千時千一夜

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 槻神社(北設楽郡東栄町大字月字寺甫七)の紹介です。
 以下は、槻神社境内に掲げられている由緒表示板の全文です。

由緒記
一、神社名 槻神社
一、鎮座地 東栄町大字月字寺甫七番地
一、祭 神  瀬織津姫命(従五位上、元槻神社・郷社)
        伊邪那岐命(元熊野神社・村社)
        建御名方命(元宝大明神・村社)
一、由 緒
 当槻神社は神階延喜式内国内神名帳に従五位上槻村天神の名称をもって記載されている。当初大字月字引田十一番地に鎮座ましまし祭神は瀬織津姫命を祀るも奉祠年月日は明らかではない。慶安三年庚年九月之を再建、更に享保十九年甲年三月再度社殿の建替えをする。古来月部落の産土神であると共に且また東栄町内東部々落一円の崇敬社としてかなり隆盛を極めた時あるも、その後、時代の変遷と共に月部落の産土神としての特色を持ち氏子よりひたすら崇敬されていた。明治五年郷社に列しその后、明治四十二年四月七日村社熊野神社の所在地である現在地に移転され村社熊野神社と合祀して、社名を槻神社と称しその后、大正四年十一月大正天皇御大礼の砌、記念事業として本殿並に拝殿を改め改築、その後[ママ]更に再々の改築、改修を経て現在に及ぶ。
一、御神徳
 古来、至誠神に通ずると申されている如く真に赤心を持つ事により神霊はそこに降臨されるものである。
 花祭りの折、一力、添花等、各種の立願果[ママ]きに見られる如く念願成就の神として、世に広く信仰を集めている。
 また日常生活の守護神として、特に交通安全や家内安全、開運除災など、幾多霊験奇跡を有し、氏子はもとより近年は遠離地よりの崇敬者も極めて多い。
一、祭 典
 例祭   四月第一日曜日(元四月七日)
 歳旦祭  一月一日
 御神楽祭 春旧正月一日、秋十一月中旬(元二十八日)
 花祭   十一月二十二日〜二十三日
 祖霊祭  九月彼岸日
   境内坪数 一、四一七坪(約四、六八四平方メートル)

 槻神社の主祭神は「瀬織津姫命」で、この神社はもともと「大字月字引田十一番地に鎮座」していたとあります。旧鎮座地近くでの聞き取りによれば、ここには槻(ケヤキ)の大木(神木)がかつてあったといいます。また、その根元からは、良質の清水が湧き出していたが、この神木を伐採したあと水も枯れてしまったとのことです。
 由緒によれば、槻神=瀬織津姫命の祭祀は、「古来月部落の産土神であると共に且また東栄町内東部々落一円の崇敬社としてかなり隆盛を極めた時あるも、その後、時代の変遷と共に月部落の産土神としての特色を持ち氏子よりひたすら崇敬されていた」とされます。山深い奥三河の地で、この神はとても大切に信奉されていたようです。
 現在は、「月部落の産土神」として限定されるものの、氏子衆による「崇敬」の気持ちが変わっていないことは、月集落でおこなわれる花祭り(新暦十一月二十二日〜二十三日)をみてもわかります。
 公民館に設けられた花祭り会場の神座[かんざ]正面には、集落の氏神である槻神が勧請され(写真右)、二日間にわたって(夜を徹して)、氏子衆から花祭り(の舞い)の奉納を受けることになります。
 槻神社は御殿山の中腹に鎮座していて、そこまで参拝する人はそう多くないようで、この花祭り当日は、槻の神様にとって、もっとも近くに氏子衆と接することができる機会かもしれません。
 ところで、この花祭りの「花」についてですが、これが何を意味するのかは定説がないようです。
 したがって、以下は「私見」ということになりますが、花祭りの「花」について、少しおもうところを記しておきます。
 花祭りには、神が「鬼」の姿となって現れ舞いを繰り広げ、神座の前にしつらえられた舞庭[まいど]の中心に据えられた湯釜の湯を周囲の観客にふりかけるという所作が、祭りの一つのクライマックスを構成しています。これは、無病息災あるいは疫病魔退散を願ってのものとおもわれます。
 また、一般観客が立ち会うことは禁じられているのですが、花祭りの前段階の神事に「滝祓い」があり、祭りは、実質、この神事からはじまるといっても過言ではありません。この神事によって汲まれた「滝水」が、湯釜の湯の元となる「神水」です。
 水は火によって「湯」となります。花祭り同系の霜月神楽などには、最初に呼び出される神として、水王様[みーのうさま]・火王様[ひーのうさま]といった名もみられますが、ここに水火神への尊意を読み取ることは可能かもしれません。
 ともかく、この水火和合の「湯」を、神が鬼の姿となって観客(古くは村人でしょう)にふりかけるわけです。このときの湯釜の湯はぐつぐつと煮えたぎっていて、しかも寒い季節ですから、湯煙は相当なものです。この煮えたぎる湯に、鬼が手にもった枝の葉(たしか笹の葉)を浸して、人々に適度に冷めた湯をふりかけるときも、もうもうとした湯煙が会場に充満します。
 人々は逃げまどいますが、この湯を振りかけられることをほんとうは期待してもいるようです。舞庭に立ち上る湯煙、ふりかけられる湯の煙を、少し距離をおいてみていますと、会場に、あるいは花祭りのクライマックスに、「祓い」の利益[りやく]を秘めた湯の「花」が咲き乱れているなというのがわたしの印象でした。
 祓いの神事は神社・神官の独占するところですが、花祭りの運営主体はかつては修験者、現在は氏人(村人)で、奥三河の花祭りは、一般的な神社世界の「祓い」の神事に封印された神々(水火神)をここで解放し、これらの神と一体となろうとする、村人の「歓喜」の感情をもまた「花」と呼称したフシがあります。
 月集落の花祭りの場合、会場の「祓い」にまつわる「歓喜」を、神座正面でながめているのが、その当の祓いの大元神(祓戸大神)・滝神であるというのが特異です。会場に特別ゲストとして迎えられた槻の神様は、おそらく、この氏人・村人の歓喜・祝祭の光景をうれしくおもってみているのではとおもわれたのでした。


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