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「3か月!? ウソでしょう、先生?」
「残念ながら、本当です。主婦の方には多いんですよ。検診を受けずに何年も過ごしてる方が。
市で行っている定期健診などにはなるべく参加してほしいと思うんですが」
「でも、真紀子は、妻はまだ35ですよ?」
「若い方の方が進行が早いんです。体調を崩し始めたときに、早めに受診していただければ
もう少し違う対応もできたのでしょうが」
「そんな・・・・」
真紀子の体調がしばらくすぐれないことは知っていた。何度「病院に行けよ」と言っても
「大丈夫よ」と言って、市販の痛み止めや胃薬で対応していたことも。
乳がんだった。
それも数か所への転移が見られ、もう手の施しようがないという。
3か月。それが僕らに残された時間だった。
真紀子はすぐに入院し、抗がん剤による治療が始まった。少しでも進行を遅らせようという
のである。副作用により毛髪が抜けてしまうため、かつらを買い、そのほかにも、がんに効くと
いう薬や、怪しいブレスレットやあらゆるものを買い漁った。
それもすべて効果は見えず、時には激しい痛みを訴えることもあった。
それは横で見ていても想像を絶する苦しみのようで、「安楽死」という言葉を連想させるには
十分なものですらあった。
それでも、ひと月ほどすると、一時帰宅を許され、久しぶりに、短い期間だが家族3人が
揃うことができた。
「おばあちゃん達に迷惑かけてない?」
真紀子が聞く。
「うん、と〜ってもいい子だって、ほめてくれるよ」
彩夏が笑顔で応える。
「ママ、もうずっと一緒にいられる?」
5歳の娘にも、真紀子が後数カ月しか一緒にいられないことは話してあるが、よく理解して
いないらしい。
「・・・病気がよくなったらね。」
それでも、真紀子は微笑みながらそう言った。
日常。ただ、ただ、過ぎる毎日がこんなに幸せだったなんて・・・。そう思うことのできる時間は
とても短く、早く過ぎてゆく。
明日、真紀子は病院へ帰っていく。
「ママのごはん、おいしかった?」
ベッドに横になりながら、真紀子が聞く。
「うん、世界で一番!」
彩夏は笑顔でうなずく。
「ねえ、ママ。早く帰ってきてね」
「うん。でもね、ママ、もうすぐ死んじゃうんだって。
そしたらね、もう、彩夏とも・・・・会えないの」
最後の声は震えていてよく聞き取れなかったが、真紀子は必死で涙をこらえていた。
「だって、ママと会えなかったら寂しいよ。春休みにも、い〜っぱい、遊びに行きたいし」
「うん、そうね。みんなでお出かけしたいね」
しばらくの沈黙の後、真紀子が言った。
「ねえ、彩夏。ママの子どもに産まれてきてくれてありがとうね。すっごく楽しかったよ」
「うん、彩夏もママの子で良かった。
ママ、もしママが死んじゃっても、大丈夫だよ。大きくなったら、今度は、彩夏がママのこと
産んであげる。そしたら、また、会えるよ」
僕も、真紀子も涙が止まらなかった。
「彩夏。ありがとう。ママ、かならず、彩夏の子どもになって産まれてくるね」
「約束だよ」
「うん、約束」
真紀子が彩夏の小さな指とかわした指きりを、僕は決して忘れることはないだろう。
そして、真紀子は病院へ帰って行った。
家族といない時間はどれだけ辛いだろうか。それでも、真紀子は今まで以上に元気に
見えた。
きっと、あの約束が力になっているのだろう。
3か月が過ぎたある日、すっかりやせ細った真紀子はアルバムを見ながら僕に言った。
「ねえ、あなた。ひとつだけ、お願いがあるの」
「なんだい?」
「写真」
「写真?」
「そう。あなたと2人の、笑顔で撮った写真。うちにはそれがないの」
僕は写真が好きだった。
そして、自然が好きだった。
だから、家族であちこちに旅行をしては、一度に何百枚も写真を撮ったりした。
そして、その素晴らしい風景と家族を一緒に収めた写真はすべてアルバムにきちんと
整理してある。僕の宝物だ。
でも、僕自身が写っている写真は数えるほどしかない。それは七五三であったり、入園式
であったり、ひなまつりであったり。
すべて3人、もしくは父、母が一緒のものだ。
そもそも、付き合っていた頃から、一緒に写真に写ったことはなかったかもしれない。
僕は撮る方専門だったから。
2人だけの、笑顔の写真。
「うん、撮ろう」
僕は一旦家に帰り、カメラと三脚を用意した。
病院へ戻ると、真紀子は着替え、化粧をして待っていた。
「あなた、はやく」
そう言ったときの真紀子の笑顔は、僕が好きになったあの頃と少しも変わっていなかった。
僕はカメラをセットし、真紀子と並んで、精一杯の笑顔を作る。
ちゃんとできていただろうか。
病院のベッドの横で、僕は真紀子の手を握り続けていた。
「あなた、彩夏、ごめんなさい。頑張ったけど、ここまでみたい」
真紀子の手からはだんだん力が失われていく。
「何言ってるのさ。あの日から5カ月だぞ。すごいよ。本当に、すごいよ」
僕は涙を止めることが出来なかった。
「彩夏。しばらくお別れね。今度会ったときは素敵な女性になってるのよ」
「うん、約束、忘れないよ」
彩夏もしゃくりあげながら答える。
「またね」
その言葉を最後に、真紀子の手はするりと僕の手から落ちていった。
僕らはいつまでもそこから離れることが出来なかった。
「お父さん、またこんなに買ってきて!」
彩夏は僕の持った紙袋を見てあきれ顔で言う。
「まだ男の子か女の子かもわからないでしょ!」
そんなの決まってる。
だって、約束したんだから。
早く、おまえに逢いたいよ。
僕はサイドボードの上に飾った一枚の写真に、心の中で語りかけた。
「私もよ」
写真の中の彼女がそう言った気がした。
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よく頑張りましたね ほめて差し上げますよ あたしは わかくないけど それでも命ある限りがんばります 心からご冥福お祈りします
2011/2/25(金) 午前 11:03 [ debubaba_chan ]
これは自分で考えてかいてるんですか?
自分も書いたりしますよww
http://blog.livedoor.jp/java991-f92pxk/
2011/2/26(土) 午後 7:31 [ らむどせる ]
debubaba_chan > ご拝読ありがとうございます。当作品はフィクションですが、それでも、大切な何かが伝わればと思って書いています。また、よろしくお願いします。
2011/2/26(土) 午後 8:14 [ sophia ]
mysoul92 > このブログ内の作品はすべて私が考えて書いた作品になります。読者は少ないですが、書くことが好きなので。ぜひ mysoul92さんの作品も拝見させていただきに行きますね。
2011/2/26(土) 午後 8:17 [ sophia ]