千時千一夜

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▲守護神(画:階玲子)
 
 古来、川は一つの生命体のようにみられていて、洪水による生活被害から、この川は「暴れ川」だといった表現で語られてきました。この「川が暴れる」といったとらえ方には、川は「生き物」で、その生き物が「暴れる」という心的論理が働いています。川は、一方で生活の富をもたらしますが、一方では洪水に象徴されるように生活を破壊しますから、こういった禍福対極の表情・性格をもっているのが川の実相といえます。
 神を決定的に相対化した概念に「自然」がありますが、これは近代以降のとらえ方といってよく、それ以前は、川には川神・水神がいて、特に洪水破壊をもたらす川神は悪神とみなされ、その悪神を呼ぶにあたっては、神以前の「生き物」というおもいもあったのでしょう、また、蛇[じゃ]は邪[じゃ]に通ずということもあったかもしれませんが、邪神の意を含めて「大蛇」と命名したようです。
 瀬織津姫という神をどうとらえるかは、それぞれの立場や思想信条によって極端に異なり、ときに善神・悪神の対極イメージで語られます。ただ、庶民の生活感覚からいえば、雨乞いや洪水鎮護といった「水」に関わる神徳を多く指摘できます。わたしは、水源神・滝神といった見方をしていますが、これにしても「水」の神徳の範囲内の見方です。
 瀬織津姫神は、神道世界では大祓神(神道用語では「祓戸大神」)とみなされるのが一般ですが、瀬織津姫神を祓神とする日本最古の祝詞(大祓詞、『延喜式』収録では「六月晦大祓」)が創作された神社が佐久奈度神社です(滋賀県大津市大石)。この大祓にしても「水」と切れるものでないことは、佐久奈度神社の由緒記の、次のような瀬織津姫に関する紹介文を読めばわかります。
 
 神道の最高祝詞である『大祓詞』には「高山の末短山の末より、さくなだりに落ちたぎつ速川の瀬に坐す瀬織津比売という神、大海原に持ち出でなむ」とあります。勢いよく流れ下る川の力によって人々や社会の罪穢れを大海原に押し流してしまう、川に宿る大自然神であることがわかります。

 瀬織津姫を大祓神(当初は天皇・朝廷国家のための大祓神)としてまつる佐久奈度神社においてさえ、瀬織津姫は「川に宿る大自然神」というもう一つの理解が示されています。
 川の悪神・邪神の汚名を一身に負う「大蛇」ですが、八岐大蛇神話にみられるように、スサノオ(王権の祭祀思想を体現する)によって一方的に殺害されるだけが大蛇ではあるまいという想いを抱くのは、たぶん、わたしだけではないとおもいます。
 大蛇と龍神と瀬織津姫──、三者が一つの世界で語られている貴重な民話がありますので紹介します(丹南ライオンズクラブ編『たんなんの民話と伝説』篠山市HP)。
 
丹波の人取川
 むかし、篠山川には橋もなく、水が浅いので舟を渡すこともできず、少し長雨が続いて水が出るとでき死する者がふしぎに多いので「丹波の人取川」といって、旅人や土地の人々が恐れていました。
 中でも、大山の一の瀬や岡屋のわたり瀬を越す旅人は、ここを非常に恐れ、無事に渡った時は、かならず国許へその事を知らす程でした。
「この川にはきっと主神が住んでいるにちがいない。」
と思った氷上郡のある商人が、なんとかこの難を救おうと大願を起こし、生駒山の歓喜天を信仰して一心においのりをしていましたら、ちょうど、十年目のある夜、夢に一匹の大蛇が現れて言いました。
「わしは、篠山川に棲んでいる主神である。お前の信心の功徳によって心を改め、今から天上して自天竜となろう。わかれにのぞんで、身の上を話そう――。わしは、はじめ畑の三岳に棲んでいたが、そこに役の行者がまつられたので、のがれて藤岡の東窟寺の岩屋へ移ったところが、またもや、十一面観世音がまつられたので、仕方なく次は八幡淵に下って水中に棲み、東古佐の戎が淵、川北の孫兵衛が淵から、上は野間の弁天が淵まで五箇所をすみ家と定め、悪神となって、毎年洪水には大きななまずや鯉やうなぎとなり、あるいは杉の丸太となって、多くの人身御供を取ってきたが、今からは瀬織津比売となり、水難者は一人もないようにするし雨ごいの願いもきこう。これから十年間に、五箇所の淵は埋没するであろう。」
といって姿を消しました。
 すると、ふしぎにも、それから五年目に一番深かった八幡淵が河原となり、その他の淵もおいおい埋没していきました。
 また、それから、水死者は一人もでなくなったし、かんばつ続きでたいへんみんなが困った年などは、雨乞いの祈祷をしたら、たちまち雷鳴がとどろき、大雨が降ったといいます。
 今も、一の瀬やわたり瀬には「川越安全」としるした石碑が残っていますし、京都の伏見東谷壺の滝には、「自天竜大神」をまつったお堂があるという話です。
 
 読み手の関心の数だけ、さまざまな読み方が可能な民話です。それにしても、大蛇が語る「身の上話」は切々としています。
 生駒山の歓喜天を信仰する「氷上郡のある商人」の夢に現れた大蛇は、商人の信心深さに「心を改め、今から天上して自天竜となろう」と述べ、それまでの身の上話を語ります。曰く、大蛇はもともと山(畑の三岳)に住んでいたが、そこに「役の行者」がまつられるといられなくなり、修験の霊地(藤岡の東窟寺の岩屋)に移るも、今度はそこに「十一面観世音」がまつられたため、山の住み場所を失い、ついには「仕方なく」、篠山川の「主神[ぬしがみ]」となって、悪さを働いたといいます。大蛇は自ら「悪神」を改めて「今からは瀬織津比売となり、水難者は一人もないようにするし雨ごいの願いもきこう」と、善神(瀬織津比売)となることを誓います。
 山神(山の主神)・川神(川の主神)を兼ねる大蛇は、仏教世界に対しては「自天竜」という龍神となり、神道世界に対しては水難除けと雨乞いの神である「瀬織津比売」になるという二様の変化[へんげ]を語っています。篠山川の「八幡淵」「戎が淵」「弁天が淵」は、神仏習合世界を象徴しているとも読め、そういった世界にも大蛇は安住できなかったようです。
 八幡浜の龍王伝説は、安住の地を失った「滝の姫」「滝の精霊」、つまり、瀬織津姫の流浪・変身譚を基調に構成されていました。この丹波民話を、瀬織津姫の視点で読み替えますと、この神は、大蛇・龍神の変化身をもっていることがわかりますし、その神徳の一つ「雨乞い」に注目するならば、八幡浜の伝説でも同じ神徳が語られていたことが印象深いです。
 篠山川の大蛇は、改心して「自天竜」という龍神になると述べられていましたが、龍は必ずしも善神であるとは限らないらしく、悪龍(大龍)の民話も『たんなんの民話と伝説』には収録されています。
 
竜を退治した話
 昔、むかし、おおむかし。多紀郡がまだ一面に水をたたえて、大きな湖だったころのことです。
 湖の底に一匹の大きな竜が棲んでいました。この竜がたびたび出てきて、人の命をとるので、大変困っていました。ある日、とても力の強い神様が、この大きな竜の頭をねらって、たった一矢で殺してしまわれました。
 湖水は、竜の血で真っ赤になりましたが、それからだんだん水がへってしまって、みんな安心して住めるようになったということです。
 この大竜というのは、実は、多紀郡の真ん中を東から西に流れる篠山川の形を竜にたとえていったことで、その頭が川代の大滝の所にあたるのです。
 神様が、川代に矢を射たということは、水を落とすために、川代を掘り割る大工事が行われたことをいったのです。その大工事によって湖水が一ぺんにひいて、真ん中に篠山川が残りました。つまり、竜が姿をあらわしたのです。
 
 民話の後半では、「人の命をとる」とされた「大竜」への近代的解釈がさらに民話化されるという構成をとっていて、民話の祖型の余韻をいささか殺[]いでいる印象を受けます。民話の創作構成の完成度の高さは「丹波の人取川」に及ぶものではありませんが、仮に、人に危害をあたえた「大竜」が大蛇として民話化されていたとしても、話の本筋は成り立つだろうとおもいます。
 龍と大蛇の境界線が曖昧になっていることから、この民話の成立時間は新しいと考えられますが、龍(悪龍)よりも上位の存在として「とても力の強い神様」を登場させていることが、この民話の祖型中の祖型的伝承を表しているのでしょう。
 ところで、古代中国においては、皇帝は龍の加護がなければ皇帝位を維持できないという考えがありました。古代日本の王権(大和王権)は、国内統治のために中国から律令制を輸入・導入しましたが、皇帝(天皇)を守護する龍の思想は無視あるいは忌避したようで、それが記紀神話に龍・龍神を登場させなかった理由の一つかとおもいます。もっとも、八岐大蛇から神剣を簒奪し、それを「三種の神器」の一つとして仮構していましたから、厳密には、草薙剣に龍の加護の思想は暗黙裡に宿っているとはいえるかもしれません。
 また、日本の古代王権が龍・龍神を忌避する理由については、別の角度からいうこともできます。それは、皇祖神(アマテラス)の創作・立ち上げが、海人族の信奉する神、つまり、龍・龍神とも習合する神々の神格・神名の収奪と、その水神神名の消去の上になされたものだということです。そこには、王権の祭祀思想の先住神に対する劣性的負い目が付着していますし、その負い目の意識が記紀神話において龍・龍神の忌避を演じている理由でもありましょう。伊勢神宮の神が皇祖神(アマテラス)であるにもかかわらず、後世にまで「蛇」の伝承を遺していたこと、これも「なにごとか」です。
 伊予国・八幡浜の秘境といってよい千丈鳴滝からはじまる龍神・龍王伝説ですが、そこに、伊勢の先住神(の一神)、あるいは、倭国海民が奉じていたであろう大いなる水霊神の名が刻印されていたことは大きな魅力です。八幡浜の伝説に丹波の大蛇民話を重ねてみますと、この大いなる水霊神は、王権の祭祀思想による悪神(禍津日神)規定とは対極の「善神」であることが浮き立ってきます。古代海民の裔であろう列島庶民の信仰というものに、あらためて想いがいくようです。
 
▼対岸(須崎観音)から地之大島(地大島)・三王島・大島を望む(手前右の小島は貝付小島)
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