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2つの街は、大きな壁でわかれていました。 壁には、街のはずれに1つだけ、小さな木の扉がありました。 でも、その扉はもう100年以上も開かれたことはありませんでした。 「やあ、なんて遠回りをしたことだろう」 旅の絵描きはつぶやきました。 パンパンに膨らんだ革のリュックサックからは、長い筆が何本も突き出しています。 彼は、隣街からわざわざぐるっとまわって、こちらの街へやってきたのです。 「こっちの街では僕の絵を見てもらえるだろうか」 彼はまず、街の広場へ向かいました。 中央には小さな噴水があり、あちこちに小さな屋台や、くだものを積んだ荷車がやってきています。 絵描きは広場の隅に腰をおろし、描きためた絵を拡げはじめました。 しばらくすると、人が集まりだしました。 「ほう、なかなかいい絵じゃないか。どこの絵だい?」 1人の男がたずねました。 「ええ、素敵でしょう?隣街の時計塔ですよ」 彼が言うと、みんなの顔色が変わりました。 「隣街から来た、のか?」 「ええ、この街に来る前には。その前には海沿いの・・・あれ?」 でも、彼の話が終わる前に、人々はどこかへ行ってしまいました。 その後、彼の絵を見に来る人は1人もいませんでした。 夕方になり、彼は絵をしまうと宿を探しました。 でも、どこの宿でも彼がゆくと 「あいにく、今日は満室だよ」 「残念だけど、あんたは泊められないね」 などと断られてしまいました。 途方にくれた彼は、広場のベンチに腰をおろしました。 「ここで寝るしかないな」 荷物をどさりと地面に落とし、ベンチに横になっていると、誰かが彼に話しかけてきました。 「どうした、お若いの」 彼が見ると、横には1人の老人が立っていました。 「この街のことを知らんようだな。ここはな、隣街とはすこぶる仲が悪い。隣街から来た、なんてものには誰も相手せんよ。今では争いこそないがかつては酷かったようだよ。もう100年以上も交流すらない。愚かなことだ。悪いことは言わん。君はなかなかいい絵を描くようだ。他の街へ行ったほうがいいぞ」 彼は答えました。 「知っていますよ、それぐらい。向こうの街でさんざん聞かされましたからね。向こうではね、小さな女の子だったけど、僕の絵を熱心に見てくれる子がいました。『私も絵描きになりたいの』ってね。その子はこうも言ってましたよ。『なんでみんな仲良くできないんだろうね』って。きっとみんな、このままじゃいけないって心の底ではわかってるんじゃないですか?」 「それで、自分が何とかしようと思ったのか。ふむ、歴史と伝統というのは重いぞ。それを打ち崩すのがどんなに難しいことか。老人になっても無理かもしれんぞ」 老人はそれだけ言うと、どこかえ行ってしまいました。 次の日も、またその次の日も彼は広場に絵を拡げました。 でも、彼に近づく人は1人もいませんでした。 「どうすればいいんだろう・・・」 彼は考えたあげくに、家を1軒1軒まわりはじめました。 「僕の絵を見てください。これは隣街の湖なんです」 でも、かえって逆効果でした。彼は行く先々でひどい言葉を浴びせられ、時には物を投げつけられました。 「うるさい!よそ者は帰れ!」 「早く行かないと警備隊を呼ぶぞ!」 中には、彼の絵を破り捨てる人もいました。 それを続けるうちに、彼は絵をすべて失ってしまいました。 その日の夜、彼の元にまたあの老人が現れました。 「どうだ、みんなは変わったか、若いの?」 彼は落ち込んで言いました。 「あなたの言うとおりだったのかもしれません。絵は失ってもまた描けばいい。でも、これを続けていてもたぶん何も変わらない・・・」 「ふむ、変えるのならば、心を攻めるのだな」 「”こころ”ですか?」 「そう、心じゃ。さて、私は行くとしよう。またな、若いの」 「この街の・・・”こころ”・・・」 空では、船のような三日月が星の海を渡っていました。 「ああ、僕もあの船に乗って旅に出たいぐらいだ。でも、僕はこの街を知ってしまった。こんな悲しい街をそのままにしては行けないよ」 次の日、彼は街を見て歩きました。 街はそれなりに賑わっていますが、なぜか寂しい感じもします。 小さな噴水のまわりでは子供たちが走りまわっていますし、人々の集まる所には、必ず小さな露店がいくつか並んでいました。 「どこにでもある、普通の街なのに・・この重苦しい感じは何だろう?」 そして、夕方。街灯に火が灯されるとき、彼はそれに気づきました。
「まだ、空は明るいのに、影が・・長いんだ・・高い壁に囲まれているせいで日が沈みきる前に暗くなってしまう。うぅ・・・なんか壁が迫ってくるみたいだ、気持ち悪い。そういえば、隣街で言ってたっけ。『この壁は我らの長く苦しい争いの歴史の象徴なんだ』って。なんてばかばかしいことだろう。壁の向こうには、それは素敵な草原があるんだ。色とりどりの花だって。この、壁が・・・」 彼はリュックをおろし、壁に向かいました。 |
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