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深夜、一人きりでの残業。経験のある方も多いでしょうが、気持ちの良い物ではありません。
カーディーラーに勤める、私の先輩が音を上げたお話です。
月末、仕事が押して止むを得ずの残業。部下も上司も皆帰宅し、割を食うのは中間管理職です。
住宅街のディーラーで、ご近所の手前、夜中の雑騒音には神経質で音楽を流すことも出来ません。
仕方なく、静寂に包まれながら、PCに向かっていました。
カタ、カタカタカタ、カタ、カタ… 事務所には自分の叩くキーボードの音だけが響きます。
時計は既に午前1時を回っています。残業も、ここまで遅いのは初めてでした。
先輩は決して怖がりではありませんが、今日に限って何故か嫌な感じがする。
時折、 パキン と響く家鳴りも、普段なら何とも無いのに、やけに気味が悪く感じます。
とっとと帰りたいが、そうも行きません。 カタカタカタ… 精一杯早くキーを打ちます。
外を時折通り過ぎる車の音が、 がーっ と遠くに響きます。
カタカタカタ… カタカタカタ…
―さっきから、人の気配がしてならない。
カタカタカタ… カタカタカタ…
自分の呼吸以外の息遣いが、はーっ…はーっ…と聞こえる様な気がして、思わず手を止め、耳を欹てます。
ぴたん…ぴたん… 静寂の中に、微かに水の滴る様な音が混じります。「トイレのタンクの音だ。」
無理にでもそう思い、仕事に戻ります。 …カタカタカタ、カタ、カタ…
こんな時に限って、以前聞いた「怪談」のフレーズが脳裏に甦ってきます。
『見上げると、天井から髪の長い女が…』
『背後から、真っ白な手が伸びてきて…』
『絹を裂くような叫び声が…』
そんな事を振り払おうと、頭を叩きます。 その時…
プルルルルルル―プルルルルルル― プルルルルルル― 電話が鳴りました。
心臓が早鐘を打ちます。時計を見ると、夜中の2時丁度。こんな時間に電話が来る訳が無い。
留守電に切り替わると、電話もプツンと切れました。
また静寂に包まれる。先輩が、きりのいい所で帰ろう、とPCに集中しようとすると、
プルルルルルル―プルルルルルル― プルルルルルル― また電話が鳴りました。
やばい!やばい!もういい。帰ろう!とPCを落とし、書類を纏めて帰り支度を急いでいると…。
がああ。―えっ、ショールームの自動ドア!?今、開いたよな。スイッチ切ってなかったっけ?
がああ。―閉まった。やっぱり、自動ドアだ!!
コツ、コツ、コツ、コツ「ひそひそひそ…」 ショールームに靴音と呟き声が響き、近づいてきます。
うわわわ、来たぁ…。先輩が鞄に書類をしまう格好のままフリーズしていると、
ガチャ…キィィィ… −事務所のドアがゆっくりと開いていきます。
先輩の心臓が喉仏の辺りまでせり上がってきた瞬間、野太い男の声が…。
「○○警備保障ですが!まだ、お仕事ですか!ご苦労様です!異常は無いですか?」
先輩は「ひえい(はい)。ひま(今)はへるほほへふ(帰るとこです)」と言うのが精一杯でした。
今の今まで忘れていたのですが、警備会社は午前2時を超えて警報装置がONになっていないと、
まず電話を入れた上で、安全確認の為に巡回に来る。そう言う契約になっていたのでした。
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