「心霊スポット」の旅

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最近、「心霊スポット」にハマっているので、分離独立!!
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暮れに日光に行った折に立ち寄った場所です。
 
男体山から噴出した溶岩を中禅寺湖、華厳の滝と流れてきた大谷川が削って出来た奇勝憾満ガ淵
 
(かんまんがふち)」に沿って並ぶ無数のお地蔵さん。「並び地蔵」と呼ぶのが正しい様ですが、「化け地
 
蔵」が通り名となっております。何故「化け地蔵」と呼ばれるかと言えば、何度数え直しても数が合わな
 
いとされるから。
 


 
さて、雪化粧の山々を望みながら日光に入ります。
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「化け地蔵」が並ぶのは慈雲寺の境内。東照宮からほんの1Kmほどのところにあります。
 
公衆トイレ併設の駐車場もあり、そこから「ストーンパーク」と言う広場を抜けた先にあります。
 
【地図】 (結構わかりにくい道かも)
 
 
(↓)駐車場脇にあった意味ありげな塚(?)
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首の取れた石仏がお出迎え。
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やや屈まないと頭をぶつけそうな山門をくぐって境内へ。
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すると、小さな本堂から先にはずらりとお地蔵さんが並んでおりました。
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慈雲寺は承応3(1654)年に晃海僧正(天海の四大弟子の一人)が創建したものだそうですが、当時の
 
建物は明治35(1902)年の洪水で流されてしまい、現在の本堂は昭和48(1973)年に再建されたもの。
 
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「化け地蔵」と言う名前に反して、穏やかなお顔のお地蔵さんが延々と並んでいます。
 
 
霊庇閣(れいひかく)から眺める淵の流れ
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ここは慈雲寺創建のとき、晃海僧正が建立した護摩壇で、対岸の不動明王の石像に向かって護摩供養
 
がおこなわれたそうです。ここも洪水で流されたため、再建されたもの。秋には紅葉が綺麗だろうなぁ。
 
 
子供たちはお地蔵さんの数を数えながら歩きます。
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延々続くお地蔵さんの列…
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首のもげたお地蔵さんもいます。洪水の跡でしょうか。
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折り返し点からまた、お地蔵さんをカウントする子供達。
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カウントした結果、行きと帰りで数が合ってた!!そうです。合計93体。
 
今度行かれた方は是非数えてみて下さい。
 
この地蔵群は、慈眼大師天海の門弟が彫ったもので、当初は100体ほどもあったところが、これも洪水
 
で数体かが流失しているそうです。
 
「化け地蔵」の名前の由来も、仏教用語の「抜苦与楽(ばっくよらく=仏や菩薩が人々の苦を取り除き楽
 
を与える慈悲の働き)」の「抜苦」がつまって「化」となったという説があり、どちらかと言うとそっちの方が
 
有り難味があります。
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と言う訳で、別にここが「心霊スポット」と言うわけではなく、むしろやさしげなお地蔵さんのお顔と、荒々しい淵の
 
流れの対比に心癒される「パワースポット」なのですが、とりあえず「化け」つながりで番外編とさせて頂きまし
 
た。東照宮の豪華絢爛に食傷された方は是非訪れてみてはいかがでしょう…?
 
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(おまけ)
陽明門の逆さ柱
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先々週だったか、取材に行ったきり記事にするのを忘れていました。
 
以前、記事にした場所の実地検分です。この場所の曰くは【前の記事】をご参照下さい。
 

 
さて、現地を訪れたのは11月4日の頭だったでしょうか。
 
朝に家を出る時は細かい霧雨がそぼ降り、これはなかなか趣のある取材になりそうだと思ったら、現地に着く
 
頃には一天にわかに晴れ上がり、絶好の行楽日和となってしまいました。いや、なって全然いいのですが。
 
 
現地は、京急の戸部駅から歩いて10分くらいでしょうか。西区役所の近くの、何の変哲もない坂道です。
 
この先が「暗闇坂」です。ランドマークタワーが見えてます。都会的な「心霊スポット」です。
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明るい陽光の満ちる坂道をテクテク歩いていくと…
 
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(←)くらやみ坂の石標がありました。
 
その背後には、小さな祠が2つ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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暗闇坂一帯が明治32(1899)年まで監獄及び刑場だった事は前に記事で書いた通りです。
 
由来が書かれた看板一つ立っていないこの祠は、やはり刑死者の霊を祀るものなのか。だとしたら、これは御霊
 
信仰による祟り封じではないのか?等と勝手に思ったりするのですが、記録が全くないのでその辺のところは良
 
く判りません。祠には真新しい花が供えられていて、周りも綺麗に掃除されており、今だ大事にお参りされている
 
事を伺わせます。
 
かすかに、刑場の跡を感じさせるのはこの祠だけ。戸部刑場には「南無妙法蓮華経」と彫られた慰霊碑が建って
 
いたそうですが、今はその姿はありません。
 
 
時計を見ると昼休みの頃です。隣接する西中学校からは生徒達の若々しい騒ぎ声が閑静な住宅街に響いてお
 
ります。「心霊スポット」的な雰囲気は微塵もありません。ここなら私でも深夜に来れます。生首が飛ぶの飛ばな
 
いのと噂もある様ですが、それはやはり「元刑場」との土地の曰くから発生した御伽噺ではないでしょうか。
 
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ちなみに、前の記事で西中学校は刑場の跡地だと書きました。大概の資料にもそう書いてあるのですが、その
 
後の調査の結果、それはどうやら間違っていたみたいです。
 
『ものがたり西区の今昔』(西区の今昔編集委員会編・西区観光協会1973年)にはこんな証言が出ていました。
 
西中に刑場があったというのば誤りです。坂の右側には牢や刑場はありません。 きれいな山でした。あの
 
山は私たちの山でした。刑場は一番高い三角地の所にありました。当時もここだけはのぞくことができませんで
 
した…」(海老塚氏夫妻談)
 
 
色々調べて現地に行った結果、刑場が何処にあったのかはほぼ特定できましたが、書くのは止めておきます。
 
そんな事を今更はっきりさせても、得をする人は一人もいませんし。
 

 
さて、これでおしまいでもつまらないので、暗闇坂に因縁のあるもうひとつの場所に足を向けます。
 
 
暗闇坂からすぐ近くの法亀山願成寺です。真言宗のお寺です。開山は天文7(1538)年だそうですが、由来は
 
もっともっと古い。天平年間(729〜749年)、この地を通った行基(また出ました)が喉の渇きに水を探していると、
 
渓谷から亀が這い出て来たのでそこを掘ってみたら清水が沸き出たと。そこで、行基はこの地を法亀山と名づけ
 
て草庵を結んだのが始まりだそうです(願成寺の案内板より)。
 
イメージ 13
 
願成寺には、戸部刑場で処刑された3人の咎人の墓があります。せっかくですから、お参りさせて頂きましょう。
 
イメージ 14
 
静謐な境内に、お寺の幼稚園から、明るいちびっ子のはしゃぎ声が響いておりました。
 
丁度お迎えの時間だったらしく、境内を抜けるお母さん達から「こんにちは〜」と何度も挨拶を頂きました。
 
 
(↓)延命の井戸。ここが、行基が掘ったら泉が沸いたところだそうです。
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一口飲めば、たぶん2〜3年は寿命が延びたでしょうが、そう長生きをしたいとも思ってない私は、あえて口にし
 
ませんでした。
 
 
墓所に入って案内板の通りに行くと、ございました。
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戸部刑場で処刑された、左から鳶の小亀、間宮一、清水清治の墓です。
 
この人たちが、何故に戸部刑場の露に消えたかと言うと、こう言う事件(↓)を起こしたからです。
 
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これは、「鎌倉事件」と言われる、攘夷事件です。
 
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小亀が市中を処刑を前に市中を引き回された日には、横浜中の芸者や鳶職が総出で繰り出し、木遺音頭を唄
 
い、冥土への花道を飾ったといわれております。外国人の横暴に腹を据えかねながらも手を挙げる事の出来な
 
い横浜の庶民の目には、小亀の行為が英雄的に映ったのでしょう。

 
そんな小亀は兎も角、清水と間宮は今風に言うと只のテロリストじゃん。
 
―との印象を持たれる方も多いかとは存じますが、実は鎌倉事件には、少々の裏があります。
 
 
鎌倉事件とはこんな事件でした。
 
その日、長谷の大仏を見物した帰りの英国士官ボールドウインとバードが若宮大路のあたりで2人の浪人風に切
 
り殺されました。幕府は英国公使オールコックの圧力によって迅速な対応をとらざるを得ず、事件の1週間後に
 
共犯者と思しき2名を捕縛しすぐに処刑。主犯格とされた清水も逮捕し、市中引き回しの上、戸部刑場で英国側
 
の立会いのもとに斬首しました。清水の生首は3日間にわたって吉田橋に晒されたそうです。
 
 
ところが翌年、間宮が真犯人として名乗り出てきたからさあ大変。幕府は今更そんな事言われても…と頭を抱え
 
ながら、それでも自首してきた男を追い返す訳にも行かずにやむを得ず逮捕しました。間宮は共に英国人を討っ
 
男の名前も出しますが、処刑してしまった清水らの冤罪を認める事も出来ない幕府は、間宮も極秘裏に処刑
 
してしまいました。全くもって酷い話です。
 

 
そんなこんなの過去を見下ろす様に、お寺の杉がそそり立ち…。
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そしてそれをさらに見下ろすかの如く、ランドマークタワーがその向こうにそそり立っておりました。
 
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横浜の新旧を一望した思いのTOでした…。
 

 
と、ここで終わりかと思いきや、そうではないのが今回のしつこい面白いところ。
 
願成寺を後にした取材班(相変らず一人)は、ぷらぷら散歩をきめこんで横浜駅に向かいました。
 
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平沼の廃駅でも見ていこうかな…と思ってたら、ひょんな所でひょんなモノに出会ってしまいました。
 
ジャジャーン!!
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何と、戸部刑場に建っていた慰霊碑(↑)に出会ってしまったのです。
 
イメージ 7
たまたま通りがかった久成寺と言うお寺さんの敷地内
 
に、戸部刑場の慰霊碑が移設されていたのです。
 
いやあ、心底ビックリしました。
 
こんなブログやってると、たまに不思議な思いをするも
 
のですが、今回も偶然とはいえ…。いやいや、もしかし
 
て、この石塔に呼ばれてしまったのでしょうか???
 
 
 

 
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(←)眠いので寝ます…。
 
 
 
心霊スポット3連発ですが、休みの日に何をやってるんでしょうか私は。
 
まあいいや。
 


 
昨夜、新橋で飲んだ後、帰宅途中の上大岡で途中下車して飲み直し。
 
べろべろに酔っ払ってたので、ふらりと入ったその店の名前すら憶えておりません。
 
店にはママさんと常連客らしきオッサン二人。
 
仲良くなって話している内、調子に乗った私が「この辺でお化け出る所とか知りませんか?」と訊くと、ママさんが
 
意外な一言。
 
「この店に出るわよ」
 
ええ〜っ!? 何だ今まで俺は「心霊スポット」で飲んでたのかぁ〜!!
 
…と嬉しくなりました。
 


 
ママさんの話によると、この店には男の霊が出るとか。
 
「私は全っ然そう言うの判らないから見た事ないんだけど、お客さんで何人か見てるわよ。ねえ?」
 
と常連さんに水を向けます。
 
「うーん、俺も見た事ないけど、〇〇さんとか△△さん(同じく常連客らしい)とかは見たって言うねぇ」
 
「そう、そこのボックスに、男の人が座ってるんだって」と、ママは店の奥をあごで示します。
 
「この間も出たって言ってたけど、私には何も見えなかったわねぇ」
 
どうやら、ふと気づくと中年の男が座っていて、あれ?こんな客いたかな?と思ってもう一度見るといなくなってい
 
る…と言うパターンらしいです。
 


 
それがこの席。
 
イメージ 1
 
どうやら今晩は、幽霊さんはいらしてない様です。
 


 
ママさんに怖くないのかと聞くと、「常連さんのツケが溜まる方が怖い」とニヤリ。
 
二人の常連さんは頭を掻いておりました…。
 
 
イメージ 2
(←)貯金はなかなか溜まらんが、ツケはすぐ溜まる。
 
♪お江戸日本橋七つ立ち〜と歌われる東京・日本橋。
 
イメージ 1
慶長8(1603)年、家康の全国道路整備計画により最初の橋がかけられ、翌年には五街道の基点となりました。
 
以来、江戸で一番賑わう場所として発展。
 
江戸以降は日本道路元標が置かれ、日本の道路網の始点となっております。
 
 
 
 
 
その、日本橋にやって来ました取材班。街はすっかり暮れなずんでおります。
イメージ 2
 
さてさて、日本橋の南詰めに、「滝の広場」と言うこぢんまりとした広場があります。
イメージ 8
 
道路より一段下がった広場。壁面に水が流されており、そこから滝の広場と名づけられた様です。
 
イメージ 9
 
都心も都心、東京のど真ん中。何故この場所が「心霊スポット・コーナー」に登場するのか?
 
それは実はこの場所、あまり知られてはいませんが、江戸時代の刑場跡なのです。
 


 
江戸時代の日本橋南詰には、幅13m奥行13m程の刑場があったのです。
 
この刑場は「晒し刑場」と言われ、女犯の売僧(女性と情を通じた不道徳な僧)や情死未遂者(男・女の心中未遂
 
者)など色恋沙汰の罪を犯した者をここで三日間晒したとされます。
 
江戸で一番の繁華街である日本橋は、晒刑にはうってつけの場所だったのでしょう。晒しがあるといえば、野次
 
馬が鈴なりになって見物したと言います。
 
 
また、主人殺しの罪を犯した者はここで鋸引の仕置を受けたそうです。
 
イメージ 10鋸引仕置の図。
 
刀で肩を切り、その血を鋸に縫って罪人の両脇に
 
立てて2日間晒して見せしめとした後、市中引回し
 
の上で処刑された…そうです。
 
 
 
 
 
 
明治大学博物館に展示してあった鋸引仕置の「穴晒し箱」。
イメージ 11
この中に罪人を入れ、土中に埋めたそうです。(これ、レプリカではなく、本物です…。)
 
 
鋸引きといっても、江戸時代では実際に鋸で首を引いた訳ではなく、あくまで見せしめの象徴として鋸を立ててい
 
ました。建前上は、通行人が鋸を引く事が出来ましたが、実際そんな事をする者はいませんでした。
 
しかし、ある時本当に鋸を引いた者が現われたので、それ以降、役人の見張りが付く事になったとか…。
 


 
日本橋の橋詰にはそれぞれ色々なモニュメントが建っていますが、ここだけポッカリと穴が開いた様な空間にな
 
っています。それも、刑場跡だと知ると何となく納得できます。
 
イメージ 12
南詰西側、高札場跡。
 
法令・禁令などを板札に墨書きし、人々に. 周知する
 
ために、高く掲げた場所です。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 13
北詰西側、日本道路元標。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3北詰東側、日本橋魚市場発祥の地。
 
吉野家の牛丼もここから始まったのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、南詰め西側、「滝の広場」。刑場跡を知らせる物は何もありません。
イメージ 4
 
「晒し刑場」だったので、実際にこの場所で刑死した罪人はいなかったと思います。
 
しかし、死の直前に衆目に晒され屈辱を味わった罪人の念が残っていてもおかしくはない場所…。
 
それが、ここ、「滝の広場」なのです。
 
霊は水を欲すると言われますが、ここに滝を流しているのはもしかすると…なんて思いを巡らせてしまいます。
 
イメージ 5
 
イメージ 6


 
ここで「幽霊を見た!!」と言う話は聞きませんので、心霊スポット番外編としておきました。
 
華やかな日本橋にも、一面では暗い歴史があると、そう言う話です。
 
 
イメージ 7(←)もうすぐプレイボール!!
オカルト・ブログを名乗る以上一度は行かなくてはならぬ、都内有数の「心霊スポット」…。
 
それが「千駄ヶ谷トンネル」です。 【地図】
 
「都内有数の」と言われるだけあって、このトンネルでは数多くの怪奇現象が発生してい(ると噂されてい)ます。
 
いくつかの例を挙げると…。
 
〇トンネルの真ん中あたりに、白いワンピース姿で髪の長い女幽霊が出る。四つんばいになって、車に向かって
手を挙げる姿がバックミラーに映るが振り向くと誰もいない…と、なかなか恐怖心を煽る出方をするらしいです。
 
〇トンネルの天井から女幽霊が逆さにぶらさがる。雨の日、天井の染みが次第に女の形になり、それがぶら下
がってくる…と、なかなか絵になる出方をするらしいです。
 
〇車の前を子連れの女幽霊が横切る。
 
〇トンネル内を走っている車の窓に手形がつく。
 
〇壁から手が伸びてきて歩行者を掴む。
 
〇猛スピードで走るバーサンが出る。       その他諸々。
 
―と、話を聞く限りでは、ここでは主に女の幽霊が出るみたいです。
 
もちろん幽霊が出るのは夜ですが、雨の日は昼間でも出る事があるそうです。
 


 
ここに幽霊が出るのは、それなりの曰くがあります。
 
有名な話ですが、このトンネルは墓地の真下を掘りぬいて作られているのです。
 
昭和39(1964)年の東京オリンピックの際、原宿方面から国立競技場へ抜ける道を整備する必要があり、突貫工
 
事で掘られたのがこのトンネルです。時間が無かったので墓地の移転などをする事が出来ず、結果墓地の真下
 
を通るトンネルとなってしまったのです。
 
イケイケドンドンの時代とは言え、えらい事をしたもんです.
 
その為、「幽霊は千駄ヶ谷トンネルによって静かな眠りを妨げられた死者が怒って出てきているのだ…」
 
と噂されています。
 


 
では、現地に行ってみましょう。今回はJR原宿駅が取材の基点となります。
 
イメージ 1平日でも多くの人で賑わう原宿駅(竹下口)。
 
取材班は竹下通りなどには目もくれず、千駄ヶ谷トン
 
ネルを目指します。
 
人通りの多い道を15分ほど歩くと…
 
見えてきました。
 
 
 
 
 
千駄ヶ谷トンネルです。この上が墓地となっています。ホントに真下と言うか、直下を掘りぬいています。
 
これじゃあ、霊も怒るわな…。
イメージ 2
 
中に突入。果たして、女幽霊は出現するのか???
イメージ 11
 
トンネル内に車を停めて寝てる人もいます。傑物ですな。手形でもつけといてやろうかな。
イメージ 12
 
トンネルの真ん中あたり。頻繁に女幽霊が出るポイントですが…。
イメージ 13
 
出ませんな。と言うか、交通量も人通りも多く、出る気配全くナシです。
 
やはり、夜に来なければ駄目ですな。(来る気はさらさらないが。)
 
イメージ 14
 
国立競技場側に抜けました。
イメージ 15
 
反対側。
イメージ 9
 
トンネルの脇にあるビクター・スタジオ。
イメージ 16
 
このスタジオも怪現象が起こると言う噂で有名です。ここで録音すると、妙な声が入り込んでしまう事が良くある
 
とか。幽霊の声が入っていると騒ぎになった、岩崎宏美さんの「万華鏡」もこのスタジオで録音されました。
 
(音紋分析の結果、その「幽霊の声」の正体は、バックコーラスの黒人女性のものだった事が判明しましたが。)
 
また、中年の男性の霊が目撃されたり、トイレに青白い顔が浮かんだりと、様々な幽霊が現われるそうです。
 
幽霊の目撃談は4階に集中しており、よく幽霊の声が入るのも4階にある401スタジオ。
 
これは、昔この建物の4階の高さに墓地があった為だ、と言われております。
 
(が、写真の通り墓地の高さはせいぜい2階くらいですね…。)
 


 
さて、トンネルの上にある墓地にお邪魔してみます。
 
イメージ 17
トンネルの横に、「法雲山 仙寿院」と言うお寺の山門
 
があります。
 
仙寿院は、今ではこぢんまりとしたお寺ですが、
 
紀州徳川家の菩提寺だったと言う由緒正しき寺院。
 
あの暴れん坊将軍も参った事と思われます。
 
 
 
 
お寺の由来によると、寛永5(1628)年、徳川家康の側室お万の方によって、赤坂の紀伊家屋敷に草庵が建てら
 
れたのが初めで、お万の方の生んだ頼宣(紀州家初代)によって正保元(1644)年にこの地に移されました。
 
紀伊徳川家、伊予西条松平家の江戸表における菩提寺祈願所として、十万石の格式をもって遇せられ、壮大な
 
堂宇と庭園は江戸名所の一つに数えられ、新日暮里(しんひぐらしのさと)と呼ばれ、賑わっていたそうです。
 
イメージ 3
 
しかし、明治維新の変革によって衰微し、明治18年に
 
は火災によって全山焼失、その後復興されるも昭和20
 
年、戦災で再び焼失したとされます。
 
 
(←)昭和40年に再建された本堂。
 
 
 
 
 
閑静な墓所。この真下を千駄ヶ谷トンネルが通っております…。
イメージ 4
イメージ 5
 
イメージ 10
(←)墓地から下の道を覗く…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
由来には「…更に昭和39年東京オリンピックの道路工事などによって寺観は一変した」とあります。
 
度重なる災難をくぐりぬけてきたのに、最後はオリンピックの工事。
 
静かに眠りたいと願う霊が、怒って出てくる(と思われてしまう)のも無理からぬ話ではあります…。
 
(↓)境内にある「萬霊之墓」
イメージ 6
 


 
―と言う訳で、千駄ヶ谷トンネルは、江戸から明治そして戦争、復興と言う時代の大きなうねりの中、東京と言う
 
大都会が変貌していく狭間で生まれた「心霊スポット」だと言う事が判りました。
 
古いものを踏み潰しながら発展してきた東京に、昔からある古きモノがささやかな抵抗を示している…。
 
私はそんな印象を受けました。
 


 
おまけ。国立競技場(↓)。すぐ横に神宮球場があります。UFO名所(笑)ですが、今日は何も飛んでいません。
イメージ 7
 
イメージ 8(←)さあ、いよいよファイナル・ステージだ!!
 
 
 

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