千時千一夜

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 瀬織戸神社(静岡市清水区折戸1-16-6)の紹介です。
 神社は、天羽衣・富士山の天女伝説で知られる「美保の松原」の西に立地しています。
 案内板には、祭神の瀬織津姫は「天照大神の第二王女」とあり、また「辨天様」だとも明記されています。この王女云々は、アマテラスとスサノオの「誓約[うけひ]」神話によって誕生したとされる宗像三女神の「第二王女」を言っているようです。
 氏子総代さんからいただいた由緒書もふるっていて、これには、瀬織津姫を「本名」として、別名は「市杵島姫命」「狭依昆姫[ママ]命」だと明記されています。なるほど、これなら、瀬織津姫が「辨天様」と習合するのは理路整然と説明がついてしまいますが、それはともかく、瀬織津姫という神が宗像の姫神でもあることを、この瀬織戸神社の由緒伝承は雄弁に告げているようです。

瀬織戸神社の御由緒
鎮座地 清水市(現:静岡市清水区)折戸一丁目十六番六号
    旧三保街道に面し、折戸の西側にあります。(十一級社)
面 積 一八八七平方メートル(約五七二坪)
御祭神 瀬織津姫命・本名、市寸島姫命またの名を狭依昆姫[ママ]命と申し上げ、天照大神と建速須佐之男命の第二王女。
御由緒
 この神社は、「神護景雲元年丁未(七六七年)瀬織津姫ヲ祭ル所也」(駿河雑志)とありますので、今からおよそ千二百三十年前に祭られた社です。
 一般には、「辨天さん」と呼ばれ親しまれておりますが、印度仏教でいう七福神の「辨財天」とは全くの別神で、才色に秀いで、非常に美しく、よく似ているところから、「瀬織津姫」を祭神とする神社をいつの時代からか「辨天さん」と呼ばれ、わが国の三辨天(竹生島、江ノ島、厳島神社)もこの市寸島姫が主祭神であり、辨財天を合祀しています。
 そして、水辺に祭られ、「水難をさけ、航海の安全、豊漁、招福、修学」の神ですが、「家内安全、無病息災」を合せ祈願する神様です。また、この折戸の産土神(うぶすなかみ)であり、男子生まれて三十二日、女子は三十三日の初宮まいり、そして、七五三宮参りと、地元では、古来より信仰を厚くしております。
 駿国[ママ]雑志には、「村中ニ辨天社アリ、産土神トス。コレ瀬織戸神社也」とみえております。
 神社拝殿前に無数の白い小石を見うけますが、これは、美女の祭神が醜い「いぼ」をとってくれるからで、ここでお祈りし、いぼがとれたら、そのお礼に浜の白い小石を、自分の年の数だけあげたものです。
 また、この神社は、古くより「雨乞い」の神として、近郷近在の信仰を集め、水(雨)は農民の命であった。享保年中(八代将軍・吉宗の時代)日照りとなると、近郷二十一ヶ所の庄屋、百姓代表はこの神社で「雨乞い」の祈祷を行なった。そして祈祷すれば、必ず雨が降り、御利益があったので、各村々では、「享保十一年七月十八日、御宮寄進し、落成、御遷宮ありて、村々御はらい申し候」と織戸村古今年代記に詳述されています。
 境内に庚申塔がありますが、これは、「享保十七年一月建立」されたもので、庚申の祭神「青面金剛菩薩」はこの神社に合祀されております。
 現在の神殿は明治四年建立され、大正七年大改修を行ない、昭和に入って二度修理され、平成八年地震対策のため、屋根を軽い銅板にとふきかえ内外共に大修復しました。拝殿は老朽化に伴い、昭和五十八年十月、氏子の浄財により新築されました。
 境内松の大樹は、約四百年を経たといわれ、清水市の保存樹林に指定されております。
 この神社には古くから太鼓が奉納されており、「折戸太鼓保存会」があって十数曲を代々受けついでおります。
 平成元年十月、町内有志により「辨天神輿」が奉納され、秋季例祭の祭典日には町内旧道を練り歩きます。
御例祭 春季例祭 毎年の一月六日
    秋季例祭 毎年の十月十六日を中心とした日曜日
    辨天神輿の引き回しと、隔年ごとに演芸大会が行なわれます。
  平成十年十月吉日                          瀬織戸神社氏子総代会

 由緒には、瀬織津姫は「水辺」に祭られ、「水難をさけ、航海の安全、豊漁、招福、修学」の神とあり、また、「美女の祭神」ともみなされていたようで、「いぼ」取りや雨乞いの神徳まで語られています。
 ここには、庶民が信仰する瀬織津姫という神の等身大の「像[イメージ]」が語られているようです。それが、中央の祭祀観では、天照大神荒魂・八十禍津日神、あげくは三途川の脱衣婆などと、庶民信仰とは対極のイメージによって語られたりします。このイメージの両極端性は、いったい何を意味するものなのでしょう。

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 熊野神社(富士宮市上井出278)の紹介です。
 本社の創祀経緯は定かではありませんが、宮司さんとの談話で、少なくとも、以下の二点は、この神社の大きな特徴といえそうです。

 一つは、ここ熊野神社は、瀬織津姫命の単独神祭祀であること。
 二つは、富士山西麓の「白糸の滝」の滝神として、祭神の性格を今に伝えていること。

 宮城県唐桑半島の瀬織津姫神社もそうでしたが、富士宮市の熊野神社もまた、瀬織津姫神を熊野神として伝えていることは重要におもえます。
 また、富士山の伏流水が湧出・流下する「白糸の滝」は、現代では観光名所としてあまりに俗化されてはいますが、本来は熊野の那智大滝と同じく、滝神の神域として、この滝空間は絶対聖域とみなされていました、その滝神として、ここに熊野の滝神(瀬織津姫命)がまつられていたのでした。
 社殿は、白糸の滝の北に、仮住まいのように建造されています。祭神の本来の住まいが、こういった仮設住宅ではなく、「白糸の滝」にあることはまちがいないものとおもいます。

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