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▼志摩市・少林寺観音堂の円空彫像たち(上から、善女龍王・聖観音・護法神像)
4月11日のNHK日曜美術館で、円空が特集・放映されます。
今までにない円空像を視聴者に届けたいとの企画で、『円空と瀬織津姫』を元に番組構成をしたとのことです。
公共放送で瀬織津姫の名が出るならばこれは画期的なことですが、担当ディレクター氏の最終の報告によれば、やはり、この名は今は出しづらいとのことで「地主神」「先住神」と呼称することになったようです。氏によれば、当初企画の50%くらいの仕上がりかなとのことです。
これは謙遜かもしれませんが、当初、従来の円空仏の鑑賞番組といった見慣れた枠を少しでも越えたいという並々ならぬ企画熱意を感じましたので、企画進行上、円空の和歌と彫像の関係、円空の神仏のとらえかた、ひいては彼の信仰そのものについて、本とは別に話す機会を何回かもちました(担当者氏はわたしの出演を前提に企画を立てていたようなのですが、まだ瀬織津姫神の祭祀関連についての調査・探索が進行中のため、これはお断りしました)。
番組は、基本的に担当ディレクターの「作品」というのがわたしの考えで、円空の彫像と信仰をどこまで番組が新たな切り口で伝えているかは、わたしも一視聴者として関心あるいは好奇心をもっています。千時千一夜の読者には『円空と瀬織津姫』をお読みいただいている方もいるかとおもい、ここにご案内いたします。時間のタイミングが合うようでしたら、ぜひご覧ください。
【写真について】
円空は延宝二年(一六七四)、大峯・天河から志摩・伊勢の地へと足を運んでいます。彼は志摩市志摩町片田の三蔵寺や阿児町立神の薬師堂で、大般若経の補修をしたり、その補修用の紙に墨絵(仏画)を描いたりしています。また、薬師堂の隣りには観音堂を建立してもいます。
この観音堂は明治期初頭、少林寺境内に移されましたが、その本尊が、龍に寄り添う女性像(観音)で、材質は桜の古木とのことです。脇に添えたとおもわれる聖観音像や、それらをおそらく守る役目を受け持つ護法神像のユニークさには、作仏や彫像の儀軌・規範にとらわれない、自由な円空世界の開示が垣間見えるようです。
ところで、地名の「立神」は、海岸部の「立石さん」と親称される立石神社の神体石に由来します。立石神社は「祓戸神」をまつるとされ(『阿児町史』)、この「祓戸神」の依代としての「石」が海中に今も立っています。「祓戸神」とされた神は、立神の産土神だったようです。
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