留学同東海ブログ

愉快爽快痛快豪快!留学同東海

思いは代を継いで

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ひっそりこっそりいまさら去り際、東海ブログ更新。

と、申しますのも。

当ブログ管理人であった東海前委員長が留学同を卒業することになったから。

写真は、前委員長歓送会と、この日発足した留学同東海OR(卒業生)会の発起総会の様子。

このブログに登場する各世代が一堂に会し、大団円を迎えました!



それにしてもこのブログ、少ないとはいえ意外とコアなファンがいたらしいことを、いまになってちらほら知りました。

うれしいかぎり!

でも、もう、このブログはおしまい。

とはいっても!

留学同東海に終わりはなくあるのは始まりの連続、わたしたちは弁証法的発展を続けます。

ブログも心機一転新装開店、することになりました。

これからもニュー留学同東海の躍動する姿をご覧ください!

新留学同東海ブログURL⇒ http://ameblo.jp/rhtokai/



旧ブログの長い長いご愛顧、チョンマルコマッスンミダ!

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免許証本籍に「北朝鮮」 「朝鮮籍」の在日コリアン(中日新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014060202000116.html


この問題を提起した学生が言うように、共和国を国家として承認もせず、別途共和国の国籍を承認しているわけでもない行政サイドがこんな取り扱いをすること自体ふざけた話だとおもいます。
「朝鮮」表記がはらんでいる問題は大きいので、そういう意味でも重要な提起だと思いますし、問題化していかなければならない事件だと思います。

只、こういう事件を受けて、在日朝鮮人内部でも、殊更に共和国国籍と在日朝鮮人を切り離す言説ばかりが強調されてしまわないか心配です。

国籍は国内管轄に属するという国際法の原則があるので、"日本"の法制度上の国籍欄の記載で、在日朝鮮人の国籍が決定されることはありえません(勿論「韓国」表記だろうと)し、自国の国民の範囲を確定する権利は当然にその国に属するので、在日朝鮮人の国籍を決定するのは共和国や韓国であり、具体的には共和国と韓国の国籍法です。

なので、強調しておきたいことですが、共和国国籍法では「共和国創建以前に朝鮮の国籍を所持していた朝鮮人とその子女で、その国籍を放棄しなかったもの」が「共和国公民」であると定められている、という大前提を確認しておかないと、「「朝鮮」表記は共和国国籍を表すものではない」という話が、「在日朝鮮人の中には韓国国民と「朝鮮」表記の人しかいない」という誤った結論に発展しかねないと思います。

在日朝鮮人の主体的な選択のもとに、共和国国民としての権利を日本で発揮することは認められなければなりませんし、むしろそれが認められない状態に対する批判なしに「朝鮮」表記者と共和国の結び付きを否定する言説ばかりが強調されることは危険なことだと思います。

当たり前ですが、在日朝鮮人の中には共和国の人民会議の代議員もいれば、日本から共和国が国家として承認されれば(もしくは別途、共和国国籍が承認されれば)国籍欄の記載を「朝鮮民主主義人民共和国」に変えようと思っている人も少なくないはずです。

勿論、反「北朝鮮」ムードに乗っかる形で、その時々の状況に合わせて、共和国国民としての権利を否定したり、「北朝鮮」国民であることを強調したりする政府にたいして批判していかなけばなりませんが、在日朝鮮人自身もそのムードにおもねる形で共和国国籍を否定する言動をしてしまわないよう気をつけなければならないと思います。

「北朝鮮」は国名ではないし、「朝鮮民主主義人民共和国」という国家として認めるべきだという主張との整合性を鑑みても、共和国国籍や「共和国」表記のみが認められない(両国名の表記を認めず一律に「朝鮮」とするならともかく)不正常な状態も問題化していかなければならないと思います。

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論文賞受賞!

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12月7〜8日、朝鮮大学校で開催された《コリアン学生学術文化フェスティバル2013》に提出された留学同東海のソンミョントンムの論文『裁判の中の在日朝鮮人』が見事に優秀論文賞を受賞しました!

http://chosonsinbo.com/jp/2013/12/1216sg/

自身が原告適格をもつ愛知の無償化裁判の支援運動に関わる中で問題意識を深め、これまでの在日朝鮮人の裁判闘争の歴史から裁判闘争の意義を検討した意欲作。

東海からは数年ぶりの論文賞受賞!

その他留学同東海からは、在日朝鮮人のアイデンティティやジェンダーの視点、中華街から考えるエスニシティなど計4本の多様な論文を発表しました。惜しくも受賞にはいたりませんでしたがどれも意欲作!

一読されたい方は留学同東海までご一報くださいね。



・・・それにしても更新が久しぶりすぎて何から書いてよいのやら、もう年の暮れ。

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偉大なるマンネリ

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いにしえより、留学同夏の伝統行事である「マダン」は、その前身となるサマーセミナーが81年に、そして「マダン」は91年にはじまったと伝えられている。

今年も全国から在日朝鮮人大学生が集まって、日ごろの葛藤や思い、決意をぶつけあう「マダン」となるのであろう。

たいして新しいことやってないけど、毎回新鮮な感動があるのであった。

そんな今年のマダン、留学同東海のシャツカラーはライトグリーン。ウリマルスピーチに3人、そして文化ライブには朝鮮舞踊で挑みます。半数が日本学校出身で、ほとんどが舞踊未経験者のムヨンイリュージョンレボリューション。

ほいで、出発前の決起モイムで焼肉やったけど、決起のつもりが今期最高の猛暑日で出発前に体力をいたずらに消耗してしまったのであった。


留学同「マダンDX2013」、いよいよ明日から!

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바다로 나간다

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♪산과 들도 좋지만은 난 바다가 좋아(山とか野原も好きやけど、あたい海が好きなのヨ)

こんなウリノレがあるからして、海にいったのである。

泳ぎながら浜のほうを見上げると、昔からある小さな旅館なんかがひしめいているうら寂びれた観光地風の風景がなんだか懐かしい郷愁を誘ってなんともよい感じなのであった。

而して、ワカメだらけの浜を泳ぎたおしてオギヨッチャ、海あがりに温泉つかってビバノンノ。

泳いで帰ったあとのぐったりとした疲労感の中で入る布団、なんとも心地よいのう。

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去る7月18日、朝鮮高校生就学支援金違憲国家賠償請求裁判(http://mushouka.aichi.jp/saiban)の第2回口頭弁論が行われ、多くの傍聴者が集まりました。

留学同では、傍聴漏れの方むけのミニ学習会を準備しました。

ここでは、留学同に所属する、無償化除外の実際の被害者である愛知朝高の卒業生2人がアピールしました。

以下、アピールを紹介します。

※ ※ ※ ※ ※ ※


<朝鮮高校生就学支援金違憲国家賠償請求裁判支援の呼びかけ>

●在校生として

僕が愛知朝鮮高校を卒業したのは1年前です。

僕が高校一年の3学期に高校無償化法案が打ち出され、本来なら高校二年から就学支援金が支給されるはずでした。

無償化適用が審査されている間、授業後や休日に定期的に何度も名古屋、金山駅周辺で街頭演説や署名活動を学生達で行いました。

当時の僕の心境としては、どちらかといえば問題意識があった訳ではなくただなすがままにという感じではあったのですが、それでも街頭演説や署名活動をするのだからしっかりしなくてはいけないという意識もあり、街頭演説でも声を張り上げ、署名も積極的にたくさんの人からもらえるよう頑張りました。

署名中、何で朝鮮学校に無償化を適用しなければならないのかという事を言われた人も中にはいたみたいですが、それでもたくさんの人に署名をしてもらう事ができ、単純に署名を受け入れてもらえた事を嬉しくも思いました。

しかし、何度も街頭演説や署名活動を行いましたが、結局僕が卒業するまでに無償化法が適用される事はありませんでした。

●留学同として

僕の場合、特に卒業してから改めてこの問題に携わる事が多かったです。

在日本朝鮮留学生同盟という日本の大学・専門学校に通う在日朝鮮人学生の集まりがあるのですが、卒業後、大学に入ってから今まで僕も留学生同盟で色々な活動をしてきました。

例えば、無償化問題に対するアンケートを各大学で調査して、それをまとめて無償化問題に対する意識調査結果をまとめたり、署名活動も行い、大学の友達からも署名をもらい集めたりもしましたし、大学祭で裁判支援のフリーマーケットを出店して裁判カンパをしたり、大学で朝鮮学校のドキュメンタリー映画の上映会等も行い、そこでも朝鮮学校を取り巻く情勢や裁判説明をして多くの人にこの問題に関わってもらえるよう、アピール活動を行いました。

裁判決起集会や愛知朝鮮高校の公開授業にも留学生同盟として参加して、改めてこの問題を真剣に考える機会はとても多かったです。

留学生同盟には勿論、朝鮮高校卒業の人もいれば朝鮮学校に通った事のない人もいますが、この問題に対して、卒業生だからとか卒業生じゃないからとか関係無く、在日朝鮮人に関わる深刻で重大な問題として捉え、皆が問題意識を共有して積極的に活動しています。

日本の大学・専門学校に通う自分たちだからこそ周りの日本の友達に訴えかけ、アピールする事ができる、また自分たちしかできないという意識の中でこの問題に今まで取り組んできました。

そして今も、僕は無償化ネットワーク愛知に参加して、この無償化裁判に関わっています。

●卒業生として

朝鮮学校から離れてみて、このように活動する中で、自分にとって「朝鮮学校とは」、そしてこの問題とどう係って行くべきか、という事について考える機会がとても多くありました。

朝鮮学校が在日朝鮮人の為の民族教育の場であるというのは勿論ですが、それ以上に自分にとって大きく結びつき、自分の生き方と関わってくる何かがあるように思えます。

僕にとって朝鮮学校とは何か?そう考えた時に思うのは、朝鮮学校とは自分自身を肯定してくれる物であるという事です。
僕は「朝鮮人としての誇り」という物を持っているつもりでいます。

その誇りというのは、厳しい情勢の中、僕に朝鮮人として生きろと朝鮮学校に通わせてくれた両親を誇る気持ちであり、学校生活を共にした仲間達を誇る気持ちであり、僕を朝鮮人として育ててくれて、朝鮮学校を守り在日朝鮮人を朝鮮人として育てる為に、難しい環境の中で教師を続ける朝鮮学校の先生達を誇る気持ちです。

そして、日本の逆境の中で朝鮮人である事を諦めず、朝鮮人としての民族、民族教育を守ってきた先代1世、2世を誇る気持ちであって、朝鮮人として接し僕を支えてくれた在日同胞を誇る気持ちでもあります。

僕にこの「朝鮮人としての誇り」を教えてくれた朝鮮学校は僕が僕である為に欠かせない物だと思います。

僕は生まれてからこれまで、自分以外の誰かであったり、自分以外の他の人生が良かったと思った事は一度もありません。

それは朝鮮学校が朝鮮人として生きる事を肯定してくれるからであり、自分の価値観、生き方、人生を肯定してくれるからです。

僕は朝鮮学校があるから自分を肯定できるし、自分を誇る事ができます。それほどまでに朝鮮学校が僕の根幹となっている物だと、朝鮮学校を卒業して、改めて強く実感するようになりました。

当然ですが朝鮮学校の生徒たちが、特別、「純粋で真っ直ぐで素晴らしい子達の集まり」という訳ではないですし、性格や価値観も多様です。浮いてしまう子や素行の悪い子だっているし、清廉潔白な生徒達の集まりでも当然ありません。

僕自身も当時は、当然のように遅刻を繰り返していて、授業中の態度で先生に怒られた事も何度もありましたし、クラス委員会の議題に僕が挙げられる事もしばしばありました。

それでも僕が胸をはって朝鮮学校を誇る事ができるのは、そんな多様で色々な背景や性格を持つ、日本で生まれ育った在日3世、4世の生徒達に、朝鮮人として生きる事、朝鮮人である自分を否定する事のない生き方を示してくれるのが朝鮮学校だからです。

勿論、今回の無償化問題に関して言えば、朝鮮学校がどんな学校だろうと、無償化法が適用されなければいけないし、それを容認する日本社会の不作為があっていい事にはなりません。

原則論で言えば、仮に僕らがどんなに素行の悪い生徒であったとしても無償化は適用されなければいけなかったし、別に在校生にとって朝鮮学校が素晴らしい学校だろうとそうでなかろうと無償化除外は決して許されるものではありません。

しかし、それでも今日僕が伝えたかった事は、在校生にとって、卒業生にとって、そして在日朝鮮人にとって、朝鮮学校とは自身と切り離す事ができない根幹となっている物だという事です。

今回の裁判は、日本政府の朝鮮学校そのものを否定するような差別政策に徹底して反対し、それによってもたらされる不利益、差別、偏見に対する慰謝を求め、この差別政策の不当性を問う為のもので、僕の先輩、後輩、そして同級生が原告となり起こした裁判です。

原告となり裁判を起こすという事は容易な事ではありませんし、様々な葛藤があって、その上での決心だったと思います。

原告達が戦う中で、裁判に対する僕の不作為があってはいけないし、朝鮮学校を、僕自身が守っていく為にこの問題に関わって戦っていかなければいけないと考えこれまで活動してきました。

僕は無償化法が開始された当時の在校生として、そして卒業生としての責任を未だ果たせていません。無償化除外の当事者として、この問題をより発信していかなければいけないと思っています。

●呼びかけ

僕は、在日朝鮮人として、そして無償化除外の当事者としてとして呼びかけたい事があります。

それは、どんな形でもいいので今後も継続的に何らかの形でこの裁判に関わっていただきたいという事です。

裁判というのは何年も続くので、かなりの体力が必要となってきますし、今後も多くの支援がなければ続けて行く事はとても大変です。

裁判の為に多くの人が集まるという事自体、それだけで裁判にとってとても大きな力になります。

どれだけの人が裁判に集まったかというのは、裁判に対する社会の関心を表していますし、それが直接的に裁判官に対するアピールにもなります。

また、裁判に多くの人が集まったという事実そのものが、メディアを通して世論に対する訴えかけになります。

今後、この問題に対する社会の関心は裁判を通して以前より高まっていくでしょうし、今は大阪と愛知で無償化裁判が起きていますが、今後各地でもっと裁判が起きるように中で、この問題がもっと一般的に知られているような問題になっていると思います。

また今後も、日本社会においても、この無償化除外問題はより大きく論じられていかなければいけないと思います。

そもそも、法令改訂まで行い朝鮮学校だけを無償化法から除外するという事は明白な在日朝鮮人に対する不当な差別です。

日本の植民地の結果としての在日朝鮮人、そして朝鮮学校弾圧の歴史に対して責任を負うべき日本政府がピンポイントで朝鮮学校を狙い撃ちし、排外している現状を許してはいけないし、日本社会でこの問題が小さな問題としてまとまっては絶対にいけないと思います。

世論を喚起する為にも、この問題と関わっている人達から周りに発信をし、関心を高めていかなければいけないと思いますし、長いスパンでこの問題意識を広く共有していかなければいけないと思います。

仮に、この裁判の関心が薄まり世間が忘れ僕たちが日々の生活に埋没していったとしても、朝鮮学校の為に奮い立った原告達は戦い続けるし、無償化除外の不当性を真っ向から問う裁判は続いて行きます。

そうであるからには、その原告達、そして裁判を支える運動が絶対に弱まってはいけません。

裁判はこれからも長く続くと思いますが、今後も裁判に関わって支えていただけるよう、改めてお願いしたいと思います。

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でーらDX

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けしてUFOを呼ぼうとしているのではありません。

衣装を着ないとへんてこりんですが、今年もいよいよマダンに向けて文化公演の練習が始まりました。

今年は朝鮮舞踊にチャレンジ!


<マダンDX>
2013年8月12〜14日@ハチ高原

全国から同胞学生が大集結!
風物詩の文化ライブは超絶な盛り上がり。
今年はさらにパワーアップして「デラックス」なマダン。

なにがデラックスかって?知りません、そんなこと。

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元気玉

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名古屋大学の学園祭で、東海の学生たちも所属するコリアン文化研究会がフリーマッケットを出店しました。

みんなで持ち寄ったコリアン文化とまったくなんの脈絡もないキティちゃんのコップなど日用品、文房具、本、CD、その他ガラクタ売りまくり。

で、売り上げ金額はすべて朝鮮高校の「無償化」裁判支援のために寄付しました。

キティさんコップは売れ残りました。

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小さな統一運動

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じつは地味に地道にあれこれやっているのであって、更新が滞っているからといって死んでたわけでなくってよ。

さて。恒例の新入生歓迎フレッシュセミナーが開催されました。

今年度はじめての宿泊イベント、ということで、

留学同卒業生と座談会したり、演劇DVDを鑑賞したり、討論したり、河川敷で走り回ったり。

いきいきした新入生の姿に、上回生したり顔。


ちりちりばらばらになっていた朝鮮人が、集い、思いを語り合い、そして朝鮮民衆史に合流していく・・・。

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※※留学同東海の学生のエッセイを紹介します※※


〜私にとってのウリハッキョ〜


 「ウリハッキョ」という言葉は私にとって特別な意味を持っている。

 私は日本学校出身で、留学同に出会うまでは「私たちの学校」というより、ただ単に「朝鮮学校」という認識でしかなかった。

 朝鮮学校の存在すら知らない日本人がいる中で、日本学校出身の私が、なぜ朝鮮学校の存在を知っていたかというと、オモニが朝鮮学校出身、それも朝高を卒業していたからである。ただ、オモニ自身が朝高の同窓会があっても行かないし、同胞と会うことすら避けていた状態で朝鮮学校に対するイメージは決して良いものではなかった。

 そのような中で、無償化除外反対のための署名活動や街頭宣伝に参加しても、どこか他人事で主体的に問題を捉えることができないでいた。

 そんな私が朝鮮学校の問題を自分のこととして捉えるようになったきっかけは、4・24阪神教育闘争について知ったことだった。朝鮮学校が何のために建てられたのか、それを守るために闘った1世2世たちの姿。これらを学ぶことで自分の中で、朝鮮人であるのに朝鮮語が話せない私という存在のある意味での異常さが浮き彫りにされたのだ。皮肉な話であるが、自分が奪われた存在であることを認識して初めて、ウリハッキョがその名の通り「私たちの学校」だと思えるようになったのだった。

 その後、オモニに対して「なぜウリハッキョに通わせてくれなかったのか」と恨む気持ちも生まれた。しかし、その気持ちも大祝祭での演劇を通して親の子に対する「悲しい優しさ」に触れることで変化していった。その頃から、朝高の同窓会に初めて参加したオモニが同級生や先生の話、朝高の時の話を少しずつしてくれるようになった。その時に私はほんの少しの羨望を感じながらも、オモニの母校を守ること、自分の子や孫が私のように葛藤を感じることなく、堂々と当たり前にウリハッキョに通える未来を創らねばという決意を持ったのだ。

 現在、ウリハッキョを取り巻く環境は日増しに厳しくなっている。そして、またあの4・24のように在日同胞たちは闘いを始めている。しんどいこともたくさんあるが、ウリハッキョを守ることは私自身の未来、ひいては私たちの未来、ウリミレを守ることだと私は思う。

【留学同通信第2号より】

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