UFOコーナー

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古今東西のUFO事件の揚げ足をとりまくり、いちゃもんをつけまくるコーナーです。好きだからイジメたくなるんです。
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1965年3月18日、伊丹発広島行東亜航空87便コンベアCV-240型機が、瀬戸内海上空を飛イメージ 1行中に奇妙な発光体
 
と遭遇した。
 
(←)東亜航空のコンベアCV-240
 
伊丹離陸後10分弱が経過した19:06、同便が姫路を通
 
過したあたりで、稲葉義晴機長と馬嶋副操縦士は左前
 
方に奇妙な発光体を発見した。
 
それは最初オレンジ色に発光しており、機長らは他の
 
航空機かと思った。衝突の危険を感じた稲葉機長はタクシングライトを点滅させて合図を送るも、発光体からの
 
応答はない。オレンジ色の明かりが消えた発光体は、乳白色の球体のようにも見えた。発光体は急速に同便に
 
接近してきた為、稲葉機長は機を右60度ターンさせ危うく衝突を回避した。その後、発光体は同便の左翼脇に並
 
んで飛び、翼の3分の1ほどが発光体の光に青白く包まれた。発光体の大きさはおよそ40mと推測された。
 
3分ほどそのまま飛び、同便が家島群島上空に差し掛かった頃に、発光体は消え去った。
 
イメージ 16
 
その直後、「高松市北端部を飛行中、謎の発光物体に
 
追跡されている」と興奮した声が無線機に飛び込んで
 
きた。東京航空のパイパーアパッチを操縦するパイロ
 
ット・根岸穣治の声を傍受したのだった。
 
 
 
(←)パイパーアパッチ
 

 
「大空には我々の知識常識以外の何物かが存在するのを確信致しました」と稲葉機長は報告書で述べている。
 


 
またまた、昭和のUFO事件です。最近のネタより味わい深くて好きなんですよね、やっぱり。
 
この事件も、いかにも「謎の遭遇事件」と言った趣で、しかも、旅客機のパイロットが目撃者で、信憑性も非常に
 
高い(ような気がする)。子供の頃は、この手のハナシに触れるにつけ、ああやっぱり宇宙人は地球に来てるんだ
 
ぁ〜と胸をドキドキさせたものでした。
 
 
1965(昭和40)年と言えば、「元気ハツラツ!!」のキャッチコピーと共にオロナミンCが発売され、加山雄三が「ぼか
 
ぁ死ぬまで君をはなさないぞ」と歌いつつも、ベトナムでは北爆が開始され、中国では文革が始まった年。
 
前年に日本人の海外渡航制限が解除されたのを受けてジャルパックが売り出され、いよいよ一般庶民にも海外
 
旅行に手が届こうとしていた時代です。
 
イメージ 6
(←)ジャルパックのカバンがみんなの憧れ
 
だった頃…。
 
 
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イメージ 10ちなみに、東亜航空は広島に本社を置き、中四国九州
 
を中心に路線を展開していた航空会社です。1971年に
 
日本国内航空と合併して東亜国内航空となり、それが
 
日本エアシステムとなって、後にJALに吸収合併されま
 
す。左の広告で「コンベア240増強!」と張り切ってます
 
が、実はこの飛行機もなかなか大したもので、アメリカ
 
では大統領候補者の専用機として使われていたりしま
 
す。あのJ・F・ケネディーも1960年の選挙時にコンベア
 
240を使っておりました。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
海外と共に宇宙にも日本人の目が向き始め、この年放送開始されたアニメなんかは、「宇宙パトロールホッパ」
 
「宇宙人ピピ」「宇宙少年ソラン」「宇宙エース」「遊星少年パピィ」などなど、宇宙モノが数多くありました。
 
(ちなみに、「ジャングル大帝」「オバQ」が放送開始されたのも昭和40年でした。)
 
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(←↑)一連の「宇宙モノ」。懐かしくも見分けがつきません。
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな中で、アメリカから輸入された新アイテムである「空飛ぶ円盤」も人々の耳目を集めており、この事件も新
 
聞や雑誌で大きく報道されたそうです。
 
イメージ 2
(←)昭和40年3月21日付毎日新聞
 
やっぱりこの頃のは「UFO事件」と言うより「空
 
飛ぶ円盤騒ぎ」と言った方がしっくりきますね。
 
 
 
 
 
 

 
 さて、この発光体・空飛ぶ円盤の正体は、割りと早く明らかになっております。
 
東大宇宙航空研究所(当時。現宇宙科学研究所)によると、この発光体は、同日ほぼ同時刻に鹿児島県は
 
内之浦の宇宙空間観測所から打ち上げられた「ラムダ3・ロケット」を誤認したもの…だそうです。
 
イメージ 3(←)東大宇宙研の見解を報じる平凡パンチ
 
ラムダ3は、当時の3段式ロケットとしては最高性能を
 
誇っておりました。全長19.1mで、1964年から65年にかけ
 
て、3機の打ち上げに成功しました。ラムダシリーズのロケ
 
ットは後に日本初の人工衛星「おおすみ」を遠地点5,151k
 
m、近地点337kmの楕円軌道に上げております。
 
(↓)ラムダ・ロケットの発射シーン
イメージ 4
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この時のラムダ3・ロケットは、日本初のX線観測装置を積み、高度1,000Kmにまで到達しました。
 
と言う訳で、東亜航空87便と内之浦の位置関係を見ると…
 
イメージ 17
 
西(広島)に向って飛ぶ87便の左前方に見えた…との証言に合致しますし、オレンジ色の明かりが消えたと言う
 
のは、ロケットの第一段の燃焼が終了したからでしょう。その後、南東に向けて飛ぶラムダロケットの第二段が
 
「乳白色の球体」に見え、87便が右旋回したことでラムダロケットが真横に見える形になり、それは暗くなった空
 
の中で高高度に残る太陽光を浴びて激しく輝いていて、より大きく見えてしまったのでしょう。
 
 
ちなみに、同日19:00頃、広島市近郊にある中国電力府中営業所の社員三名が、「三角形のような形をして、頂
 
点から明るい光を放っていた」物体を目撃しています。これこそまさに、上昇するロケットの姿に他なりません。
 
イメージ 18
 
(←)「三角形の頂点から云々」に合致するロケットの飛翔
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 念の為、1965年3月18日夜の天気を調べてみると、西日本全般に快晴でした。
 


 
オチとしては、まあそんな事だろうと思った程度のものですが、しかし今でもYouTubeなんかでロケットやミサイ
 
ルの飛翔を「ワームホールから出てきたUFO」だの何だのと騒ぐ人もいらっしゃる。その手の誤認の最初期のも
 
のとして、貴重な事例ではあると思います。
 
 
また、この事件には面白い偶然が重なっているのも記事にした理由一つです。
 
例えば、まさしくこの日、バイコヌール宇宙基地から有人宇宙船ボスホート2号が打ち上げられ、アレクセイ・レオ
 
ーノフが人類初の宇宙遊泳を成功させており、また、この事件から1ヶ月後の4月15日に横浜市でオギャアと生
 
まれた男の子が、大人になってから日本人として最長の宇宙滞在記録を持つ宇宙飛行士になります。
 
そう、その男の子とは、野口聡一さんです。
 
 
(↓)レオーノフ宇宙飛行士。人類初の宇宙遊泳は、ぶっつけ本番、命がけの20分間だった。
イメージ 8
 
(↓)野口宇宙飛行士。日本人として初めてISS(国際宇宙ステーション)での船外活動を行った。
イメージ 9
 
 
世界に扉が開かれたはいいが、その世界がどうもろくでもない事になっていた時代、日本人はそんな世界
 
を跳び越して、宇宙の彼方から飛来した空飛ぶ円盤に想いを馳せていた…とは考えすぎですね、たぶん。
 


 
 
イメージ 5「ああ!!」
 
帰って来たベテじい。クリックしてやって下さい…。
 
 

バルト海に沈むUFO

海底に眠るUFO? バルト海で謎の巨大物体を発見

2012.01.30 Mon posted at: 11:31 JST  (元記事・動画あり)
(CNN) 北欧のバルト海で海底に沈んだ難破船を捜索していたスウェーデンの海底探査会社が、深さ80メートルの海底で巨大な物体を発見した。その形状から未確認飛行物体(UFO)ではないかとする説まで飛び交ったが、正体は分かっていない。

この物体は海底探査を専門とするオーシャン・エクスプローラー社が、スウェーデンとフィンランドの間の海底で発見した。それまで9日間にわたって付近一帯を探索したが何も見つからなかったため、引き上げようとして最後の音波探知をかけたところ、直径60メートルの円盤形の本体に、長さ400メートルの尾のようなものが付いた物体の画像をとらえた。さらに約200メートルほど離れた場所に、円盤形の物体がもう1つ見つかったという。

最初はUFOを見つけたと思ったというチームリーダーのピーター・リンドバーグ氏は、「20年近くこの仕事をやっているが、こんなものは見たことがない」と話す。

物体の正体をめぐって現地では、映画「スター・ウォーズ」に登場する宇宙船「ミレニアム・ファルコン」説や、地球の中心に通じる入口説まで飛び交った。一方、スウェーデンの海洋博物館の専門家は、音波探知機が1方向からとらえた画像だけでは、地形なのか何らかの物体なのかを判別するのは難しいと慎重な見方を示している。

リンドバーグ氏のチームは春になってから発見場所に戻り、物体についてさらに詳しく調べる予定。海底探査はもともと沈没船に眠る金銀や財宝探しが目的だが、今回の発見についてはたとえ貴重品が見つからなくても観光資源として活用できると見込んでいる。
 
 
 

 
昨日、アビさんに電話したら、お前何やってんだバルト海でUFOが見つかったぞコラ知らねえとは言わせねえぞ
 
え?知らない?とっととネットみろゴルア…と怒られたので慌ててみて見みました。
 
おお、仕事何ぞにかまけている間に、世間は「バルト海」で検索するとこのネタばっかりヒットすると言う大騒ぎ
 
になっているではあ〜りませんか。
 
イメージ 3
(←)UFOが発見されたあたり。
 
 
このUFOの正体はミレニアム・ファルコンである!!と
 
の説が多勢を占めておるようですが。
 
確かに、スターウォーズはむかーし昔のお話なの
 
で、遠い過去にハンソロ船長が地球にやって来て
 
いてもおかしくはないですね。
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
確かに、ミレニアム・ファルコンに似ている…。
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
                        イメージ 1
しかし、直径60mと言うとかなりの大きさです。ジャ
 
ンボジェットと比べると、(←)こんな感じです。
 
ミレニアム・ファルコン(全長34.75m全幅25.61m)
 
にしては少々大きすぎるかも…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イメージ 9
 
海外のサイトによると、リンドバーグ氏は当初この
 
ままスルーするつもりだったらしいのですが、あま
 
りの反響の大きさに気を良くして、再調査をする気
 
になったようです。問題は資金で、テレビ局にドキ
 
ュメンタリー番組の制作を持ちかけたり、自社HP
 
でTシャツを売ったりと、やる気満々のようです。
 
(←)オーシャン・エキスプローラー社特製UFOシャツ。1枚20ドル。円高の今ならお買い得です!!
 
 

 
そもそも何でバルト海で難破船の引き上げなんかをやってたんでしょうか。
 
バルト海は内海で波も穏やかなので、昔から海上交通が発達しており、多くの商船が行きかっておりました。
 
その為、海底には沢山の船が沈んでおり、中には金銀財宝を満載した商船もある。
 
しかもバルト海の平均深度は約55mしかなく、引き上げが比較的容易な海域なのです(最大深度も459mしかな
 
いそうな)。よって、トレジャーハンターにとってはオイシイ海で、オーシャン・エクスプローラー社みたいな業者が
 
盛んに難破船引き上げを行っているとか。
 
イメージ 8
実際、オーシャン・エクスプローラー社は、1977年に「Jönköping」という
 
沈没船を探し当て、船倉に積まれていた超レア物シャンペン1500本
 
(ロシア帝国海軍に捧げられたHeidsieck&Co Monopole 1907 "Gout
 
Americain")を引き上げております。このシャンペンは何と1本1万3000
 
ドル(100万円)の高値がついて話題にもなりました。
 
(←)引き上げられたシャンペン。飲めるのだろうか???
イメージ 11
 
(←)帆船Jönköping。船名はスウェーデンの都市の名に由来する。
 
 
 
 
 
イメージ 12また、バルト海の海底には良質な琥珀を大量に含む地層が
 
露出しており、沿岸でも打ちあげられた琥珀が収集できるほ
 
どだそうです。
 
(←)バルト海産の琥珀原石。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
バルト海は、UFOのみならずお宝が眠る海だったんですね〜。
 

 
と、そんな事はどうでもいいのですが、実はこのネタ、去年にも一度流れてるんですよね、ほぼ同じ内容で。
 
その時は2011年6月29日にボスニア湾の水深90mの海底で直径18mの円盤が発見された事になっております。
 
イメージ 5
 
イメージ 10
直径18mなら、ミレニアム・ファルコンに近いかも。
 
中にはチューバッカの化石があったりするんでしょ
 
うか?往年の銀河最速船も見る影がありません。
 
 
 
 
 
 

 
さて、同じネタが半年以上も経って、何食わぬ顔で蒸し返されたのは何故なのか。しかも、巨大化してるし。
 
この辺がこのネタの最大の謎だったりして…。
 

 
 
 
 
 
ちなみに、正体はコレ(↓)かも。1980年代後半のロシアの円形砲艦です。直径30mくらい。
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)ベテじいみつからず。イメージ 7
 
 
 
 
1980年12月29日の夜、ハフマンの森で何があったのか?
 
イメージ 15
 
ベティーたちの他にも多くの目撃者がいる事から、多数の軍用ヘリが絡んでいる事はまず間違いない。とする
 
と、アメリカ軍の秘密兵器が何らかのトラブルを起こした…と言う説は説得力があるような気がします。(それに
 
宇宙人が絡んでるかどうかは別にして。)ベティー達の放射線障害は、この新兵器の動力源もしくは兵装が原子
 
力エネルギーを使用している事を示唆します。
 
原子力航空機か!?                                
 
確かに、1960年代くらいまでは、米ソで原子力飛行機なるものが研究開発されておりました。しかし、あまりに重
 
く、あまりに危険で、あまりにコストがかさむ為に計画は中断され、実用化することはありませんでした。
 
イメージ 1
(←)ラムジェットの熱源に原子力を用いると言う、
 
そら恐ろしい発想の下、「プロジェクト・プルート」
 
によって試作された航空機用原子力エンジン「Tor
 
y-IIC」。1964年に計画中止。よかったよかった。
 
 
 
 
 
 
 
1950年代は原子力の未来華やかなりし頃で、原子力は夢のエネルギーであり、原子力を使えば何でもできると
 
思われていた時代。原子力飛行機は、そんな時代ならではの夢物語なのです。
 

 
実は、ベティーらの身体的不調は放射線障害ではなく、化学物質の影響によるものであるとの主張があ
 
ります。放射線障害と化学物質によるによる被害は、発現する症状が非常によく似ていますが、もし、ベティー
 
達の症状が放射線障害によるものだとすると、数日中に死亡してしまう程の放射線量を浴びている筈なのです。
 
しかし、ベティーは18年、ヴィッキーは27年後に亡くなっている。放射線障害と言うのは、診察をした医者が「放
 
射線障害の症状に似ている」と言っただけなのです。
 
J・クラスの指摘では、ベティーの車や遭遇現場をガイガーカウンターで計測した結果、異常な放射線は検出さ
 
れていなかったと言う事で、そうなると原子力を持ち出す必要も最初からなかったのです。
 
LRVか!?                                     
 
原子力航空機が駄目なら、これなんかどうでしょう。
 
1950年代終わりからアメリカ空軍が開発していたLRV(Len-ticular Reenty Vhicle=レンズ状再突入体)です。
 
イメージ 2
アメリカ空軍との契約の下、ノースアメリカンが開発し
 
たとされるこのLRV。4人のクルーが乗り込み、4発の
 
核ミサイルを積んで高度300マイル(約483Km)の軌道
 
上で6週間待機し、一朝有事となれば宇宙空間から敵
 
国を核攻撃して戻ってくるというえげつない代物です。
 
形からしていかにもUFOと間違えられそうですが、大
 
事なのはそこではなく、直径12m重さが7.8tほどあるL
 
RVを発射台などに運ぶ時には重量物運搬用の気球
 
を使うとされる点なのです。
 
イメージ 3(←)こんな感じで。
 
何となく、「ダイヤモンド型物体」に似ていなくもない。
 
こいつは、クサイですね〜。
  
遭遇現場から100Km程の所にはNASAのジョンソン宇宙センターがあり、その方
 
角へ、ヘリの編隊に囲まれたダイヤモンド型物体が飛び去るのをベティー達は見
 
ています。 
 
1999年12月に機密指定を解除されて世間に知られるようになったLRVですから、
 
事件当時は誰もこんなモノがあるとは知りません。まさに秘密兵器です。
 
 
また、LRVは2つのロケット・ノズルを持っており、これは、石油労働者のジェリー・マクドナルドが、デイトンの自
 
宅裏庭で目撃した「大きな青く輝く二対の炎を後部から噴出しながら、飛行船よりも速く飛んでいた」と言う物体
 
の様子に符合します。
 
(↓)LRVの構造図。2つのロケットモーターがある。
 
 
 
イメージ 4 
そんな訳で、
 
ダイヤモンド型物体の正体は、輸送中にトラブルを起こしたLRVだった可能性
 
があるのです!!
 
LRVの開発はオハイオ州ライトパターソン空軍基地で開発されていたそうですから、オハイオからヒューストンま
 
で運ぶ途中にトラブルを起こしたのでしょうか?
 
ヘリ編隊はどこから来たのか!?                        
 
だとしたら、ヘリの編隊は何者で、どこから飛んできたのでしょうか。
 
可能性が高いのはケンタッキー州フォートキャンベルに本拠地を置く、第160特殊作戦航空連隊・その名も
 
ナイトストーカーズ」!!
 
イメージ 7
ナイトストーカーズは、イランアメリカ大使館人質事件の際に救出作戦を大失敗させ
 
たアメリカ軍がこりゃいかんと創設した、特殊作戦専用のヘリコプター部隊です。198
 
0年の暮れ当時は、次なる救出作戦の実行に備えて猛訓練中でした。この頃はまだ
 
第160特殊作戦航空連隊の前身である「タスクフォース158」として編成されており、砂
 
漠地帯での操縦と長距離飛行の徹底的な訓練を受け、暗視ゴーグルを装着したまま
 
での精密航行技術を熟達させておりました。夜間飛行はお家芸なのです。ナイトストーカーズはCH-47チヌー
 
や、UH-60Aブラックホーク、OH-6Aリトルバードを装備し、訓練では約1852kmにもおよぶ指定ルート上での
 
夜間飛行なども行うなど、長距離侵攻能力は非常に高いレベルを保持しておりました。一度に大量のヘリを運用
 
出来、しかも夜間に密集した編隊飛行を行う能力がある部隊というと、まさにナイトストーカーズしかない!!
 
とも思われます。
 
(↓)ナイトストーカーズの訓練風景
イメージ 5
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ナイトストーカーズは任務の性質上その存在を秘匿されていたので、フォートフッド他テキサス州やルイジアナ
 
州にある全ての陸軍基地も「そんなヘリ編隊なんか知りません」と答えたのでしょう。
 
点と線                                      
 
ちなみに、LRVの拠点であるライトパターソン空軍基地とナイトストーカーズの拠点であるフォートキャンベル陸
 
軍基地、そしてダイヤモンド型物体が目撃されたエリアとNASAのジョンソン宇宙センターの位置関係を見ると、
 
これがまた面白い!!
 
イメージ 8
【赤い丸はヘリ編隊やダイヤモンド型物体が目撃されたエリア】
 
ご覧の通り、ほぼ一直線につながるのです。ライトパターソンからジョンソンまでは約1,500Kmで、ナイトストーカ
 
ーズの行動範囲に十分収まります。
 
そこで…。
 

 
オハイオ州ライトパターソン空軍基地からテキサス州ジョンソン宇宙センターへの気球輸送中にトラブ
 
ルを起こしたLRV。徐々に高度は下がり、パイロットは推進用として使っていた姿勢制御ロケットエンジ
 
ンをふかして上昇しようとするが、努力むなしくハフマン近郊の森へ墜落しそうになっていた。森林火災
 
を防ぐため、かろうじて道路上で滞空していたところに1台のビュイック・カットラスが走ってきた。車はL
 
RVから50mほど手前で停まると、2人の婦人が出てきてこちらを眺めている。LRVは着地しないよう5秒
 
間隔でロケットモーターを点火しているので、その熱で道路は焼け、カットラスや婦人の皮膚もじりじり
 
と焦げている筈だ。「いかん、早くUターンして逃げてくれ!!」パイロットが願っていると、護衛・誘導につ
 
いていたナイトストーカーズのヘリ編隊が、ワイヤーで気球を捕え、LRVを引っ張り上げた。その後、L
 
RVは何とかジョンソン宇宙センターに辿りついたが、ハフマンの森で遭遇した婦人たちはロケットエン
 
ジンの熱と、排気に含まれる化学物質によって被害を被ってしまった。LRVとナイトストーカーズと言う
 
2つの軍事機密を守るため、軍は事件が表沙汰になる前に道路を補修し、知らぬ存ぜぬを決め込んだ
 
のだった…。
 

 
―と言うストーリーは如何でしょうか。何となくありそうな話でしょ?
 
眉唾な話                                     
 
と、ここまで書いてきて何なのですが、LRVのハナシもかなり眉唾です。
 
自分で構築したハナシを自分で切って捨てるとは、随分無駄な事をするブログですこと。何やってンだか。
 
ここまで色々調べるのに、少なく見積もっても20時間やそこいらはかかっているんですけどね…。
 
 
そんな事はどうでもいい。
 
どこが眉唾かと言うと、よく考えたら、ジョンソン宇宙センターはNASAの研究開発、管制施設であって、ロケット
 
の打ち上げ施設がある訳ではありません。打ち上げならフロリダのケープカナベラル空軍基地かケネディー宇
 
宙センター、またはカリフォルニアのヴァンデンバーグ空軍基地なので、LRVをジョンソン宇宙センターに運ぶ意
 
味が判らない。百歩譲って、何かの事情でどうしてもジョンソン宇宙センターまで運ばなければならなかったとし
 
ても、ライトパターソンから1,500Kmもの距離を、目撃されるリスクが大きい気球なんかで運搬するものなのか。
 
普通なら分解して輸送機で運ぶでしょう。重量が8t程度であれば、比較的小型の輸送機でも輸送可能です。
 
そう考えると、気球で運搬していたと言うハナシも嘘くさく感じます。気球は運搬用ではなくて、滑空試験か何か
 
でLRVの模型を上空に運ぶ為のシステムだったのではないかと言う気がします。
 
 
また、LRVは試作機なりが製作さたのか、またそれが実際に飛んだのかどうか、はっきりした証拠となる資料が
 
ないのです。(2機が試作され、1機は1966年にオーストラリア・ブリスベン近くに墜落したと言う説はあるが…。)
 
LRVの試作デモンストレーター機だとされる円盤機の写真はあり、目にした事のある方も多いと思いますが…。
 
(↓)こういうの
イメージ 10
イメージ 11
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
実はこれらの写真は全て合成写真。まあ、ちょっとよく見れば、そんなのバレバレですが…。
 
これは、いわゆる、ジョーク写真でしょう。
 
(↓)元ネタ
イメージ 12イメージ 13
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
デモンストレーターにしてこれですから、LRVの実機があったかどうかとなると、甚だ心許無いのです。
 
 
それに、1970年代以降の大陸間弾道ミサイルの性能向上などがあって(今でも現役のミニットマンⅢは1970年
 
に初配備されている)、わざわざ有人のミサイル母機を軌道に上げなくてもよくなってしまい、LRV計画は1970年
 
代には中止されているようです。それを1980年の暮れに今更何の為に気球に吊り下げて運んでいたのかよく判
 
らない。
 
LRVをオチに持ってくると、話としては面白いのですが、どうにも腑にオチません。
 
オチ                                        
 
ぶっちゃけた話実際何が起こったのかよく判らないと言うのがオチです。
 
何となく、ナイトストーカーズが絡んでいるんじゃないかなぁと思うのですが。
 
ナイトストーカーズの夜間長距離侵攻訓練中の事故で、ヘリがホイスト(吊り下げ)していた荷物から出火したの
 
をベティー達が誤認した。その荷物には有害な化学物質が含まれており、ベティー達に被害を及ぼしたとか…。
 
でも証拠も何もないので、真相は全く判りません。
 
(↓)CH-47チヌークによるホイスト
イメージ 14
 
長くかかった割には全然消化不良のまま、このネタをおわります。
 
たまにはこんなUFOネタがあっても宜しいのかなと…。
 
                                                                     
 
 
 イメージ 9(↓)ナイトストーカーズは、映画ブラックホークダウンの撮影にヘリやパイロットを貸し出した事でも有名です。
聞くからに与太話の多いUFO事件の中にも、ホント、何だったんだろうなぁ?と思わせる謎の事件があります。
 
これも、その一つ、「キャッシュ-ランドラム事件」です。
 
アメリカ軍のUFO型秘密兵器によって健康被害を受けたと訴訟沙汰になったと言う、珍しいUFO事件です。
 
遭遇                                       
 
1980年12月29日、レストランと食品雑貨店の女性経営者ベティー・キャッシュ(51)、そこで働くヴィッキー・ランド
 
ラム(57)、そしてヴィッキーの孫コルビー(7)の3人は、テキサス州ヒューストン郊外の町ニューキャニーのロー
 
ドサイドレストランで夕食をとり、20:45頃に店を出た彼女達は、自宅のあるデイトンに向かいました。
 
ベティーがハンドルを握る車は、ハイウェーFM1485を走っていました。オークや松の茂る森に湖沼が点在し、
 
人家もまばらな地域を抜けるこの道路は、普段はほとんど地元の人しか使わない道だそうです。
 
(↓)左からベティー・キャッシュ、ヴィッキー・ランドラム、コルビー君。
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)周辺の地図 
 
21:00頃、車がヒューストン湖に近いハフマンの近くを走っていると、コルビーが木々の梢の上に明るい光を見つ
 
けました。ベティー達は、最初は35マイル(約56Km)ほど離れたヒューストン・インターコンチネンタル空港(現ジョ
 
ージ・ブッシュ・インターコンチネンタル・ヒューストン国際空港)に着陸する飛行機の灯火だと思っていましたが、
 
車が進むにつれて、それはだんだん大きくなってきました。数分後、光ははるかに近く明るくなり、「角の取れた
 
ダイヤモンド」のような形をしている事が判りました。デイトンにある給水塔ほどの大きさの物体は、立ちふさがる
 
ように道路上に滞空し、下部から時々激しい炎を吹き出し、かなりの熱を放出しています。3人の車が物体から50
 
m程まで近づいた所で、ヴィッキーが「車が燃えてしまうわ!!停めて!!」と、叫びました。不安に駆られたベティーは
 
車をUターンさせようと思いましたが、道路が狭く、その夜降っていた雨でぬかるんだ路肩にタイヤをとられるので
 
はと思い直し、その場に車を停めました。
 
(↓)3人がダイヤモンド型物体に遭遇した場所。
イメージ 8
 
(↓)北方向を見る。
イメージ 9
 
(↓)南方向を見る。
イメージ 10
 
ベティーとヴィッキーは物体を観察するため車を降りました。物体は鈍いアルミニウム色をしており、周囲の森を
 
照らしながら、地上から8mくらいまで降りてくると炎を噴射してまた上昇すると言う動きを繰り返しています。
 
物体は真冬なのに3人が汗ばむほどの熱を放ち、時折「ビー」「ビー」と音を発していました。
 
イメージ 2
コルビーがおびえるので、ヴィッキ
 
ーは「今に光の中から救世主が現
 
われるのよ。私たちを傷つけること
 
なんてないわ」と諭しました。敬虔な
 
クリスチャンであるヴィッキーはUF
 
Oなど信じておらず、この現象をキ
 
リストの再臨だと思ったのです。
 
 
コルビーを宥めるためにヴィッキー
 
は車内に入りましたが、ベティーは
 
車の前に立って物体を見つめてい
 
ました。
 
物体が上昇し始めたので、ベティーも車に戻りましたが、ドアノブは着ていた革コートで手を包まなければ触れな
 
いほど熱せられており、熱で柔らかくなったダッシュボードを触ると手形がつくほどでした。
 
物体が上昇していくと、四方八方から現われたヘリコプターの一群が接近し、物体を取り囲みました。
 
 イメージ 3
ヘリに囲まれた物体が木の陰で見えなくなると、ベティーは車を出
 
発させました。車内の空気も暑くなっており、ヒーターを切ってエア
 
コンを入れなければなりませんでした。
 
5分後ほど走った、現場から約8km離れたハイウェー上で再び物
 
体を観察する事ができました。物体はまだはっきりと見える距離に
 
あり、明るい光のシリンダーのようにみえました。その光は周囲の
 
地面やヘリコプターを照らしていました。ヘリの多くは、前後にローターがある形から、CH-47チヌークと特定でき
 
ましたイメージ 7
 (←)CH-47チヌーク
 
他にも非常に速い小型のヘリも見えましたが、機
 
種は判りませんでした。ヘリは全部で23機が確認
 
できました。
 
そして、物体とヘリコプターはNASAジョンソン宇宙
 
センターのあるヒューストンの方向に飛び去って行
 
きました。
 
 
最初に光を見てからここまで、おおよそ20分間の出来事でした。 ベティーは交差点を曲がり、物体の飛行方向
 
に背を向ける形になり、デイトンに向かいました。
 
発症                                       
 
21:50頃にヴィッキーとゴルビーを家に送ってから、ベティー自宅に帰りました。家族に奇妙な物体の目撃を話し
 
ている内にベティーの体調が悪くなり、肌にはひどい日焼けの症状が現われ、首は腫れ上がり、まぶたには
 
水疱ができ、一晩中嘔吐と下痢を繰り返す事になりました。ヴィッキーとゴルビーもそれよりは軽症でしたが、
 
やはり日焼け症状や下痢、嘔吐に見舞われました。
 イメージ 4
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ベティーらを診療した医師は、彼女らの症状は放射線障害の症状に似ていると診断しました。
 
ベティーの髪は抜け始め、15日間の入院を余儀なくされました。その後も視力の悪化や皮膚病の発症など、
 
3人は身体の不調に悩まされる事になりました。ベティーはその後事業の閉鎖を余儀なくされ、癌も発症。
 
入院を繰り返し、働けるようになる事は二度とありませんでした。
 
目撃者と物証                                  
 
この事件には、他にも多くの目撃者がおりました。
 
デイトンに住む警官ラマー・ウォーカーとその妻は、同じ夜にクリーブランドからの帰宅途中、ハフマンの近くで
 
12機のCH-47が飛んでいるのを見ました。石油労働者のジェリー・マクドナルドは、デイトンの自宅裏庭で大きな
 
物体が頭上を飛ぶのを目撃しました。彼は最初それをグッドイヤーの飛行船かと思いましたが、物体はダイヤモ
 
ンドのような型をしており、青く輝く二対の炎を後部から噴出しながら、飛行船よりも速く飛んでいました。
 
(↓)ジェリー・マクドナルドが目撃した物体のスケッチ
イメージ 12
 
UFO研究団体MUFONがルイジアナ州からテキサス州にかけて行った調査でも、広い範囲でヘリコプター編隊
 
やダイヤモンド型物体の目撃者がいる事が明らかになりました。
 
また、ベティー達がダイヤモンド型物体と遭遇した現場には路面が焼けたような痕跡が残っており、ヴィッキーか
 
ら連絡を受けたNASAの航空宇宙エンジニア、ジョン・シュスラーが調査を行いました。
 
(↓)路面の写真を撮るシュスラー
イメージ 11
 
ヘリはどこから来たか?                           
 
ヘリの編隊はどこから飛来したかも調査されました。
 
多数の軍用ヘリが目撃されている事から、当然軍の関与が疑われましたが、テキサス州フォートフッド陸軍基地
 
の広報官は、フォートフッド所属の航空機はその夜にヒューストン付近には1機もいなかったになかったと記者に
 
語り、テキサス州やルイジアナ州にある全ての陸軍基地も事件への関与を否定しました。
 
ベティーらの証言は信用できると考えた陸軍監察総監部のジョージ・サラン中佐は、1982年に徹底的で正式な
 
調査を始めましたが、ヘリコプターが米軍に属している証拠を見つけることができませんでした。  
 
ヒューストン空港の関係者の話では、ヒューストン周辺の商用ヘリコプターは350〜400機あるが、それらは全て
 
単ローター機で、CH-47は1機もないとの事でした。
 
結局、23機のヘリコプターはどこの所属でどこから来たのかは、不明のままでした。
 
裁判                                       
  
物体は軍の兵器だと確信していたベティー達は、政府と軍を相手に放射線障害の治療費2,000万ドルと情報公
 
開を求める訴えを起こしました。
 
しかし、1986年に連邦地裁判事は、ヘリコプターの所属が米国政府機関に属するものと原告側が証明できなか
 
った事を理由に、訴えを却下しました。また、裁判の中で軍当局者が「軍はダイヤモンド型の飛行物体」を保有し
 
ていない事を証言しました。
 
軍が隠蔽!?                                   
 
事件翌年の1981年4月、地元の飛行場にCH-47チヌークが飛来して展示公開された時、ヴィッキーとコルビーは
 
パイロットと会話する機会を得ました。その時ヴィッキーが、さりげなく「ダイヤモンド型の物体」の話を持ち出した
 
所、そのパイロットは事件の夜、トラブルを起こしたUFOのチェックのためハフマンの近くを飛んでいたと語りまし
 
た。ヴィッキーがそのUFOのお陰で火傷を負ったと言うと、パイロットはそれ以上語るのを拒み、彼女たちをヘリ
 
から追い出したそうです。
 
 
また、事件直後で事件が公になる前の1981年1月、早朝まだ暗いうちにハイウェイFM1845を走っていた人が、
 
不審な道路工事に遭遇しました。緊急工事らしい現場には、迂回路の指示板も道路閉鎖のサインも何もなく、
 
ヘッドライトに照らしだされた重機やトラックには何のマーキングもない。作業員は、夜間に通常は身につけるべ
 
き反射ギアなどをつけていませんでした。クレオソートとアスファルトの匂いが漂う中、彼らは路面のアスファルト
 
を切り裂き、新しく敷き直していました。後に事件が騒がれるようになってからみると、その工事現場はまさにベテ
 
ィー達がダイヤモンド型物体に遭遇した場所だったのです。その頃には当然道路の焼け跡は綺麗サッパリ取り
 
除かれ、事件の痕跡は全く残っておりませんでした。
 
幕                                         
 
 その後、ベティーやヴィッキーは何度かテレビに出て、逆行催眠などのショー的な検証を受けていたそうです。
 
番組の中には、物体には窓があり中に宇宙人の姿が見えたなどという事実に反する内容のものもあったとか。
 
ベティーは奇しくも事件から丁度18年目の1998年12月29日に他界。ヴィッキーは2007年に亡くなりました。
 
と言う訳で                                    
 
何かがあったのは確かのようですが、何があったのか良く判らないこの事件。
 
故障したUFOをアメリカ軍が捕獲したと言う人もいるし、原子力を動力源としたアメリカ軍の秘密兵器だと言う人
 
もいます。その秘密兵器とは宇宙人から技術移転を受けて作製された「アメリカ軍製UFO」だとも。
 
(その「UFO」はライトパターソン空軍基地の第18格納庫に格納されているとか。具体的過ぎてかえって嘘くさ
 
い。)
 
そろそろ文字制限に引っかかるので、今回はここまでですが、次回は検証編となる予定です。
 
 
                                                                     
 
 
 イメージ 13(↓)♪ダ・イ・ヤ・モンドだね〜 と歌ったのはプリプリでした。再結成したとかで、ご活躍期待しております。
 
 
 
 
 
 
 
1999年11月21日グリニッジ標準時14:45。
 
西半球の上空3万5200Kmから気象観測を行っている米気象観測局(NOAA)の静止衛星「GEOS−8」がワシント
 
ン州上空数百キロをゆっくり移動する巨大な物体を撮影した。
 
イメージ 3
イメージ 2
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この物体について、天文学者の間では、月もしくはその影だろうとされている。
 
だが、これに対する意見もある。まず、地球と月の位置関係からすると、
 
月にしては大きすぎる。
 
また、満月時の中心軸と地軸の位置が大きくずれているというのだ。

では、これが月ではないとしたら、一体なんだというのか。

フィリップ・インブログノと言うUFO研究家によれば、この物体はGOES-8より16〜19kmほどの位置を航行してお
 
り、直径120〜150Kmもあると推定されており、赤外線の熱分布から見て、かなりの高温だということだ…。
 
人類は宇宙人に軌道上から監視されているのだろうか?
 
 
(↓)UFOを撮影したGOES衛星。
イメージ 8


 
…と言う様な記事がUFO本やビリーバー系サイトに散見されます。
 
この「巨大UFO」ですが、1999年11月21日に限らず、GEOSシリーズの撮影した画像にときたま現われて
 
おります。
 
(↓)1992年7月17日。
イメージ 4
 
(↓)1999年8月27日。
イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみに、なんでこんなに大きな物体が望遠鏡や肉眼で観測されないかというと、それはUFOが光を屈折させる
 
バリアーを張っているからだそうです。
 
 


 
どのUFOも、地球の横にあり、地球にかぶって写っているものはないのがミソ。
 
何故なら、このUFOの正体はやっぱり月だからです。
 
 
(↓)1994年9月20日の画像。ちゃんと「full Moon」と書いてある。書いてあるのにこれをUFO画像として載せているツワモノサイトもありました(笑)
イメージ 6
 
(↓)半月バージョンもあります。
イメージ 7
 
このような画像が撮影できるのは、地球・月・GOES衛星の位置関係がタイミングよく決まらなければならない為、
 
比較的稀な出来事だそうです。
 
 
だいたい、UFOが光を屈折させるバリアーを張ってるんならGEOSのカメラにも写らないでしょ!?
 
などとツッコミどころ満載のネタですね。
 


 
『超怪奇UFO現象FILE』(並木伸一郎著/学習研究社)
 
 
イメージ 9
 
 
 
 
 

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