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▲あっという間に雪の花
ブログ「千時千一夜」は今日二月十一日で満二歳となり、読者にはあらためてお礼申し上げます。
この連休は全国的に雪模様らしく、今、これを名古屋の倉庫事務所で書いているのですが、朝から大粒の雪が降りだしていて、三十分も経たないうちに、一面が「白」の世界となってきました。
二月十一日は、戦前は紀元節、戦後は建国記念日とされますが、この日は、かつて(平安時代)に宮中でおこなわれた園韓神祭とゆかり深い日でもあります。園韓神社は『延喜式』神名帳に「宮内省坐神三座 並名神大 月次新嘗」と記され、これら異国の神をそれなりに大切にしていたようです。
現在、園神社は大物主神、韓神社は大己貴命、少彦名命をまつるとされますが、こういった神名による祭祀をまともに信じている人はいないでしょう。
金達寿『古代朝鮮と日本文化』は、日本の神社文化のルーツは新羅にあることを説得的に述べています。また、新羅の原号は「ソ」で、としますと、園神は「ソ(新羅)の神」ということになります。
園韓神とは何かについては諸説あって、ここで祭神論議をするつもりはありませんが、ただ宮中の神楽歌に、「三島木綿[ゆふ] 肩にかけ われ韓神[からかみ]の 韓招[お]ぎせむや 韓招ぎせむや」などとあり、この「三島木綿」の「三島」が、ここのところこだわっている三嶋明神(∴大山祇神・大山積神)と関係しているようです。
また、勅撰和歌集『後拾遺和歌集』少将内侍の、次のような歌もあることを、自分の覚えとして記しておきます。
ちかきだにきかぬみそぎをなにかその から神までは遠く祈らん
倉庫事務所の土地の整理ともからみますが、今考えている個人的なことは、積極的な「隠居」ということです。あるいは、隠居的旅暮らしは可能かということでしょうか。西行や芭蕉が好きで、そろそろ自分も好きにさせてもらおうかというところです。どこからか、今までもじゅうぶんに好き勝手やっているのに…といった声も聞こえないわけではありませんが。
瀬織津姫という神の祭祀を考えるにあたって、自分のなかでまだ解けていない最終的な問いは二つかとおもっています。一つは、表層からは消えているにしても、この神の祭祀が列島の広範囲にみられるのはなぜかということ、もう一つは、この神の創祀起源の上限はいつかということです。これらは、縄文時代からあったはずの水神信仰、その消えた系譜を多少なりとも復元する課題とも関わっているとおもわれますが、いずれにしても「旅」のなかで考えてみたいということです。
ところで、あまり長い話になると、ヤフーブログでは限界があるようです。また、ほかにも、ネット世界そのものがもっている危うさも一方にみえてきましたから、ブログはブログと割り切ることも必要なのかもしれません。三年めの入口で、そのあたりの勘所が少しつかめてきたかなといったところです。
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