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東京にも、古いビルというのはそこかしこにありまして。
私の子供の頃なんかは、霞ヶ関ビルなんてのが日本最初の超高層ビルとして建設され、もはや戦後ではない的
雰囲気が醸し出され、日本のイケイケドンドンさの象徴となっておりました。当時は、大きさの尺度として、例え
ば、ビールの消費量を表すのに、「霞ヶ関ビル○杯分」などと言う例えが為されておりました。
最近では、「東京ドーム○杯分」となる事が多いですが、ふと思うと、霞ヶ関ビルや東京ドームを見た事も行った
事もない人は、どのようにして、目安にするのでしょうか。
まあ、そんな事はどうでもいいのですが、兎も角、そんな時代の寵児だった霞ヶ関ビルも今や築43年。
立派な古ビルです。
地上36階・147mとのスペックも、タワーマンションでも40階は当たり前と言う昨今、やや霞んでしまいます。
日本で一番高いタワーマンションと言われている(家賃が、じゃなくて、建築高度が、です)、大阪のTheKitahama
は、54階建ての209mですって。麻布あたりの低層マンションの方が、家賃は高いと思いますが。
ちなみに、世界「最高層」のマンションは、オーストラリアの「Q1タワー」で、80階建ての323mだそうです。何とか
と煙は高いところに昇ると言いますが、323mの上空に住もうという御仁は、まさに何とかの方でしょうねぇ。
―とまあ、そんな、霞ヶ関ビルのうんちくはどうでもいいのです。
都内にも、そんな古いビルが一杯あるのだと言う事例の一つなのです。
今日、銀座で仕事があって、その時に聞いたのですが、銀座にも古いビルが結構沢山ある事は、当たり前と言
えば当たり前なのですが、そんな、当たり前の古いビル。
その昔は、GHQに接収されていたらしい、夜な夜な、GHQの将校が、日本人のコールガールだかパン助だかを
呼んでは云々…との、由緒とも曰くともとれるようなハナシがあるビルが、銀座の片隅にあるそうです。
今は、ただの古い雑居ビルで、様々な、色々な会社と会社もどきのオフィスが、飲み屋と共に蜂の巣の中みたい
に身を寄せ合っているビルだそうです。
語ってくれたのは、随分以前に、そのビルの何階かに入る、ある事務所に勤めていた方。女性です。
Dさんとしておきます。
あまり詳しく書けませんが(詳しく書けない部分の方が、相当に面白いのですが)、Dさんは、ある有名な人がそ
のビルで開いていた事務所で、経理の仕事をされていたそうです。
Dさんは、事務所の経理を一手に引き受けていた為、月末期末は連日午前様で、女一人で事務所に泊まりこむ
日も多かったとか。
真っ当な税申告以外の、違う帳簿も作らなければいけなかったので、相当大変だったそうです。
―で、その日も、そんな夜で、やっと帳簿を閉じた頃には既に丑三つ時。電車もバスもありません。
どうせ、明日も早く来て、チェックをしなければいけなので、いつもの通り、応接室に泊まる事にしました。
終日営業のサウナにでも行こうかとも思いつつも、疲れきって面倒なので、明日の朝でいいやと思って、冷蔵庫
に蓄えた缶ビールをいくつかあおって、寝床に入りました。
ストンと眠りに落ちる筈だったのです。いつもなら。しかし、その夜に限って、なかなか寝付けない。
空調が効き、暑くもなければ寒くもない。むしろ快適です。しかも、身も心も疲れているのに眠れない。
小一時間、むにむにして、どうしても寝付けないので、開き直って、冷蔵庫のビール缶をまた開け、ぐいぐいと
飲んでいました。どうせ、寝坊したって、一番出社なんだからと。
そうして、ビールを飲んでいると、はばかりに行きたくなるのは男女の差も無く世の常で、Dさんはほろ酔い加減
でお手洗いへ。事務所からトイレまで遠いのが面倒くさい。
長い廊下をカツカツと歩いているうち、禄でもない事を、Dさんは思いつきました。
どうせ誰もいないんだから・・・ちょっと、男性トイレに入ってみようかしらと悪戯心が巻き起こり、そしてそのまま、
男便所へ入ったそうです。見慣れぬ小便器を、なんて間抜けな形なのかしらとクスクス笑い、個室に入って、
ここは大して変わらないわねと眺めつつ用を足していると。
―コツコツコツと、廊下に足音が響く。
―コツコツコツと、廊下に響く、足音が聞こえてきたのです。
あら、守衛さんかしら。巡回の時間にはちょっと早いようだけど…。とDさんは思い、あらやだ。守衛さんが男トイ
レを見回ったらどうしよう。バツが悪いじゃない。こんなの。と、やや焦っていると。
足音は、―コツコツコツと、トイレの前を過ぎて行きました。
ああ、良かった、今のうちに。と、そそくさとトイレを出て…でも、待って。おかしいわ。
Dさんは妙な事に気付きました。
あの、足音は、守衛さんじゃないわね。―と。
徹夜の度に聞きなれた足音は、もっとゴツゴツして、ガツン・ガツンと聞こえていたわ。
もっと、歩幅も大きくて。
さっきのは、コツコツって、軽くて…女の、ハイヒールの足音みたいだった…かしら…。
ちょっと、ゾッとして。―いや、確かに、ハイヒールの音だったわ。と、思うと、もっとゾッとする。
いや、疲れてるから、空耳か、守衛さんの足音がそんな風に聞こえたか。つまりは、気のせいって事よ。
こんな夜更けに、この建物に居る女なんて、私くらいのものでしょう。
常夜灯がほの暗く照らす、ガランとした、無機質な廊下を歩きながら、Dさんは、そう、自分に言い聞かせました。
そう、自分に言い聞かせながらも、事務所に戻る、自分の足音が、妙に怖い。
カツ・カツ・カツ…ほの暗い、無機質な廊下に、無機質に響くのです。自分の足音が。
それが、妙に怖い。
慌しさに満ち溢れている、その古いビルの昼間に比べ、あまりに静まり返っている、深夜の廊下です。
カツ・カツ・カツ…無機質な足音をその廊下に響かせながら、やっと、自分の事務所のドアが見えてきました。
カツ コツ カツ コツ カツ コツ …と、自分の足音に、先ほどのハイヒールの足音が混じっているのに
気付いたのはその時でした。背後から、あの、コツ、コツ、と言う、ハイヒールの足音が聞こえてくる。
その、ハイヒールの足音は、妙に艶めかしいと言うか、湿めっぽいと言うか。
Dさんは、戦慄しました。だ、誰!?この階に居る女の子だったら、皆顔見知りだし。たとえ、何かの用事で、こんな
遅くに会社に居たとしても、私を見たら、声くらいかけてくる筈なのに…誰?誰が、後を歩いてるの!?
動揺しながらも、事務所のドアに向うDさん。
カツ コツ カツ コツ カツ コツ カツ コツ カツ コツ カツ コツ
ドアに手をかける寸前、やや足早になった、そのハイヒールの足音は、ついに、Dさんの真後ろまで来ました。
ひいい…と声をあげそうになりながら、思い切って振り向くと…。
そこで、Dさんの記憶は途切れ、巡回の守衛さんが、廊下に意識を失って倒れているDさんを見つけ、救急車で
病院に担ぎこまれた事を、Dさん本人が聞いたのは、その病院のベッドの上だったそうです。
Dさんは、あの時、何を見たのか、自分自身でも判りません。憶えてないのです。
しかし、それから頻繁に金縛りに遭う羽目になり、夢に魘され、その夢には、得体の知れない、真っ黒な女?が
現われる…ようになりました。
(↓)こんな、感じだそうです。
医者にかかると、その時の記憶がないのは、一過性健忘だかで、あまり心配いらないとの見立てでした。
つまりは、過労でしょうと。
あまり、無理せず…と言う医者に、無理しなくて済むなら、はなから無理してないわよと思いつつ、でも、金縛り
に…と訴えると、無理せず休みをとって下さい、と。
それから数ヶ月、金縛りと悪夢に苛まれたDさんですが、他にも色々あって、その事務所を辞めた途端に、
そのような事は無くなったそうです。
(↓)ああ、ねむい。お休みなさい。
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