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今日の肝炎訴訟の和解でも明らかなように、エセ人権弁護士による商売としての訴訟が続発するようになり、いわば「ごね得」社会になってきているのは大変憂うべき事態です。これは政府や国家の責任意識の低下と、達成不能な平等主義の幻想から来る商売としての訴訟増加と言う問題を抜きに考えることは不可能で、ここには大きなモラルハザードの問題があります。この背景には消費者契約法の理念に見られるように消費者と業者など商取引における個人間の交渉能力の格差を問う一方で、社会的な発言力の格差を是認するという歪んだ理念の問題も存在し、俗に言われる学者や思想家の奢りと理性に対する過信がこういった全体主義的問題に拍車をかけているのは間違いないところです。
他方この個人的な交渉能力を問わなくすると言う方向性はコミュニケーション能力や交渉能力の衰退をもたらしているような気がしてなりません。私自身、仕事柄トラブル対処ということが極めて多いです。これは自己弁護をさせていただけるなら、職業的な業界のモラルの低さや仕事の出来る出来ないという問題もありますが、工事等という物に絶対という話はなくもちろんコストをかければよりリスクの少ない物は出来ますが、確率を低下させることに過ぎないわけですし、そのコストとのトレードオフという問題も常に存在していることは考えなければいけません。また消費財ですから使い方によっては早く壊れたり消耗することもあるわけです。人間のやることに絶対と言うこともありませんしね。ですからトラブルやクレーム処理といった物は常に存在し、こちらがクレームを入れる側、逆にクレームを受ける側になる事も多々あるわけです。
ところが最近クレームを入れる側に立った場合に、「会社の規定ですから出来ません」という返答が返ってくることが多いのです。これは極めてふさわしくない返事に他なりませんが、これだけ多いとどこかでそう言う指導をしているのではないかという疑念に駆られてくることになります。この発言の何処がおかしいかと言えば、「会社の規定」という物はローカルルールだと言うことです。ローカルルールという物は極めてその意義が大きく、社内規定に準じた活動を行わない人間に対してはそれなりの制裁を科すことは認められていますし、また業界的な話をすれば地区協定という物は公的規定より重要になるわけです。もちろんこれはより大きなルールに違反しない範囲でと言うことにはなりますが、とにもかくにも当事者同士で行われた合意の元での契約という意味もありますから、安易に規定違反を行えば債務の不履行と言うことにもなります。
しかしながら「会社の規定」というのは契約関係でない社外の人間には従う必然性のない話で、会社を代表して相手の要求を拒否していると言うことに他なりません。もちろん会社を代表して拒否するというのであれば何ら問題のない発言ですが、どうもそう言う意識で言っているわけではないようなのです。この場合相手側としては要望の拒否により戦略の立て直しを図ることになり、取引の予定であれば当然その中止の検討になりますし、既に契約が成立している場合には債務不履行と言うこと、クレームの場合には要求拒否と言うことで完全な利害の対立構造が発生し、より大きなコミュニティーにおける調停、すなわち行政か司法の介入という状況が必要になる事になります。しかもクレームなどで自らの非を認めているような状況になっていても「会社の規定ですのでこういう形でお願いします」・・・・・馬鹿じゃなかろうかと思います。普通はお願いする、または許しを請うわけですから強制ではなく「こういう対応で御納得頂けないでしょうか?」という提案形式でしょう。
もちろん理不尽な要求や自らに非のないことまで問われるいわれはないわけですからその場合は当然突っぱねて構わないわけですが、常にそう言うことではすまないのは当然の話でその辺を「うまくやる」必要性というのは常に存在します。
さらにこれが行政の場合には「国の規定として」または「役所や自治体の規定として」と言うことになり、当然国家や自治体に対する賠償訴訟と言うことになるわけですが、そう言った結果として訴訟の増大を招いているような傾向は確かに存在します。
これは大企業病の一種であり当事者意識がないためにより大きな存在を盾に逃げている話でもあり、規模が大きくなればなるほどこの傾向は強いように感じます。もちろん最悪なのは公務員で例えば書類請求などをする場合に「規定です」と言う返答の何と多いことか?他の自治体の同じ部署では大丈夫だった書類が、「請求書類はこの文言でないと認められません」etc。少なくとも客商売をする人間の感覚から言えば失格も良いところです。そりゃ頭に来て裁判にもなりますし、感情的にもつれますから容易に解決も出来なくなりますよ。
少し前であればワンクッション置いて「決裁権がないので上司に相談させて下さい」などなどもう少しやり方があったと思います。もちろん対応が総責任者の場合などは後ろにもう誰もいないわけですからその場で判断を下さざるを得ないのは当然ですが、そうなると困るので少し下の人間が最初に対応することも多いわけでその辺の感覚がどうも薄れてきているように思えてなりません。
これは何処に問題があるのか?おそらく現場及び最前線にだけ問題があるわけではないでしょう。今の政治などを見ていても政治家はまったく責任を取らないわけで、現場に問題を押しつけて逃げている上司や上層部や蔓延していることが、相談しても失点として評価を下げるだけという認識に陥っているのではないでしょうか?これは対外的なコミュニケーション能力とともに社内的なコミュニケーション能力の低下と言うことでもあり由々しき問題です。
仕事をしているときは埒があかなければ、相手方を上司などに対応者を切り替えさせますし、私自身はそれが出来る立場なのでよいのですが、下だけで対応させていたらどうなるのか空恐ろしくなります。
トラブルのない関係という物は常に目指すべき境地でありますが、理想とほど遠い現実の前にはクレームというのは改善と効率化への手がかりでもあります。一方でそう言った認識があってもそれが社内的に吸い上げられなければまったく意味のない話です。責任感の欠如という物はそのコミュニティー多面的に浸食していくことになります。国会特に民主党議員などを反面教師にしながらその辺を国家全体で見直す時期に来ているのではないでしょうか?
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