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東海スポーツ編集部のオフィシャルブログ

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1110日から14日まで、大阪府にて全日本学生選手権大会(全日本インカレ)が開催される。
 
 そこで全日本インカレに先立ち、昨年度に関東学生春季リーグ戦と秋季リーグ戦のブログにて掲載していた企画『4年生紹介』を掲載。インカレを間近に迫った19名の選手の4年間の想いを掲載します。

湘南男子ハンドボール部・副主将・平良圭(体4)

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「ハンドボール歴16年。大学を卒業した力を注ぐこともこれだけ注ぐこともなくなるだろうと思っている。ハンドボールに集中できる最後の年。この一年をハンドボールにかけたいなという思いでやっています」と口にするのは、副主将の平良圭(体4)だ。
昨年度の全日本インカレ終了後、当時けがを負っていた平良と染谷卓人(文4)は田村修治監督(体育学部教授)から学生コーチをとして活動をすることを提案されたという。
チームから副主将に推薦されたのもこの時だった。
考える時間をもらったものの、4年生と共に試合に出たいという思いは大きかった。田村監督に心の内を打ち明けプレーヤーとして残ることとなった。そして話が持ち上がっていた副主将にも就任した。
「自分は同期への思いは強いと思います。なので、やはり4年生と一緒に試合に出たかったし、推薦を受けた副主将もやりたいと思いました」と平良は振り返る。
そして4年生になった関東学生春季リーグ戦では、復帰を果たし試合に出場。てディフェンスを買われ、守備メインでコートに立った。
「自分は他のメンバーと比べ身長があるわけでも、卓越した部分があるわけでもない。だからこそ運動量を出すことや、相手のフェイントの特徴や攻撃パターンやつかみ攻撃をスムーズにさせないような、先を見据えるプレーで補完するようにしている」と平良は話す。
副主将としても、普段からプレーではなく取り組み方やハンドボールに対する姿勢でリーダーシップを発揮している。
スケッチブックを手渡すと、平良はそこに「明日は我が身」と書いた。「小学校1年次からハンドボールをやっていますが、おそらくこの言葉が初めてもらった言葉。人の成功も失敗も次は自分に降りかかってくるかもしれない。だからこそ良い準備をすることが大事だと思っています」
 
「新チームが動き出した昨年、春季リーグ戦、秋季リーグ戦、全日本インカレと徐々にチームを作りたいと話していた。チーム力は確実に上がっている。今ある課題を克服し、良い準備をして全日本インカレに臨みたいと思います」と前を見据える。



湘南男子ハンドボール部・藤原竜郎(政4)
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 小学3年生からハンドボールを始めた藤原竜郎(政4)。
 中学、高校次では全国大会に出場し、好成績をも残していた藤原は、大学進学の際にもレベルの高い1部リーグでプレーすることを決めていたという。
 大学に入学した1年次、藤原はある人との出会いを果たす。それは、当時4年生の先輩だった。
 その先輩は、強豪校とは言い難い高校から進学してその先輩は、練習では人一倍努力し、当たり前のことを当たり前に行う人だった。
 努力を怠らないその先輩の姿を見て藤原は奮い立たされた。自分も先輩のような人になると決意する。藤原は朝練では誰よりも早く来て準備をしたり、ラダートレーニングを積極的に行った。
 その結果、1年次からは難しいとされるベンチ入りメンバーを果たす。だが、そこから試合での出場までの道のりは遠かった。1、2年次にベンチに入るものの、試合にはなかなか出場することが出来なかった。藤原は悔しさでいっぱいだった。しかし、この悔しさをバネに、コーチに付きっきりで個人練習に付き合ってもらうなど、さらに努力を重ねことで、3年次からはレギュラーを勝ち取り、コートに立った。
 
『感謝』
 この言葉は、藤原が自身のハンドボール人生の中で常に意識してきた言葉だ。
 藤原は、「結果が奮わないこともあったが、ここまで続けてこれたのは応援してくる家族や友人、指導者、チームの存在があったから。応援は頑張れている糧。なのでいつも感謝の気持ちを持って練習や試合に臨んでいる」と心境を口にする。
藤原には試合前のルーティンがある。
 それはベンチに入る選手だけではなく、コートサイドにいるチームメートにもハイタッチをすること。「時間の関係上、ハイタッチが出来ないこともある。だが、チーム競技だからこそ全体で戦っているのでベンチに入っていないチームメートにも
いつも応援ありがとう、今日もよろしくと感謝の気持ちを込めてハイタッチをしている」と藤原は話した。
 
 努力を惜しまず、自分自身のことだけではなく周りを配慮することができる藤原。大学の4年間に抱いた感謝の気持ちを忘れずに、全日本インカレという大舞台に挑む。

湘南女子ハンドボール部・中野智佳(文4)
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 インカレを目前にして行った取材でこれまでの約3年半について聞くと、「悔しいことが多かったかなぁ」とこぼした中野智佳(文4)
 「試合に出られなくなったことやチャンスをもらっていたのに掴みきれなかったこと、応援してくれている人の期待に応えられなかったそれなのにハンドが出来るのはもうあと少ししかない」と話した。
 3年生の春季リーグ戦でシュートが止められず正GKの座を明け渡した。「当時は負けず嫌いな性格が良くない方向に向かって敵対心をあらわにすることもあった」という。
 そんな中野に対し栗山監督は“自分が上手くなるにはライバルと切磋琢磨すること”と声をかけた。「言われた時はハッとした。ライバルだけど高めあっていこうと思えた瞬間だった」という。
 また、3年生になる直前、父から母ががんだと告げられたという。急いで地元に帰ったが母は亡くなった。「あまりにも突然のことで信じられなかった。亡くなった実感もなくて涙も出なかった」
 そんな中で迎えた春季リーグ戦では試合にも出られなくなり、母も亡くなった。どん底まで落ち、ハンドを辞めようかなとも考えたという。「みんなが頑張れって言ってくれた。特に母が亡くなった時には先輩が連絡をしつづけてくれて励ましてくれた。ハンドをやってなかったらどうなってたのかなと考えることもあった」と漏らした。
 辛さや悲しみに襲われたが周囲の人々に支えられ少しずつ前を向き、ハンドボールに取り組み成長してきた3年半。残すはインカレとなった。
 「今までのインカレとは違い、来年頑張ろうがない。終わりが近づいてるんだなと実感が湧いてきた」と大舞台への想いを語った。続けて、「自分のパフォーマンスを上げたいのはもちろんだけど、積極的に声を出したり明るさで雰囲気を上げたりチームの為になることがしたい。持ち前の明るさで優勝まで突っ走りたい」と意気込んだ。
 
 中野がスケッチブックに書いた言葉は「為」
 「周りの人の為、親の為、チームの為にハンドボールをやってきた。それらの気持ちを持ったうえで最後に自分の為になればいい」と言葉に込めた想いを話してくれました。

(取材:小川・高橋・忍田、撮影:忍田、記事:平良選手・高橋、藤原選手・忍田、中野選手・小川)

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