千時千一夜

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イメージ 2 人の多くは血縁・地縁という関係の場で「生」をはじめるわけですが、円空の生誕地(現在の岐阜県羽島市)を考えますと、そこには瀬織津姫という神と出会う機会がすでにあったのではないかという想像が可能なことに気づきます。
 寛文時代、北海道・東北の彫像行脚を終えると、一部足跡の不明な時間もありますが、円空は一旦生誕地にもどって、神明社の隣に観音堂(中[なか]観音堂)を再興します。彼は、北の地で試みた十一面観音の単独像の総決算のような大作像(像高二・二メートル)を、このお堂の本尊にイメージ 3まつっています。
 円空の生誕地は、長良川と木曽川にはさまれていたため、そこは洪水の常襲地帯でもありました。地元の伝承では、円空が幼いときに、彼の母親が洪水で亡くなったと語られます。中観音堂の大作・十一面観音は、亡き母親の鎮魂・供養の思いで彫られたというのは、ほぼ定説化されていますが、長良川を司る白山の神への思いも二重化されていたとは『円空と瀬織津姫』の説です。
 中観音堂の本尊はいうまでもなく、脇に添えられた諸尊・諸像のどれもが丁寧に彫られていて、円空がここをとても大切におもっていたことがよく伝わってきます。
 
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イメージ 5 ところで、本尊に添えられた脇尊には、円空の「こだわり」ともいえる二つの像もみられます。少し長いですが、『円空と瀬織津姫』から引用します。
 
 円空はその後も何度かここ(中観音堂)を訪れたとみられ、堂内には主尊の十一面観音のほかに、鬼子母神、弁財天、不動尊、阿弥陀如来、胎蔵界大日如来、聖観音、大黒天、南無太子像、稲荷神、金剛神、護法神、そして天照皇太神とみられる謎の男神像などを彫像・奉納していった。
 このなかの男神と弁財天の二座像について、『円空─羽島の円空仏』(円空上人遺跡顕彰会)は、「像の底部の年輪のようすから推測されること」として、「(ヒノキの)根元の部分でつくられた二体の坐像は、いずれも割り面を表にして彫られており、男女の対になっていて興味深い」と指摘している。これまでみてきたところでいえば、不動尊とも弁財天とも十一面観音とも習合する秘神が瀬織津姫神で、この神と「対」の関係をもつ男神が天照皇太神であった。これは、円空の最初期の彫像(郡上市美並町根村・神明社における天照皇太神と阿賀田大権現の一対神の彫像)から一貫した円空の認識であった。
『円空─羽島の円空仏』は「明治二四年の濃尾震イメージ 6災以前は、観音堂は萱ぶきの屋根で三つの間[ま]からなり、今の南向きとはちがって東向きに建っていた」と記録している。また、観音堂の南隣りには、江戸期まで神明社が鎮座していて、これも東面していたとされる(観音堂・加藤氏談)。円空は神明社の北隣りに観音堂を建立したことになり、この謎の男神像は、隣接する神明社の神、つまり「天照皇太神」として彫像されたとみてよかろう。
 
 現在、新たに建て替えられた観音堂は鉄筋コンクリート製で、横には円空資料館が併設されています。一般の観音堂のイメージからはずいぶんと異なりますが、主尊はじめ円空作の諸像を大切に公開する姿勢が変わることがないのは、訪ねてみればわかります。
 話は円空の時代にさかのぼりますが、中観音堂は当初は「東面」していたこと、これは、同じく「東面」していた神明社の北に隣接されたという指摘がみられます。天子は南面すという思想からいえば、伊勢系の神明社が「東面」していたというのは、引用ではふれられていませんが、ここには南面ではなく東面する神、つまり、天照大神ではなく、その荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)がまつられていたのかもしれません。
イメージ 7 天照大神荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)、つまり、瀬織津姫神には、十一面観音ほか複数の諸仏との習合関係がみられます。円空が神像(男系天照大神)と一対像として弁財天像を彫っていたというのは、彼が神仏習合の世界によく通じていたことを表しています。
 一般に、弁財天(弁才天)と習合関係をもつ神として語られるのは宗像神です。宗像大社発行『むなかたさま』は、次のように書いています。
 
宗像三女神が祀られた全国の神社を見ると、いくつかの特徴が挙げられます。宗像の三女神が高天原から筑紫の地に、海の神様として鎮まられた御由緒にちなんで、圧倒的に多くの宗像神社が海や湖沼、川などの水の豊かなところにお招きされていることです。宗像三女神は水の神さまとしての神格が強く意識されたからでしょう。この水の神さまの信仰が中世になると、各地で七福神の一つ、弁才天にたとえられるようになります。一般に水の神といえば弁天さまを指しますが、この弁天さまと宗像の大神さまが重なって、庶民信仰をも生みだしました。これはまず、室町時代に厳島神社の資料などから出てきた傾向でありますが、厳島神社と神奈川の江島神社、近江の竹生島[ちくぶじま]イメージ 8神社を一くくりして三大弁天と称したり、さらに大和の天の川、陸前の金華山を加えて日本五弁天と称したりしたことなどから、庶民信仰の一端が伺えます。宗像の姫神さまは、世の中で最も大切な水を自由につかさどる、おそらくすばらしく美しい神さまだったのだろう。そんな思いが七福神の弁天さまと結びついて、皇室の統治を見守られる神さまから、庶民のもっとも身近な福の神さまへと及んでいったのだろうと想像されます。
 
 宗像三女神あるいは宗像大神は「水の神さま」で、同じく「水の神」である「弁天さま」と重なったことが端的に語られています。しかも、この重なり(習合)は「室町時代に厳島神社の資料などから出てきた傾向」だとあります。
 円空は中観音堂において、男系天照大神との一対関係として弁財天像を彫っていたわけですが、では円空は、自らの弁財天に重ねていたのは宗像三女神(宗像大神)であったのかという問いが生じてきます。円空が生涯の信仰的伴侶とみていたのは瀬織津姫神でしたから、この問いは必然的に瀬織津姫神は宗像三女神(宗像大神)か、あるいは宗像三女神(宗像大神)とどういう関係にあるのかという新たな問いを呼び込まずにはおきません。
 円空の信仰的こだわりは、日本の既成神道の世界に対しては「異端」にみえるかもしれません。第一、弁財天(弁才天)と習合する神は宗像三女神(宗像大神)とされるも、近代以降では三女神のなかの特に市杵島姫神とみなすというのが通説化されているからです。この通説には円空の信仰的伴侶の名がはいる余地はありませんが、しかし、稀少ではあるものの、瀬織津姫神が弁財天と習合する例は複数みられます。
 引用中、宗像三女神(宗像大神)と弁財天(弁才天)との習合は「室町時代に厳島神社の資料などから出てきた傾向」とありましたが、その当の厳島神社の分霊をまつった鹿児島県出水市の厳島神社は、三女神のなかのタギツヒメの箇所に瀬織津姫神を入れて祭祀を現在に伝えています(同じ祭祀表示は滋賀県野洲市比江に鎮座する長澤神社にもみられます)。また、京都・下鴨神社(賀茂御祖神社)境内社の井上社や静岡市清水区折戸に鎮座する瀬織戸神社は、いずれも瀬織津姫神の単独神祭祀をつづけていますが、前者は「井上弁天」あるは「糺[ただす]の森の弁天さん」と親称されていましたし、後者の由緒にしても「一般には、『辨天さん』と呼ばれ親しまれております」と明記されています。
イメージ 9 その他、瀬織津姫神と弁財天との習合関係の事例を追加列挙することは可能ですが、しかし、全国的にみれば十社に満たないかもしれません。宗像神をまつる全国六千余社からすれば、微々たる数ということになりますが、それでも、円空の信仰的こだわり、あるいは彫像の思想が、単純に奇をてらう「異端」に発するものでないことは伝わるでしょう。それに、下鴨神社の井上社は延喜式記載の「出雲井於[ゐのへ]神社」の論社の一つで、しかも宗像大社の分社ではないということも重要です。先の問いは、宗像大神・賀茂(鴨)大神・出雲井神(水神)とは何かという、日本の神まつり全体に関わる壮大ともいえる問いへと連鎖してもきます。
 伊勢神宮を「本宗」と仰ぐ既成神道がもつ祭祀思想を是とするなら、円空の信仰・思想は否定あるいは無視の対象となります。このとき、円空の信仰的伴侶である瀬織津姫という神も同じく否定・無視の対象となります。円空という「個」が生涯を賭けた信仰の核をみつめますと、人間的「信」がどちらに置けるかは、わたしのなかでは比較するまでもありません。
 円空は生誕地・中観音堂において、日本の神まつり全体に対する大きな問いとなるだろう男神像(天照大神像)と弁財天像(瀬織津姫神像)というイメージ 10象徴的な両像を彫り上げていました。しかし、円空の信仰的伴侶の神を重ねた主尊・十一面観音の「脇」に、これら両像が配されていたことに、円空思想のさらなる大きさが表れてもいます。
 なお、中観音堂の弁財天像は、右手に宝剣(剣は紛失)、左手に宝珠をもつ像として彫られています。北海道檜山郡厚沢部町の滝廼神社にまつられる瀬織津姫神の神体像も同じく右手に宝剣、左手に宝珠をもっていて、これらは瀬織津姫神を像化するときの象徴的持ち物だった可能性があります。円空が同形式の造像をしていたことは、決して偶然ではないようにおもわれます。
 

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風琳堂主人
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