千時千一夜

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 遠野三山三女神の母神である伊豆大権現(瀬織津姫神)の分神がいるはずの石神山(現行の地図表記は「石上山」)の祭祀社は石上神社といいます。なにやら奈良の物部氏ゆかりの石上神社(石上神宮)を想起させる社名ですが、これがまんざら無縁でもなさそうです。というのも、戦前の記録には、祭神が「経津主命、伊邪那美命、稲蒼魂命」と記されていて(昭和十四年『岩手県神社事務提要』岩手県神職会)、このなかの「経津主命」が物部氏と関わってきます。同神は香取神宮の主神や春日大社四神の一神とされ、藤原氏がまつる神というのが一般理解かもしれませんが、西海道の風土記(『肥前国風土記』)では「物部経津主神」と書かれています。
イメージ 2 遠野郷の西隣りの東和町には、アラハバキ大神の神体石(巨岩)を有する丹内山神社が鎮座していて、その古い崇敬氏族に物部氏の名もみられますから、猿ヶ石川を遡上するようにして、遠野郷にも物部氏の流入があったとみても、地理的には不思議はないといえます。
 石神山は、その山容からいえば、それほど秀逸な姿とはいいがたく、また突出した高山というわけでもなく、この山が遠野三山の一山にセレクトされた理由は、その山容だけからすると、あまり説得的な理由をみつけるのはむずかしいかイメージ 3もしれません。
『遠野物語小事典』(ぎょうせい)記載の石神山の説明を読んでみます。
 
『物語』(遠野物語)にみえる石神山は、現在は石上山と書かれる。附馬牛と達曽部の間にあるとされているが、正確にはその南部にある綾織町に頂上がある。遠野市西部山岳地帯でもっとも高く、1038mあり、北部の主峰早池峰山、東南部の六角牛山などとともに遠野盆地を作りあげている。周辺の人々は、綾織町■(身に鳥)崎(みささぎ)の砂子沢(いさござわ)に石上神社を祀り、水源とイメージ 4して、薪炭の樹木や獣を供給してくれる山として信仰し、雨乞いにはこの山へ登り千駄木を焚いて祈った。
 石上山が、早池峰、六角牛と並び遠野三山と呼ばれて、三山信仰の対象となったのは、中世、遠野の地頭阿曽沼氏が松崎に横田城を築いてからのことではないかといわれている。
 この山は女人禁制であったが、その理由を『物語』2は、昔、女神に3人の娘があり、それぞれ早池峰、六角牛、石神を得、今もそれを領しているため、その妬みをおそれて、と説明している。また、昔1人の巫イメージ 5女が、私は神をさがす者だからさしつかえないといって、牛に乗りこの山に登ったが、大雨風に吹きとばされて石になってしまったと語られ、女人禁制の厳しさを確認するかたちになっている(『拾遺』12)。これに対し、男は15歳になると遠野三山を「お山かけ」(登拝)して、成人になったと認定されたものだった。
 
 早池峰を含む遠野三山の成立は中世のことではないかと書かれていますが、これは、近世・江戸期まで下るだろうことについてはすでにふれました。それはともかく、事典の記述で注意がいくのは、石神山は「水源として、薪炭の樹木や獣を供給してくれる山として信仰し、雨乞いにはこの山へ登り千駄木を焚いて祈った」とあること、および女人禁制の山という点でしょうか。
 石神山には水源神かつ雨乞いの神がいるとしますと、三女神の母神の神徳と過不足なく重なります。また、女人禁制(修験)の山岳霊山の神とみても同様です。ここで、一つはっきりといわれていないのは、六角牛山と同様ですが、その水源神の正確な神の名でしょう。
 ところで、石神山への登拝口には一基の鳥居が建立され、そこから山に向かっていく道路際にはイメージ 6社標があります。このように誘導の道標はあるのですが、石上神社は、さらに山に向かってかなりの道程をすすむ必要があります。やっとたどりついた社殿は、背後の石神山を拝むように建立されていて、早池峰神社や六角牛神社と同様に、ここも山岳遙拝の信仰ラインを形成しています。
 石上神社の拝殿内の左右には二つの祠がみられ、向かって左は稲荷らしく、これは戦前の祭神「稲蒼魂命」に対応しているのかもしれません。としますと、右の祠は「伊邪那美命」をまつるのかもしれませんが、それらを特定しうる表示があるイメージ 7わけでもなく、石上神社の祭祀には少し荒れた印象があります。先年、同社宮司氏を訪ねて、祭祀事情を聞かせてもらおうとおもったのですが、文書もなく不明ばかりが際立っていて、少し痛ましい感想をもったことを思い出しました。
 以上は、石上神社の本殿祭祀についての小感想ですが、わたしがここで興味深いとおもったのは、境内から右手の山のほうへ分岐した細い参道があり、そこに朽ちかけた鳥居が二基みられることです。この参道を上がっていきますと、そこには、かなりの大きさ(古さ)をおもわせる、おそらく杉であろイメージ 8う切株がまだあり、その横に、これも同じく朽ちかけた小さな社殿(祠)があります。この巨きな古切株が暗黙に語る祭祀時間の古さは馬鹿にできません。
 祠内には一枚の奉納木札(棟札?)があり、そこには「日月大神」の名が読めます。どうやら、この祠は、日神と月神を「大神」としてまつるらしく、石上神社の原型祭祀がここにある(あった)のかもしれません。
 しかも、社殿の横には、相応の巨岩がみられ、岩の下には「山神」の石碑もありますから、この岩が信仰の対象としてあったことはほぼまちがいないでしょう。
 石神山は、先にふれたように、よくいえばなだらかな山でやさしい印象を受けますが、山容自体は霊山の風格とは縁遠くどこか凡庸でもあります。しかし山名にも表れていますが、ここは「石神」が座す山とはいえます。
「石」を依代とする神という祭祀観念は、物部氏の専売特許というわけではなく、広く海人族のそれかとおもいます。遠野三女神の母神は、志摩の伊雑神=伊射波神をまつった磯部氏からいえば物部氏の祭祀を指摘できますが、一方で宗像氏・宇佐氏に象徴される海人族が奉斎する石神でもあり、イメージ 13さらにいえば、物部氏は宗像祭祀にも深く関わっています(『宗像大菩薩御縁起』中の「七戸大宮司事」で、第二大宮司として「物部福実」の名が記される)。
 
 
 
 ところで、神社からさらに石神山へ向かったところにある、山への登山案内図をみますと、山中には「幻の滝」があるらしく、前薬師─早池峰山の又一の滝、六角牛山の大瀧(不動滝)と同じように、ここにも「滝」があることがわかります。
イメージ 9
 
イメージ 10 遠野三山に滝神を追跡するような展開となってきましたが、「幻の滝」とはいかなるものかは気になるところで、好奇心半分、滝(神)と対面したい気分半分で、石神山中に訪ねてみました。
 ゆるやかな登拝路を歩くことおよそ一時間少しといったところでしょうか、轟々たる滝音もしないので視認するしかありませんけれども、階段状に白い水筋が落ちている光景が目にはいってきます。
 案内標識には「不動岩(幻の滝)」とあり、どうやら、早池峰山・六角牛山と同様に、ここも不動信仰がある(あった)ようイメージ 11です。わたしが訪ねたのは雪解けの季節で、その水がかろうじて滝を形成しているのでしょう、乾期ならば、ここは黒い岩肌がみえるのみだろう、ゆえに「幻の滝」と命名されたのだろうと想像しました。
 下から見上げると、滝は、ゆるやかな勾配の一枚岩盤の階段状の岩肌を這うように流れくるといった印象です。案内標識の表現を信じるならば、不動岩というのは、単独の「岩」ではなく、この滝に洗われる大岩盤こそをいうのでしょう。垂直落下のイメージとは異なりますが、不動岩を洗う、浄化する滝は、先の引用のことイメージ 12ばを借用するならば、ここもまた「水源」の滝でもありましょう。
 遠野三山には、それぞれ個性的な滝が存在していて、そのどれもが不動信仰を伴っています。その滝神・山神の名をくっきりと今に伝えるのは、伊豆神社─早池峰神社の信仰ラインを動脈としているようです。
 石神山は、山を降りた綾織の里では、瀬織津姫神が天女・織姫の伝説で語られるとの話も耳にしますが、山の祭祀空間に、この神の名を拾うのは、六角牛山と同じく、現在は困難といえます。
 少し「まとめ」的な話になりますが、遠野三山の祭祀には、最初から「三女神」をまつるといった観念はなかっただろうとおもわれます。固有の祭祀者と祭祀が個別に先行していたところへ、三女神の三山居住といった伝説譚によって、早池峰信仰を中心とする信仰の伝説化・組織化が図られようとしたのでしょう。もっとも、これは、遠野三山に同一神の祭祀が先行してあったことが前提でないと成り立たない伝説化でもありましょう。また、この伝説化は、早池峰信仰を強化・伝播するために、おそらく遠野妙泉寺の関係者によって構想されたものとおもわれます。それは江戸期のことでしょうが、としますと、伝説というには意外に新しい話ということイメージ 14になります。
 しかし、誤解のないように繰り返しておきたいのですが、この三女神三山居住の伝説譚からみえてくることで重要なのは、早池峰信仰の強化という点もありますが、より本質的には、神社祭祀の観点を交差させることで、三女神背後の大元神(母神)と、その子神三神の一神が同一神であるという矛盾がみえてくることにあります。この世には、肯定的に評価しうる重要な矛盾もあるということのようです。
 記紀神話が記す三女神誕生神話は、その創作動機が伏せられていて、とてもわかりにくい闇・沈黙を抱えています。
 おそらく、この闇・沈黙と深く関わっているのが、遠野三山における滝神の存在です。
 石神山の滝は、さいわいに「幻」ではなく存在していました。今は、三山それぞれの滝の音のちがいに、耳を澄ましてみるしかなさそうです。
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