「心霊スポット」の旅

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最近、「心霊スポット」にハマっているので、分離独立!!
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―と、言う訳で、行ってきました会津若松。

横浜から走り続けて約4時間。飛行機に乗ればグアムあたりまで楽勝で行けます。本来は仕事目的なので

文句は言えませんが。


さて、会津若松に到着したのが昼過ぎ。仕事が予定より長引き、しかも夕方には横浜に帰らなくてはいけ

ない用事も出来てしまい、行きたい所を複数ピックアップしていつつも、1箇所位しか行けない感じ…。

そこで、一番行きたかったアノ場所、そう、白虎隊で有名な「飯盛山」に行く事に致しました。


実は、飯盛山には、そこが「心霊スポット」かどうかはどうでも良く、子供の頃から行ってみたかった

場所でした。中学の頃、戊辰戦争で自分と幾つも年が違わない人達がむざむざ死んで行った事を知り、

ずっと心に引っかかっていたのです。



さて、わざわざ横浜くんだりから飯盛山にやってきた取材班。

まず、取材班が驚かされた事は、その賑わいです。

丁度、秋の遠足の季節なのか、近隣の小中学校の学童生徒さん達が大勢訪れています。

大型の観光バスも多数乗りつけ、何処からとも無くやって来た(人の事言えるか!?)じーさんばーさん達

を吐き出していました。


そんな中、門前の土産物屋さんの駐車場に車を停めた取材班。看板には「どうぞご自由に車を停めて下さ

い」と言った様な事が書かれています。豪気です。駐車場係のおじさんに「後でお土産見せてもらいます

から」と一言入れて、いよいよ飯盛山の参堂に向かいます。

今日は愛機「鶴亀1号」も上機嫌です。

お、参道の入り口だ。
イメージ 1

おお、果てしなく長い階段が…霊力はもちろん、体力にも自信の無い取材班にこの階段を登りきる事が

出来るのか???


ヒーヒー言いながら階段を登ります。階段の脇にはエスカレーターもありますが、有料の壁が懐の寒い取

材班を堅く拒みます。明日、筋肉痛は必至だな、こりゃ。


階段を登りきると…
イメージ 2

イメージ 3

ここから先は、あまり不埒な事はできません。

墓前広場に入ると、左手に白虎隊の墓所がありました。
イメージ 4

こころばかりのお賽銭を捧げ、手を合わせます…。

歴史の犠牲者…と言うには余りに若すぎます。


更に順路を進むと、白虎隊自刃の地が。
イメージ 5

その場所からは、会津若松市内が遠望出来ます。
イメージ 6

彼らはここで、どんな気持ちで、ふるさとを見下ろしたのか…。

たまたま居合わせたツアーのガイドを立ち聞きすると、仲の良かった者同士で刺違えたりしたとか…。

うちの子と、大して違わない年なのに…。

只、合掌するのみです。
イメージ 7


さて、飯盛山をひとしきり見て回った取材班。

先ほどの土産物屋さんに戻り、タバコを一服つけながら、駐車場係のおじさん達とお話します。

平日なのに、賑わってますね〜と言うと、何でも、これから紅葉シーズンはこんなもんじゃないとか。

何しろ、年間200万人の観光客が、飯盛山を訪れるそうです。


「夜なんかは、ちょっと気味悪そうですね」とさりげなく話を振ると、おじさんの一人が言いました。

「夜も、入れるよ。24時間営業だから(笑)。店なんかは閉まってるけどね」

「え〜!!夜に山に入る人なんか居るんですか!?」

「夜景を見たり、山登りの人は来るよ。しかし、やっぱり気味悪いもんなぁ。…わかる人は、やっぱり

誘われるみたいだし」

来たキタキタ心中ほくそえむ取材班!!

「やっぱり、何か噂があるんですか?」

「そりゃぁ、ねえ…」


(眠いので、つづく…。)


【次回予告】取材班は再度、飯盛山へ!!また、あの階段を登るのか!?明日の筋肉痛の心配と共に、取材班

に襲い掛かってきた驚愕の現象とは!?




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ワンマン道路」と呼ばれる道をご存知でしょうか。

横浜市戸塚区内、柏尾町から原宿間の国道1号線区間をそう呼びます。


1950年代初め、「ワンマン宰相」とあだ名された吉田茂が、邸宅のある大磯から永田町に車で通う折、

毎朝毎朝「戸塚大踏切」で足止めを喰らうのに業を煮やし、そこを通らなくても良い様にする為に、鶴の

一声で建設させた道路だから「ワンマン道路」と呼ばれるようになったとか。


アビさんから聞いた「要調査物件」がこの「ワンマン道路」の一部を為す「戸塚跨線橋」です。

JR東海道線や横須賀線を跨ぐ橋です。

詳しい地図で見る
私も、戸塚には長く住んでいたのですが、ここが「心霊スポット」だとは知りませんでした。


以下、アビさんの談です。

「先日、車を売ったお客さんなんですけどね、もう80近いお爺さんなんですよ。家に私が行くと喜んで

くれまして、お暇しようとすると、何か話題を作って引き止めるんですね。そんな話の中で聞いたんです

が…何でも、その人、戸塚生まれでずっと戸塚だったそんなんですよ。その人の話と言うのは…
『ワンマン道路』の跨線橋な。あれ、出来てから間もなくして、車の事故がずっと続いてな。何人も
死んだり怪我したりで散々だったんだ。何かの崇りかと、近くの衆が図って坊さんに経でもあげて貰おうと言う事になり、名のある人を呼んだんだ。やって来た坊さんが言うには、墓場の土を盛った所為だと言う。はてと、調べてみると、確かに、どこぞの山を墓地ごと切り崩して、盛り土にしたらしい。あまりの突貫工事で、橋を造り始めてから、橋詰の盛り土が足りない事に気付いたんだな。それで慌てて、見境無く土を削ってきたらしい。坊さんがお経をあげてからは、事故も無くなったんだけどな』
―と、そう言う話なんですよ。本当にそんな事があったか、調べて記事にしたらどうですか?」

なるほどそれでは、と調べましたが、今ひとつ確証は無い。

しかし、郷土史の一部としては興味深いお話です。


―と言う訳で、とりあえず行って見ました。

車では幾度と無く通ったこの橋。まさかここに取材に来る事になろうとは…。



さて、邪魔にならない所に車を停めた、仕事帰りの取材班。

急に降りだした大粒の雨が、傘を持たない取材班を濡らします…。遠くでは稲光がビカビカと…。

―いやが上にも盛り上る雰囲気!!

しかし、一体全体何の因果で、たった一人で夜の夜中にこんな事をしているのでしょうか。

まあいいや。兎も角、とっとと行って、パパッと済ませましょう。


ここは、自動車専用道なので、基本的に歩道はありません。辛うじて白線を引いてある狭い路肩を行きま

すが、さすが天下の国道1号線だけあって、大型トラックなどがビュンビュン脇をかすめて行きます。

お化けより、そっちの方が怖い!!
イメージ 1

戸塚跨線橋が、見えてきました。橋詰の盛り土って、まさにここ!!この辺りです


今、取材班が立っているアスファルトの下には、怨念の篭った墓場の土が…

そう思うと、足元から…じんわりと…霊気が…


なんて感じている余裕はありません。雨は降るは車はすっ飛ばしてくるわ。下手すればコッチが幽霊に

なってしまいます。
イメージ 2

ちなみに、携帯での撮影です。鶴亀はどうやら完全にぶち壊れてしまった様です。
イメージ 3

しかし、雨の中、こんな所でうろうろしている私の姿を見て、通り過ぎる車の人達はどう思っているので

しょうか???普段は人が歩く事が無い場所ですから。

その内、「戸塚跨線橋に営業マン風の中年男の霊が出る」なんて話が広まるかもしれません。

そんな事はどうでもいいし、雨も強くなって来たから、退散しましょう。



さて、「ワンマン道路」と、吉田茂の我儘で造ったかの様に云われるこの道路ですが、どうやらそれは只

の逸話の様です。

元々小田原方面と横浜・東京を繋ぐ「弾丸道路(バイパス)」の構想は以前からあって、その一部を実現

した…と言うだけの話だった様です。


早期建設への強力な後押しとなったのは箱根駅伝

今では戸塚近辺は「花の2区」と言われますが、昔は戸塚大踏切で選手達が足止めされ、ずいぶん興を削

いでいたとか。


朝鮮特需で息を吹き返しつつあった日本に建設ラッシュが始まり、その一環として出来たのは良いが、

吉田茂の強烈な個性の反映で「ワンマン道路」と揶揄的に呼ばれた様です。


そして、肝心の戸塚跨線橋ですが、1953年1月17日に建設を閣議決定、1955年2月1日開通 と、建設決定か

ら開通までたったの2年しか経っていない事から、相当な突貫工事だったのは間違いありません。

山を墓地ごと切り崩して…と言う話も、あながち有得ないとは言えないかも…。





マイカル本牧や山手警察署など、本牧の街並から少し外れた所に「本牧十二天」と言う場所があります。

本牧埠頭の入り口にあたり、広い産業道路に囲まれた一角に、木々が鬱蒼と生い茂る一角があり、そこが

「本牧十二天」です。

詳しい地図で見る

ここは、かねてから「幽霊が出る」との噂が絶えず、知る人ぞ知る「心霊スポット」となっております。

現れるのは女性の幽霊と云われ、いつの間にか路上に老婆が現れ、そして消えていくとか、女性の声

が聞こえる等と云う話が広まっております。

先日、たまたま近くを通ったついでに、よし久々に突撃敢行だ!!とばかりに、行って見ました十二天。

果たして、今度こそ幽霊に遭いまみえる事が出来るのでしょうか!?

取材班は緊張しつつも車を本牧へ走らせます。



現地に到着した取材班。早速愛機「鶴亀1号」でパチリ。
イメージ 1

昼間は埠頭に出入りする大型車両がせわしなく行きかう場所ですが、夜ともなると殆ど車の通行がなくな

ります。

―と、ここで、またもや「鶴亀1号」に異常が!!

1枚撮影したきり、うんともすんとも動かなくなってしまました!!

最近「幽霊探知機」じみてきた鶴亀君。何か霊気を感じ取ったのか!?

バックアップの携帯電話で取材を続行します。
イメージ 2

ん?画面の下部に妙な光が…?

まさか、で、出たのか!?(何も感じませんでしたが。)
イメージ 3

本牧十二天にある、下水処理場です。

夜の下水処理場をうろうろする中年男…子供に見せられる姿ではありません。


―ふと見ると、50m程先に佇む2つの人影が…。

一瞬、噂の老婆か!?と思いましたが、どうやら男性2人連れの様でした。

何やら、こちらを伺う様にじっと見ています…。

少々気味が悪いので、場所を移しましょう。



さてさて、歩道に沿って、こんもりとした森の脇を歩きます。

森はフェンスに囲まれ、立ち入り事は出来ません。

「う…う…」

…何だ!?今の声はっ!?

女のうめき声の様なモノが聞こえ(た様な気がし)ました!!

すかさず、撮影!!―パチリ。
イメージ 4

―別に何も写ってないですね。

気のせいだった様です。

気のせいに決まってます。

気のせいという事にしておきます。


そうこうしていると、先程の2人組みが歩いて来ました。

なんか、後を付けられている様で、嫌な感じ…。

物盗りにも見えませんが、ここは一つ、逃げの一手で退散する事にしましょう。(ヘタレやなぁ…。)

何だか、中途半端なレポートになってしまいましたが…。


さて、帰ってから本牧十二天について調べてみると、幽霊の噂の源が判りました。


平安時代からの由緒を持つ本牧神社は、もとはこの本牧十二天にありました。

本牧十二天とは、本牧神社の旧称なのです。明治時代の神仏分離令により、本牧神社と名を変えました。

戦後、本牧一帯が米軍に強制接取された折に、本牧神社も移転を余儀なくされ、現在の地(本牧和田)に

遷座したそうです。

当時、空襲で神社が焼けた後、あるおばあさんが1人境内に寝泊まりし、ご神体を守っていたそうです。

現在の宮司さんの祖母の方だそうです。

なにしろこの方は、馬で境内へ踏み込もうとした外国人を薙刀をかざして追い払うほど気丈な女性だった

と言います。

しかし、戦後のある朝、おばあさんは遺体となって発見されました。

身体にはブルドーザーで轢かれた形跡が残っていたそうです。

この悲しいお話が元となって「老婆の霊が…」と言う噂が発生した事は想像に難くありません。

また、1980年代には女性の死体遺棄事件があり、幽霊の噂に拍車が掛かった様です。


近所で育った人の話によると、子供の頃から「本牧十二天の森には入ってはいけない」と言われていたそ

うで、元々は鎮守の森だった為に、地元では禁足地と考えられていたと思われます。


しかし、財政難の為、市有地である本牧十二天の売却が検討されているとか。

出来る事なら、港に残された貴重な緑地と、歴史の断片をこのままそっとしておいて欲しいなぁと

思う、一市民でした。

イメージ 5

         ↑明治時代の本牧十二天。今は周囲は埋め立てられ、面影は木々に残すのみです。
「心霊スポットの旅」の醍醐味は、そこが「心霊スポット」で無ければ一生縁が無かったかも知れない

場所に行ける事です。


今回もそんなケースです。

本日は定休なのですが、ワカホリ気味の私は、仕事の都合で色々あって、群馬は高崎へ出向きました。


せっかく高崎まで行くのだからと、ご当地の「心霊スポット」を事前に調べた結果…

よし!!ここに行こう!!と決定したのは「群馬の森」。

1974年に開園した緑地公園だそうです。


地元では有名らしいのですが、この公園の一角に廃墟があり、そこにうようよ霊が現れるのだとか。

公園内で幾つかの自殺があったとの事で、当初は自殺した人の霊が…と思われていた様ですが、最近では

もっと古い時代の霊ではないかと云われているそうです。


―まあ、兎も角、行って見ましょう。
イメージ 1

さて、入り口の案内板。随分きっちり横長の公園です。

駐車場も入園も無料!!と言うのが嬉しいです。

足を踏み込むと、そこには怨霊渦巻く禍々しい光景が…
イメージ 2

広がっていてくれれば良かったのですが、ご覧のように広々とした明るい公園です。

こんな明るく開放的な場所に、果たして「心霊スポット」なんて下世話なモノがあるのでしょうか?

敷地内には「近代美術館」や「歴史博物館」の豪勢な建物がそそりたっております。

…うーん、まさにハコモノ感が漂いまくっています。不思議な事に、何処の地方自治体も「近代美術館」

や「歴史博物館」を造りたがりますが、その近代美術館にピカソが来る事はまず無いでしょう。


―そんな事は、どうでもいいですね。


下調べによると、ここは旧軍の火薬製造所だったのです。


歴史はかなり古く、明治にまで溯ります。

明治15(1882)年 「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」として黒色火薬の製造を開始。

以来、軍需・民需の火薬を造り続けました。

明治38(1905)年 日本初のダイナマイト製造を開始

ノーベルがダイナマイトを発明してから30年後の事です。

大正12(1923)年「陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所」となり、

そして、昭和15(1940)年、開戦前夜。「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」と改称されます。

終戦時の規模は、敷地面積32万5千坪・従業員数約4,000人。


戦争終結と共に、その歴史に幕を閉じた火薬工場ですが、跡地には南側に化学メーカーの研究所と工場、

北側に「日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所」が置かれ、その緩衝地の様な感じで

真ん中に「群馬の森」が置かれているのです。なるほど、きっちり横長の理由が判りました。
 

南側にある化学メーカーは、ここでは医薬品の研究開発・製造を行なっているのですが、元はと言えば日

本有数の火薬メーカー。大正5(1916)年 に 日本最初の火薬製造会社として発足した老舗です。


北側の「原子力研究所」は、昭和38(1963)年 旧日本原子力研究所・高崎研究所として設置され、

動力試験炉(JPDR)の初発電に成功しております。こちらでは、放射線利用の研究開発等を実施していると

の事です。(HPを見ると、放射線を照射するとクズ真珠が最高級品に変わるのだとか。しかし、そんなの

誰も欲しがらないと思いますが。)


前置きが長くなっておりますが、何を言いたいかと言うと、「軍の火薬工場跡」「原子力研究所」と言う

一般人にとっては圧倒的に得体の知れない存在の前に、数人の自殺者の霊など何処かに行ってしまい、

勢い「廃墟に彷徨う霊は自殺者の霊ではなく…」と言う話になっているのかなあと思いました。



さてさて。時間も余りないので、そそくさと「心霊スポット」探しに勤しみます。

何せ広い上に、「化学工場側」「原子力側」に廃墟が点在しているとの事。

限りある取材時間を考え、今回は「原子力側」の廃墟のみを当たる事にしました。


さすが、「群馬の森」と言うだけあって、広大な広場を囲む様に生い茂る森の中に入ると、幽玄を感じさ

せる樹木が生い茂っております。
イメージ 3


森の遊歩道を辿って行くと…不意に「立入禁止」の札が。
イメージ 4

ここか!!と思い、木々を透かして見ると、ありました、廃墟が。

鶴亀1号が順調に作動するので、「ここは霊なんて居ないだろう」とたかを括ったその瞬間!!

鶴亀1号に異変が!!液晶画面が乱れ、まるで受信状態の悪いTVみたいになってしまったのです!!

や、や、ヤヴァ〜イ!!こ、これはホンモノだあああ!!

おいコラ鶴亀!!わざわざ高崎くんだりまで来て手ぶらじゃ帰れねえぞ!!ホラ、ガンバんなさい!!

と念じつつ、撮れてるかどうかは兎も角、シャッターを押します。

イメージ 5
撮れてますが、ブレブレ…。

場所を変えて…
イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8



ナンだか良く判りませんね。

「立入禁止」を無視してもっと寄ろうと思えば寄れたのですが、「入っちゃいけない所には、入らない」

と言う我が取材班の公式ルールがあるので…。


ちなみに、火薬工場の事故で亡くなった方々は確かに存在します。

一応、確認出来た限りでは、大正元(1912)年1月24日に爆発事故があり、建物約50棟が全半壊し、6人が

死亡した… と。


さて、そろそろ横浜に帰らねば…。今日はこれが精一杯。

また来る事があったら、心霊抜きで、もっとゆっくりしたくなる、素晴らしい公園でした。
現代怪談の定番の一つに、「スタジオ系怪談」がございます。

TV、映画、音楽と、クリエイティブ=感受性がむちゃくちゃ高い方々が集る場所であり、しかも独特の

閉鎖感があり、そしてそこは、命を削ってまで芸術を創造する場。

加えて、事故・自死含め、人が亡くなっている現場も少なからずあると聞きます。

また、部外者がおいそれと立ち入れない空間である事が、好事家の耳目を集める一因なのでしょう。


まさに、怪談純粋培養の場。ここで出なくて何処に出る

いつか、そう言う場所に取材に行きたいと思っておりましたが、実現しました。


―と、言う訳でございまして、あまり詳しくは書けないので、「色々なご縁があって」と言う事にしてお

きますが、某TVスタジオに「見学」に行って参りました。


ここは、かの業界では有名らしいのですが、兎も角、出まくる

このスタジオに絡んで、一度も妙な体験をしていない人は居ないそうです。

どんな0感人間でも、必ず何か起こる。

そう言う触れ込みの処です。


早速、レポートを。―と、ここで、いきなり異変発生。

愛機「鶴亀1号」の電池を新品に交換し、万全な体制で現地に臨んだのですが、最初の一枚を撮影しよう

としたら、不動。うんともすんとも言わないのです。仕方ないので、久々に携帯のカメラで撮影を敢行。

イメージ 1

                       ↑これが、そのスタジオ。

ここで、何があったかと言うと…。

逸話その一。
深夜独りで、副調整室で作業していたら、カーペットを敷いた床を踏む足音が近づいてきた。「ああ、〇〇さんが来たんだな」―と思って振り向くと誰も居ない。しかし、足音はなお近づいてきて、自分の背後で止まった。

逸話その二。
新人が副調整室に居る時、ポンと肩を叩かれたので後をみると、誰も居なかった。ベテランのスタッフはその話を聞くと、「ああ、そんなのいつもの事だよ」と、一言。
イメージ 2

                       ↑副調整室。

また、こんな話も。
夜中、男性スタッフがトイレで眠気覚ましに顔を洗って、鏡を見ると、自分の背後に見た事も会った事もない女が立っていた。びっくりして後を見ると、誰も居ない。鏡を見ると、やはり居る。
その人は、トイレからなかなか帰ってこないので心配して見に来たスタッフに、気絶して倒れている所を発見された。
イメージ 3

                       ↑その、トイレの鏡。

続いて、スタジオ内では…。
撮影中、スタジオ内の階段の踊場付近で、中年風の女が見下ろしている事がある。
慣れている人は気にしないが、初めてこのスタジオに入った人の中からしばしば、「あの、階段に居た女の人、誰ですか?」と訊かれる事がある。

また、空のスタジオ内で女の囁き声を聞いた人は数多い。
イメージ 4

                       ↑その、階段。



―そして、その女性は、この人かも…
イメージ 5

スタジオの入り口外から撮影した一枚です。

何か写っていると気づいたのは、帰宅してPCにおとしてからでした。



―スタジオ内には、誰も居なかったのは、確かです。
イメージ 6

                       ↑女性の様ですね…。

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