UFOコーナー

[ リスト | 詳細 ]

古今東西のUFO事件の揚げ足をとりまくり、いちゃもんをつけまくるコーナーです。好きだからイジメたくなるんです。
記事検索
検索

不思議な体験

 
僕はいつも東を眺めています
 
僕の部屋の窓は東に向いているからです
 
僕はいつもいつも、小さな町の住宅街の屋根々々越しに、小さな海と
 
その向こうの、行った事のない向こう岸と、
 
その先の広い空を眺めています。
 
いつも、いつも。
 
 
ある晴れた日の夕方、いつものように東を眺めていました。
 
雲ひとつない空が暮れかけようとしていましたが、
 
まだまだ昼間の青空が居残っていました。
 
 
海は凪いでます。この時間は、凪ぎの時間です。
 
 
青空の中に、昼間の白い月が浮かんでいたので、
 
それがとても綺麗に見えたので、月が白いうちに写真を撮ろうと、枕元の小さなデジカメを手にしました。
 
 
窓から見える、東の景色が時々とても綺麗なので、いつでも写真が撮れるように、
 
父が買ってくれたデジカメを、いつも枕元に置いてあるのです。
 
東の窓の、綺麗な景色をデジカメで撮るのが、僕の趣味なんです。
 
 
そして、カメラを構えようとした時、
 
左から右へ、方角では北から南へと、白いものが、三角に並んで飛んでいるのが見えました。
 
飛行機かな?と思いながら、月の写真を撮りました。
 
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でも、飛行機にしては変です。全く、音がしないのです。
 
近くに空港があるので、このあたりも、けっこう飛行機は飛びます。
 
でも、音はしますし、しかも、あんな風に並んで飛ぶのを、僕は見た事がありません。
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
不思議に思って、その白いものを撮ろうとした時です。
 
その、白いのが、急に輝きだして光になって、動き始めました。
 
イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どこかへ行こうとしてたのが、急に思いついたように、動き始めました。
 
そして、僕が綺麗だと思った月のまわりを、踊るように飛び始めました。
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
僕は、一生懸命、デジカメで撮りながら、一生懸命、目で追いました。
 
イメージ 7
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月のまわりを飛び回る様子は、とても、楽しそうに見えました。
 
僕くらいの子供が、友達とかけ回って遊んでるみたいです。
 
おいかけっこをしてるようにも見えました。
 
僕も、元気だった頃は、友達と、あんなふうに遊んでいました。
 
 
 
僕は、デジカメで撮るのも忘れて、しばらくその様子を眺めていました。
 
飛び回る様子は、とてもとてもとても、楽しそうに見えました。
 
 
どのくらいしてからか。たぶん、10分とか15分くらいです。
  
飛び回っていた光が、すーっと集まり始めました。
 
イメージ 8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―帰っちゃうのかな ……。
 
イメージ 9
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
帰るみたい。
 
と、思っていると、なんだか、ふわっと
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  消えてしまいました。
 
 
ず〜っと、ずっと、このベッドの上から東の景色を眺め続けていた僕からすると、
 
ほんの一瞬の出来事でした。
 
 
 
昨日夢に君がでてきたよ。 さんのリクエストにお応えして、調べてみました。
 
UFO事件の中では既に古典となりつつあるような、それでいて余り知られてないような、でもUFOファンなら
 
基本の一つでもある、「BOAC機事件」です。
 


 
1954年6月29日、ニューヨーク発ロンドン行きのBOAC(British Overseas Airways Corporation =英国海外
 
航空)の旅客機が大西洋上空を飛行中に巨大な葉巻型UFOと遭遇しました。葉巻型UFOの周囲には数機の
 
小型UFOが飛んでいました。UFOはしばらくの間BOAC機と平行して飛行しましたが、連絡を受けたアメリカ
 
空軍が発進させた戦闘機が近づいてくると、小型UFOは葉巻型UFOに収容され、やがて葉巻型UFOも縮む
 
ように小さくなり、やがて消えてしまいました。
 
この様子は、操縦席のパイロットらはもちろん、スチュワーデスや乗客の多くにも目撃されています。
 
 
(↓)佐々木正広氏の「UFO絵葉書」より。いいなあ、この空気感!!ワクワクします!!
イメージ 5
 
−と言うのが、日本でこの事件が紹介される時の「あらまし」です。
 
 
良いですね、葉巻型UFO。私が子供の頃は「葉巻型母船」なんて呼ばれておりました。
 
空飛ぶ円盤は押し並べてこの葉巻型から発進してくると思われており、子供雑誌のカラー特集なんかでは
 
「これが葉巻型母船の内部だ!!」なんて図解が出ておりました。
 
誰が見て来たんだ、そんなもん!! ―なんて野暮なツッコミを入れる子供は一人もいなかったんですよね、
 
あの頃は。 いい時代です。
 
 
(↓)一世風靡したアダムスキーの葉巻型母船。こんなんでも頭から信じてたんだよなぁ…。
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8(←)葉巻型母船の内部。
 
誰が見てきたんだ、そんなもん!!
 


 
で、この事件の最大の魅力と言うか、ポイントであるのが葉巻型UFOなのですが。
 
実はコレ、元ネタでは葉巻型でも何でもなかったんですね〜。
 
ちょっと詳しく見てみましょう。
 
 
当時のBOACニューヨーク〜ロンドン路線の使用機材は、ボーイング377ストラトクルーザーでした。
 
(↓)BOACのストラトクルーザー
 
イメージ 1
 
この機体は(いつかも記事にしましたが)二階建のキャビンにベッドやソファーはもちろん、豪華なラウンジや
 
バーをも備え、「空飛ぶホテル」と呼ばれた高級旅客機です。BOACのニューヨーク〜ロンドン線も「シャンパン
 
とキャビア航路」と愛称され、映画スターや資産家、外交官御用達のスーパーセレブ路線でした。
 
 
そんな重要路線の操縦桿を担うのはやはり腕の良いベテラン。
 
機長のジェームス・ハワードはRAF(英国空軍)あがりの33歳で、7,500時間の飛行時間と256回の大西洋往
 
復経験を持っておりました。
 
 
さて、イギリスの雑誌「Everybody's Weekly (1954年12月11日)」掲載のインタビューなどによると、
 
ハワード機長の語る目撃は次のようなものでした。
 
 
ニューヨーク発ロンドン行BOAC510−196便は、東部標準時15:03にアイルドワイルド空港(現JFK国際空港)
 
を離陸。通常ならロンドンまではノンストップの大圏コースをとるのですが、その日は追い風が弱く、51人の
 
乗客と多量の荷物を載せた機は、途中で給油する必要がありました。そこで、ハワード機長はカナダの
 
クーズベイ空港を目指しました。
 
離陸から約3時間、日没が間近でした。機はセントローレンス河を渡り、セブンアイランド上空5,800mを
 
時速435Kmで北東に向っています。ディナーは終わり、乗客の一部はベッドに潜り込みはじめています。
 
高度1,500mに雲がありますが、視界は良好でした。
 
 
そして、セブンアイランドから20分ほど北東に飛んだところで、ハワード機長は、機の左手の雲の下に奇妙な物
 
体を発見しました。
 
 
(↓)機長のスケッチ。
イメージ 2
それは、5〜6Kmほど離れて機と平行に飛んでいます。
 
大きな物体の周りにいくつかの小さな物体がありました。
 
やがて雲が切れ、物体がはっきり見えるようになりました。
 
大きな物体のサイズは遠洋船くらい。
 
物体は機とほぼ同高度まで上昇し、最初は逆さになった洋ナシ型
 
だった大きな物体は、三角になったり矢印になったりと、海を
 
クラゲのように形を変化させました。
 
 
 
―と言う訳で、BOAC機が遭遇したUFOは、葉巻型ではなく、
 
グニャグニャと形を変える「クラゲ型」だったんですね〜。
 
 
日本にこのハナシが入ってくる時、クラゲと葉巻がどこかですり替わっ
 
ちゃったみたいです。
 
まあ、当時はアダムスキーさんの影響が大きかった日本のUFO
 
業界ですから、クラゲよりは葉巻の方が子供ウケがいいだろうと思
 
われたんでしょうか。
 
ちなみに、アダムスキーさんが初めて葉巻型UFOを見た(と言い張る)
 
のはこの事件の5ヶ月後ですが…。
 
 
―で、空軍のF-94Bスターファイアがインターセプトしに来た時にはクラゲUFOは小さく縮み、消えてしまった
 
そうです。発見から消滅までおよそ20分弱の出来事でした。
 
(↓)BOAC機の飛行経路。
イメージ 3
 

 
葉巻型母船は金持観光宇宙人が乗る恒星間航行用豪華客船、言うなれば「ワープする豪華ホテル」
 
である…と言うのが私の持論で、そんな金持ち宇宙人達が地球観光のついでに「どれ、地球人の『空飛ぶ
 
ホテル』とやらを見てやりましょうか」と上から目線でやって来たのがBOAC機事件の真相だと思っていたの
 
ですが、どうやらそうではないらしい。
 
 
機長以下7名の乗員と12名の乗客がこの物体群を目撃したと宣誓文に署名している事からすると、
 
実際に何かが見えたのは確かですが、それが果たして宇宙人の乗り物だったのか?
 
私は、グニャグニャと変形する乗り物には乗りたいとは思わないが(すぐ酔いそうだし)、宇宙人はそんなのは
 
平気の平左衛門なのか?
 
 
数々の疑問を解決すべく更に調べた結果を、文字制限に引っかからない程度に続けてみます。
 

 
当初から、この事件は関係各所からの調査が入り、ムクドリの群れを誤認したとか、高高度気球を誤認したとか
 
の説がありましたが、どうやら、蜃気楼説と言うのが最も説得力があるようです。
 
コンドン・レポートも蜃気楼を推していましたが、当のハワード機長はそれを否定。他様々な反論によって
 
蜃気楼説も「?」だったのですが、研究調査の進展によって、BOAC機事件のUFOも蜃気楼説で合理的に
 
説明できるようになったと同時に、世界中のあちこちで、蜃気楼による同種の現象が発生している事が判った
 
のです。
 
BOAC機事件の場合、機の西側(UFOが見えた方)の山脈により発生した上昇気流が高層の蜃気楼現象
 
を引き起こし、彼方に浮かぶ積雲がクラゲUFOに見えたと。
 
そのへんがオチのようです。
 
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ハワード機長の証言を読むと、クラゲUFOが形を変えたのは、BOAC機がバンクしたりして視角が変化した
 
時だったりするのですが、これは蜃気楼説を裏付けるのではないかと。
 
UFO群は同じ水平面に浮かんでいるのも蜃気楼っぽいし。
 
最初は低高度に見えたUFOが雲が切れるとBOAC機と同高度まで上昇した…とのくだりも、下位蜃気楼から
 
上層蜃気楼に移行したとの考えにマッチします。
 
何より、UFOが次第にすぼまって消えたのは、太陽が沈んで、蜃気楼という光学現象が終焉したと思うと
 
納得できます。
 
 
大ベテランの機長がそんな蜃気楼をUFOと誤認するのか? とも思いますが、各地に事例があるとは言え
 
非常に珍しい現象ではありますので、さしものハワード機長も初体験。しかも当時はケネス・アーノルドの
 
円盤目撃から7年。空飛ぶ円盤のが頻発していた時代です。
 
ベテラン機長と言えども、初めて見た現象をUFOに結びつけてしまう土壌は豊潤に存在しておりました。
 

 
そんな訳で、葉巻型じゃなかった時点で私としてはどうでもよくなった事件ですが、一応…
 
BOAC機事件のUFOは蜃気楼だった!!
 
と言う事にしておきます。当ブログとしては。
 

 
イメージ 7
(←)BOAC機事件の5年後に生まれた人。
 
「ぼくね、ぼくね、かんじよめないから、よくわかんないよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
―と、「エンバウーラ事件」の記事がこれで終わると思ったら大間違いです。
 
調べていくうち私TOは、 何と  何と  何とッ!!
 
もうひとつの「エンバウーラ事件」
 
に突き当たってしまったのです!!
 

 
「エンバウーラ事件」の前年、1968年8月25日明け方。
 
サンパウロ市内にあるクレメンテ・フェレイラ病院でこんな事件がありました。
 
イメージ 4
イメージ 5
 
前の晩から、病院勤務の医者や看護士らは、夜空にボールのような光があるのを目撃しておりました。
 
 
4:30AM、結核で入院中のビアナ氏(当時44歳)が眠れずにいると、窓の外から黄色の光が差し込み、
 
部屋を照らしました。見ると、150m程先、地面から1.5mほどの空中に、赤・黄・緑に瞬く物体が浮いていました。
 
数分後、その物体は脇道へと消えて行きました。
 
 
その頃、病院の使用人であるマリアは、自室で寝起きのコーヒーを淹れようとしていました。
 
すると、戸外から自動車の急ブレーキの音が聞こえたので、ブラインドを開け、窓から乗り出して見みると、
 
下に、女性が一人で立っていました。病院への収容を望んでるのかと思ったマリアは、眼下の訪問者に
 
「今ドアを開けますから」と告げ、階下に降りました。
 
 
ドアを開くと、身長160cmほどのその女性は、光沢のある青いコートを着ておりました。鉛色のベルトと帽子。
 
女性の身につける一つ一つのしつらえは、それはすばらしいものでした。
 
しかし、彼女の話す言語はマリアには理解できませんでした。
 
 
ただ、どうやら、彼女が水を所望しているらしい事は判ったので、マリアは30mほど先にあるロビーに水飲み器
 
があるのを思いつき、案内しました。
 
水飲み器でマグカップに水を満たして飲み乾した女性に、マリアは瓶に詰めた水を渡しました。
 
すると、彼女はマリアの肩を軽く叩きながらこう言いました。
 
「embaúra、embaúra、embaúra」
(「エンバウーラ、エンバウーラ、エンバウーラ」)
 
 
女性は外に出ると、普通の通路を通らず、花壇の中を縫って行きました。
 
その先には、洋ナシ形の物体が地面から70cmほどに浮いており、女性がもう一人の搭乗者の手を借りて
 
乗り込むと、それはガヤガヤと音を立てて垂直に飛び去って行きました。
 
 
びっくり仰天のマリアは、「空飛ぶ円盤よ!!空飛ぶ円盤よ!!」と泣き叫んで部屋に戻り、ベッドで祈りを捧げました。
 
 
マリアから報告を受けた病院管理者が調べると、ロビーの床にかかとのない尖った靴の足跡が見つかり、
 
外の草地には直径1.5〜2m、深さ15〜20cmの焼け焦げた痕があり、しばらくの間、そこには草が生えませんで
 
した。
 
 
イメージ 1
 イメージ 6(←↓)使用人マリア。
 
 
 
 
 
 
 イメージ 7(↓)マリアが身を乗り出した窓。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)不思議な訪問者が水を飲んだ水飲み器とマリア。
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8
(←)マリアの描くUFO。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)着陸痕とマリア。
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 如何でしょう?
 
すばらしい宇宙人遭遇譚ではありませんか!!
 
しかも、宇宙人のおねえさんが3回も「エンバウーラ」と言ってるし。
 
 
こうなると、チャゴ少年の事件は、このハナシを下敷きにしているような気がしてなりません。
 
特に、”後日談”にある、金髪女性型宇宙人がチャゴ少年にコンタクトしてきたくだりなんかは。
 
真の「エンバウーラ事件」と言えるのは、こっちの方では?と思うのは兎も角、
 
「エンバウーラ事件」は、以上二つの事件の関連性の上で、語られるべきと思う次第でございます。
 
 
いや、世間的には、別にどうでもいい事なんですが。
 

 
で、「エンバウーラ」の意味ですが…。どんな翻訳サイトでも翻訳できませんでした。
 
そりゃそうでしょう、宇宙語ですから。
 
 
で、マリアさんの体験談からすると、「エンバウーラ」とは、やはり、宇宙語で挨拶、それも、感謝の意もしくは
 
親愛の情を表現する言葉であると推測されます。
 
 
チャゴ少年はそれが判らず、タバコの箱を投げたりしたので、宇宙人がキレちゃったのですが、さしもの宇宙人
 
も、マリアさんが示したホスピタリティーには感動感謝したのでしょう。
 
 
しかし、私は、敢えて宇宙人に苦言を呈したい。
 
「水くらい常備しとけ!!」  と。
 
 
 

 
 
 
  
 
 
 
sukamakiさんからのリクエストにお応えして、私の好きな宇宙人ネタのひとつである「エンバウーラ事件」を
 
記事にします。1969年、昭和44年の事件です。
 

 
いきなり蛇足で恐縮ですが、この年は、何と言っても、アポロ11号による人類初の月面着陸!!ですね。
 
(尤も、アポロは月に行ってない!! と言い張る方々は未だに大勢いるようですが…。)
 
映画では「明日に向って撃て」 「真夜中のカーボーイ」 「イージーライダー」など、アメリカンニューシネマの
 
名作が公開されております。
 
そんな時代です。
 

 
さて。
 
普通、宇宙人事件と言うと、発生した場所(「パスカグーラ事件」とか「ホプキンスビル事件」とか)、もしくは体験
 
者(=大抵の場合”被害者”)の名前(「ヒル夫妻誘拐事件」とか「エイモス=ミラー事件」とか)で呼ばれる事が
 
多いのですが、この事件名の由来は「宇宙人が発した言葉」だと言う所が珍しい。
 
そんな「エンバウーラ事件」とは、ざっと、こんな話です。
 


 
1969年2月6日。
 
ブラジル・サンパウロ近郊ピラスヌンガの農業高校農園で働いていた、当時19歳のチャゴ・マチャード(Tiago Ma
 
chado)少年と彼の叔父が円盤型のUFOを目撃。危険を感じた叔父に逃げろと言われたが、チャゴ少年はその場
 
を離れなかった。
 
叔父が逃げた後、畑に着陸したUFOから、身長1.3m程の宇宙人が出てきた。宇宙人は緑色の宇宙服らしきもの
 
を着ており、頭に2本のアンテナが生えたヘルメットをかぶっていた。目は釣り上がっており、左右が段違いにず
 
れており、鼻は低く、歯はギザギザだった。
 
その宇宙人は、チャゴ少年に向かって、
 
「エンバウーラ」
 
と喋った。スピーカーから聴こえてくるように金属的で低い声だった。
 
チャゴ少年は「わからない」と叫び両手を挙げて振ったが、宇宙人は再び「エンバウーラ」と発声。
 
両手を挙げて「わからない」と叫ぶと、宇宙人は突然チャゴは足を光線銃で撃った。太ももに激痛が走り、
 
チャゴ少年はぶっ倒れてしまう。
 
さらに宇宙人がふわりと浮くように近づいてきたため、チャゴ少年は意識朦朧となりながらも、タバコの箱を投げ
 
つけた。しかし、タバコ箱は宇宙人の手に磁石のように吸い付いてしまった。たがて、村人がかけつけると宇宙人
 
は円盤に乗って飛び去って行った。
 


 
―と、こんな感じの事がWikiあたりには書いてあり、私もどこかで、こんな話を読み知ったおぼえがありました。
 
 
「エンバウーラ」とは何を意味するのか? 宇宙語で「こんにちは」程度の意味なのか?
 
挨拶を返さなかった事くらいで、未成年相手に光線銃を撃ちまくるほど、この宇宙人は短気で凶暴なのか?
 
―と、どうでもいい謎を残したまま記事を終わる訳には行きませんので、ちょっと色々調べてみました。
 
 

 
その中でわかったのは、このハナシ、元ネタとは細部がかなり違う と言う事です。
 
ポルトガル語のサイトをいくつか当たってみたところ、本来はこんな感じのハナシだったようです。
 
イメージ 1
 
1969年2月6日早朝、ブラジル・サンパウロ近郊ピラスヌンガにUFOが出現。大勢の人が表に出て、騒ぎになっ
 
た。7:30AM頃、果物の行商を生業としているチャゴ(19歳)が、母親に起こされて外に出てみると、円盤が近所
 
の丘の上に見えた。双眼鏡で観察していたチャゴは、UFOをもっと近くで見ようと、単身丘に向った。
 
チャゴが丘に登ると、UFOは3本の脚を出して着陸した。UFOからは2人の宇宙人が降りてきた。
 
 
宇宙人達は、銀色の全身を覆うスーツを着て、皮膚は黄色、吊り目で、左目よりも右目のほうが下にあった。
 
動きはぎこちなかった。 
 イメージ 2
 
 チャゴは彼らに「どこから来たのか」と聞くが、宇宙人は腕を回転
 
させるジェスチャーをするだけ。チャゴが再度同じ質問をすると、
 
何事か喋ったが、非常にかすれたような声だったので、何を言って
 
いるか理解できなかった。
 
 
チャゴは緊張のあまり、ついタバコを咥えて火をると、宇宙人達は
 
ケラケラと笑った。彼らの歯は、黒かった。
 
「タバコを吸うか?」と聞きながらチャゴがタバコ箱を宇宙人の一人に
 
投げると、宇宙人の手にタバコ箱が浮き、宇宙人は箱を消してしま
 
った。
 
 
 
 
 
宇宙人が近づいてきて、チャゴが「円盤の中に連れ込まれるかもしれない」と思った時、親戚や近所の友人知人
 
らが棒や石を持って加勢にやって来た。宇宙人達はこちらを向いたまま後づざりするようにUFOに戻り、手にした
 
奇妙な器具から青白いビームを発射した。チャゴは太ももを撃たれ、足は完全に麻痺した。UFOは浮上し、ベラ・
 
アライアンス農園の方向に飛び去って行った。
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
チャゴ少年は異常に喉が渇き、足には赤い傷がついて歩く事もできない状態だったが、飛行機でリオデジャネイ
 
ロの病院まで運ばれ、20日間の治療の末ようやく全快した。
 
イメージ 4(←)その後のチャゴさん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
現場には着陸痕があり、放射能も検出され、その後金髪女性型宇宙人がチャゴに接触してきた…
 
などと言う”後日談”も、ある事はある…。
 

 
何せ、相手はポルトガル語。 翻訳ソフトを駆使して読み解くしかありませんでしたので、正確性には
 
あまり自信がありませんが、しかし、幾つかのサイトを見ても、 「エンバウーラ」
 
と宇宙人が言ったとは、書かれておりませんでした。日本においては、これがこの事件のキモなのに。
 
ホントにこんなセリフを宇宙人が吐いたのか、心配になってきます。
 

 
この事件、日本でもかなり早い時期から紹介されており、高梨先生や中岡先生の著書にも登場している
 
ようです。そこで、色々ネット上で漁ってみたところ…。
 
こんな貴重な資料が見つかりました。
 
 
(↓)『少年サンデー』1969年7月13日号。「ブラジルの怪奇4 ぼくは宇宙人に撃たれた」
イメージ 5
 
中岡大先生自らが現地取材に行ったら
 
しい…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 7
 
右側の写真は、サンパウロの日本語新
 
聞に載った空飛ぶ円盤の記事。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
 
この特集の中で既に、宇宙人は
 
「エンバウーラ」の言葉を発して
 
いるようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
事件発生当年の直接取材で、「エンバウーラ」が出ていると言う事で、当ブログとしては、やっぱりこの宇宙人は
 
「エンバウーラ」と言った!!
 
と言う事にしておきます。
 
そうでないと、この事件は、南米系宇宙人ネタ特有のハイストレンジネスっぷりに欠けてしまいますから。
 
 
もし、万が一、「エンバウーラ」が大先生の創作だとすると、そのセンスの良さに脱帽せねばなりますまい。
 

 
 
 
 
(実は、続編があったりして…)
 
 
 
 
 
てな訳で、せっかくの夏休みに私は何をやってるんでしょうか。
 
こんな記事に需要があるとも思えないのに。
 
まあ、いいや。続きです。
 


 
さて、本件最大の謎である、三角形の物体ですが。
 
色々調べてみると、面白い事実に突き当たりました。
 
 
事件当時、ウッドブリッジ基地はアメリカ本土から派遣されたA−10攻撃機のベースとなっていたのですが、
 
同時にこの基地に駐留する別の米軍部隊がありました。
 
 
それは、第67航空宇宙救出回収隊(67th Aerospace Rescue and Recovery Squadron  )。
 
この部隊は宇宙から帰還する飛行士の回収を始め、落下した衛星(敵性も含めて)の回収、通常の航空救難等
 
を任務とする特殊任務部隊です。
 
 
アポロの時代には、帰還したカプセルを回収するのも、この手の部隊の役目でした。
 
 その為、アポロカプセルのダミーが制作され、訓練に使われておりましたのですが、そのひとつが、事件当時、
 
ウッドブリッジ基地に存在していたのです。
 
 
このダミーカプセルですが、形状といい大きさといい、警備兵が森の中で見た三角形の物体そっくり!!
 
と言うか、そのまんま!! なのです。
 
 
イメージ 1(←)ほら!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
当然、事件当時はアポロ計画が終了して久しく、今更これを使って何かの訓練をしていたとは考えにくい。
 
写真の通り、ゲートガーディアンか看板がわりか程度に展示されていたに過ぎないのですが。
 
それでも、こんなにそっくりさんがすぐ近くにあったとなると、何らかの関係性を考えずにはおれません。
 
 
森の中で三角形の物体に触れた警備兵は「表面はガラスのような手触りだった」と証言しておりますが、この
 
ダミーカプセルはセラミックで覆われているそうで、手触りとしてはガラスに近いものがある筈です。
 
 
アポロ計画に使用された遺物は基本的に全てスミソニアン博物館に所有権があるのですが、このダミーカプセ
 
ルはスミソニアンから貸与された形をとっていたらしく、1980年代を通してウッドブリッジ基地に置かれた後、1991
 
年6月にフロリダ州のパトリック空軍基地(あのケープカナベラルに隣接)に移設されたようです。
 


 
 で、ここから先は私の推測なんですが。
 
 
ある英語のサイトでは、地元の博物館に勤務するグレアム・ヘインズ氏が、その夜、ヘリコプターが円盤型の物
 
体を釣り下げて飛ぶのを多くの人が見た」と証言しており(ソースはテレグラフ紙らしいが未確認)、基地近くに住
 
む電気工のアダムス・ハウラー氏は、事件直後に滑走路の端にある誘導灯の修理に駆り出されたと証言してい
 
ます。誘導灯は何かがぶつかったようにひどく損傷していたと。
 
さらに、森の中で三角形の物体を目撃した兵士は「女の叫び声みたいな音を聞いた」とも証言しております。
 
これなんかは、ジェットヘリのエンジン音なのでは?とも思えます。
 
当時、67thARRSはHH-53大型ヘリを装備しており、そのヘリは、ターボシャフトと呼ばれるジェットエンジンの
 
一種を搭載しておりました。
 
 
以上の証言からすると、67thARRSのヘリがどんな理由かは判りませんが、運搬中のダミーカプセルを
 
誘導灯にぶつけてしまい、急遽森の中に降ろそうとしていた…。
 
−と、そんな風にも思えてきます。
 
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
ちなみに、「着陸現場」で測定された放射線も天然の放射線との区別も今ひとつついておらず、着陸痕に関して
 
は、地元の警察官によると「ウサギの穴にしか見えなかった」そうです。
 
 
この事件に絡んで、「米軍がUFOを修理した」との噂もあるようですが、そりゃ、自分でぶつけたスミソニアンの
 
所有物を自分で直すのは当然と言えば当然かも。
 
 
米軍と英軍はUFO騒動にかこつけて秘密兵器の実験失敗を隠蔽していると見る向きもあるようで、それはF-117
 
ステルス戦闘機だ!!何て事も言われているようですが、残念ながらF-117の初飛行は1981年6月18日(場所は
 
グルームレイク空軍基地…そう、あの、エリア51!!)で、時期が合わない。じゃあそのデモンストレーター(試作機)
 
のハブ・ブルーが墜落したのかと言うと、2機作られたハブ・ブルーは両方とも1970年代に墜落しております。
 
 
では、原子力飛行機だ、地球製UFOだ、とかしましいのですが、そうなるともう、裏づけのない思いつきの言いた
 
い放題になってしまいます…。
 

 
では、アポロのダミーカプセルで決まりか!! というと、無茶苦茶アヤシイと感じるだけで確証はありません。
 
 
真相は薮ならぬ森の中。
 
よく判りません。
 
 
久々のUFOネタで、長々と書いてきた割りに、中途半端で申し訳ございません。
 
(おしまい)

 
 (参考) 『UFO あなたは否定できるか』(ヘルムート・ラマー/オリヴァー・ジドラ著、畔上司訳 文藝春秋)
『第4の遭遇』(B・バトラー/D・ストリート/J・ランドルス著、頼秀樹訳 二見書房)
 
 
 

 
(追記)
 
色々調べた印象では、この事件、67thARRSのイタズラだったんじゃないかと、思うんですよねぇ…。
 
時期は丁度クリスマスとニューイヤーの間で、所帯持ちはあらかた自宅に帰ってしまい、基地にいるのは
 
チョンガー(古い表現ですね)ばっかりだったそうで。
 
67thARRSの連中が、コスモスロケットによるUFO騒ぎを聞きつけて、暇つぶしに基地の兵士に一杯食わそうとし
 
たとか。そんなオチのような気がします。もしそうなら、目論みはまんまとハマッたと言う事になりますが。
 
 
「OMNI」のインタビューで当時の司令官が、「あんなの、そんなに騒ぐほどの事じゃない」みたいな事を言って
 
るし。しかし、ジョークでスミソニアンの所有物を持ち出し、あまつさえ誘導灯にぶつけちゃったなんて、納税者に
 
は言えませんから、まあ何となく歯切れ悪くなっちゃったり。
 
 
軍がそんなイタズラなんかする筈がない!!―と思われるかもしれませんが、結構やるんですよね〜。
 
アメリカ軍って。結構大掛かりなイタズラやジョークを。一種の文化じゃないかと思える位。
 
 
ベトナムの時なんか、スカイレーダー(攻撃機)のパイロンに便器を取り付けて敵の上に落としたり(実戦ですよ)
 
とか。「沈黙の戦艦」で艦長の誕生パーティーで大仕掛けのサプライズを仕込んだりする描写は、決して根拠が
 
ない訳ではないのです。
 
 
この事件の真相がイタズラだったとしたら、ホルト中佐あたりが一番の被害者でしょうねぇ…。
 
ホルト中佐の報告書は、事件から2週間も経って提出されてるのですが、途中で真相を知って、
 
「何だよそれ、報告書にどう書けばいいんだよ〜」と頭を抱えた事でしょう。
 
(ほんとにおしまい)
 
 
 
 

.
TO7002
TO7002
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事