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「国民に寄り添う」スタイルの継承を表明した新天皇。メディアはこれを象徴天皇制や「国民統合」の理想のかたちと讃えている。実際のところ、支配層は現代の天皇制に何を期待しているのか。即位祝賀ムードに流されないために確認しておきたい。

<「平成は平和」に誘導>
「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします」。徳仁(なるひと)新天皇は即位後初の「おことば」でこう語った。

「日本国及び日本国民統合の象徴」とは何か。言うまでもなく、天皇は一切の政治的権能を有しない。憲法学的には「天皇はすでに存在している国民統合の実態を消極的・受身的に反映するにすぎず、すでにある統合体にはなんの影響も与えないものとするものである」(横田耕一「象徴天皇制の憲法論」)と解釈するのが妥当であろう。

しかし、現実の天皇(制)は能動的な国民統合作用として機能している。存在自体が高度な政治性を帯びているのだ。すなわち「天皇はけっして現にある国家と国民の状態をいわば『鏡』のごとく受動的に反映しているのではなく、いつもわれわれの意識や感情や行為を天皇自身へと向けさせ、それを通してわれわれを国家へと糾合する」(『統一の理論』88年5月号所収、由木操論文)のである。

実例をあげよう。明仁前天皇(現上皇)は2月24日に行われた在位30周年記念式典でこう述べた。「平成の30年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちました」

作家の真山仁はこれを「誰もが抱いた『平成はどうしようもなく、ダメな時代だった』という諦観を一気に吹き飛ばす、迫力あるポジティブな『おことば』だった」(4/27朝日)と評している。

実際、天皇発言をきっかけに「平和な時代」が「平成」を語るキーワードとして定着した。メディアが拾う「街の声」は「平成は戦争のないすばらしい時代だった」「令和も平和が続いてほしい」といったものばかり。極め付きは、ビートたけしが「天皇即位30年感謝の集い」(4/10)で述べた祝辞である。

いわく「平成という時代に感謝いたします。ずっと国民に寄り添っていただける天皇、皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に生を受けたことを幸せに思います」。毒舌が売りのタレントから「模範解答」を引き出した天皇の「おことば」。その威力を見くびってはならない。

<社会の分断を隠す>
普通に考えれば、「平成」を「平和な時代」と総括することには無理がある。戦争に明け暮れた「昭和」前半とは違い、日本国内が戦火に包まれるようなことなかったが、憲法上の制約が段階的に突破にされ自衛隊の海外派兵が常態化した。そのうえ自衛隊と米軍の一体化が進み、いつでもどこへでも派兵できる体制に近づいた。

つまり「平成」の時代は戦争の準備が着々と進んだ30年であった。人びとが「平和で良かったね」と思考停止してしまい、現実を見なくなって誰が喜ぶのか。戦争国家づくりに邁進(まいしん)する安倍政権であることは言うまでもない。

そもそも、戦争がなければ平和なのか。「平成の30年」は新自由主義「改革」が猛威を振るい、社会の分断が広がった時代である。グローバル資本や一握りの富裕層が肥え太る一方、膨大な貧困層が形成された。生活悪化にあえぐ人びとにとっては「感謝」どころではないはずだ。

階層社会研究を専門とする佐藤俊樹・東大教授は「経済成長が続くことを前提として社会を統合するという戦後政治の想定は崩れ、憲法によって保たれる社会秩序に『空白』が生じた。それを埋めたのが平成の天皇だった」(5/2朝日)とみる。

過大評価とみる向きもあるだろう。しかし、天皇代替わりにともなう「平成ありがとう」キャンペーンは、多くの人びとに分断社会の残酷な現実をしばし忘れさせ、「日本人でよかった」式の一体感幻想を抱かせたといえる。

そのような芸当ができる政治家はまずいない。安倍晋三首相が「平成は平和な時代でした」とぺらぺら語ろうものなら、「お前が言うな」といった非難が湧き上がることは確実だ。政治性を持たず万人に「慈愛」を注ぐ存在とみなされる天皇だからこそ、国民的一体感を偽装し、現存する社会矛盾や対立を隠蔽(いんぺい)することが可能になるのである。

<しょせんは安倍の共犯者>
中曽根康弘元首相はかつて、現実の政治は政治家が担い、国民を精神的にまとめる役割は天皇が担う「二重構造」が、支配の安定性を保つために「非常にいいやり方だ」と力説していた。安倍首相もこれに近いことを自著『美しい国へ』で語っている。

被災地慰問や戦没者慰霊に熱心だった前天皇は、支配層が天皇に期待する役割を強く自覚していた。新天皇もしかり。「常に国民を思い、寄り添う」との即位メッセージは彼の決意表明なのだろう。

   *  *  *

「平和への思いが強い現在の皇室は安倍政権の改憲路線に批判的だ」といった言説がまことしやかに語られている。象徴天皇制の本質を見誤る危険な風潮だ。国民に寄り添わないアベ政治に対する人びとの不満を「寄り添い」で低減する役割を天皇が担うならば、それはもう立派な「共犯者」なのだ。      (M)

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天皇の代替わりまであとわずか。明仁天皇は「象徴天皇制の在り方」を模索してきたと評されるが、そもそも天皇の象徴機能とは何なのか。それはいかなるイデオロギー装置の役割をはたしているのだろうか。

世間は「令和」ブームに沸いている。このブームは政治的な意図をもって仕掛けられている。マスコミはこぞってその「提灯持ち」に精を出している。

一部には、「令」が「命令」や「指令」の「令」を含んでいるという批判も伝えられている。だが、ネーミングの良し悪し以前に、「元号制」そのものが根本的問題をはらんでいるのである。すなわち、「昭和○○年生まれ」「平成○○年卒業」と語ることは、自分の人生をその都度の天皇の「御代(みよ)」とリンクさせている。それは個人の人生を、「天皇」―「元号」によって位置づけ、意味づけていることを意味する。

こうして、元号の使用は、個人の人生を無意識のうちに天皇の存在とリンクさせ、それに従うことを含んでいるのである。

<一体感幻想をふりまく>
だが、ここでは「元号」問題はひとまずおいて、「平成」の時代に「象徴天皇制」に基づく「国民統合」が果たした役割を振り返り、その問題点を説いておきたい。

憲法はこう定めている。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」(第1条)。次に「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところ」による(第2条)。

さらに、天皇のなすべき行為として、「この憲法の定める国事に関する行為のみを行う」(第7条)と定める。そして「国事行為」を具体的に指定している。

「国民統合」とは何を意味しているか。それは、いついかなる時でも「日本国民は一体であり、一つである」ということを言わんとしている。そして、この一体をなす「円の中心」に「天皇」が位置する。それが「象徴」の意味である。

この「国民統合」イデオロギー装置を通して、現に存在する社会的諸矛盾や階級的対立は知らず知らずのうちに濾過(ろか)され、フェード・アウトさせられる。その具体例は、後に確認する。

<膝つき見舞いの意味>
明仁現天皇がこの役割をもっとも効果的に果たしたのは、「国事行為」によってではなく、それと「私的行為」との中間に相当するとみなされている、(憲法に定めのない)いわゆる「公的行為」によってである。

「公的行為」は、外国公式訪問、国内の公式巡幸、被災地訪問などを含むとされる。裕仁前天皇も、戦後すぐの国内各地への「巡幸」を皮切りに、多種多様な「公的行為」を精力的に行ってきた。だが、「平成」の時代に入ると、「公的行為」のあり方に大きな転換が起こる。

現天皇は、「戦犯」のイメージが拭い去れない前天皇には不可能であった、外国への公式訪問を毎年のように展開した。もう一つの顕著な特徴は、災害被災地への「お見舞い」行脚を精力的に展開したことである。

1991年7月、天皇は雲仙普賢岳爆発被災地を見舞った。これが「平成」天皇最初の被災地見舞いであり、ここに初めて「膝(ひざ)つき会話」スタイルが採られ、以後定着していくことになる。それ以降、天皇・皇后は、大震災や毎年のように起きた豪雨被災地を必ず訪問した。

その行動スタイルは、「弱者に寄り添い、国民の幸せを希求する天皇」「国難の先頭に立つ天皇」のイメージを国民の間に定着させるのに決定的な効果を発揮した。

 たしかに、こうした行動自体とそこに込められた天皇個人の「善意」を否定することはできない。だが、国民へのこの「慈愛」と「寄り添い」が、先に述べた「国民統合」イデオロギーと表裏一体であり、それこそが「統合」の最大の手段であることも忘れてはならない。「慈愛」と「寄り添い」のもとで、すべての国民の一体感が醸成され、現存する矛盾や対立が一時的であるにせよ、忘れ去られる。

<矛盾をかき消す「慈愛」>
その一例を見てみよう。2012年10月、天皇、皇后は放射能除染中の福島県川内村を訪問した。例によって、天皇は住民に被害の状況を尋ね、優しい言葉をかけた。そのことで起こった状況を、後日新聞が伝えている。住民のなかには「感激して涙を流す人もいた。両陛下の来訪後、村民の間で『自分たちのことは自分たちでやろう』という雰囲気が生まれた」(東京新聞2017年12月5日付)。

住民の間に生まれた心情の変化は想像に難くない。猜轍爾あんなにご心配くださっているのである。われわれも、国や東電に文句ばかり言っておらず、自分たちにできることを精いっぱい頑張ろう瓩箸いΔ海箸世蹐Α「陛下の慈愛」が、社会的諸矛盾と対立を消し去ってしまった典型的な事例だと言えよう。

ここには、「悪意」でものを言っている人間は一人もいない。天皇も、住民もみな「善意」なのである。しかし、諸個人の「善意」と、その「善意」の積み重ねが意識されないままに引き起こす結果とを冷静に峻別(しゅんべつ)しなければならない。

マルクスはダンテを引用しながらこう言ったものである。「地獄への途は善意で敷き詰められている」   (T)

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ロシアのフォード労働者が工場閉鎖の計画をめぐって順法闘争(設備に問題がある場合には作業を中止する等)を開始した。

サンクトペテルブルク工場の900人の労働者の約3分1を代表する労働組合のミハイル・セルゲイエフ委員長は4月8日、APの記者に対して、[順法闘争はフォードが人員削減に関する交渉に応じるまで続く」と語った。

同委員長によると組合は2年分の賃金に相当する退職金を要求しており、同社の米国の経営陣にこの紛争への関与を求めることを計画している。

組合はまた、「労働者を脅して要求を引き下げさせる」ことを狙った措置に反対している。たとえば頻繁に病休を取ったり、生産性が低いとみなされる労働者について、退職金を減額するなどの措置である。

フォード社は3月に、同社とソレルス社の合弁会社の販売不振が続く中、ロシアの自動車市場から撤退し、2つの組立工場とーつのエンジン工場を閉鎖すると発表した。

バンの生産は、リストラ計画の一環としてロシアのパートナーであるソレルスが多数株主となった合弁会社の工場で継続される。

ロシアでは多くの労働組合が経営陣と親密な関係を保っており、組織的な労働争議は稀であるが、自動車業界は数少ない例外である。

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【集会案内】文化象徴天皇への変革を!:村岡到
報 告:村岡  到(季刊『フラタニティ』編集長)
−文化象徴天皇への変革を!−
司会 佐藤和之(佼成学園高校教員)
日時:4月13日(土)午後6時
場所 :文京区民センター 3D
(地下鉄後楽園、春日駅)
資料代 : 700円
主催 ロゴスの会
<参考文献>
村岡到『文化象徴天皇への変革』ロゴス、158頁 定価1500円+税
(戦前の)天皇制の廃絶と象徴天皇制の成立
第1章 歴史の無知とその報い
第2章 日本史における天皇の位置と明治維新による天皇制の成立
第3章 敗戦と象徴天皇制の成立
第4章 象徴天皇制を捉えられない左翼
第5章 文化象徴天皇への変革を
崩れゆく象徴天皇制
〈ノモス〉を追求する意義─「尾高・宮沢論争」に学ぶ

<レジュメ>

文化象徴天皇への変革を 村岡 到 2019.4.13

元号改元騒ぎ

4月1日に「令和」と発表 5月1日から

元号:その時の支配者が「時間」まで支配する狙いで制定

中国由来 現在では日本だけ

象徴天皇制の護持

不便きわまりなし 2020年オリンピック JRの切符は西暦 年齢換算不便

天皇制 言葉の由来

一九三一年に日本共産党の「三一テーゼ」で、敵を否定・打倒する用語として

それまでは「君主制」と表現

万世一系のごまかし 天皇制は明治維新以後 戦前の七七年間だけ

奈良時代には天皇が支配していた

奈良時代以後:七〇〇年に近い長期間、天皇家は存続し、その一定の機能(前記の叙任など)を持続したが、天皇が日本の政治を支配していたことはない。日本人の多くは天皇の存在さえ知らなかった。

敗戦後には熊沢天皇をはじめ「我こそが天皇」と名乗る者が一〇人余もいた

象徴天皇制の成立 1947年に新憲法施行による

左翼における歴史認識の弱さ

A 明治維新による天皇制の成立

一八八九年二月一一日に大日本帝国憲法が明治天皇によって発布された。 大日本帝国憲法の「第一章
天皇」の第一条は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、第三条は「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」。

国家神道との結合 日本人の宗教観がその基礎となっていた。

学問への弾圧も凄まじい 宗教弾圧:大本教、創価学会、天理教

天皇制の特徴・本質・帰結

第一:教育勅語による洗脳や治安維持法・軍部による弾圧

第二:欧米の政治制度から学ぶことも含め、大きな包摂力

と異端への厳しい排除・弾圧。

第三:官僚や当該機関の責任を曖昧不明とする強固な官僚制

第四:国家神道と結びつき、宗教的求心力を保持

第五:地主階級と資本家階級の経済的利益を体現・追求。

第六:「富国強兵」と相次ぐ戦争

天皇制の本質:天皇の権力が日本の階級支配において絶対無比

天皇制の帰結:アジア太平洋戦争の〈敗北〉という大規模で悲惨な結果

重大な責任=戦争責任は重く天皇と天皇制に帰せられるべきである。


B 敗戦と象徴天皇制の成立

一九四五年九月二日、東京湾に停泊するアメリカの軍艦ミズリー号上で、日本は降伏文書に署名して、アジア太平洋戦争の敗戦が確定した。

敗戦の惨状、その酷さ

敗戦の年には日本の軍隊は約三五〇万人──このうち一九〇万人が中国に

天皇をめぐる敗戦直後の言動

一九四六年一月一日に、天皇の「人間宣言」(正式には「新日本建設に関する詔書」)

二月一九日に、天皇が神奈川県に巡幸した(以後、五四年八月八日の北海道まで、沖縄を除く全都道府県を巡幸した)。

五月三日より極東国際軍事裁判が開始され、〔その〕前後より、天皇の戦争責任──ことに『道徳的責任』が内外で大きく論じられはじめた

南原繁東京大学総長が、四月二九日の天長節の式典で天皇の戦争責任に論及

世論調査:四五年一二月九日には、「天皇制を支持する」が九五%、「否定する」がわずか五%


C 憲法の制定経過

一九四七年五月三日、新憲法が施行された。憲法は、明治憲法(大日本帝国憲法)の第七三条の改正手続きによって成立した。「第一章
天皇」の「第一条」は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」

社会党案:天皇の大権を制限し、民主化された天皇制のもとに民主主義的社会主義の実現を追求

共産党:「人民に訴う」の声明で「天皇制打倒」を主張


D 「象徴天皇制」の成立過程

なぜ象徴天皇制は成立したのか:GHQの戦略が決定的

実務を遂行したマッカーサーは、「一九四六年一月二六日に、米参謀長アイゼンハウアー宛てに機密の電報をう」ち、「天皇を戦犯として裁判にかける」と、「大変な動揺を日本国民の間に引き起こす」と予測し、「天皇はすべての日本人を統合するシンボル(象徴)です」と書いた。

第一の根拠:敗戦後に日本を間接統治したGHQあるいはアメリカの支配層にとって、天皇の利用価値が極めて高かったこと。

第二の根拠:明治維新いらい七七年間の天皇制による支配によって作り出され深く蓄積されてきた、日本人の天皇崇拝の意識の広範な存在である。

第三の根拠は、社会を国家として支配あるいは統治するさいに、国民を統合する手段・制度として、何かを「象徴」にすることが有効に働くことにある。

第四の根拠は、日本人の生き方の一つの特性としての何事も曖昧に許容・受容する生活態度である。

一例を上げると、日本人はウサギを一羽二羽と数える。なぜか?

象徴天皇制の機能

‥傾腸箸梁限魁↓天皇を尊崇する傾向の創出、「平和の象徴」としてイメージ作り、す餡氾諸行事による「権威づけ」、ソ勲や園遊会による優越感の植え付け、諸外国の元首などの接待・交流、外国訪問、А峙榁羣怎」による神道の伝統の保持、┯宜翹,寮立過程での推進のテコ、の八つである。そしてこれらの機能を果たすために年間約三〇〇億円を国家の財政から支出している。


E 象徴天皇制と日本共産党

結党時からの幹部であった野坂参三:中国で組織した「日本人民解放連盟」の綱領では、「天皇打倒」をかかげていない。野坂は、「大衆から孤立する危険」を考慮した


一九四五年一〇月二〇日に、再刊された「赤旗」第一号では「人民に訴う」の声明で「天皇制打倒」を主張した。

宮本顕治は四六年二月に『前衛』創刊号論文「天皇制批判について」を発表。

一九六一年の第八回党大会「綱領」で、「アメリカ帝国主義は、日本の支配体制を再編するなかで、天皇の地位を法制的にはブルジョア君主制の一種とした」。「君主制を廃止し……人民共和国をつくり」と、目標を定めた。

二〇〇四年の第二三回党大会での綱領改定で初めてその「誤り」を曖昧ながら認め、捨てた。

この新綱領では、「四、民主主義革命と民主連合政府」で次のように確定した。

「党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。

二〇一六年 国会開会式での天皇挨拶に出席・敬礼

近年、天皇についての報道、極端に少ない 判断停止

新左翼の共産主義者同盟の「綱領」には天皇制についての言及なし


F 文化象徴天皇への改革を

天皇、皇后、皇太子は、戦争への反省と憲法の大切さを説き、憲法を守るとさえ何回も公式に表明している。

美智子皇后:宮内庁記者会見への回答メッセージで「五日市憲法草案」に触れた。二〇一三年一〇月二〇日、七九歳の誕生に当たり

NHKでは、一五年二月二〇日に行われた、五五歳の誕生日を前にした皇太子の東宮御所での記者会見の報道から、彼が憲法に言及した部分を報道せず

最大の問題は、前記のす餡氾諸行事による「権威づけ」、ソ勲や園遊会による優越感の植え付けにある。この大きな弊害を除去するためには、象徴天皇制を廃絶するほかない。その上で、天皇を〈日本文化の象徴〉として存続させることがベターであると提案する。

私は二〇〇七年に「憲法はなぜ大切か」で「私たちの憲法改正要求」の「第一は、憲法第一章(天皇)の全面削除である」と書いた

象徴天皇制を廃絶するためには、憲法を改正して、「(旧)憲法第一章はすべて廃棄する。皇室典範も廃棄する。他の法律において天皇にかかわる部分も廃棄する」と明記したうえで、新しい第一章を制定する必要がある。

第一章は「日本国の理念」とする。

第一条 日本国の理念は、日本に住む市民の幸福を願い、他の諸国や諸民族との平和と友愛を希求する。

第八条 天皇は日本に住む市民の文化の象徴とする。天皇に関する制度については、法律によって定める。

第一に、天皇一族の範囲について。この憲法改正の直前まで「皇族」とされていた人びとに限定し、その子孫とする。ただし、数代に限定する必要がある(現在は天皇家、四つの宮家など、二〇人)。

第二に、そのいわば家長に当たる者は天皇家の会議によって決定する。家長に当たる者には定年がある。家長の家族は、三重県の伊勢神宮内に転居する(これは、佐野学の提案と同じである)。

第三に、天皇家の財政については、前記の「皇族」の範囲までは一定の水準を確保し、国家から給付する(これは〈生存権所得〉の特例といえる)。ただし、天皇拠金を新設して、この制度に賛成する国民からの自発的拠金を集める。毎年集計して、拠金が支給額よりも少ない場合には、その差額を国家財政から負担する。

第四に、天皇委員会を新設する。この委員会の規模、構成員の選出などは法律で定める。天皇は、天皇委員会の助言を尊重しなければならない。

第五に、天皇、その妻、その子ども、および定年で家長を退いた者は、選挙権と立候補権を与えられない。政治的言動は慎重に行う。

第六に、天皇らの公的行事については、天皇委員会がその参加の適否を判断する。諸外国の国賓との交流や公的な外国訪問も同様である。

第七に、天皇は、天皇文化賞を年に一度発表する。等級はない。受賞者を誰にするかは、天皇委員会が決定する。「勲章」はこれを廃止する。

宮内庁や皇宮警察や宮内庁病院は廃絶され、現在の憲法に規定されている「国事行為」はすべて廃絶される。年間経費は大幅に縮減される。

さらに、天皇の存在をめぐる制度について、五〇年に一度、国民投票にかける。厳密にいえば憲法第一四条とバッティングするが、例外的制度として容認するしかない。日本人はなお、何らかの〈象徴〉なしには社会を統治できない段階を生きているからである。

もう一つの理由は、日本社会が当面している政治制度上の変革は、象徴天皇制だけではなく、〈対米従属からの脱却〉も焦眉の課題であり、この重要課題での変革の必要性とその内実についても、新しい提案と合意が求められているからである。自衛隊の〈国連指揮下での平和隊〉への改組、〈非暴力抵抗権〉の確立も重要な課題である。さらに、経済システムでは、〈賃労働─資本〉関係の変革が求められている。

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<380人が先行>
沖縄は「辺野古」だけではない。3月26日、南西諸島・宮古島の上野野原(うえののばる)区に陸上自衛隊宮古島駐屯地が新設され、警備部隊380人が編成された。来年3月までには330人規模の地対艦・地対空ミサイル部隊が新たに編成される。警備部隊はそのミサイル部隊を防衛するために先行された。さらに防衛省は24日、敵の攻撃で宮古空港や下地島空港などの滑走路が破壊される事態を想定し、滑走路復旧部隊を新設することも発表した。

つまり宮古島は、ミサイル部隊が敵の攻撃目標となり、戦闘が発生することを前提とした部隊配備が強行されているのだ。同地区には、既にレーダーによる監視任務にあたる航空自衛隊分屯基地がある。宮古島は、美しい青い海の島から「標的の島」に変わってしまった。

<弾薬庫は手つかず>
新基地建設の完成式典「編成完結式」が26日、現地で開催された。宮古島の市民団体「ミサイル基地いらない住民連絡会」(連絡会)は、新設された駐屯地正面ゲート前で、早朝から集会を開いた。

基地の黒い鉄柵に紫色の幟「ミサイル基地いらない」を十数本くくり付けた。「宮古島にミサイルNO」と書いた青いメッセージボードを首から下げ、早速、抗議のシュプレヒコールが始まった。

「宮古に軍事基地はいらない」「宮古を戦場にするな」「ミサイル配備反対」「命の水を守ろう」「保良(ぼら)の弾薬庫建設反対」。島の中心部の野原区にミサイル部隊、最南東の保良区にミサイル弾薬庫の計画など島中を軍事要塞基地にしようとすることへの抗議の声を上げ、ゲート前でデモ行進をした。参加者は約40人。三線や基地反対の歌などが途切れることなく続いた。

ゲート前の行動は建設工事が始まった2017年11月6日にスタート。この日は、数えて506日目になる。

「てぃだぬふぁ島の子の平和な未来をつくる会」の石嶺香織さんや楚南有香子さん、当真まり子さんも駆けつけた。小さなメガホンを手に声をあげる。「警備部隊の任務は何ですか」「迷彩服で島中を歩かないでください」「鉄柵の上のコードは何ですか」「私たちを監視しているのですか」。怒りをもって次々と駐屯地に向かって問いただす。

石嶺さんから「本土では宮古のことどうですか」と私にも質問が飛んできた。宮古島の自衛隊配備問題が辺野古のように取り上げられていないことや平和運動の広がりが出来ていないこと、反対しても新基地建設強行を止める手立てが見つからないことなど犖靴靴記瓩伝わってくる。「でも保良弾薬庫はまだ手付かず、これは絶対に止めたい」。まだ闘える、止められると元気よく語られた。「あきらめ」は、ない。

<ウソを重ねて建設>
宮古島の自衛隊新基地は辺野古と同じように約束違反、違法工事で強行された。

地域住民の祈りの場であった鎮守の森の御嶽(うたき)は、「残す」と言っていたのに、半分壊された。「井戸は埋めない」と言っていたのに、埋められた。宮古島は地下水で生活しているため、地下水の汚染を招くようなことはしないよう申し入れていたが、すでに400妬の燃料タンクが地下に埋設された。もし燃料が漏洩すれば地下水は汚染され、宮古島は住めなくなる。

また駐屯地内には弾薬庫は置かないということだったが、すでに警備部隊用の弾薬庫は山のように盛り上がった芝生の下に完成していた。

さらに駐屯地の地下に軟弱地盤が見つかった。これも辺野古と同じだ。防衛省のボーリング調査では、地下に1丹幣紊龍洞があるところが3か所見つかっている。沖縄の島々は琉球石灰岩でできている。「人間で言えば骨粗鬆症。中がスカスカで、空洞のようになっているためもろい」と土木技師の奥間政則さんがよく語っている地盤なのだ。

<意外な「検討します」>
連絡会はゲート前で、「田中広明隊長に抗議声明を手渡したい」と現場責任者に詰め寄った。「基地外で文書の受け取りはできない」と拒否、「基地内なら代表者数名に絞りたい」との判断が伝えられた。2時間の粘り強い交渉により、ついに警備部隊の児玉太郎副隊長がゲート前まで出てきて連絡会の要請に応じた。自衛隊幹部と市民団体との40分間もの青空交渉が実現した。

「迷彩服を基地外でも着用することや、行進することは島民にとって不安を煽るので止めてほしい」という要求には、「検討させてください」と返事が返ってきた。意外にも柔軟な対応だった。できるだけ島民との間に、軋轢を生まないよう上から指示されていたようだ。

<全国から支援を>
安倍政権は、辺野古新基地のみならず、高江ヘリパッドや伊江島補飛行場、オスプレイやF35Bなどの垂直離着陸可能な輸送ヘリやステルス戦闘機が訓練するための強襲揚陸艦の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」建設など、沖縄島をはじめ奄美大島から宮古島、石垣島、与那国島、さらに鹿児島県の馬毛島まで日米軍事一体化の基地化を強行している。

そればかりではない。26日には東北の三沢航空自衛隊基地にステルス戦闘機F35B12機の配備を終えた。日米両政府は、日本全体を軍事基地化し、東アジアの平和を壊し緊張を高める危険な路線を突き進んでいる。

宮古島では、4月7日に陸自警備部隊の隊旗授与式も行われる予定。抗議・阻止行動が「連絡会」から呼びかけられた。辺野古と同じように宮古島など南西諸島への自衛隊配備に反対する行動を全国で強めることが求められている。

(西岡信之/ZENKO全国事務局)

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