きょうこの部屋

穏やかな年になりますように!

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

誕生日

イメージ 1

イメージ 2



娘一家からのお祝い。
「お母さん、お誕生日のお祝い花がいいかしら?」
「そうね、赤い薔薇かな」
ということで届いたバラの花です。
幾つになっても花のプレゼントはうれしいものですね。
こんなにたくさんのバラをいただいたのは初めてかもしれない。
ありがとう。
5月5日生まれ。
子供の頃、3月3日生まれに憧れていた記憶が甦ります。
端午の節句より桃の節句の方が可愛いと。

ひなまつり

先日友人と新宿御苑に行ったときに友人の情報で京王プラザホテルのロビーにお雛様が飾られているというので寄ってみました。
沢山のつるし雛が飾られていて素晴らしかったです。
他にも創業300年を誇る人形の老舗「吉徳」の「吉徳これくしょん」や慶光院家、花山院家など名家所蔵の作品などから貴重な御所人形があったようですが、私たちは気がつくことができずに帰ってきてしまいました。。。 もったいなかったです。


イメージ 1

キルト作家の松尾光代さんとひまわりグループのメンバー総勢約90名様が代々受け継がれてきた着物など、貴重な本絹古布を使用し、総数約5,500個のつるし飾りを一針ひと針に上げたもので、京王プラザホテルのロビー等で展示するために作られた作品です。お細工物には、健やかな成長を願う気持ちなど、愛児を思う愛情が込められています。.
3階メインロビーでは、京都上賀茂神社から木目込み人形の伝統継承者として認定を受けている真多呂人形の雛人形と、美しい和歌をしたためた貝合わせ100対、そしてその周りに3.3mの高さから飾りを吊るしております。
その美しさと壮麗さには国内外のお客様が感嘆の声を上げるフォトスポットとなっております。
(ネットより)
イメージ 2


中のほうにはには貝合わせもみえますね。
貝合わせ(かいあわせ)は、平安時代から伝わる遊び。本来の貝合わせは、合わせものの一つとして貝殻の色合いや形の美しさ、珍しさを競ったり、その貝を題材にした歌を詠んでその優劣を競い合ったりする貴族たちの遊びであった。一方、「神経衰弱」に似たゲームとしての貝合わせは貝覆いと呼ばれていたが、殻を合わせる所作から後に混同されて、同じく貝合わせと呼ばれるようになった。
                          (ネットより)


イメージ 3  イメージ 4

イメージ 5  イメージ 6

イメージ 7


イメージ 8


イメージ 9


イメージ 10


我が家のお雛様。
子供が小さいころは大変ながら毎年7段飾りを飾ったものでした。
ほぼ一部屋占領されていましたね。
いまは手作りの内裏雛だけになりました。
友人から券があるからご一緒にいかがと声をかけていただき、目黒雅叙園の百段雛祭りに行ってきました。撮影禁止ということなのでお雛様の画像なくてごめんなさい。

イメージ 1

ネットより画像をお借りしています。
百段階段と七つの間です。
著名な画家の日本画と、異彩を放った建築美が融合する「百段階段」は、東京都の指定有形文化財です。九十九段の階段で結ばれた絢爛豪華な7つの部屋に、全国各地に伝わる名品のお雛さまが集います。

イメージ 2

チラシから雰囲気が伝わるとよいのですが。。。

この部屋は漁樵(ぎよしょう)の間で、室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げ床柱は左右とも巨大なヒノキで精巧な彫刻(中国の漁樵問答の一場面)が施されています。
「漁樵の間」という部屋の名の由来は、正面にある
二本の床柱に活き活きと彫刻されている「漁樵物語」にある。
右側には、春、海、立居の漁師が、
左側には、秋、山、座位の樵(きこり)が彫られ、
すべてが対称的に描かれているというものである(ネットより)

イメージ 3イメージ 4
招きの大門と屋根の上の「縁結び」

イメージ 5

招きの門の手前の飾り

イメージ 6

結婚式のお召し物の展示?

イメージ 7

エントランスからブライダルサロンに通じる回廊には、江戸時代の風俗を表した艶やかな彩色木彫板が飾られています。天井にも装飾画が。

イメージ 8


イメージ 9



イメージ 10

滝と庭園

イメージ 11

少しだけもみじが残っています。

イメージ 12

洞窟に入っていくと滝の裏側に出ました。

イメージ 13

渡風亭「ひな祭りご膳」今日からのメニューだそうです。

イメージ 14イメージ 15
チラシ寿司とハマグリと菱餅のお吸い物 粟もちのお汁粉

イメージ 16

秀畝(shuho)の部屋で食事をしました。
床柱は天女が舞い上がっていく「羽衣の図」を彫刻し彩色しています。また、天井と欄間には池上秀畝による四季の花と七十七羽の鳥が描かれています。

画家は
池上秀畝 (1874−1944) 明治7年長野県高遠町の紙商松田屋に生れる。本名国三郎。祖父は休柳と号し内藤藩御用絵師狩野休真についた画人で、画論『休柳問答』がある.父秀花も高遠城に鳥瞰図を遺しており、地元伊那公園には画人三代之碑が建てられている。秀畝は上京し荒木寛畝に入門し、明治41年第2回文展に《五月雨》で初入選する。以来褒状、特選と受賞を重ね、大正5年第10回文展から連続3回特選となるなど、荒木寛畝の画塾読画会における花鳥画の名手として官展での花形作家であった。大正8年帝国美術院が創設されると、秀畝は日本画部推薦、12年には委員に任命された。なお荒木家は谷文晃の南北合派の画系を引く花鳥画の名門で、帝展時代は大観、玉堂、十畝が三者鼎立し東京画壇を三分する勢いであった。秀畝自らも伝神洞画塾を主宰し門下を篤く指導し、柔和な人柄で「好々爺」と呼ばれていた。昭和19年5月29日歿。(ネットより)


イメージ 17

書院障子には見事な組子細工
「富士山と漁師の投網」だそうです。


「百段階段」とは通称で、かつての目黒雅叙園3号館にあたり、昭和10(1935)年に建てられた当園で現存する唯一の木造建築です。食事を楽しみ、晴れやかな宴が行われた7部屋を、99段の長い階段廊下が繋いでいます。階段は厚さ約5cmのケヤキ板を使用。階段で結ばれた各部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の著名な画家達が創り上げた美の世界が描かれています。

"昭和の竜宮城"と呼ばれた目黒雅叙園の建物の特徴は、装飾の破格な豪華さにあります。最近の研究によると、その豪華な装飾は桃山風、更には日光東照宮の系列、あるいは歌舞伎などに見られる江戸文化に属するものとも言え、なかでも「百段階段」はその装飾の美しさから見ても、伝統的な美意識の最高到達点を示すものとされています。平成21(2009)年3月、東京都の有形文化財に指定されました。
全国各地に伝わる古いお雛さまの名品が集う「百段雛まつり」。
東京の早春の風物詩になって早6年だそうです。


7cm前後から80僂泙如日本で一番小さなクラスから日本最大級までを一堂にご覧いただけるのが今回の「百段雛まつり」のいちばんの見どころだそうです。
岡山藩主池田侯が特別注文でつくらせ、塩業王・野家が拝領した大型雛(80cm)です。金に糸目を付けない威風堂々としたお雛さまに大名家の豪奢が伝わります。
普段目にすることのできない貴重なお雛様感動しました。

Merry Christmas

イメージ 1


イメージ 2



楽しいクリスマスイヴをお過ごしくださいね

開く トラックバック(1)

イメージ 1

1882年に着工してガウディ没後100年の節目となる2026年に完成されるという「サグラダ・ファミリア」
一度は見たいと思っていて・・・・
明日から10日間スペインに行ってきます。
ご訪問は帰ってからゆっくりとさせてくださいね。

全29ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事