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おいプーチン、チェチェンから撤退しろ!今ならまだ間に合うぜ by アンドレイ・バビーツキ

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この間、関生支部に対する国家権力の弾圧が相次でいる。

8月28日には、滋賀県警刑事部組織犯罪対策課が、何故か大阪広域協組とレイシスト集団の面々にマスコミを引き連れ、捜索礼状を示さないままにユニオン会館に押し入り、武建一委員長を逮捕・連行する様子をマスコミやレイシスト集団に見せびらかすようにした後、家宅捜索を強行した。夕刻になってから他の役員2名が家宅捜査・逮捕となった。

マスコミやレイシスト集団は、レイシスト集団とともに関生潰しを行う大阪広域協組の木村理事長から事前に取材したとして、「関生支部は違法行為を繰り返してきた」「100億円を集めている」と事実無根の作り話をふりまいた。

滋賀県をはじめ近畿圏で、生コン中小企業の協同組合への結集と生コン価格の適正化が進み、労働者の雇用安定や生コン・セメント輸送の運賃引き上げを実現しようという矢先の、大阪広域協組4人組による「関生潰し」に便乗した国家的弾圧です。

弾圧を喜んでいるのはゼネコン・セメントメーカー・大手商社という大企業であり、この弾圧で被害を受けるのは中小企業と労働者である。

「一強体制」を確立した安倍政権にとって目障りなのは、安倍に異論を唱え行動し続ける者の存在だ。中小企業と共に経済・産業・政治の民主化を求めて闘い続ける連帯ユニオン関生支部を、今すぐにでも叩き潰したいに違いない。大企業・金持ちの利益を最優先させる安倍政権にとっては、関西圏の生コン協同組合運動が成果を挙げ、他の産業に波及するのは、非常に不都合だからだ。

武 洋一(全日建関西生コン支部)

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9月6日未明、震度7の強い揺れが襲った北海道胆振(いぶり)東部地震で、北海道全域が停電。泊原発(泊村、停止中)でも一時、外部電源が喪失し、非常用ディーゼル発電機を使って燃料プールの核燃料を冷却する事態になった。全域停電は札幌市中央区などが最初に復旧する6日正午過ぎまで9時間にわたって続いた。地域電力会社の営業区域全体が停電したのは、現在の10電力体制になって初めてだ。なぜこんな事態が起きたのか。

<安定供給よりカネ>
北海道では発電量全体の85%を石炭・石油火力発電が占める。その発電量(406万kw)の4割にあたる165万kwの発電能力を持つ苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所は震源地のほぼ真上に位置する。この発電所が地震の直撃を受け、損傷して停止したことが大停電のきっかけだ。一部地域を強制停電させ、最低限の給電を維持することにも失敗。稼働中の他の3火力発電所では総需要をまかなえず、連鎖的に停止していった。

北海道電力の真弓明彦社長は6日午後の会見で「すべての電源が停止するのは極めてレアなケース」と釈明したが、電力供給に詳しい阿部力也・元東京大学大学院特任教授は「今回のような大規模な連鎖停電事故は事例も多く、十分想定できた」と北電発表に疑問を呈する。

阿部元教授は、北電が全発電量の4割を苫東厚真火力発電所に依存してきた理由について「数十万kw程度の発電所にしてリスクを分散しておけば全域停電は避けられるが、大きな発電所のほうが電力会社にとってコストが安いからだ」と指摘する。自然災害が多発する中、コストのかかる電源分散を避け、必要な設備投資よりも目先のコスト削減を優先する北電の「安定供給よりカネ」体質が大停電を招いたのだ。

<想定外にあらず>
「例えば、北海道電力の最大ユニットが脱落した場合、北海道電力エリア内の周波数が大きく低下。この際、北海道エリアの系統規模を踏まえれば、この脱落に対して、周波数を維持できない」。2013年12月に経産省が開催した「総合資源エネルギー調査会第4回制度設計ワーキンググループ」の資料にこのような記述がある。地域ごとの電力のアンバランスを調整するため、電力業界に全国ベースで電力の需給調整を義務付ける電気事業法改定が行われた。改正法に基づいて設立された需給調整のための組織「電力広域的運営推進機関」の運営方針を決めるための会議資料だ。国は5年も前に今回の事態を正確に見通していたのだ。

今回の大停電をきっかけに、6年以上停止している泊原発の再稼働を主張する声がネットを中心に出されている。ほとんどが電力業界とつながる御用経済評論家やジャーナリストによるもので、危険な原発を「安定電源」などと決めつける無根拠なものだ。

そもそも泊原発が再稼働できないのは、原子力規制委員会が求める再稼働に向けた審査の条件を北電が満たせないからだ。規制基準すら満たさない原発を「電力不足解消」のため動かせというなど、北海道民に対する犯罪である。

<原発は論外、廃止しかない>
泊原発が稼働していれば大停電は起きなかったという主張もでたらめだ。原発が動いていれば、北電はその分、火力発電所の発電量を下げるだけ。大停電の結果は同じだ。

大停電復旧直後から政府が仕掛けた計画停電キャンペーンも「努力要請」に緩和された。現在、北電が石狩湾新港に建設中の新LNG火力発電所1号機(約57万kw)は10月中にも試運転公開できる段階に来ており、来年2月予定の運転開始の前倒しも可能だ。

北海道の電力ピークは1年で最も寒くなる1月の夕方で、約510万kwだ。泊原発(約200万kw)が稼働しなくても北電の発電能力は400万kwある。石狩湾新発電所1号機を加えれば約460万kw。苫東厚真を部分的に復旧させつつ、1割程度の節電で十分乗り切れる。地震以降、北海道では市民・企業の節電努力ですでに1割節電を達成している。計画停電も泊原発再稼働も不要だ。

今回の北海道大停電は、国による電力失政と北電の「安定供給よりカネ」経営のツケを道民と道内企業が支払わされた形だ。「電力不足」に乗じたこれ以上の失政付け回しと泊原発再稼働を許さず、政府・北電の責任を追及しよう。

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本書は村岡到が編集した、マルクスの思想をめぐる論文集である。各執筆者は、それぞれ立場や考え方を異にし、論ずるテーマも様々である。だが、マルクスの思想と主体的に対決し、その否定面の反省を含め、現代世界の変革に活かそうとする姿勢は違わない。
 
 大内秀明「晩期マルクスとコミュニタリアニズム」は、晩年におけるマルクスが、その社会主義論を、コミュニタリアニズム(共同体社会主義)へと修正したことを論証する。『資本論』で論じた「①個人的労働による個人的所有、その否定として②社会的労働による個人的所有の資本主義的矛盾、さらに否定の否定として③社会的労働による社会的所有」という「所有法則の転変」を、後にマルクスはザスーリッチへの返書の中で、実質的に修正している。また、バックスが「社会は新しい基礎、土地や生産手段が自由な労働者で構成されるコミュニティによって所有される」とした『評論』を、「真正社会主義」としてマルクスは絶賛した。要するに、社会主義を生産手段の国家所有としてではなく、自由な労働者のコミュニティによる土地や生産手段の共同所有として再定義したのである。
 
 久保隆「国家や権力の無化は可能か」では、『ユダヤ人問題に寄せて』など「初期マルクス」のテクストを検討したうえで、『共産党宣言』の一節が引用される。「革命によって支配階級となり、支配階級として強力的に古い生産諸関係を廃止するならば、この生産諸関係の廃止とともに、プロレタリア階級は、階級対立の、階級一般の存在条件を、したがって階級としての自分自身の支配を廃止する」。しかし、支配階級として掌握する<権力>は媚薬であり、宗教的権威となっていく。また、吉本隆明の権力論が「大局的に上から下への傾斜に方向づけられる権力線」と見做すとき、フーコーは「下から来る」といい、「権力は至る所にあ」り、「至る所から生じる」と述べていく。さらに、「自主的権力はけっして放棄されてはいない」「権力への意志は抵抗に当面してのみ発現する」という、ニーチェの言葉には説得力がある。果たして、<権力>の無化は可能なのか。
 
 千石好郎「マルクス自由論の陥穽」では、「客体性に対する主体性の勝利、物の支配からの人間の解放」という、マルクスの自由概念が確認される。そこには、古典的自由主義における、「自分のする選択を他人から妨げられない」自由と、共通するものはない。しかも、自由の主体は個人ではなく、類的存在としての人間である。そして、「人間が社会的諸関係を意識的に形成」することで、「疎外され物象化された社会的諸力の非人格的力から個人が解放」されるという。しかし、国家権力を掌握した前衛党が、こうして自由を追求する場合、その指導に背いた個人の自由は必然的に抑圧される。既成の社会主義の全体主義的性質は、マルクスの自由観に起因するのである。完全無欠な社会など実現しない。我々には、改良の積み重ねしか、残されていないのではないか。

 武田信照「マルクス・エコロジー・停止状態」は、マルクスをエコロジーの思想家だとする評価に、疑問を投げかける。たしかにマルクスは、人間と自然との物質代謝の攪乱という視点から、資本主義的農業の略奪的性格を指摘する。だが、エコロジー論を展開した訳ではない。あくまでマルクスは、社会発展を欲望の多様化と拡大、それに対応する生産力の増大として捉える。そして、社会主義社会論では、物質代謝の「合理的な規制」を説く。これに対し、同時代を生きたミルは、資源の有限性を指摘し、「自然の自発的活動」を重視し、経済成長の停止状態の中に、精神的・文化的・道徳的進歩の意義を説く。どちらが、より深いエコロジーの思想家だろうか。

 村岡到「マルクスの歴史的意義と根本的限界」は、まずマルクスの経済学上の業績と、社会主義社会論に関するインプリケーションを確認する。だがマルクスは、階級闘争史観や経済と政治を一体のものとして把握する史的唯物論ゆえに、経済を支配するブルジョアジーが、政治権力をも完全に掌握していると考え、法拠統治という近代政治制度の特質を理解できなかった。さらに『資本論』において、「資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る」としながら、その次に解明すべき課題設定がない。また、資本主義から社会主義への移行の歴史的必然性を説くのではなく、人間の主体性に力点をおいて、歴史を捉えるべきではないか。そして、「人民大衆による少数の横奪者の収奪」は、比較的短期間で容易に可能だとされるが、人口構成の多寡で社会変革の難易度が決まる訳ではない。

 以上が各論文の要旨である。全体として、マルクスへの批判は手厳しく、原理的な問題まで踏み込んだものが多い。ただ改めて気付くのは、マルクス自身が先行研究と対決し、同時代の論客と論争し、晩年まで自己の理論を修正していたという事実である。本書は、マルクスの実践上の業績を検討するものではないが、革命運動においても、試行錯誤を重ねていたに違いない。

 そして、後世を生きる私たちは、次のことを知っている。すなわち、社会主義経済が労働者の協議ではなく官僚の計画と指令で運営されたこと、社会主義が国家を死滅させるどころか強大化させたこと、社会主義が労働者や民衆を解放したのではなく個人の自由を抑圧したこと、社会主義も人間と自然との物質代謝を攪乱すること、そして、このような逆ユートピアをプロレタリア独裁国家が招いたことである。その反省を抜きに、マルクス生誕200年の記念などありえない。本書はマルクスの思想の検討を通じて、未来社会を切り開くためのヒントを、提供してくれている。


佐藤和之(社会主義理論学会)

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<はじめに>
2018825()、私は韓国へ行き、DMZツアーに参加した。1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争により、分断国家の道を歩むこととなった韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。今なお両国を分け隔てているのが、停戦協定により設けられた北緯38度線付近にある軍事境界線だ。DMZ(DeMilitarized Zone・非武装地帯)とは、この軍事境界線を挟んで南北それぞれ2km、計4kmにわたる地域のこと。武力衝突を防ぐためDMZ内では武装はもちろん軍隊の駐屯や武器の配置、軍事施設の設置が禁止され、一般人の出入りは統制される。


これに対し、板門店とはソウルから北に50km、北朝鮮の開城から10kmの位置にある、軍事境界線を中心とした800m四方一帯の呼び名。韓国軍やアメリカ軍を中心とした国連軍と、北朝鮮軍が共同で警備を行なっており、JSA(Joint Security Area・共同警備区域)とも呼ぶ。韓国も北朝鮮も行政管轄権をもたない場所で、政府認定のツアーでのみ訪問が可能。要するに、JSADMZの中央に位置し、私はJSAではなくDMZへ行ったということである。


私は1999年、当時38度線警備を担当していた隊長の招きで、坡州にある韓国軍施設に滞在した経験があるから、この地域を訪問するのは初めてではない。だが今回は、脱北者の方とDMZ各地を巡ったうえ、北朝鮮の実情に関するプレゼンテーションがあるという企画だった。そこで8月初旬、この企画を主催するソウルの旅行社にリクエストを出したところ、最少催行人数日本人5名という条件があり、未だその条件を満たさないという。ウェイティング状態が続いたが、実施するという連絡が、ようやく予定日の2日前にあり、急遽ソウルへ飛んだ。日本人ツアー参加者は、私と若者グループ3人と家族連れ4人で、それに脱北者の方(40代・女性)と、韓国人の日本語通訳ガイド(訪朝経験あり)が同行。朝8時に集合し、昼食を挟んで、夕方5時に解散した。

<DMZへ>
ツアーの主な行程は、次の通り。自由の橋→統一大橋検問→臨津閣公園→南侵第3トンネル→都羅展望台→都羅山駅→烏頭山統一展望台→ビデオ鑑賞→脱北者の講演。各地の様子は省略するが、「ワンコリアツアー」と題された名の通り、どこも統一ムード・平和ムードにあふれていた。DMZ各地は観光地化されていたが、とくに当日は大勢の韓国人・中国人・米国人らで、わきかえっていた。本年4月・5月に南北首脳会談が、6月に米朝首脳会談が、そして8月24-26日には2度目の南北離散家族再会行事が実施されており、それらが反映しているのだろう。


都羅展望台で観たVTRには、「軍事的緊張はあるが、万全の体制で防衛しているので、安心して訪問して欲しい」とのナレーションがあった。往復の飛行機は日本人の乗客が多かったが、DMZでは同行した7名以外、日本人らしき観光客には遭わない。これは現在、日本政府とマスコミが、相変わらず反北朝鮮・反共産主義の宣伝報道を、拉致問題を中心に繰り返している結果のように思われた。

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<脱北の経緯>
脱北者の方が語った、韓国へ亡命するまでの経緯は、次の通り。通訳ガイドによる、補足を含む。


「私は大学を出て建築士になったが収入は悪く、自分で作った農作物を「自由市場」で売るようになった。ところが、2002年の経済改革でウォンが切り下げとなり、苦労して貯めたカネも紙屑同然となる。この時点で脱北を決意し、当時、高校生の娘に相談したところ、『命を懸けてでも、国から出たい』と言われた。そこでし、自分と娘と妹とその子の計4人で脱北。中国に親戚がいて、情報や資金面で手助けしてくれた。また親戚には、既に先行して脱北した者もいる。まず、北朝鮮・中国国境を警備する兵士に賄賂を渡し、中国にいる脱北ブローカー(密入国仲介人)のところへ。そこから、中国・タイ国境を越え、難民として保護された。そこで2年ほど過ごし、韓国へ亡命した」。

「夫は北朝鮮に対する忠誠心が強かったので、脱北に関しては一切、相談しなかった。これは、夫のためでもある。自分たちの脱北後、夫は取り調べを受けたが、本当に何も知らない。なので、強制収容所に入ったが、比較的短期間ですんだ。以前の職場は失ったが、今では大学教員。その後、再婚したが、成人した娘の写真を送ると、喜んでくれた」。

「北朝鮮の平均月収は、円にして約1万円、国境兵士への賄賂は約5万円。脱北ブローカーへの費用は数十万円が相場だったが、現在では数百万円にアップし、脱北はより困難になっている。ブローカーを通じて、北朝鮮との電話・手紙・写真送付が可能」。


「北朝鮮より韓国の方が、生活水準が高いのは知っていた。それでも、韓国に来て、自動車が多く走っているのを見て驚いた。北朝鮮ではありえない。自動車は個人ではなく団体で所有するが、実際には、団体幹部が私物化している。韓国ではハングル、とくに北朝鮮にはない外来語の理解に、当初は苦労した。現在は旅行社とNGOで活動している。娘は中国の大学を出て韓国で就職した」。


<北朝鮮の現状>
脱北者の方が語った、北朝鮮の現状は、次の通り。通訳ガイドによる、補足を含む。


「金日成時代、人々の生活は貧困だった。金正日時代は、『苦難の行軍』の時期で、飢餓が拡大。金正恩時代、餓死はないが、市場経済により貧富の差が拡大した。携帯電話は使用できるが、一般の人々は、インターネットができない。しかし、韓国ドラマなどの流入で、南の生活水準の高さを知っている。したがって、人々は経済的理由で、南北統一を望んでいる。他方、政府や党の幹部も『祖国統一』を口にするが、それはポーズにすぎない。なぜなら、統一は北朝鮮の体制転換につながり、幹部はその特権的地位を失うことになるからだ。なお、2016年の核・ミサイル実験で操業停止となっていた開城工業地区は、2018年の南北会談で操業再開が合意された」。


「金正恩をカリスマ化する偶像化教育や、自己犠牲を強要する全体化教育が、幼少の頃から徹底してなされる。金一族と革命の歴史が教えられ、人々は生活が悪くても金正恩ではなく側近のせいだと考える。但し、金日成や金正日に比べ、突然登場した印象がある、金正恩のカリスマ性は弱い。体制が崩壊しないのは、洗脳教育と公開処刑など恐怖政治により、政権が支えられているからだ。戦争相手国である米国、植民地支配した日本、デモ・ストばかりの韓国への敵愾心も煽られる。また、職場の会議で思想問題を指摘し合うことがあり、その場合、党につながった同僚がいれば密告される」。


「先軍政治は、軍事的圧力をかける、米国に原因があるとされる。北朝鮮に税金はないが、直接的に剰余労働が収奪され、軍事費が生活を圧迫している。兵役は男性の義務だが、13年から10年へ短縮された。女性は義務ではないが、出世したい場合、6年の兵役についてから党員になる。実際、女性の25%が兵役につく」。


「人口は韓国が約5000万人、北朝鮮が約2500万人。南北離散家族は、500万人〜1000万人といわれる。なお、2017年に韓国から離散家族再会を申請したのは13万人で、そのうち生存者は6万人だった。また、北朝鮮による韓国人拉致被害者は、公式認定数だけで486人。日本の数十倍になるが、韓国では離散家族ほど話題にならない」。


<おわりに>
以上、脱北者の方の話を中心に、DMZツアーでの体験を記してきた。現在、「朝鮮半島の非核化」が国際政治の焦点になっているが、東アジアの平和を考えたとき、日米安保体制や原発政策もまた問われることになる。また、かつて朝鮮半島を植民地支配し、その分断にも間接責任がある日本は、諸々の戦後補償問題の解決を急がなければならない。それにもかかわらず、戦争法を強行採決し改憲をねらう安倍政権は、朝鮮学校を高校無償化の対象から除外し、北朝鮮に対して独自の経済制裁まで続けている。


さらに、「南北統一」の課題は、その実現にむけた相互交流が、劇的に進展している。そして、朝鮮半島の統一を考えたとき、北朝鮮の体制転換は不可避なのだろうか。その場合、中国はどう動くのだろうか。予断を許さない状勢だが、同時に北朝鮮の現実に関しても分析すべき課題は多い。金一族を頂点とし、労働党が支配する、朝鮮式社会主義とは何か。主体思想は「マルクス・レーニン主義の創造的適用」とされるが、それに導かれた社会が、逆ユートピアに転化したのは何故か。そもそも、脱北者の話はどこまで信用できるのか。
 
近年の研究では、「私有財産の廃止は監視を伴う」という指摘があるが、盗聴・検閲ばかりでなく情報統制が徹底していることは、多くの脱北者や訪朝者が証言している。また、「計画経済は強大な中央(経済)権力を必要とする」との指摘もあるが、現在の北朝鮮では反面で「自由市場」が容認され、人々の生活はそれに依存しているようだ。私たちは既に、「東欧革命」(1989)とソ連邦崩壊(1991)を経験しているが、近い将来、朝鮮半島から東アジアの地殻変動が、生じるかも知れない。その時、とりわけ日本の左翼は、どう対応すべきだろうか。

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佐藤和之(FaS代表)
【フォーラム社会主義について】http://forum-about-socialism.org/
【DMZツアー宣伝動画】https://www.youtube.com/watch?v=exjQaLL9whU


 


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「安倍晋三対石破茂なんて、目クソと鼻クソの争いじゃないか。そんなの関心ないね」。自民党の総裁選挙に対し、このような反応の人もいるだろう。しかし、安倍陣営による執拗な「石破叩き」や政策論争の回避を見過ごしてはならない。それは安倍政権の衰えを示している。

<異様な「石破叩き」>
各種メディアの予測によると、連続3選を目指す安倍首相の優位は揺るがない。すでに国会議員票の8割超を固め、弱点とみられていた党員票でも6割を超す票数を獲得する見通しだという。これだけ盤石の体制ならば、相手を受けて立つ横綱相撲を演じてもよさそうなものだ。

しかし、安倍陣営は異様なまでに殺気立っている。安倍は周囲に「石破本人と石破についた議員は徹底して干し上げる」と語ったという。重要ポストを与えず、国政選挙でも冷遇する(第1次公認から外す、応援に入らない等)というのだ。

さらには御用メディアや安倍応援団を総動員し、「石破叩き」を連日くり広げている。いわく、「形を変えた護憲派だ」「拉致問題の解決を妨害している」「理屈っぽい石破はトランプ米大統領と合わない」「デフレが再来し、雇用がなくなる」「立候補を辞退すべきだ」等々。

連中が特にかみついているのが、石破が掲げた「正直、公正」というキャッチフレーズだ。これがなんと「安倍首相に対する個人攻撃」にあたるというのだ。石破陣営が安倍へのあてこすりを意図したのは間違いないが、それが安倍応援団をこれほど苛立たせるとは…。彼らも安倍が嘘つきで身びいきなことは認めているのだろう。

朝日新聞の報道(7/27)によると、安倍官邸は政府の情報機関である内閣情報調査室を使って、石破の言動を収集・監視しているという(非公式な場面でも)。これはもう独裁国家の所業である。権力の私物化ここに極まれりと言うほかない。

<地震さえも利用>
手下に「石破叩き」を競わせる一方、安倍本人は正面対決を避ける戦術に終始している。選挙期間中に外交日程を入れ、街頭演説や公開討論会の回数を減らした。「石破さんはそれしかアピールする道がない。わざわざ相手の土俵に乗る必要はない」(官邸幹部)というわけだ。

安倍翼賛体制を強める自民党は、北海道で大地震が発生しても、石破の「総裁選延期提案」を却下。7日〜9日に予定されていた討論会や街頭演説は中止または延期になった。安倍陣営は「不謹慎だが、選挙戦にはプラスになった」(9/7産経)とほくそ笑んでいるという。

メディア対策もえげつない。自民党は総裁選について「公正・公平な報道」を求める文書を新聞・通信各社に送り付けた。党総裁選管理委員会名で出された文書は、候補者のインタビューや取材記事、写真の掲載に関して、内容や掲載面積など「必ず各候補者を平等・公平に」扱うように注文している。

メディアへの露出に活路を見出したい石破の思惑を潰す意図が丸見えだ。それにしても、公職選挙法の対象外である政党の代表選びで、何を根拠に「公平・公正」な報道を求めるというのか。報道への不当介入、圧力以外の何ものでもない。

<世論の離反に焦り>
安倍はなぜ政策論争から逃げるのか。自民党としての改憲案を秋の臨時国会に提出したいのであれば、総裁選を疑似合意形成の場に使う手があった。9条2項の削除を主張する石破との対比で、自分の改憲案(自衛隊合憲条項の追加)のほうが現実的と印象づけることもできたはずだ。

だが、安倍は踏み込んだ議論を避けた。その理由をうかがい知ることができるデータがある。JNNの最新世論調査(9/1〜9/2実施)結果だ。「自民党総裁にどちらがふさわしいか」の問いに対し、安倍と答えた人は41%、石破と答えた人は40%で拮抗している。「支持政党なし」層に限ると、石破が46%で安倍29%を大きく上回った(ちなみに自民支持層は安倍支持が72%で、石破21%を圧倒)。

政策面はどうか。臨時国会に自民党の改憲案を提出するという安倍の考えに「賛成」と答えた人は26%にとどまり、「反対」53%に大差をつけられた。憲法に自衛隊の存在を明記することについても、「支持する」39%より「支持しない」47%が多い。

頼みのアベノミクスも神通力を失った。実に84%の人が「景気回復の実感はない」と回答。アベノミクスの継続には「反対」が42%で、「賛成」34%を上回った。

こんな状態で「一般人にも届くような討論会」(首相周辺)を行えば、石破が相手でも劣勢は必至だ。よって論戦のリスクは冒せない。世論の「安倍離れ」を食い止めるためには、身内を脅した結果でしかなくても、「圧勝」を見せつける必要があった。人びとに「安倍しかない」と思い込ませるために…。

   *  *  *

「現職がいるのに総裁選に出るというのは、現職に辞めろと迫るのと同じだ」。御用記者で有名な産経新聞の阿比留瑠比(あびるるい)によると、安倍は周囲にこう語ったという。

対立候補の存在自体が気に食わない。自分に従わない者は敵とみなして徹底的に叩き潰す――安倍の辞書に「言論の自由」はないということだ。こんな男がのさばり続ければ、日本の民主主義は本当に死ぬ。この国を暗黒のアベ王国にしてはならない。   (M)

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