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妙な気分に襲われ、次に電車が来たらそれに乗って戻ろうか、反対方向に乗ってもそこそこの町に着 く筈なので、それでもいいがと思っていると、不意に広場に入る曲がり角にバスが現れた。 運転席には当たり前だが、運転手の姿が見える。 何やらほっとしながら、馬鹿馬鹿しい考えに取り憑かれていた自分が可笑しくなり、次いで、このバス に乗ったら何処に行けるのだろうかと興味が沸き起こった。 ブルブルと不機嫌そうにエンジンを鳴らし広場に進入したバスは、やがてブスンと広場の真ん中に 停車した。行き先表示のロールが駅名から何とか権現と言う地名?に切り替わった。 何と読むのか、見た事のない難解な漢字だ。漢字には自信のある私でも読めない。 ドアが開いたが降りてきたのは運転手だけだった。やや初老の、小太りの運転者はうーんと一つ 伸びをすると、胸ポケットからタバコを取り出し、まるで数日間も煙を吸っていなかったかの様に、おも むろに吹かし始めた。 日焼けなのか酒焼けなのか赤ら顔で、運転手と言うよりも農夫と言う方が近い様な、人の良さそうな 顔つきをしている。 やあ、こんにちは と自分では明るく声をかけたつもりだが、気のせいか運転手は一瞬ギクリとした 表情を見せた。しかしすぐに温和な顔に戻り、 どうもこんにちは。めずらしいお客さんじゃ。何処から かね。 と人懐こそうな笑顔を向けて来た。 東京からですが。駅を降りたはいいが誰もおらずに少々往生していた所です。 あああ、案内所にもおらんかね。仕方ない爺さんじゃ。まあ、今となっては案内する様なモノもそう 無いがね。 ははぁ、やっぱり近所の爺さんが案内係かと思いながら、 いやそこにも誰もいないので… と食堂と雑貨屋を目線で指すと、運転者はまるで自分が悪い事をしてそうなったと言わんばかりに 恐縮しながら、 いやあ、悪いのう。皆、何をしとるんか。まあ、ちょっと見てくるから、待ちなさい。 すぐに戻るで。 そう言い残しながら、家々の間の路地に足早に入って行った。 しかし、運転手は、それきり二度と姿を現さなかった。 只ぶらぶらと2,30分も過ごした私は、ついに痺れを切らして、運転手が入って行った路地に足を 踏み込んだのだが、そこは10mも行けば突き当たりの土塀があり、左右何処にもドアや窓らしいもの は何も無かった。土塀は高さがおよそ5mは下らず、とてもあの運転手が乗り越えられるとは思えない。 心の何処かでこうなるだろうと予測していたのか、自分でも不思議な程、私は驚かなかった。 もう、立ち去ろう。余所者が踏み込んではいけない場所に来てしまったのかもしれない。 路地を出た私は、そのまま広場を突っ切り、駅へと急いだ。 (つづく)
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旅の怪
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駅前は、かろうじて舗装された広場になっていた。広場のアスファルトにはそこかしこに亀裂が走り、 そこから雑草が伸び出ている。 広場と言っても、バスが2〜3台停まれば一杯になってしまう程度の広さだ。実際そこはバス乗り場ら しく、錆びたバス停が隅にぽつんと一つ佇んでいる。 しかし、広場にはバスはおろか人一人の姿もなく、やけに広々として見える。 南中からやや高度を下げた太陽がうす黄色く広場を熱し、シワワワワワ…とここでも蝉の声が空気を 満たしている。 バス停の向うに、電話ボックス2つ分程の大きさの木造の小屋があり、ガラスに古めかしい書体で 「所内案光観」と書かれている。右から書くと言う事は、相当昔からここにあるのだろう。白く塗られた 板壁はやや煤けて見える。 駅前広場を囲むように数件の民家が立ち並び、中には食堂や、雑貨屋らしき店も並んでいる。 どうやら、この山間の中心的集落の様だ。観光案内所があるということは、今は寂れて見えるが、 昔はそこそこに観光客を集めていたのだろう。知られていない秘湯や珍観奇観の類に巡り合えるかも しれない。私の好奇心が疼きだした。 試しに、観光案内所を覗いてみると、中は半畳ほどの畳敷きで、隅に書類棚や茶箪笥が置かれて いる。その生活感から、まだ観光案内所として機能しているらしい事に少々驚いた。 声をかけるまでもなく、誰も居ない事が判るが、座布団の脇につい今まで口にしていた風に湯飲み茶 碗が湯気を上げている。 どのみち、近在の人がやっている案内所だろうから、何か急に用でも思い出し、自宅に戻ったのかも しれない。それとも、明けても暮れてもやって来ない観光客などにはとうに見切りをつけており、 その辺の民家で茶飲み話でもしているのだろうか。茶をそのままにしてある所から、しばらく待てば 帰ってくる気があるのだろうが、私はとりあえず案内所を離れて、食堂を覗いてみる事にした。 早めの昼食を駅弁で済ませていたのだが、腕時計が午後2時を指すのをちらと見ると、急に空腹 を覚えたからだ。 広場を横切り、白っぽく脱色しかけた紺色の暖簾に「めし処」と染め抜いてあるのを確認した私は、 木製の引き戸をカラリと開けた。 当然、いらっしゃいなどと声が掛かると思っていたが、拍子抜けな事に、店内からは何の反応もなかっ た。安手のテーブルが三つほど並んだ店内は他に客も無く、しかし、壁際に置かれたテレビの電源は 入っており、昔見た記憶のあるドラマが再放送されている。 扇風機がきしきしと首を振りながら店内の空虚な空気をかき回している。どうやら、やはり営業中では あるらしい。店の一角には、小さな本棚に雑誌類が詰め込まれていた。 すみません、と厨房に声をかける。無言なので、昼寝でも決め込んでいるのかと思いながら、中を 覗くと、誰も居なかった。古びてはいるが、使い込まれた鍋などの調理器具がやや雑然と棚に置かれ 壁に掛けられている。それぞれが何十年もここに居るのだという存在感を示し、これでも、使う人に とっては、手を伸ばせば目的の器具に達する様に巧に配置されているのだろう。 まな板の上には、何故か切りかけの胡瓜や白菜などが放置されていたが、それらはつい今しがた畑 から獲ってきたばかりの瑞々しさを残していた。どうせ、客などめったに来ないだろうし、馴染みの客先 へ出前にでも出ているのだろう。 手持ち無沙汰になり、取り敢えず壁に貼られた品書きを眺める。 どれも変色してはいるが、値段の部分だけはやや新しい紙が上貼りされており、この店もご時勢に合 わせて価格を改定している事を忍ばせている。どの品もやはり都会と比較すると相当に安い様だ。 定食類には生姜焼きやとんかつ、焼き魚などごく当たり前の品名が並び、何かご当地ならではの料 理が無いかとの若干の期待はすぐに裏切られた。 麺類もラーメン、そば、うどんとありきたりのものだ。その先は惣菜類が名を連ね、ビール、酒と続く。 地酒と思われる銘柄が二つ程あったので、夜は地元の人達が集う飲み屋になるのかもしれない。 民宿の一軒でもあれば、そこに宿をとってここで一杯やるのも良いかもしれない。探せば恐らく一件く らいは宿屋もあるだろうと期待が持ち上がり、そうだ後であの案内所で聞いてみようと、ここでやっと 本日の計画らしきものが出来上がりつつあった。 しかしさて。半刻過ぎても、店の人は現れない。何となく、泥棒に入って潜んでいる様な、居住まい が悪い気分になって来たので、暖簾をくぐり直して広場に出た。隣の雑貨屋にも人の気配は無く、店 先のたらいの中で氷水に漬けられたラムネが涼しそうに揺れているだけだった。 観光案内所に戻ってみても、案内係は戻っておらず、湯飲みの茶はとうに冷めてしまっており、すでに 湯気も消えていた。 一体この集落の人々は何処に居るのだろうか。滅多に余所者が来ないものなので、全く無防備に店 を空にしているのか。しかし、この駅に降り立って小一時間が過ぎているが、通りを歩く人影すら目に していない。考えてみると、本線の駅からこっち、人の姿を見ていない事に気がついた。 ここまで乗ってきた電車ですら、運転士の姿を見た憶えはなかった。まさか、無人で走る電車である筈 も無く、運転台に立つ後姿位は目にしていた筈だ。私が意識していなかったので、記憶に残っていな いだけなのだろう。しかし、まさか…。 (つづく)
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一応、旅を趣味としているので、日本中はあちこちとまわってきたが、そのうち、日本の観光地は 「観光地製造工場」で大量生産された工業製品であるかのように画一化されている事に気付き、 興味を失ってしまった。 しかし、遠い、見知らぬ土地に行きたいという欲求は相変わらず旺盛であり、いつの頃からか、 あても無く列車に乗り、思いつきで通りすがりの駅に降り…と言う旅をするようになった。 異常気象と言われ続けていた昨今の猛暑も、異常とは感じられなくなって久しいが、やはり その夏も暑かった。連日気温が30℃を大きく上回る東京を捨て、私はぶらりと旅に出た。 JRの本線を北に向かい、数時間走った所で、ふと車内の路線図を見ると、山間に分け入る 一本の支線を見つけ、私は興味をそそられた。 そこで、線路が枝分かれする駅で列車を降り、今度は1時間に1本有るか無いかの1両電車の客となった。 古びた車両には私の他に乗る者もない。 窓を全開し、やや涼しく感じる山の風を車内に導くと、共にけたたましく蝉の鳴き声も入ってきた。 電車は、のんびりとと言うよりは、もうこれで精一杯ですと言う様にがたごとと身体を揺らしながら 山の林間を走る。 いちいち停まる駅は全て無人だ。電車を待つ者も居なかった。何しろ、各駅前にも数件の古民家が 閑散と並ぶばかりで、村とか町とか呼べる様な集落はない。 一体これで経営が成り立つのか、よく合理化の中で廃線にならなかったものだと半ば感心しながら、 何の変哲も無く、青々と繁る森を湛えた山並みを眺めていた。 いや、恐らく、朝晩の通勤通学の時間帯にはそこそこの乗客がいるのだろう。 森に隠れて、車窓からは村の集落が見えないだけかもしれない。 また、僻地の交通の便を確保する為に、第三セクターの様な運営をしているのかもしれない。 とりとめも無くそう考えていると、ガランとした車内に、田舎の中高生達が子供らしく他愛も無い話で 騒ぐ姿が見える様な気がした。 徐々に標高が上がっているらしく、吹き込む風が爽やかさを増してくる。 ついうとうとして、ガタンと電車が停まる音に目を醒まし車窓を見ると、古びた表示板に書かれた駅名 に目を惹かれ、興味をそそられた。こんな変わった名の駅があったのか。 何故か電車はなかなか出発しようとせず、しばらく駅名を眺めている内、ついつい降りてみたくなり、 旅行鞄を肩にかけると、アスファルトが所々に欠けているホームに降り立ってしまった。 やはり、ここも無人駅だ。 普通なら、ここで運転士なりが切符を受け取りに来るなりする筈だが、私が降りるのを見計らう様に 背後でドアが閉まる音がし、そのまま電車はがたごとと森の中に消える様に走り去ってしまった。 では、改札口に切符の回収箱でもあるのかと思ったらそれも無い。そもそも、私は乗り越して来ている ので、運賃の不足分を精算しなければいけない。無人駅なので、足りない金額を払う相手もおらず、 仕方なく私は、帰りに払おうと自分を納得させた。 一応、帰りの電車を見ておこうと、改札口の脇にある待合室を見て回るが、どこにも時刻表や運賃表 は貼られていなかった。念の為、ホームにとって返したが、曰くありげな駅名が記された表示板以外は 何も無い。 恐らく、この路線を利用するのはことごとく地元の人に限られている為、わざわざ時刻表などを掲示し なくても利用者はとうに電車の時刻を熟知しているのかもしれない。しかし、稀には私の様な者も来る だろうに、酷く不親切な気がする。しかし、一つ一つの駅にその様な掲示物を貼り出し、維持管理す る費用も、この様なローカル線にはそれなりの負担なのかもしれない。殆ど訪れない観光客などの為 に無駄な費用をかける訳にもいかないと言われてしまえばその通りだ。駅前に出れば、土地の人に時 刻も聞けるだろうとたかを括って、こぢんまりとした駅舎を出た。 (つづく)
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先週、若手のA君が、ご褒美旅行で河口湖の某温泉に行きました。 話を聞くと事もあろうに、若くて綺麗な仲居さんが付き切りで夕食の世話やお酌をしてくれたそうです。 しかも部屋食。つまり、二人きり。それを知っていれば、私が行ったものを!!ぐうう、悔しい!! ―それはいいとして、最近私に毒されてきたA君。しっかり怪談収集をしてきてくれました。 仲居さんの話では、その旅館は良く聞く「旅館の怪談」などとは殆ど無縁で、怪談の類はありませんと。 しかし、以前勤めていた旅館では、一度だけ不思議な出来事があったそうです。 旅館業の常として、宿泊中に亡くなるお客さんは避けられない。 大抵は自殺なのですが、(自殺志願者は「見分けがつく」そうなので、旅館側もそれなりに注意します が、それでもやっぱり…。)たまに卒中や梗塞などで亡くなる方も居るとか。 友人数名と泊まりに来ていた年配の女性客もそうでした。 風呂場で倒れて、すぐに救急車が呼ばれましたが、やって来た頃にはもう心肺停止状態。 その後、搬送された病院で死亡が確認されました。 騒ぎが一段落ついた頃、宿の玄関にタクシーが乗り付けられ、顔なじみの運転手さんが「お待たせしまし た〜。こちらにお泊りの○○様からのお呼びで…」とフロントに顔を出しました。 「嫌だ、運転手さん、タクシーは呼んでないですよ。それに、○○様って、気味が悪い…」 「気味が…って?いや、確かにこちらにお泊りで、すぐに1台まわして欲しいと、ウチに電話があったん ですよ。だから、急いで来たんですが。声の感じはご年配の女性だったそうですよ」 「…」フロントに詰めていたスタッフは皆、絶句。 名前といい、年齢性別といい、先程亡くなったお客様に間違いない。 事情を聞いた運転手さんも、青ざめながら言いました。 「いや、普通はフロントさんから呼ばれるでしょ。お客さんから直接電話が入るのは珍しいなとは思った んですけどねぇ…」 フロントの一人が、はっと思い当たって、電話の通信記録を見てみると…。 まさか、と言うか、案の定というか、亡くなった方の部屋に発信記録が残っていたそうです。 それも、つい、さっき…。 話は違いますが、A君が現地特派員として、ある「心霊スポット」を取材して来てくれました。 近い内に記事にします。
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新宿の某ビジネス・ホテルでの出来事。 出張で上京したAさんとBさんは、その安いホテルのツインに泊まっていました。 仕事も片付き、明日は地元に帰るだけと言う開放感から、二人はその夜、コンビニで買って来た ビールやつまみを部屋に持ち込み、ささやかに打ち上げをしておりました。 その内、ビールも無くなり、「もうちょっと、飲もうか」と言うAさんに、「じゃ、俺が買ってくるよ。 廊下の突き当たりに自販機があったよな…」とBさんが腰を上げます。 Bさんが廊下に出て、しばらくすると、ドアの外から「ヒイィッ!!」と悲鳴が聞こえてました。 Aさんが廊下に出てみると、ドンつきの自販機コーナーでBさんがへたり込んでいます。 Bさんの周りには缶ビールが転がっている。 「ど、どうした!?」とBさんに駆け寄り助け起こすも、Bさんはガクガク震えて声が出ません。 取り敢えずBさんを部屋に抱えていき、ビールを飲ませて落ち着かせると、ようやくBさんの口が 開きました。 「さ、さっき、自販機でビールを買っていたら…鈴か、何か知らんが『チリン チリン』と音がして… 音がする方を見たら、気味の悪い婆さんが…。 自販機の所に行った時には、誰も居なかったのに!! 俺と目が合ったら、その婆さん、すいっと消えちまって…」 ―そんな馬鹿な、幻覚か何かだろ と、Aさんが言いかけた時… 部屋の中で チリン チリン チリン… と鈴の音が響く…。 それと共に、部屋の中を、黒い人影が すぅぅぅ と横切っていきました。 大抵、こういうケースでは「部屋を替えてもらう」という対処をとりますが、AさんとBさんはコンビニ に走り、山ほどの酒と、瓶入りの塩を買って来たました。 部屋中に塩を振り撒き、前後不覚になるまで飲んで、その晩は寝たそうです。
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