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2008年の旅日記
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22時発の寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」が出ると、東京駅9・10番線ホームは静かになった。 休日の東海道線普通列車は、22時以降はこのホームを使用せず、駅の放送もそれを繰り返し案内している。 昨年までは、23時発の寝台急行「銀河」が10番線から発車していたが、今はもうその列車は無い。 そして、3月のダイヤ改正後は、さらに2本の列車が無くなってしまう。 今夜の「ムーンライトながら」の指定券は、すべて売れていることを、案内表示で流していた。 7〜9号車の行き先幕が、「名古屋」になっていることを発見し、感動している女性もいた。 私は6号車中ほどの通路側の席だったが、隣の窓側の席の客が来ない。 どこで乗ってくるのか気になっていたが、夜行座席車2泊目はさすがにつらく、いつの間にか眠ってしまった。 静岡で20分、浜松で24分停車したことは、まったく記憶にない。 次に長時間停車するのは、豊橋である。 「ムーンライトながら」下りは、大垣や名古屋までの指定席券は発券されないので、注意が必要だ。 私も、プッシュホン予約で大垣までと申し込んだが、「この列車はご希望の駅には停まりません」との回答。 せめて「指定席は豊橋までです」などと案内してくれれば、わかりやすいのに…。 多くの人が大垣行きなのになぜ大垣には停まらないのだろうと不思議に思い、苦情の電話をかけたことだろう。 ここからは自由席なので、窓側の席に移る。 豊橋から自由席になった「ムーンライトながら」は、始発列車としての役割も担っている。 蒲郡では、名古屋へ通学する高校生の姿も見られた。 朝早いので、部活動であろうか? 「ムーンライトながら」臨時列車化後は、岡崎発の普通列車が運転される。 豊橋〜岡崎間には運転されないので、先ほどの蒲郡の高校生などは、名古屋到着が7時過ぎになってしまう。 こんなところにも、「ムーンライトながら」が運転されないことによる影響が出るのである。 うとうとしていると、見慣れた風景、そして赤色の電車が見えてきた。 6時6分名古屋に到着。 身軽になったはずなのに、なぜか列車のスピードは落ちてしまった。 そこへ、霧のため徐行しているとの車内放送。 終点大垣から米原方面への列車との乗り換え時間は短いので、皆そわそわしているようだ。 尾張一宮を出ると速度を上げ始めた。 終点大垣へは、定刻6時52分着のところ、10分ほど遅れて到着した。 ここで大垣駅名物の、「大垣ダッシュ」が始まる。 1番線到着の「ムーンライトながら」から、2番線の米原方面加古川行き普通列車に乗り換えるのだ。 乗り換えが終わると、定刻6時57分発の列車がホームを離れる。 一応、3月14日から4月9日(大垣発は10日)までは春の臨時運転が行われる。 使用車両は189系10両編成である。 373系を使用した「ムーンライトながら」は、見納めになるのだろう。 そして名古屋からだと、上りは豊橋まで前日分の運賃が必要になり、下りは早朝に到着してしまう。 少し使いづらいダイヤになってしまった。 臨時列車に格下げになると、しだいに運転日が減らされ、最後には自然消滅してしまう運命になる。 なんとか、再び定期列車に戻してもらいたいものである。 2009年冬の「青春18きっぷ」の旅〔完〕 |
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高崎から高崎線普通列車のグリーン車で上野まで戻る。 乗車したのは211系で、いつも乗車するE231系と比べると、やや古さがあった。 それでもグリーン車で睡眠不足を解消することができた。 上野駅では地平ホームの14番線に到着。 普段は高架ホーム発着が多いので、新鮮な気分である。 少し離れた場所には、E26系「カシオペア」の模型が展示されている。 いつかは乗ってみたい列車である。 「カシオペア」にくらべると車両が古く、やや庶民的である。 寝ないともったいないし、寝てしまってももったいなく感じて、一晩悩んでしまった思い出の列車だ。 またいつか乗ってみたいと思いつつも、北海道へはつい飛行機を使ってしまう。 「北斗星」の「グランシャリオ」では夕食を食べることはできないが、どこかで夕食を食べたい。 小さなビルの4階にあり、ドアもやや開けづらい雰囲気である。 ドアを開けると、駅員や運転手、客室アテンダントのコスプレをしたスタッフが出迎えてくれた。 入場料が500円かかり、料理やドリンクも高いので、気軽には入れない。 ドリンクは鉄道関係の名前が付けられ、私が注文した「名鉄パノラマカー」(400円)はコーラである。 名鉄は赤だから、トマトジュースのほうが合いそうなのだが…。 「密着連結ロース串カツ」(420円)は、店員がソースをかけてくれるが、「停車」と言うまでかけ続ける。 「おにぎり」(380円)は、店員が目の前で握る。 ランチ限定のデザートもあるそうなので、今度はお昼に行ってみたい。 夕食を終え、愛知に戻るため東京駅へ。 |
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前橋からJRで高崎へ。 高崎駅では、やや遅いランチにしよう。 350円としてはおいしいラーメンだった。 ランチの後、西口へ移動。 1乗車200円なので、私が住む市の循環バスよりも高い。 系統番号1の少林山線に乗車し、約10分の創造学園大前まで。 市役所や国立病院の中にもバスは入っていく。 国立病院のロータリーは狭かったので、運転は大変そうだ。 系統番号2でも行くことができるが、逆回りなので1時間ほどかかる。 創造学園大前バス停から、住宅街に少し入る。 山田かまちとは、1977年エレキギターの練習中に17歳という若さで亡くなった少年である。 「僕には24時間では足りない」というのが口癖で、絵を描き、詩を詠み、そしてギターを弾いていた。 彼の死後、数百枚の水彩画とデッサン、多くの詩が見つかった。 その一部をこの美術館で展示している。 小学3年生の時に1時間で30枚以上も描いた動物画は、それぞれの動物の特徴がうまく表現されている。 そして中学生から高校受験に失敗して浪人していたころの作品からは、若者らしさが感じることができる。 私が山田かまちを知ったのは、6年ほど前に長野県小布施の「おぶせミュージアム」で企画展を見た時である。 最初はあまり興味なく、流してしまったのだが、17歳で亡くなった少年と知り、きちんと見直した。 もし現在でも生きていれば、どのような人物になっていたであろうか? 「山田かまち水彩デッサン美術館」から高崎駅まで、歩いて戻る。 山田かまちが1年浪人して入学した高校である。 天気が良ければ、高崎の町がきれいに見えることだろう。 |
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他の鉄道線と接続している駅は、赤城駅だけである。 駅舎を眺め、上電のホームへ向かうと、すぐに電車が発車した。 ワンマン運転だが、車内にはアテンダントの女性も乗務している。 のんびりしていたい駅だが、折り返し列車は9分後に出発する。 後で調べると、JRの桐生駅まで徒歩5分ほどの距離らしい。 その西桐生行きの2両目には、自転車の中学生がたくさん乗車していた。 上鉄は自転車でも乗車できるのである。 私が乗っている中央前橋行き列車にも、1人の高校生と2人の中学生が自転車で乗車してきた。 列車に乗る前後それぞれで自転車を利用できるので便利である。 中央前橋駅からJR前橋駅までは1kmほどの距離がある。 JRの列車の出発までまだ時間があったので、歩いていくことにした。 |





