命ボートはなく…と、船は完全に「棄てられた」状態でした。
 
また、「血の付いた刀剣」というのは、単なる赤錆でした。
 
「わが妻マリーが…」と言うのも尾ひれの一つで、ブリッグス船長の奥さんの名はサラ(セーラ)さんです。
 
(↓)左から、サラ夫人、夫人とお子さん(ソフィア・マチルダちゃん)、ブリッグス船長。
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メアリー・セレスト号がデイ・グラチア号に曳航されてジブラルダルに入港した後、海事審判が行われたのです
 
が、「原因は不明だが良くある海難事故の一つ」として処理され、そこはかとなく忘れ去られて行ったのです。
 

 
では何故、忘れられていた筈の良くある海難事故が、今なお「最大の謎」なんて言われているのでしょか。
 
 
事件から10年ほど経った1884年に、あるイギリス人医師がメアリー・セレスト号をモチーフにした短編小説
 
「J・ハバクック・ジェフソンの証言」を書き、この事件は注目を浴びる様になりました。
 
以後この小説を基にして、尾ひれはひれがまとわり付いて行き、現代に伝わる「神話」が出来上がった
 
ようなのです。
 
(ちなみに、「朝食がまだ暖かかった」系の話は、この小説に描写されたフィクションです。)
 
 
ちなみに、この小説を書いたのは、あの、コナン・ドイルです。 
 
蛇足ですが、しばしば「メリー・セレスト号の謎」などと言う表記を目にしますが、これはドイルが小説の中で
 
記した船名(メリー・セレスト=Marie Celeste)と混同されたもので、正しくはメアリー・セレスト(Mary Celeste)
 
です。
 


 
この話にまつわる現代版尾ひれとしては、「UFOにさらわれた」とか、「バミューダー・トライアングルでの失踪事
 
件の代表的な例」だのと言うモノがあります。しかしUFO云々の明確な証拠は何も無く、バミューダ・トライアング
 
ルに至っては、メアリー・セレスト号はそんな所は通ってもない。 
 
 
(↓)UFO説。…こうして見ると、これはこれでトキメクものがあるが…。 イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
UFO説が通るなら、海底人にさらわれたでも、舟幽霊に引きずり込まれたでも、海坊主でも大タコ大イカでも
 
何でもOKになってしまいます。
 
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(←)大タコ説。こっちの方が、もっとトキメク。
 
 
また、メアリー・セレスト号が発見されたのは、いわゆる
 
バミューダ海域からは3,000㌔以上離れた海域で、当時の
 
帆船の速度から言って、出航から1ヶ月弱でニューヨーク
 
からバミューダ経由でポルトガル沖に達するのは不可
 
能ですし、航海日誌にそんな記述もないし、揮発しやすい
 
アルコールを積んでイタリアに向かった船が、何で
 
わざわざバミューダまで遠回りしなければいけないのか、
 
バミューダ説を唱える人達は何の説明もしてくれません。(まあ、いつもの事ですが。)
 
 
(↓)メアリー・セレスト号とデイ・グラチア号の航路。バミューダなんて、かすってもないです…。
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さて、与太はこっちに置いといて。
 
メアリー・セレスト号の乗員が姿を消した真相は、今もって究明はされてはおりません。
 
 
船員の反乱によって船長一家が殺害され、船員達は救命ボートで逃げた」と言う説もありますが、ブリッグス
 
船長は宗教心に篤い高潔な人格者として知られ、アルバート・C・リチャードソン一等航海士以下の船員達も
 
すこぶる評判の良い人物が揃っており、反乱・暴動の線はまず考えらないそうです。
 
 
(↓)反乱説。可能性は低い。絵柄がパルプフィクション(下らない話)っぽさ満点!!
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(←)アルバート・C・リチャードソン
 
一等航海士。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
海賊に襲われた…と言う説もありますが、当時は大西洋の海賊の黄金期はとっくの昔に過ぎ去っていた事や、
 
船体や積荷がそのまま残っている事(積荷の工業用アルコールは当時の価格で総額8万ドル相当だったらしい。
 
また、船長一家や乗組員の荷物の中には現金・貴金属・宝石類なども多くあった)、乗組員を人質にして身代金
 
を要求された事実もない事からすると、あまりありそうにないハナシ。
 
 
保険金詐欺…と言う説もありますが、これは、以下の二つの話がごっちゃになって伝わっているようです。
 
まず、メアリー・セレスト号のブリッグス船長とデイ・グラチア号のモアハウス船長は親友で、出航前に食事を
 
共にしていました。その為、保険金や難破船救助の報奨金を山分けしようとしていたのではないかとの疑いが
 
もちあがり、「証明は出来ないが不正行為があった可能性がある」とされ、せっかく苦労してメアリー・セレスト
 
号を曳航してきたモアハウス船長らの報奨金は大幅に減額された…と言う話。(この点で、裁判を担当し疑う
 
イギリスと、自国民を擁護するアメリカとの間で侃侃諤諤の議論があったようです。)
 
そして、メアリー・セレスト号がこの事件後何度も転売された挙句、1885年にパーカーと言う船長が、保険金
 
をせしめるために沈めようとしたが失敗、ハイチのロシュロワ・リーフで座礁、遺棄されたと言う話。
 
この、二つの事実が混同されているようです。
 
(先述の「バミューダ・トライアングル云々」と言う話が出たのも、メアリー・セレスト号最後の海がハイチだった
 
からなのかもしれません。)
 
(↓)ちなみに、メアリー・セレスト号の残骸は2001年に発見されております。
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また、「メアリー・セレスト号の密航者が残した手記(フォスダイク文書)」なるものが、随分あとになって(1913年)
 
から世に出ましたが、書かれている内容と事実がかなり食い違っており、あまり信憑性はなさそうです。
 
(ちなみにそれは、服を着たまま泳げるかどうか皆でふざけて試していたら、サメに襲われて次々と…なんて
 
おハナシです。) ―伝染病説や、菌に犯され発狂説など他にも色々ありますが、信憑性は五十歩百歩。
 

 
今のとこ、最も信憑性が高い説は、「積荷のアルコールが気化して靄と臭気が噴出した為に、船が爆発
 
する危険性があると考えた船長が救命ボートに移る様に命令し、船を離れた」と言う物です。
 
この説では、ロープで救命ボートを船に繋いでおくつもりだったが、暴風雨などでロープが解けるか切れるか
 
して漂流してしまったと考えられています。
 
現に、発見された時、船からは1本の先のほつれたロープが海へ垂れ下がっていました。また、ジェノヴァに
 
回航されたメアリー・セレスト号の船倉に積まれていたアルコール1,700樽のうち、9樽はカラだったそうです。
 
 
2005年、随分最近ですが、この説に基づいて、縮小模型を使った実験がロンドン大学で行われたそうです。
 
その結果、揮発したアルコールが金具が擦れた火花などで容易に発火し得た事や、発火したとしても燃焼
 
温度はさほど高くなく、積荷や船体に焦げ跡すらつかなかったが、(そのような「危険物」を運送した経験がなか
 
った)船長始め乗組員に対しては、ボートでの脱出を決意させるほどの恐怖感は与えただろう事が判りました。
 
 
そして、メアリー・セレスト号で最後に記された航海日誌(12/4ではなく、11/24付が正当。アゾレス諸島西方
 
100マイルの海上にいるとの記述)の後、当該海域を暴風雨が襲ったとの記録が残っております。
 

 
つまりは、こんないきさつだったのでは?(以下、TOの妄想につき)
 
イメージ 12
「せんちょ〜船長、せぇんちょ〜!! たったた、大変でっせ!!」
「何やねん、どないしたちゅうねん!?」
「積荷のアルコールが、漏れて、気化して、60分前から船倉
に充満しておまんがな」
「な、何やて!? 笑って笑って60分!?」
「どんな耳してまんねん。漏れて気化して60分でんがな」
「わ、そら、ヤバイんちゃうんけ?ちょ、見に行こかいな」
 
様子を見に行った途端に発火!! Pong!!
 
「うわ!! びっくりそっくり、くりふたつやわ!!」
「せんちょ、ギャグいうとる場合ちゃいまっせ。そのうち、
この樽全部ドガンといてまうんやないでっしゃろか!?」
「そやなぁ、念の為やけど、船から離れて、様子見よか」
 
―と言う訳で、みんなで救命ボートへ。
 
「みんな乗ったか?乗ったな?おおよしよしマチルダたん。泣くなよい子よ、よい子よ泣くな。ほらこうして船と
ロープでつないとくから、心配ないねんで」
「せんちょ、何や雲行きアヤシおまっせ…」
「ホンマや、荒れてきよったなぁ。―と言うてる間に、暴風雨になってもた!!」
「なんとまあ早い展開!! まるで吉本新喜劇やがな。…あ、せんちょ、ロープほどけてまんがな…」
「船は出て行く、煙は残る。残る煙がしゃくの種。ままになるならあなたと二人、 せめて一夜のあだ枕…やなぁ」
「せんちょ、何呑気な事いうてまんねん。帆船やから煙はでてへんし。あ、何やおかみはんがえらい怖い目して睨んでまっせ」
「あんた!!今の、なんやねん!? もしかして、港港で他の女と!! キィ〜ッ」
「こらお前。ゆするな、ゆするな、襲い掛かるな!!転覆してまう!! あ〜れ〜」
 
サブーン…
 
♪チャンチャン。
 

 
 
【2013.8 大幅加筆しました。】
「呪われた○○(軍艦の名前が入る)」と言うのは、軍事系怪談の定番だったりしますが、ドイツでは「呪われた
 
Uボート」の話が好まれるらしく、幾つかそう言う話が残っております。
 
(Uボートとは、第一次・第二次大戦でドイツ海軍が運用した比較的小型の潜水艦の通称です。戦後ドイツの潜水
 
艦もUボートと呼ばれます。)
 
 
その中でも有名で、良く怪談本などに採り上げられるのが、「呪われたUB-65」の話です。
 
イメージ 1
 


 
UB-65は、第一次大戦中の1916年にベルギーのブルージュにある造船所で建造されました。
 
後に、「呪われたUボート」と呼ばれるようになるこの船は、建造中から不吉な事故に見舞われ、就役前に数々の
 
不幸に襲われたそうです。ざっと挙げると…
 
○造船所で鉄骨の落下事故があり、作業員1人が死亡、1人が重傷を負う。
○進水直前に、3人の作業員が機関室に閉じ込められ、有毒ガスにより全員死亡。
○潜水テストの折、甲板からの転落事故があり、一人が行方不明となった。
○そのまま潜行テストを開始したが、沈降が止まらなくなり、海底に着座してしまう。その後、何故か艦は浮上を始め、全員が助かった。
○試験を終え、初出撃の直前に、積んでいた魚雷の爆発事故が発生。5人が死亡した。
 
まだ、戦う前から9人もの死者を出したUB-65。その後、この潜水艦には、怪異が続けざまに起こります。
 


 
イメージ 4
 
 
魚雷爆発事故の修理を終えたUB-65はようやく初出撃に臨みました。事故で死亡した5人の補充も入り、31人の
 
乗組員がUB-65に乗り込んで行きます。「29…30…31…32…32!?」タラップを上る水兵たちの人数を確認して
 
いた下士官は、我が目を疑いました。1人、多い…!!最後尾でタラップを上る男を見た下士官は慄然としました。
 
その男は、魚雷爆発事故で死んだ二等航海士・リヒターだったのです。日焼けした黒い顔から「シュバルツェ
 
(黒)」と呼ばれていた大柄な男を、見間違う筈もありません。報告を受けた艦長たちは、下士官の話を到底信じ
 
られませんでしたが、他にもリヒターが腕組みをして艦首に立っているのを見た者が現れ、只の見間違えとは言
 
い切れなくなりました。
 
イメージ 5
 
 
1918年1月21日、UB-65はイギリス近海を航行していました。バッテリー充電の為に浮上航行中、艦橋に3人の
 
見張員が出て、周囲を警戒していました。見張員の一人がふと見ると、艦首に人の姿がある。注意しようとした見
 
張員は、息を呑みました。その人影は、リヒターだったのです。 UB65の艦内は一瞬にして大騒ぎになり、皆が
 
艦橋に駆けつけて来ましたが、その時にはリヒターの亡霊は消え失せていました。ただ、艦長も艦橋からリヒター
 
の姿をはっきりと見たのでした。
 
イメージ 6
 
 
そして、数週間後にUB-65が港に帰港した時、連合軍の空襲に襲われ、艦長は爆弾の破片で首を切断され、
 
非業の戦死を遂げました。


 
さすがの軍当局も、「UB65の呪い」を見過ごす訳には行かなくなりました。潜水艦隊司令が乗り込んできて、
 
ルター派の司祭も呼ばれて悪魔払いの儀式が執りおこなわれました。
 
艦長はじめ、一部を除いて乗組員も一新されましたが、その後もリヒターの幽霊は何度も現れて、事故が続発し
 
ました。砲手のエバーハルトは幽霊がいると叫びながら海に身を投げ、主砲の装填手リヒャルト・マイヤーは波
 
にさらわれて溺死。機関主任は悪天候の折に、はずみで転倒して足を骨折…。
 
 
そして、1918年7月2日、UB-65は消息を絶ちました。撃沈か、事故か、誰にも判りませんでした。
 
 
しかし、戦後になって、アメリカ潜水艦がUB-65の爆沈を報告している事が判りました。米潜水艦が、アイルラン
 
ド西岸クリア岬沖を浮上航行するUB-65を捕捉し、まさに魚雷攻撃を仕掛けようとしたその時、UB-65は大爆発
 
を起こし、波間に沈んで行ったと言う事でした。爆発の原因は不明でしたが、米潜水艦の艦長は、潜望鏡で奇妙
 
なものを目撃していました。
 
爆発寸前、UB-65の艦橋に人影が見えたのです。それは、腕組みをしながら身動き一つしないドイツ海軍士官で
 
した。米潜水艦長は、「それはまるでこの世のものとは思えない幻影のようだった…」と述べたそうです。
 
 
リヒターは遂に呪いを成就させて、UB-65を二度と浮上せぬ海の底へと引きずり込んで行ったのだ…。UB-65を
 
知る関係者は、背筋を寒くするのでした。
 

 
伝わっているテクストによって若干細部は異なりますが、「呪われたUB-65」は概ねこの様なお話です。
 
野暮は承知で、このお話にどの位真実味があるのかを、ちょっと調べてみました。
 
 
まず、この話のタイトルとしては「呪われたU-65」の方がメジャーなのですが、これは微妙に間違いです。U-65
 
は第二次大戦で使われたUボートで、UB-65とは全く別の潜水艦です。(こっちは別に呪われてはいなかったよう
 
です…。)
 
お話に出てくる方の潜水艦も、資料によって「U-65」と「UB-65」の呼称が混在しておりますが、当時の写真を見
 
ると、艦橋に「UB-65」と書かれているので、正式な呼び方も「UB-65」で良いのではないかと思います。
 
イメージ 3
 
 
さて「呪われたUB‐65」ですが、色々調べていると、お話と史実はかなり異なっているという事が判りました。
 
お話では、UB‐65は1918年7月に米潜水艦の目の前で謎の爆沈を遂げますが、実際はUB-65は第一次大戦を
 
生き延びております。UB-65は、計11回の出撃で50隻の連合軍艦船を攻撃し、合計95,000トンの敵船を沈めて
 
います。終戦間際の1918年10月28日、UB−65は洋上廃棄処分となり、自沈しました。場所はアイルランド沖か
 
らは程遠い、イタリア半島とバルカン半島に挟まれたアドリア海でした(44.52N、13.50E)。
 
 
                          (↓)UB-65の自沈地点。
イメージ 2
 
 
また、初代艦長は爆撃で首が切断されて戦死したとなっておりますが、初代艦長のHermann von Fischelは、そ
 
こで戦死はしておらず、23年後の1941年7月1日にはアドミラル(海軍大将)に昇進しており、1950年5月13日に
 
モスクワの捕虜収容キャンプで亡くなっております。
 
ちなみに、UB-65の歴代艦長は3人おりますが、UB-65の艦長をしている時に戦死した人はおりませんでした。
 
 
蛇足ですが、UB-65はMs型と呼ばれるUボートの1隻です。MsとはMobilisation(=動員)の略で、戦時急造型の
 
潜水艦でした。この型は、名前が示すとおり、戦争にいち早く投入する為にかなりの突貫工事で製造されたと思
 
われます。その為、生産現場や試験中の事故発生率は比較的高かったのではないでしょうか。
 

 
―と言う訳で、お話と史実を総合すると、UB-65が故障が多く、呪いかどうかは兎も角、不幸な事故につきまとわ
 
れた艦だった事は容易に推測できます。終戦間際に洋上廃棄処分になったのも、その辺りが要因の一つかも知
 
れません。
 
船乗りは迷信深い傾向にあるので、艦内で幽霊話が持ち上がったのも事実かもしれません。(潜水艦の甲板に
 
立つ亡霊と言うのは、他の「Uボートの怪談」でも聞かれます。)それが、後に伝わるうちに、大きな尾ひれがつい
 
ていって、最終的に完成したのが「呪われたUB-65」のお話なのではないでしょうか。
 
 
良く考えたら、亡霊となって現れるリヒターは本来は呪いの犠牲者の筈なのに、最後はリヒターの亡霊が艦を沈
 
めたみたいなオチになっているのは、今ひとつ辻褄が合っていない様な気もしますし…。
 
 
と言いつつ、上手いオチが見つからないTOでした。
 

 
 

 
イメージ 7
 
 
 
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