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壁の街 2

「わ!何だあれは??」
若い男が指さしました。
「・・・草原?うん、あれはなんて美しいだろう」
少しずつ、人が集まってきました。
そこにあるものは、壁一面に描かれた大きな絵でした。
そして、絵描きは今も絵を描き続けています。

 毎日、少しずつ絵は進んでゆきました。
やがて、集まる人々も少しずつ増えてきました。
「ほら、あれ見ろよ!あの鳥、まるで生きてるみたいだ」
「おい、あのパン屋、おまえんちじゃないのか?」
「ねぇ、素敵な時計塔ね。あれはうちの街のものじゃないわよね」
絵が進むにつれて、今まで見ることのできなかったこの街の人々の笑顔が少しずつ増えていきました。
そして、絵はゆっくりとあの扉へ近づいてゆきました。

 ところがある日、彼の元へ街の警備隊が現れました。
「絵を描くのをやめてもらおう」
警備隊の1人が言いました。
「え?」
彼は聞き返しました。
「絵を描くのをやめてもらおうと言ったのだ。さもなければ、君を処罰せねばならない」
「なんで?」
「この壁は我々の長く苦しい戦いの象徴なのだ。この街の人間でない君には分からないかもしれないが、それを穢さないでもらいたい」
彼も食ってかかるように言いました。
「そんな馬鹿な。こんな大きくて立派な壁なのに。それを見るたびに、辛いこと、苦しかったことを思い出すっていうのか?そんなの馬鹿げている!」
「君に意見する権利はない。これはこの街の総意なのだ。いいか、死にたくなければ絵を描くのをやめるんだ!」
警備隊の男は脅すように肩に下げた銃をカチャカチャと鳴らしました。
「・・・ッ!」
彼は仕方なくその場を離れました。
そして、また街の人々は壁に寄りつかなくなっていきました。

 ある夜、彼の元へまたあの老人がやってきました。
「おまえはよくやったよ、若いの」
老人はそう言って、彼の肩をポン、と叩きました。
「でも、ダメでした。僕も楽しかったし、みんなも喜んでくれた。でも、ダメだったんです」
彼はそう言って大きなため息をつきました。
「・・・まだ、あの絵は完成しとらん、そうだろう?若いの」
「えっ?」
「ふむ、今日は月がきれいだ。なんと明るい。それなのに、街のみんなは寝静まっておる。もったいない、ああ、もったいない」
彼もつられて空を見上げました。なるほど老人の言うとおり、空には大きな満月が明るく街を照らしていました。
「!!そうか!わかりました!」
彼はあわてて振り返りましたが、老人はもうそこにはいませんでした。
でも、彼は気にせず立ちあがり、リュックを背負って歩き出しました。

 1週間後、警備隊の男は壁を見て目を見張りました。
「絵が・・・進んでいる!」
もう、絵は扉のすぐ近くまで進んでいました。
「ばかな!あの男のことは毎日見張っていたはずなのに・・・いつの間に・・・」

 やがて、とうとうその日がやってきました。
「よし、今日こそ完成するぞ!」
彼は踊るように筆を動かし、月が雲に隠れればひと休みし、少しずつ、少しずつ絵を仕上げていきました。

 その日の朝は空気がとても澄んで、雲1つない青空の広がる朝でした。
「う〜ん、今日もいい1日になりそうだ。ん〜っ、ど〜れ、ちょっと壁でも見に行くかな」
街一番の早起きのパン屋の主人は1つ大きな伸びをして、壁に向かいました。

そのとき・・・

「ガァァァァーーーン・・・・」
ひときわ大きな音が響き渡りました。
パン屋の主人は急いで大きな音のしたほうへと向かいました。
そこで見たものは・・・

 壁に向かって銃を構える警備隊の男、そこから立ちのぼる1筋の煙。壁の下には筆を握ったまま倒れた絵描き。
それはまるで後ろの絵に溶け込んだかのような、そこだけ時が止まったかのような・・・


 あれから数年が立ちました。
壁に描かれた絵の噂は遠くの町まで広がり、あちこちからそれを見物に来る人が絶えません。
ある男が言いました。
「あれ?あの時計塔、壁の向こうの街のじゃないか。うん、なんて立派だろう。でも、その下のパン屋はこの街のパン屋だよな。あそこのパンはおいしいんだ。へぇ〜、まるで2つの街が1つになったみたいだな」

 そして、とうとう、そう、あの扉も開かれたのです。
1人の女性が扉をくぐってやってきました。そして、その後にはたくさんの人たちが・・・
「やあ、なんて素晴らしい。これが噂の。木々の1本1本が本物のようだ。あの花なんか、今にも風に揺らめきそうだ。ああ、立派な時計塔、あれは私たちの街のものだ」
ある男が言いました。
一人の女性が近づいてきて言いました。
「ぜひ、私もあの時計塔を見てみたいわ!今度、あなたの街におうかがいしてもいいかしら?」
男はちょっと驚いた顔をしましたが、すぐに笑顔になっていいました。
「ええ、ぜひ。歓迎しますよ」

 街を隔てる大きな壁はなくなりませんが、2つの街の人々の心の中にあった壁は、少しずつなくなってゆくようです。
 少しずつ、少しずつ・・・

 そして、いつの日か、壁の向こう側にも素敵な絵が描かれることでしょう。
だって、ほら、そこの壁の前でキャンバスを広げて絵を描いてる隣街の女性。
ちょっと体をずらしてその絵をのぞき見てごらん。
ほらね、その中で、あの絵描きが踊るように絵を描いていますよ。

                                        おしまい!

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絵描きさんが亡くなっちゃったのは残念だけど、一人の人間の情熱が大勢の人間の気持ちを動かせることもあるんだよね

2006/7/18(火) 午前 9:06 [ みに ]

きっと、思いのこもった作品からはその思い、伝わるはずです。 かつて、とある国を2分していた壁、西側の壁には落書きが絶えなかったそうです。東の人たちは西を夢見て何人も壁を乗り越えようとし、5000人ほどがその夢を果たし,3000人ほどの逮捕者と、200人弱の死亡者を出し、1989年に崩壊しました。もちろん、この物語の元はそこです。主人公が亡くなる物語は2作目ですが、書いててつらくなります。書いてる時は我知らず物語が出来上がっていくので、その展開を変えることはできません。読んでくれてありがとうございました!

2006/7/18(火) 午後 9:47 [ sophia ]


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