「心霊スポット」の旅

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最近、「心霊スポット」にハマっているので、分離独立!!
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先日、店の皆で飲みに行った時、若手営業のA君が「TOさん、『心霊スポット』に連れてって下さいよ

〜」と言うので、車で送って貰いがてらに2〜3箇所周って見る事になりました。

我々は酒が入って運転出来ないので、ハンドル・キーパーを当店の誇る絶世の美女・K女史にお願いしま

した。物凄く迷惑そうな顔をしながらもお付き合い頂いたK女史には心から感謝しております。
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                              (↑)K女史。


さて、深夜の横横道路を一路鎌倉方面へ。いい気分で歌などを歌っているうち、朝比奈ICが近づいてき

ました。
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うわっ!!いきなり、もの凄い「オーブ」と「霊気の渦」!!

―ではなく、単に車が汚れているだけです。


横横を降り、朝比奈峠へ。車どおりもめっきり少なく、いかにもな雰囲気が漂います。
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―おっと、空中に妙なモノが写り込んでいます!!
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生首でしょうか。


さて、そんな事はいいとして、見覚えのある場所に到着しました。
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憶えておいででしょうか?―そう、あの幽霊の出る電話ボックスです!!

―恐る恐る、アプローチするTO。いい年して、真夜中に何やってんでしょうか。
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その時、突然公衆電話のベルがけたたましく鳴り響く!!

―なんてドラマティックな事がおこる筈も無く、とりあえず後輩に電話するTO(↓)。

夜の夜中に傍迷惑極まりない輩です。
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「用がないなら切りますよ」と冷たくあしらわれたTO(↓)。立場なし。
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とりあえずピースするあたりが昭和の人間ですね(↑)。

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深夜の霊園でたそがれる中年男。その胸に去来する想いは何なのか…。



何も出そうに無いので、次に行きましょう。

朝比奈峠を戻り、某公共施設周辺へ移動。ここも「出る」「ヤバイ」とのウワサ。
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手前でおチャラけてるのが、A君です。(↑)

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顔をお見せできないのが残念なK女史。少なくともクレオパトラよりは美人です。




そんなこんなで、何も「出ない」まま、午前2時をまわってしまいました。

明日に差し支えるので、とっとと帰りましょう。


おまけ。
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       (↑)帰り道の途中で撮った沿道風景。これが「オーブ」ってヤツか!?





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さて、いかにも米軍関係者チックな霊ですから、その辺から当たっていきました。

海軍道路で米軍関係と言えば、当然ながら上瀬谷通信施設に目が行きます。

そこで、上瀬谷通信施設とはナニモノか!?と調べてみると、これが結構剣呑な施設だったのです。
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米海軍上瀬谷通信施設(↑)は、朝鮮戦争の最中の1952年、朝鮮民主主義人民共和国、ソ連および中国な

どの軍事用電波の傍取・暗号解読を主任務として建設されました。つまり、上瀬谷通信施設は米海軍のス

パイ施設だったのです。運用の主体は、アメリカ国家安全保障局(NSA)!!


1960年代後期、日本海での米艦プエブロ号拿捕事件やEC121電子スパイ偵察機撃墜事件などから上瀬谷

基地の存在が注目される様になります。この頃が、スパイ施設として上瀬谷通信施設は最も活発に活動し

ていた時期です。
 

その後1972年の沖縄返還に伴う米軍基地再編により、上瀬谷の電波盗聴部隊の主力は三沢基地(青森県)

へ移駐しますが、代わって米第七艦隊のP3C対潜哨戒機部隊(第72機動部隊)司令部が設置されました。

また、1980年代は米海軍の各種の諜報部隊の活動拠点として上瀬谷通信施設は機能する様になります。


つまり、戦後から冷戦期を一貫して、上瀬谷通信施設は極東のアメリカ軍にとって欠かざるべき重要な諜

報拠点だったのです。
 

さて、例の「黒人の幽霊」は、上瀬谷通信施設の関係者かと言うと、どうやらそうでもないらしいと言う

のが私の印象です。

―と、言うのも、上記の様に諜報活動を主任務とする施設の為守秘が厳しく、通信施設に勤務する米軍関

係者は殆ど施設外には出て来なかったからです。また、上瀬谷通信施設内外で施設関係者が事故その他で

亡くなったと言う記録もありません。


通信施設関係者でなければ、この「黒人の幽霊」は何処から来たのか?

調べて行くと、驚くべき事実が浮上して参りました!!


実は戦後になって、上瀬谷通信施設近辺で2回も米軍機墜落事故が発生していたのです。

最初は、1957(昭和32)年10月20日米空軍のマーチンB-57ジェット爆撃機が (当時は戸塚区の)瀬谷

町7830付近山林に墜落、乗員1名が死亡しています。
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                              マーチンB-57A爆撃機(↑)

また、1961(昭和36)年12月27日には、米海軍のA-4D(形式呼称は当時のもの)攻撃機が瀬谷町内の畑地

に墜落しパイロットが死亡しています。
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                              ダグラスA-4B攻撃機(↑)


―何となく、この墜落事故の犠牲者の一人が、「黒人の幽霊」の正体ではないか!?

と、私TOは、そんな風に思っています。

これと言って確たる根拠はありませんが。ただ、何となく、です…。


さて、現在の上瀬谷通信施設はと言うと…。

冷戦後は、米軍世界戦略の再編成や、衛星通信などの通信技術の発達などによって、1991年頃から上瀬谷

通信施設の大幅な機能縮小が急激に進み、林立する通信アンテナ類が撤去され始めます。

同時に大規模な部隊の解隊、転出が実行され、1995年10月までに、ほとんどの部隊が上瀬谷通信施設から

姿を消しました。ここで上瀬谷通信施設は電波通信施設としての役割を終えたのです。

そして名称も「通信施設」から「支援施設」へと変更され、 2004年10月18日に、日米合同委員会で日本

への返還の方針が合意されました。 現在では跡地の利用計画が各所で検討されている様です。


私としては、横浜市内ではもう殆ど残っていないあの広大な草原を、夢心地の桜のトンネルを、そして

「黒人さんの幽霊」を、是非現状のまま保全して欲しいと願って止まないのですが…。





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瀬谷の「海軍道路」と言うと、地元の人はまず見事な桜並木を思い浮かべると思います。

ここは、横浜でも知る人ぞ知る桜の名所。

春ともなると、約3キロに渡りほぼ真っ直ぐな道沿いに、延々と桜のトンネルが続く様になります。
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元はといえば、この一帯には旧日本海軍の補給廠があり、現在の相模鉄道瀬谷駅付近から分岐した輸送用

の軍用鉄道が敷設されていました。戦後、その鉄道が引き剥がされて道路になり、「海軍道路」と呼ばれ

る様になったそうです。


その折に平和を祈願して道沿いに植樹されたソメイヨシノが成木となり、現在の桜並木になったのです。


とは言え、海軍道路の東側には米海軍の上瀬谷通信施設の広大な敷地が広がっており、戦争とは全く無縁

になったとは言えない様です。
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上瀬谷通信施設の一部は一般に開放されており、広い草地や木立がひろがり、市民の憩いの場となってお

ります。私も、よくここに車を停めて仕事をサボって昼寝をしていたものです。(昔の話ですよ。)


さて、この海軍道路。昼間は良いのですが、夜ともなると、真っ暗。

左右を草地と農地に挟まれているので、人通りも殆ど無くなってしまいます。

不気味と言えば不気味な雰囲気が漂ったりするのですが、不思議と今まで幽霊話を聞きませんでした。

実は、この辺りは鎌倉時代の古戦場だったりするので、例の「鎧武者」あたりがうろうろしていてもおか

しくは無いと思うのですけども。


そんなこんなで別にブログに採り上げる事も無く、今まで来たのですが、今日たまたま雑談をしていた時

に、瀬谷に昔住んでいたと言う人が貴重な情報を寄せてくれました。

「瀬谷の海軍道路には、黒人の幽霊が出るって噂があったよ〜」と!!


どこにどういう風に出るのか、具体的な事は知らないそうで、只々そんな話を聞いた事があると言う程度

の話なのですが。

「黒人の幽霊」とはまたバタ臭いと言うか、地域性豊かと言うか、米軍関係臭がプンプンするお話です。


そこで、ちょっと調べてみました。

(意味も無くつづく)



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「京急道路」と言っても、その道路の名前を知る方は、地元でも少ないと思います。

「湘南モノレールの下の道」と言った方が通りが良いでしょう。

JR大船駅から江ノ島まで延びている湘南モノレールの下の道です。


湘南モノレールは「懸垂式」と言って、レールの下に車両がぶら下がるタイプのモノレールです。

そのモノレールのレールの下を、モノレールに沿って通る道路が「京急道路」です。
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この道路は、何でも元はと言えば日本最初の自動車道路だとか。

鎌倉、湘南界隈の別荘地へ通うお金持ちの為に、昭和初期に造られた道だそうです。

自動車専用道路と言っても、今の様な立派なバイパス道ではなく、片側1車線のごく普通の道路です。


この道路、今では市道になり、無料で通れるのですが、私の若い頃までは一応有料道路だったのです。

「一応」と言ったのは、例えば料金所があって常時通行料を取られるのではなく、たまに、それこそ

思いついた様に料金収受員のおじさんが現れ、通りがかる車やバイクを停めて30円だか50円だかを徴収す

る、今から思えば大らかな有料道路だったからです。


収受員のおじさんが居るのは、もうかなり江ノ島に近い方。駅で言うと「目白山下」の近くだった様な気

がします。

おじさんは道端にパイプ椅子を出して、車が通ると手を上げて停める。通行車にとって、おじさんに捕ま

るのは「運の悪い事」でした。全く、いっつも居ないのに、何で今日だけ居るんだよ…などとボヤキなが

ら、小銭を払うのでした。


しかし、京急道路がいつの間にか無料になると、当然ながら収受員のおじさんの姿も見られなくなり、

それはそれで寂しい様な気がしていたのだから不思議なものです。


―と、そんな昔話をW店長としていたら、店長が言いました。

「TOさん、知らない?あそこ、昔はよく『出た』んだよ…


店長の話はこうでした。


ある夜。店長の友人が、車で江ノ島辺りを走っていました。

車が京急道路に入ると、それまではからりと晴れあがっていた夜空から、突然激しい雨が降り始めたそ

うです。

豪雨の中、雨合羽を着込んだ収受員に車を停められました。

収受員は運転席側に廻り、こちらを覗き込む様に会釈します。

こんな夜中でも料金をとるんだ…そう思いながら、財布から小銭を出して窓を開けようとすると、収受員

の姿が無い。

あれ?と思うと、収受員はいつの間にか助手席側の外に立っていました。

ほんの僅かな間にすばやいな…と思いながら助手席の窓を開けると、また収受員の姿は消えている。

いつの間にか、あれだけ激しかった雨もぴたりと止んでいます。

外に出てみても、収受員の姿は見られませんでした。


おかしいな…と、そう思いながらも、仕方ないので車を出しました。

すると、しばらくして、運転席の窓をコツコツコツと叩く音が…。


見ると、ずぶ濡れの収受員が、走る車の外から車内を覗き込んでいたそうです


人から言われて気付いたのですが、その時は既に京急道路は無料化された後でした。



―W店長が言うには、そう言う話が、当時はたくさん囁かれていたそうです。

一説によると、大雨の日、収受員の方が車に轢かれて亡くなった。その為、それ以降は料金の徴収は

行われなくなったとか…。


(とは言うモノの、当時大学生だった私は鎌倉でバイトしており、地元の仲間も多かったのですが、この

手の話は聞いた事が無く、ましてや収受員の方が事故死したなんて話も耳にした憶えは無い事を付け加え

ておきます。)




「そりゃぁ、ねえ…」

もう一人の駐車場係のおじさんは、よせよせ…と視線を送ってますが、それは気付いていない様です。

「ほれ、あの、木があるでしょ。一本だけ白く枯れた」

おじさんは、通りを隔てたガソリンスタンド越しに、飯盛山の中腹を指します。
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「はあ、あ!あれですか。二股に別れた様な…」
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「そうそう。アノ辺りに、呼ばれるらしいよ。判る人はね。で、頭痛くなったり、体が重くなったり

来た!!ホントに、来た!!


「(冷静を装い)へぇぇ。こんな青々とした森で、一本だけ枯れると言うのも変な感じですねぇ…。

あ〜。話の種に、ちょっと行ってみようかな…あそこ、下から行けます?」

「いや〜一旦上登って。貞吉さんの(お墓の)所から…」

「あ、あの、生き残った方の…さっき、行ったから判ります。」

(貞吉さんとは、飯沼貞吉さん。飯盛山で自刃した白虎隊中唯一の生存者で、彼の証言により、悲劇が世

に伝えられる事となりました。飯盛山中に墓所があります。)

「もう一回、登って来ます。車置かせてもらってていいですか?」

「そりゃ、構わんけど」あんたも、物好きだねぇ…と、そう言いたげなおじさんを尻目に再度飯盛山へ!!

―行こうとすると、背後からもう一人のおじさんが「気をつけさいよ」と声をかけてくれました。



さて、星飛雄馬が特訓していそうな階段を再度登るハメになりました。横浜より緯度が高い分少しは柔ら

かい日差しも、こうなると厄介に体温を上昇させてくれます。ヒーヒー。何の因果でこないな事を。

既に、大腿筋は破綻寸前。バンコクのお寺に登った時の事が悪夢の様に思い返されます。あの時はタイ古

式マッサージのお陰で何とか筋肉痛地獄から救済されましたが、今回はそんなものは期待できません。


―そんな事はどうでも良く、取材班は、ようやく「(おじさんいわく)霊の誘う森」に到達しました。

早速、一枚。

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鶴亀も快調…と言う事は、ここには霊が居ないと言う事ですね。

もう一枚。
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さて、もう一枚…と言うところで、鶴亀、またもや突然のダウン!!

電池は十分残ってるが…ウンスン動かず状態になってしまいました。

最近の鶴亀の「霊感センサーっぷり」に、相当な信頼を寄せる私は

やはり、ここは、霊が呼ぶ森なのかぁぁぁぁ!!

と思わざるを得ません。

ちなみに、私は何も感じず、大腿筋以外はどこも痛くも重くもならずでしたが。


何かヤバそう…と言うのと同時に、帰りの首都高の渋滞の方がもっと嫌だと判断した取材班は、とっとと

退散する事に。





駐車場に戻って、お土産を買って、おじさん達にお礼をお暇を言おうとすると、あの慎重派のおじさんが

「時間があれば、あそこ、行けば良いよ。東京でも有名らしいし」と言いました。

「え、え、え?何すか、それ?」

猪苗代の幽霊ペンションってね…。廃虚だよ。こっちじゃ皆知ってるけど、昔ギボアイコがTV取材で来たけど、

ここはダメとか言って、すぐ帰っちゃったって」

「いや、知りません…いや、何か、聞いた事があるなぁ。そこ、近いですか!?」

「車で30分かな。―この辺だよ」と、無料配布の観光ドライブマップにペンで丸を付けてくれました。


そこで取材班は!!




せっかくのご厚意でしたが、タイムアップです。次回のご縁に期待しましょう。






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