画家を目指していた一人の若い男・・・
りりしい顔立ちのいい男だった
22歳の頃・・
突然結婚話が持ち上がった
好きな女がいた・・
酒場で見初めた女・・
・・・・・・見合いして2ヵ月後・・・
親父が怖くて断われないまま結婚してしまった
見たこともない女を嫁として抱き・・・
あくる日・・・捨てた
朝早く足音をしのばせ・・・・そっと雨戸を開け女のところへ走った
一夜の妻の事など考えもしなかった
急げ・・・
急げ・・・
朝も白む頃・・・女の部屋へ辿りついた
待ってたのよ・・・
あぁ・・・
やっと愛する女の側へたどり着いた
抱き合い・・・お互いの存在を確かめ合った
その頃・・・
父親は異変を知り・・・
妻と示し合わせて・・妻に嫁を連れて別の方向に息子を探すように指示し・・
急ぎ・息子の女の部屋へ走った
馬鹿息子!何をやってるんだ!
怒り狂う父親が女の部屋に向かう
泣き叫ぶ女を足蹴にし・・
抵抗する息子を叩きのめし・・襟首をつかんで家まで連れ帰った
そ知らぬ顔で・普通どおりに居間に座っている父子・・
全く何が起きたのか・・・わかりもしない若い花嫁
事情がわかったその・・・のちに・・・・
嫁は・・・・夫が女の所へ行ったと知っていて反対方向に探しに行かせたのかと・・姑の仕業を怨んだ
男は美術を学ぶために美大に行きたかった・・
志も・・人生も父親によって閉ざされた
昭和のはじめは父権が絶対だった・・・
そんな結婚生活がうまく行くわけもなく・・・
何かにつけて喧嘩になり・・夫は暴力を振るった
髪をつかまれて引きずられ胸をけられてひびが入り・・何も出来ない自分が悔しくて・・
鳴き咽ぶ妻
3人の子供にも愛情はもてない男・・・
子育ては妻にほったらかして・・自由気ままに暮らした
生活費も渡さない・・
子供たちの学費も・・何もかもそ知らぬ顔で逃げていた
妻は辛抱人で頑固で気が強い・・・
いや・・
自分がそうさせたのかもしれない・・・
嫁は芯の優しい女丈夫と言うのが当てはまる
数十年後・・・
長男が同居する事になり・・
永い間・・・別れる機会を待っていた妻は・・・
夫が息子に遠慮して手を出さないだろうと考え・・・
夫の暴力にあわずにすむと踏み・
こっそり離婚届をだしていた妻は・・・・・・・・・
・・離縁した戸籍謄本をここぞとばかり・・・夫に向かって投げつけた・・・
あんたとはとっくに離婚してたんだ!
これで終わりだ・・・
あぁ言ってやった・・・・これで永い間の思いが切れた・・
裏切ってばかりの夫婦生活は下の娘が高1になった頃・・終わった・・??
終わったはずの結婚生活・・・
何故か夫は出て行かない・・・
息子が仲立ちし・・・離婚してしまったものはし方がないと部屋を1階と2階に分けた
何故・・・出て行かないのか・・・
妻の建てた家で・・・
相変わらず食費も生活費も出さず・・・
ずっと・・居続ける
不思議な・・・妻にとってもまことに理不尽な同居生活が始まった
そのまま奇矯な生活が続いていたある日・・・
2階の窓から外を見ていると・・
必死で走って帰る男の姿が・・・
あれは・・・
夫が夕食に間に合うように走って帰ってきている姿・・・
なんとまぁ・・・・
夫は金がないわけではない
軍人恩給もあれば年金もある・・働いていたので賃金もあったし親から受け継いだ土地もある
それでも・・・・黙って口をぬぐい・・・妻が何もいわずにいるのをいい事に・・ただ飯を食らった
食らっただけならまだしも・・・
たまに妻にののしられると物を投げつけるわ・・怒鳴る
何故・こんな理不尽な生活が続くのか・・・?
夫も妻もわからない・・・
月日は流れ・・・
夫が60も過ぎた頃・・胃癌で入院した
それを機会に家を出て別所帯で暮らしていた長男の所へ行くことになり・・・
あれよあれよと言うまに夫は出て行った
今度こそ・・
終わりになるはずの夫との奇縁・・・・な・・・生活・・・・
数ヶ月がたって・・・夫は長男の家で暮らすことに嫌気が差し・・妻の家に戻ってきた
玄関の戸を開けると・・
運の悪い事に・・・長女が立っていて・・・
帰りたいと言う父親に・・・
アンタが帰ってくるところじゃない”弟の家に帰りなさい”
そう言って父を突き放した
長女は父に傷つけられ怨んでいたし・・わがままで気も半端なく強いもので
さすがに・・敷居をまたげなかった
昔だったら・・今までのように怪我を負わしてでも怒鳴り返していただろうが・・
弱みになった今ではそれも叶わず・・・
閉められた戸を背にし・・とぼとぼと帰っていった
それっきり・男は・妻の家の敷居をまたぐことは出来なかった・・・
人には仏と呼ばれる男だったが・・・
家庭では勝手気ままな事をするので・・長男の家でも邪魔にされていたのだが
他にいくところもなく・・・そのまま過ごして行くしかなかった
孤立していたのだろう
洋服たんすにジュースや食べ物を隠して息子たちには見つからないようにしていたらしいが
とっくに・・見つかっていて呆れられていたものだ(笑)
その後・・
体調が良くなったり悪くなったりと繰り返し・・・
入退院を繰り返していた
結構な財産があったものだから・・
相続の関係からか長男は入院したことも何も言ってこないので・・
父としては寂しい入院生活をしていた
病院の窓から外を眺めては・・
あれだけ着ていた娘はどうして着てくれないのだろう・・・
合点がいかないまま・・・日が過ぎるばかり
孤独で・・・思うようにならない思いが・・病室で一人いると・・・
思い切りわめき散らしたくなった
狼が三日月を眺めてウワーーーォ〜〜と啼く様に・・・男も
病室の窓から暗闇に向かって叫んでいた
叫べど・・・・叫べど届かない・・・・・悲しい叫びだった・・・
大声でわめくが・・・
看護婦も・・医師も・・・呆れて寄り付きもしない
大便が・・・おしめの横からこぼれでる・・・
拭こうとするが・・・手につくだけでどうにもならない・・
手に付いた便で頭を撫でる・・・
乾いてこびりついた便が飲もうと手を出す水筒につき・・乾く
飲もうとしても開ける事も出来ない・・・
咽喉が渇いた・・・
焼け付くようだ・・
一人孤独な個室・・・
部屋の外で人声が聞こえるが・・・誰一人来ない・・・
渇いた咽喉は・・限界を超え・・・
唇は白く乾き・・・荒れ果てた
薄れる意識の中で・・俺のした罪がこうさせたのか・・・などと思いがよぎる
やっとの事で小さな紙のはし切れに・・・
焼炎地獄・・閻魔の裁きや如何に・・・・と書いた・・・
・・・・はからずも・・・辞世の句になった
飲まず・・
寝ることも出来ない地獄の苦しみの闘病生活
危篤になった知らせを受けた娘がやってきた
便にまみれ・・・動けないでセミの抜け殻のようになった自分を見て娘が付き添ってくれると言う
たった一晩・・・
笑みがこぼれた日
ベットの上であたたかいタオルでお尻をきれいに拭いてもらった
脱脂綿に浸したぬるま湯も飲めた・・・
一晩中寝ることも出来ず看病してくれる娘の手が温かい
朝方疲れてうつらうつらしている娘が・・
男の呼ぶ声に・・ベットのそばに飛んでくる・・
眠たいだろうな・・・
その日は初めて・・・大声でわめかず・・・
しずかで・・・
平穏な一夜だった
13日間の地獄は・・・
たった1日の幸せな夜を閻魔から・・許してもらった
そのあくる日・・・・
別れた妻が病室のベットのそばにきて座り・・・そっと手を握った
大丈夫ね?しっかりしんさいよ
妻の温かい手にホッとしながらも・・
あいつらが・・わしの死ぬのを親子でそこにすわってじっとまっとるんじゃ・・
何をいうんね・・・言うたらいけん・・・
あんたのしてきた罪でしょうが・・・そういうことを言うたらいけんよ・・
その声に小さくうなづいて・・・そのまま静かに・・・男の人生は終わった
亡くなった後・・・・
病室に明るい笑い声がする
悲しむものは誰もいない
かといって・・・憎む者もいない・・・
家族だった人々に・・・・普通の日常が戻ってきていただけだ