ロシア・CIS・チェチェン

おいプーチン、チェチェンから撤退しろ!今ならまだ間に合うぜ by アンドレイ・バビーツキ

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全670ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

【集会案内】文化象徴天皇への変革を!:村岡到
報 告:村岡  到(季刊『フラタニティ』編集長)
−文化象徴天皇への変革を!−
司会 佐藤和之(佼成学園高校教員)
日時:4月13日(土)午後6時
場所 :文京区民センター 3D
(地下鉄後楽園、春日駅)
資料代 : 700円
主催 ロゴスの会
<参考文献>
村岡到『文化象徴天皇への変革』ロゴス、158頁 定価1500円+税
(戦前の)天皇制の廃絶と象徴天皇制の成立
第1章 歴史の無知とその報い
第2章 日本史における天皇の位置と明治維新による天皇制の成立
第3章 敗戦と象徴天皇制の成立
第4章 象徴天皇制を捉えられない左翼
第5章 文化象徴天皇への変革を
崩れゆく象徴天皇制
〈ノモス〉を追求する意義─「尾高・宮沢論争」に学ぶ

<レジュメ>

文化象徴天皇への変革を 村岡 到 2019.4.13

元号改元騒ぎ

4月1日に「令和」と発表 5月1日から

元号:その時の支配者が「時間」まで支配する狙いで制定

中国由来 現在では日本だけ

象徴天皇制の護持

不便きわまりなし 2020年オリンピック JRの切符は西暦 年齢換算不便

天皇制 言葉の由来

一九三一年に日本共産党の「三一テーゼ」で、敵を否定・打倒する用語として

それまでは「君主制」と表現

万世一系のごまかし 天皇制は明治維新以後 戦前の七七年間だけ

奈良時代には天皇が支配していた

奈良時代以後:七〇〇年に近い長期間、天皇家は存続し、その一定の機能(前記の叙任など)を持続したが、天皇が日本の政治を支配していたことはない。日本人の多くは天皇の存在さえ知らなかった。

敗戦後には熊沢天皇をはじめ「我こそが天皇」と名乗る者が一〇人余もいた

象徴天皇制の成立 1947年に新憲法施行による

左翼における歴史認識の弱さ

A 明治維新による天皇制の成立

一八八九年二月一一日に大日本帝国憲法が明治天皇によって発布された。 大日本帝国憲法の「第一章
天皇」の第一条は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、第三条は「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」。

国家神道との結合 日本人の宗教観がその基礎となっていた。

学問への弾圧も凄まじい 宗教弾圧:大本教、創価学会、天理教

天皇制の特徴・本質・帰結

第一:教育勅語による洗脳や治安維持法・軍部による弾圧

第二:欧米の政治制度から学ぶことも含め、大きな包摂力

と異端への厳しい排除・弾圧。

第三:官僚や当該機関の責任を曖昧不明とする強固な官僚制

第四:国家神道と結びつき、宗教的求心力を保持

第五:地主階級と資本家階級の経済的利益を体現・追求。

第六:「富国強兵」と相次ぐ戦争

天皇制の本質:天皇の権力が日本の階級支配において絶対無比

天皇制の帰結:アジア太平洋戦争の〈敗北〉という大規模で悲惨な結果

重大な責任=戦争責任は重く天皇と天皇制に帰せられるべきである。


B 敗戦と象徴天皇制の成立

一九四五年九月二日、東京湾に停泊するアメリカの軍艦ミズリー号上で、日本は降伏文書に署名して、アジア太平洋戦争の敗戦が確定した。

敗戦の惨状、その酷さ

敗戦の年には日本の軍隊は約三五〇万人──このうち一九〇万人が中国に

天皇をめぐる敗戦直後の言動

一九四六年一月一日に、天皇の「人間宣言」(正式には「新日本建設に関する詔書」)

二月一九日に、天皇が神奈川県に巡幸した(以後、五四年八月八日の北海道まで、沖縄を除く全都道府県を巡幸した)。

五月三日より極東国際軍事裁判が開始され、〔その〕前後より、天皇の戦争責任──ことに『道徳的責任』が内外で大きく論じられはじめた

南原繁東京大学総長が、四月二九日の天長節の式典で天皇の戦争責任に論及

世論調査:四五年一二月九日には、「天皇制を支持する」が九五%、「否定する」がわずか五%


C 憲法の制定経過

一九四七年五月三日、新憲法が施行された。憲法は、明治憲法(大日本帝国憲法)の第七三条の改正手続きによって成立した。「第一章
天皇」の「第一条」は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」

社会党案:天皇の大権を制限し、民主化された天皇制のもとに民主主義的社会主義の実現を追求

共産党:「人民に訴う」の声明で「天皇制打倒」を主張


D 「象徴天皇制」の成立過程

なぜ象徴天皇制は成立したのか:GHQの戦略が決定的

実務を遂行したマッカーサーは、「一九四六年一月二六日に、米参謀長アイゼンハウアー宛てに機密の電報をう」ち、「天皇を戦犯として裁判にかける」と、「大変な動揺を日本国民の間に引き起こす」と予測し、「天皇はすべての日本人を統合するシンボル(象徴)です」と書いた。

第一の根拠:敗戦後に日本を間接統治したGHQあるいはアメリカの支配層にとって、天皇の利用価値が極めて高かったこと。

第二の根拠:明治維新いらい七七年間の天皇制による支配によって作り出され深く蓄積されてきた、日本人の天皇崇拝の意識の広範な存在である。

第三の根拠は、社会を国家として支配あるいは統治するさいに、国民を統合する手段・制度として、何かを「象徴」にすることが有効に働くことにある。

第四の根拠は、日本人の生き方の一つの特性としての何事も曖昧に許容・受容する生活態度である。

一例を上げると、日本人はウサギを一羽二羽と数える。なぜか?

象徴天皇制の機能

‥傾腸箸梁限魁↓天皇を尊崇する傾向の創出、「平和の象徴」としてイメージ作り、す餡氾諸行事による「権威づけ」、ソ勲や園遊会による優越感の植え付け、諸外国の元首などの接待・交流、外国訪問、А峙榁羣怎」による神道の伝統の保持、┯宜翹,寮立過程での推進のテコ、の八つである。そしてこれらの機能を果たすために年間約三〇〇億円を国家の財政から支出している。


E 象徴天皇制と日本共産党

結党時からの幹部であった野坂参三:中国で組織した「日本人民解放連盟」の綱領では、「天皇打倒」をかかげていない。野坂は、「大衆から孤立する危険」を考慮した


一九四五年一〇月二〇日に、再刊された「赤旗」第一号では「人民に訴う」の声明で「天皇制打倒」を主張した。

宮本顕治は四六年二月に『前衛』創刊号論文「天皇制批判について」を発表。

一九六一年の第八回党大会「綱領」で、「アメリカ帝国主義は、日本の支配体制を再編するなかで、天皇の地位を法制的にはブルジョア君主制の一種とした」。「君主制を廃止し……人民共和国をつくり」と、目標を定めた。

二〇〇四年の第二三回党大会での綱領改定で初めてその「誤り」を曖昧ながら認め、捨てた。

この新綱領では、「四、民主主義革命と民主連合政府」で次のように確定した。

「党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。

二〇一六年 国会開会式での天皇挨拶に出席・敬礼

近年、天皇についての報道、極端に少ない 判断停止

新左翼の共産主義者同盟の「綱領」には天皇制についての言及なし


F 文化象徴天皇への改革を

天皇、皇后、皇太子は、戦争への反省と憲法の大切さを説き、憲法を守るとさえ何回も公式に表明している。

美智子皇后:宮内庁記者会見への回答メッセージで「五日市憲法草案」に触れた。二〇一三年一〇月二〇日、七九歳の誕生に当たり

NHKでは、一五年二月二〇日に行われた、五五歳の誕生日を前にした皇太子の東宮御所での記者会見の報道から、彼が憲法に言及した部分を報道せず

最大の問題は、前記のす餡氾諸行事による「権威づけ」、ソ勲や園遊会による優越感の植え付けにある。この大きな弊害を除去するためには、象徴天皇制を廃絶するほかない。その上で、天皇を〈日本文化の象徴〉として存続させることがベターであると提案する。

私は二〇〇七年に「憲法はなぜ大切か」で「私たちの憲法改正要求」の「第一は、憲法第一章(天皇)の全面削除である」と書いた

象徴天皇制を廃絶するためには、憲法を改正して、「(旧)憲法第一章はすべて廃棄する。皇室典範も廃棄する。他の法律において天皇にかかわる部分も廃棄する」と明記したうえで、新しい第一章を制定する必要がある。

第一章は「日本国の理念」とする。

第一条 日本国の理念は、日本に住む市民の幸福を願い、他の諸国や諸民族との平和と友愛を希求する。

第八条 天皇は日本に住む市民の文化の象徴とする。天皇に関する制度については、法律によって定める。

第一に、天皇一族の範囲について。この憲法改正の直前まで「皇族」とされていた人びとに限定し、その子孫とする。ただし、数代に限定する必要がある(現在は天皇家、四つの宮家など、二〇人)。

第二に、そのいわば家長に当たる者は天皇家の会議によって決定する。家長に当たる者には定年がある。家長の家族は、三重県の伊勢神宮内に転居する(これは、佐野学の提案と同じである)。

第三に、天皇家の財政については、前記の「皇族」の範囲までは一定の水準を確保し、国家から給付する(これは〈生存権所得〉の特例といえる)。ただし、天皇拠金を新設して、この制度に賛成する国民からの自発的拠金を集める。毎年集計して、拠金が支給額よりも少ない場合には、その差額を国家財政から負担する。

第四に、天皇委員会を新設する。この委員会の規模、構成員の選出などは法律で定める。天皇は、天皇委員会の助言を尊重しなければならない。

第五に、天皇、その妻、その子ども、および定年で家長を退いた者は、選挙権と立候補権を与えられない。政治的言動は慎重に行う。

第六に、天皇らの公的行事については、天皇委員会がその参加の適否を判断する。諸外国の国賓との交流や公的な外国訪問も同様である。

第七に、天皇は、天皇文化賞を年に一度発表する。等級はない。受賞者を誰にするかは、天皇委員会が決定する。「勲章」はこれを廃止する。

宮内庁や皇宮警察や宮内庁病院は廃絶され、現在の憲法に規定されている「国事行為」はすべて廃絶される。年間経費は大幅に縮減される。

さらに、天皇の存在をめぐる制度について、五〇年に一度、国民投票にかける。厳密にいえば憲法第一四条とバッティングするが、例外的制度として容認するしかない。日本人はなお、何らかの〈象徴〉なしには社会を統治できない段階を生きているからである。

もう一つの理由は、日本社会が当面している政治制度上の変革は、象徴天皇制だけではなく、〈対米従属からの脱却〉も焦眉の課題であり、この重要課題での変革の必要性とその内実についても、新しい提案と合意が求められているからである。自衛隊の〈国連指揮下での平和隊〉への改組、〈非暴力抵抗権〉の確立も重要な課題である。さらに、経済システムでは、〈賃労働─資本〉関係の変革が求められている。

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

イメージ 1

<380人が先行>
沖縄は「辺野古」だけではない。3月26日、南西諸島・宮古島の上野野原(うえののばる)区に陸上自衛隊宮古島駐屯地が新設され、警備部隊380人が編成された。来年3月までには330人規模の地対艦・地対空ミサイル部隊が新たに編成される。警備部隊はそのミサイル部隊を防衛するために先行された。さらに防衛省は24日、敵の攻撃で宮古空港や下地島空港などの滑走路が破壊される事態を想定し、滑走路復旧部隊を新設することも発表した。

つまり宮古島は、ミサイル部隊が敵の攻撃目標となり、戦闘が発生することを前提とした部隊配備が強行されているのだ。同地区には、既にレーダーによる監視任務にあたる航空自衛隊分屯基地がある。宮古島は、美しい青い海の島から「標的の島」に変わってしまった。

<弾薬庫は手つかず>
新基地建設の完成式典「編成完結式」が26日、現地で開催された。宮古島の市民団体「ミサイル基地いらない住民連絡会」(連絡会)は、新設された駐屯地正面ゲート前で、早朝から集会を開いた。

基地の黒い鉄柵に紫色の幟「ミサイル基地いらない」を十数本くくり付けた。「宮古島にミサイルNO」と書いた青いメッセージボードを首から下げ、早速、抗議のシュプレヒコールが始まった。

「宮古に軍事基地はいらない」「宮古を戦場にするな」「ミサイル配備反対」「命の水を守ろう」「保良(ぼら)の弾薬庫建設反対」。島の中心部の野原区にミサイル部隊、最南東の保良区にミサイル弾薬庫の計画など島中を軍事要塞基地にしようとすることへの抗議の声を上げ、ゲート前でデモ行進をした。参加者は約40人。三線や基地反対の歌などが途切れることなく続いた。

ゲート前の行動は建設工事が始まった2017年11月6日にスタート。この日は、数えて506日目になる。

「てぃだぬふぁ島の子の平和な未来をつくる会」の石嶺香織さんや楚南有香子さん、当真まり子さんも駆けつけた。小さなメガホンを手に声をあげる。「警備部隊の任務は何ですか」「迷彩服で島中を歩かないでください」「鉄柵の上のコードは何ですか」「私たちを監視しているのですか」。怒りをもって次々と駐屯地に向かって問いただす。

石嶺さんから「本土では宮古のことどうですか」と私にも質問が飛んできた。宮古島の自衛隊配備問題が辺野古のように取り上げられていないことや平和運動の広がりが出来ていないこと、反対しても新基地建設強行を止める手立てが見つからないことなど犖靴靴記瓩伝わってくる。「でも保良弾薬庫はまだ手付かず、これは絶対に止めたい」。まだ闘える、止められると元気よく語られた。「あきらめ」は、ない。

<ウソを重ねて建設>
宮古島の自衛隊新基地は辺野古と同じように約束違反、違法工事で強行された。

地域住民の祈りの場であった鎮守の森の御嶽(うたき)は、「残す」と言っていたのに、半分壊された。「井戸は埋めない」と言っていたのに、埋められた。宮古島は地下水で生活しているため、地下水の汚染を招くようなことはしないよう申し入れていたが、すでに400妬の燃料タンクが地下に埋設された。もし燃料が漏洩すれば地下水は汚染され、宮古島は住めなくなる。

また駐屯地内には弾薬庫は置かないということだったが、すでに警備部隊用の弾薬庫は山のように盛り上がった芝生の下に完成していた。

さらに駐屯地の地下に軟弱地盤が見つかった。これも辺野古と同じだ。防衛省のボーリング調査では、地下に1丹幣紊龍洞があるところが3か所見つかっている。沖縄の島々は琉球石灰岩でできている。「人間で言えば骨粗鬆症。中がスカスカで、空洞のようになっているためもろい」と土木技師の奥間政則さんがよく語っている地盤なのだ。

<意外な「検討します」>
連絡会はゲート前で、「田中広明隊長に抗議声明を手渡したい」と現場責任者に詰め寄った。「基地外で文書の受け取りはできない」と拒否、「基地内なら代表者数名に絞りたい」との判断が伝えられた。2時間の粘り強い交渉により、ついに警備部隊の児玉太郎副隊長がゲート前まで出てきて連絡会の要請に応じた。自衛隊幹部と市民団体との40分間もの青空交渉が実現した。

「迷彩服を基地外でも着用することや、行進することは島民にとって不安を煽るので止めてほしい」という要求には、「検討させてください」と返事が返ってきた。意外にも柔軟な対応だった。できるだけ島民との間に、軋轢を生まないよう上から指示されていたようだ。

<全国から支援を>
安倍政権は、辺野古新基地のみならず、高江ヘリパッドや伊江島補飛行場、オスプレイやF35Bなどの垂直離着陸可能な輸送ヘリやステルス戦闘機が訓練するための強襲揚陸艦の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」建設など、沖縄島をはじめ奄美大島から宮古島、石垣島、与那国島、さらに鹿児島県の馬毛島まで日米軍事一体化の基地化を強行している。

そればかりではない。26日には東北の三沢航空自衛隊基地にステルス戦闘機F35B12機の配備を終えた。日米両政府は、日本全体を軍事基地化し、東アジアの平和を壊し緊張を高める危険な路線を突き進んでいる。

宮古島では、4月7日に陸自警備部隊の隊旗授与式も行われる予定。抗議・阻止行動が「連絡会」から呼びかけられた。辺野古と同じように宮古島など南西諸島への自衛隊配備に反対する行動を全国で強めることが求められている。

(西岡信之/ZENKO全国事務局)

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

イメージ 1

福岡地裁小倉支部は、2月27日、北九州市小倉北区城内にある八坂神社の新代表役員と称する林氏が、昨年5月1日に全国一般八坂神社分会の波多野分会長に対して行った解雇は無効で、一審判決まで毎月金員を支払えという仮処分を決定した。

八坂神社で働く職員の労働条件は、休日は月5日のみ、年休なし、残業代なし、深夜手当なし、休日出勤手当もなしと労働基準法が全く守られておらず、神社は雇用契約書も締結せず就業規則もない。
このような中、波多野分会長は八坂神社の労働条件等の改善を提言し、また各方面からの神社正常化の声に応える活動を熱心に取り組んでいた。

ところが、18年4月7日、林氏は福岡県の認証を受けていない規則により八坂神社臨時総代会と責任役員会議を急遽開催し、その中で波多野分会長を責任役員から外し、新代表役員に林氏自らを選出した。
その直後の同年4月30日、林氏は波多野分会長に対して「明日から来なくてよい」、「翌日に解雇の書類を出すから取りに来い」、「裁判でもやってこい」と5月1日付けの解雇を通告してきた。

波多野分会長は、まったく常識が通じない相手だと考え、全国一般労働組合に相談し組合に加盟して闘うという神職では珍しい決断をした。
波多野分会長は、不当な解雇後も毎日八坂神社に出勤するという就労闘争を行う傍ら、地位保全の仮処分の申立を福岡地裁小倉支部に行った。

福岡地裁は仮処分決定の中で、波多野氏は八坂神社とは雇用関係にある労働者の地位であること、新規則によって選任された代表役員の林氏は新規則自体が所轄庁である福岡県知事の認証を受けていないことから林氏を代表役員に選任した八坂神社の議決は無効であること、代表権を有さない林氏による波多野氏の解雇も無効であること、代表役員・責任役員の地位をめぐる紛争を解雇により解決すべきでなく、仮に林氏に権限があったとしても本件の解雇は合理性を欠くものであって無効であること、八坂神社は一審判決まで毎月仮処分の金員を波多野氏に支払うことなどを決定した。

この八坂神社の代表者と称する林氏が行った今回の解雇事件については、波多野分会長の雇用関係をめぐる紛争以外に、林氏が代表役員が代表ではないことも裁判所の決定で明確になった。

この仮処分勝利決定を踏まえ、全国一般労働組合及び波多野分会長は、1日も早く不当解雇を撤回させ、職場復帰を勝ち取り、八坂神社の正常化と包括宗教法人への復帰活動を再開していく決意だ。
今後も、引き続き、八坂神社不当解雇撤回闘争及び八坂神社正常化の取り組みにご支援・ご協力を切にお願いしたい。

山岡 直明(全国一般労働組合福岡地方本部北九州支部執行委員長)

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

イメージ 1

日本の賃金は1997年金融危機以降、ほぼ20年間下がり続けている。それを裏付ける国際的データがある。経済協力開発機構(OECD)は、残業代を含めた民間部門の総収入について働き手1人の1時間あたり賃金を算出している(図)。2017年と97年を比べると、20年間で日本は9%下落した。主要国で唯一のマイナスだ。英国は87%、米国は76%、フランスは66%、ドイツは55%増えた。韓国は2・5倍になった。日本は、「国際競争力の維持」を名目に賃金を抑え続けてきたのだ。

直近の各国の購買力調整済み最低賃金を見ると、日本は、欧州各国を大幅に下回り、18年1月以降は隣の韓国よりも低くなった 。

その最低賃金に近い賃金で働く労働者が増えている。最低賃金全国加重平均額の3割増し(1・3倍)未満の労働者の割合は、01年の12%から17年には28%に上昇した。3割増しと言っても時給1102円(17年度)であり、生活保護制度が想定する「最低限度の生活」に届くか届かないかという水準である。

最低賃金1500円要求が大きな注目を集めるのは、最賃ぎりぎりで働かされる労働者が急速に増えているからだ。この運動は、日本の低賃金構造を変革する力となる。

 * * *

中澤秀一静岡県立大短大部准教授が全国の労働組合の協力を得て15〜17年に実施した最低生計費調査で、「ふつうの暮らし」を実現する費用に地域ごとの差はそれほどないことが明らかになった(表)。

同調査は、健康で文化的な生活を営むために必要な生活用品やサービスの量を、穀類A繊肉類B帖▲轡礇庁鍛紂弔噺帖垢棒僂濔紊欧得厳徃颪鮖蚕个垢襪發痢それによると、「ふつうの暮らし」「あたりまえの生活」に必要な費用(25歳男性、賃貸居住で試算)は、税・保険料込みで月額約22万〜24万円。全国どこでも大きな差はなかった。

これを月の労働時間で割れば必要な時給となる。月150時間換算の数字を見ると、大都市・地方都市とも1500円以上だ。150時間は、政府自身が80年代に労働時間短縮の目標とした年間1800時間に基づく。最低賃金がこの金額に達していれば、「ふつうの暮らし」が可能になる条件のひとつが整うことを意味する。

現在の最低賃金はその水準に到底及ばない。最低賃金は一刻も早く1500円以上にしなければならない。

 * * *

調査結果はまた狢臈垰圓寮験菷颪蝋發い地方の生活費は安くて済む瓩箸いΑ崗鐚院廚鯣歡蠅垢襦

流通が発達した現代では、食料・衣服・日用品の価格はどこでも変わらない。大都市部は住居費が高くなるが、一方交通網が発達しており相対的に交通費が安くなる。反対に、地方都市は住居費は安いが、移動手段として例えば自動車がないと生活が成り立たない。相殺されて、大きな差が見られないのだ。

ところが、現在の最低賃金制度は、都道府県ごとにA〜Dにランク付けされ、東京(Aランク)などの大都市部は金額が高いのに対し、地方(C、Dランク)は低く設定されている。加えて、Aランクは例年引き上げ額が高いが、C、Dランクでは引き上げ額が抑制されている。その結果、A〜Dランク間の格差は年々拡大するしくみとなっている。

47都道府県別の格差最賃が、各地域の狡其眩蠑讚瓩鳳洞舛魑擇椶靴討い襦コンビニやファストフードなど全国チェーン店のアルバイト労働者の時給は、ほぼ地域別最賃すれすれの水準に張り付いている。業務内容や販売価格が全国一律にもかかわらず時給だけに格差があるのは、地域別の格差最賃に原因がある。

地域別最賃は、パート、アルバイトなど非正規労働者の賃金だけでなく、正規労働者の賃金にもリンクしている。最低賃金は一部の労働者の問題ではなく、すべての労働者の課題なのだ。

どこに住んでいても一律の最低賃金1500円以上を実現しよう。それが日本の低賃金構造を変革し、すべての労働者に「普通の暮らし」を可能とする道である。 

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

イメージ 1

河野外相は2月9〜11日、フィリピンを公式訪問し、在ダバオ総領事館開館式典に出席した。

マニラでは同8日、日本のスミフル(住友商事系、「完熟王」のブランドでバナナを輸入)のミンダナオの農場での労働者のストライキに連帯するNGOや労働者のグループが、ドゥテルテ大統領に対して、河野外相との会談でスミフル労働者の問題を取り上げることを求めて集会を開いた。

EILER(エキュメニカル労働者教育研究所)のロシェレ・ポラス代表は「河野外相はこの地域の平和と安定への日本の支援を確認したが、日本の多国籍企業スミフルにおける労働者の権利の侵害、赤狩り、暴力的襲撃と農園労働者ダニー・ボーイ・バウチスタさんの殺害について沈黙した」と語る。

ミンダナオ島のコンポステラバレー州のスミフルのバナナ農園の900人の労働者たちは昨年10月初旬に、団交権などを要求してストライキに入った。これに対して警察が暴力的な弾圧を繰り返し、出荷場でのピケットへの襲撃や組合リーダーの自宅への侵入、組合事務所への放火なども繰り返された。同30日にはバウチスタさん(31歳)が銃撃によって殺害された。

スミフルは最高裁にストライキ中の労働者の退去と1日につき3800万ペソの損害賠償を求める訴訟を起こしたが、裁判所はこの請求を却下した。最高裁の決定の前日に労働雇用省はこのストライキが公益に重大な影響を及ぼすとして係争を同省の管轄下に移した。

ナショナルセンターであるKMUは戒厳令下のミンダナオでの闘いへの支援を呼びかけるため、マニラ市内でキャンプを設営し、泊まり込んでいる。

マニラでは戒厳令は布告されていないが市当局はキャンプの強制撤去の警告を繰り返している。

2月8日のマニラでの集会はキャンプの強制撤去への反対を訴えた。

スミフルは1日1900万ペソの粗利益を上げているにもかかわらず(1ペソは約2円)、労働者の賃金は1日わずか365ペソである。

ポラスさんは「河野外相はこの地域の経済の活性化の努力を支援すると言ったが、この地域の経済の生命であり推進力である労働者の保護も強調するべきだ」と指摘する。(「ブラットラット」紙2月11日付など)

開く コメント(0)

全670ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事