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▼北海道・太田山(太田権現)
日曜美術館「仏像革命〜円空の祈り〜」のホームページで語られていた番組予告では、出演者を正木晃さん(宗教学者)、堀敏一さん(仏師)とし、その内容紹介を、次のように書いていました。
12万体の造仏を請願し、諸国の遊行で多くの仏像を彫った江戸時代初期の修験僧・円空(1632-1695)。現在発見されている仏像は、神像も含め全国で5300を超える。
なた彫りと呼ばれる荒い削り口。像がかもす素朴な微笑。それまでの仏像様式に全くとらわれない自由奔放なスタイルは、300年以上たった今も多くの人を魅了している。
円空の仏像には40代半ばから「護法神(ごほうじん)」という不思議な異形の仏が登場する。表面はなた彫りでザックリ。形は、髪の毛が逆立っているものから、木の切り株のようなもの、狐(きつね)か鳥のような顔まで、さまざま。いったいこれは…?
この自由で、あまりにも枠にとらわれない仏像を誕生させた円空の狙いとは何だったのか。“革命”ともいえる新たな仏像誕生には、円空が厳しい修行から得た独自の境地と日本古来の世界観がかかわっていた。浮かび上がってくるアニミズムの精神…。原初の神の姿を仏に刻んだ円空。異形の仏、12万体を彫り続けた、その祈りに迫る。
ここには「異形の仏」ということばが二回つかわれています。これは「仏像革命」という斬新なことばとも呼応していますが、その象徴的彫像が「護法神」とみられています。また、「日本古来の世界観」「アニミズムの精神」との交流をなした円空を、「原初の神の姿を仏に刻んだ円空」とも呼んでいます。
番組は、この予告通りにほぼ構成され、終えたといってよいでしょう。
北海道の有珠山や太田山など、わたしが訪ねたところをふりかえる感じもあって、少し回顧的な気分も生じていましたが、番組を見終えての感想を一言でいうならば、円空(の信仰・思想)をじゅうぶんに語るのはむずかしいなということと、この感想と一体ですが、けっきょく番組を無難にまとめたなというものでした。
高賀山の「土着の神」は、八世紀に、藤原氏によって歴史の中に封じられたといったナレーションがありましたが、円空(の信仰・思想)を本気で語ろうとするなら、ほんとうはここからはじまるのだろうとおもいます。しかし、宗教学者・正木晃さんのスタジオでのコメントは、小さな「土着の神」は各地にいっぱいいたというように、「土着の神」一般へと話を拡散して締めくくったようで、わたしが「番組を無難にまとめたな」とおもったのは、このコメントを聞いたときでした。
円空が終生こだわった「土着の神」は、たしかに大いなる自然神でもあります。高賀山や白山などの霊地・霊山の「土着の神」には固有の名がありましたが、それは番組では出さない(出せない)ということは事前に聞いていましたから、そのことに何か述べるつもりはありません。
ただ、円空の強い意志を感じさせる印象的なことばの一つに、「我山岳に居て多年仏像を造り其地神を供養するのみ」という、自身の彫像思想を明快に語ったことばがあります(『飛州志』)。高賀山・白山ほかの山岳霊地、そこには円空にとって「供養」の対象となる「地神」がいるというのが彼の認識です。アニミズム一般論ではすくいとれない円空の「想い」が、番組終了後、ますます異彩を放っている印象を受けました。「土着の神」と括られた神も、また長良川河畔の円空も、まだまだですと微笑んだ気がしました。 |

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