プロ野球・読売巨人軍のV9時代に名二塁手として活躍し、オリックス監督を務めた土井正三(どい・しょうぞう)さんが25日、膵臓(すいぞう)がんで死去した。67歳だった。告別式は29日午前10時半、東京都大田区池上1の1の1の池上本門寺。喪主は長男、健一氏。 兵庫・育英高から立教大を経て、9連覇が始まった1965年に巨人入団。堅守の二塁手、巧打の2番打者としてベストナイン2回、ダイヤモンドグラブ(現ゴールデングラブ)賞1回受賞。玄人好みの「いぶし銀」と呼ばれるプレースタイルで、長嶋茂雄、王貞治の「ON」を軸とした強い巨人を脇役として支えた。78年に引退するまで1586試合に出場、通算打率2割6分3厘、1275安打。 引退後は巨人の守備走塁コーチなどを歴任し、91年にオリックスの監督に就任。イチロー選手(マリナーズ)、田口壮選手(カブス)ら若手育成に力を注いだ。2007年2月に膵臓がんが見つかり、15時間に及ぶ手術を受け、闘病生活を続けていた。しかし、今月に入って容体が悪化、川上哲治・元監督、長嶋・終身名誉監督らV9のメンバーが相次いで見舞っていた。 25日に死去が分かった土井正三氏はプロ5年の1969年の日本シリーズで、野球史上に残る出来事に関連していた。 巨人の2勝1敗で迎えた第4戦。西本幸雄監督率いる阪急が3−0とリードして迎えた四回に、日本シリーズで今のところ唯一となる退場事件が発生した。 川上哲治監督率いる巨人は無死一、三塁の場面で、ダブルスチールを敢行。これを察知した阪急の山口二塁手が岡村捕手から送られた球を捕手に再び投げ返し、本塁突入した三塁走者の土井とクロスプレーに。岡村は、土井を吹き飛ばしたことで完全にブロックしたと思い、セーフと判定した岡田功球審に激高して抗議し、暴力を振るって退場処分を受けた。 巨人はこの回に一挙6点を挙げて逆転。試合に勝ったことで岡村に同情が集まり、岡田球審を批判する声が高まる事態になった。 ところが、翌日の各新聞にはブロックする岡村の股の間から土井の左足がホームベースをしっかりと踏んでいる写真が掲載された。それがこの写真だ。岡田球審の判定の的確さと、土井の走塁技術の高さが称賛される結果となった。 土井さんは ・・・ 王さん、 長嶋さんの 間にいたせいか(?) やや地味な イメージでした。 でも。 実は、 名選手 だったのですね〜☆ 先ほど、 ニュースで見たのですが。 その 「クロスプレー」。 まさに、 「神の足」! WBCでの、 川崎選手を 思い出しました。 最近の野球は ・・・ ヒットの数とか、 盗塁の数とか、 「数字」ばかり、 話題にしている気がします。 が! 守備とか、 走塁とか、 数字に表れない、 プレーにも、 注目して、 ほし〜のですな〜☆ 改めて。 ご冥福をお祈り致します。 合掌。 kokotoki,3395th. |
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