暁の子

いつも喜んでいなさい・ 絶えず祈りなさい・どんなことにも感謝しなさい・・聖書より

思いで話^^

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亥の子祭り

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3丁目の夕日を思わせるような・・ひなびた街角・・・

・・・雪くもリの空の・・夕日が切ない・・

町の片隅に・・誰もいない亥の子祭りの飾りが。。。

・・私の幼い頃は町内の青年団が青竹を叩き割りながら・・集団で道路を走り歩き・・

「悪いやつはいないか!ここにはいないか!」

と・・大声で言いながら一軒一軒練り歩き・・家の中に入り込み子供を捜して廻る・・

・・母がミシンをかけている足元の毛布の中にくるまって震え上がって隠れている・

私の背中を・・鬼の棒がコンコンとつつく・・

・・「わぁ〜〜みつかるぅ・・どうしよう・・」

そう思っている時・・ミシンから目を離さないまま・・冷静に答える母の声が聞こえてきた・・

「誰もいないか!ここにいるんじゃないのか!」

『いいぇ・・誰もいませんよ・・それは只の毛布です・・」

・・幼い子供が隠れているのはおみとうしだったのだろうが・・

『そうか・・悪い子はいないんだな・・」

・・そういって鬼は引き上げていった・・

息を殺して毛布の中で隠れていた私に・・母が声をかける・・

「もう・いいよ^^でておいで。。」

亥の子祭りのたびに・・・

・・・お面をかぶったお兄さん達だとわかっていても・・恐ろしくて震えていたものだ・・

家々を回って歩いた頃にはすっかり出来上がった鬼たちは・・


・・大きな声で「まてぇ〜〜!!!」

とか・・言いながら・・


「鬼さんこちら!手のなる方へ!」

などと・・ふざけて声をかける中学生達を追い掛け回していた・・

酒を飲んでいるものだから・・からかう子ども達にマジ切れした鬼たちは・・

・・大声で怒鳴りながら追い掛け回す・・

逃げる子ども達・・・

中には本気で青竹で叩きまわされ・・大泣きして逃げ帰る子供もいて・・・

・・・怖いやら・・・面白いやら・・・

あの時代は楽しかったなぁ・・

・・今だったら・・とんでもない事だろう

わっはっはっは

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小学生の時・・・

学校に「笑うおじさん」が来ました^^

・・裸の大将そのままの^^

ランニングに白い半パン・・・旗をもって全国行脚していたようです^^

・・校長先生から紹介されて校庭の壇上に上がったおじさん。。

「さぁ!皆さんも大きな声で笑って健康になりましょう!いきますよぉ^^」

・・・壇上から音頭をとって・・


小学生全員が大きな声で・・


「わっはっはっは〜〜」


「さぁもう一度!わっはっは!」


「わっはっはっは〜〜」


・・・・・・何回も何回も大きな声で笑いました☆


・・何回も大きな声で笑っていると何だか幸せに思えてきたのが不思議です^^V


・・おじさんの言う事は間違いないのでしょう^^


・・笑いは健康の源であると全国の学校を廻っていて・・・・・・・


夏も冬もランニング姿だといってました^^


☆もう一人のおじさんは黒ぶちメガネをかけ・有名な音楽の先生だそうで・・


やはり・・壇上に立ち・・

・・手で指揮を取り・・・

まず自分で歌い・・後からついて歌うようにといいながら・・


・・「朝の歌」を歌い始めました♪


「あ〜〜さは・どぉこからぁ〜〜くるぅかしぃらぁ〜〜♪

あぁのやまぁ〜こえ〜〜てぇ〜〜さぁとぉこぉえ〜〜て〜〜♪


・・・・中略・・(実は忘れちゃいました^^)


いえいえそぉではありません〜〜そぉれぇは希望の〜かていかぁら〜〜あぁさぁがくぅるくる♪

朝がくるぅ〜♪

・・おはよーー♪おはよぉ〜♪・・・


とっても明るい良くとおる声でおじさんは歌います・・


・・・歌ってるうちにとってもいい気分になったのを覚えています^^


皆さんの学校にもきませんでしたか?

・・「笑うおじさん」と・・「朝の歌」を・・歌うオジサン♪

のどかな時代でしたね〜〜

現代では考えられないでしょうね^^

・・変なおじさんとして追い払われていた事でしょう^^そう思いませんか?

エンゲージリング

インクさんの所で指輪をみたら・・思い出しました^^

papaは今のマツダ(東洋工業)に勤めていました^^

兄弟が多くて家計を助けるため・・給料は封も切らずに母に渡していました・・

千円のこずかいも貰えず・・


その頃義父もマツダ・義姉もマツダ・・義兄もマツダ・・高給取りでした・・

義兄は自分で使っていましたが・こずかいもやれない状況ではなかったと後々思いましたが

その頃はわからなかったですねぇ・・


papaはそれでも文句ヒトツ言わず頑張っていました・・



ある日の会社の残業で・・おなかがすいたpapaはお水を飲んで空腹をみたしていました・・

そこへ同じ会社に勤める長兄がやってきて・・・



目の前のテーブルでラーメンを食べていたそうです・・

兄は食券を何枚も持っていたそうですがpapaには1枚もくれなかったそうです・・

弟がお金をもっていなくてパンも買えないとわかっていたはずでした・・


兄は好き勝手して給料も自分で遣い・・

・・のうのうとpapaが働いた給料で実家で食べていました・・

papaはその頃5円だったパンも買えなかったのです・・

それでも・・兄や母を恨む事はなかったといいます・・

だから・結婚式の指輪も買えません・・・

一か月違いで結婚した同い年の兄嫁はエメラルドの高価な指輪をしていました・・

majyoiさんは結婚前に買っていた銀の指輪・・800円だったかな^^を急遽・

結婚指輪にして式をあげました・・

それでも恥ずかしさなんてなかったですよ・・

papaと結婚できるという嬉しさの方が先でしたから^^

・・その時の神主さんが指輪をpapaに渡そうとして違和感があったのか・・指輪をみて・・

ギョッとして私の顔を呆然としてみてそのまま何事もなかったように式が進行しましたが

あのときの神主さんの顔のおかしかった事^^

今でも笑えます^^

結婚したある日の会社でpapaがラーメンを食べていた時。。兄がやってきて・・

こういったそうです・・

「オイ・お前・そういうものが食べれるようになったんか・出世したもんじゃのぉ^^」

5円のぱんが買えなくて水を飲んでいても・・

兄だけがラーメンを目の前で食べていても・・・恨まなかったpapaが・・

このときほど腹がたち。。悔しかったことはなかったと言っていました・・

「何もかも・・わかっていてやっていたのか・・・」

そういっていましたね・・

そのときの事を聞いて・・胸がさけるほど可哀想な思いをしたものです

でも・・papaはお金がなくても・・幸せな人生を送りました・・

食べるものもあふれるほど食べたと思います・・

一生懸命築いてきたから・・そうなったんだと思います

結婚してヒト月後・・

papaが金の指輪をうれしそうに買ってきて私にくれました^^

「どうしたの?これ^^」

会社の仲間がお祝いを集めて5000円くれて・・買ってやれずに・気にかかっていた指輪を見に

宝石店にいくと丁度5000円で金の指輪があって・・買って帰ったそうです^^

「こんなに安いのだったら。なんで式のとき買ってあげなかったんだろう」

って後悔していました・・

安くてもpapaのキモチが嬉しくて・指にはめた金のリングがとても嬉しかったものです

それから・・毎年結婚記念日には・・

その時の後悔を気にしていたのか・・

忘れずに・・欲しかったお鍋や色んな物をプレゼントしてくれたものです^^

いいパートナーでしたねぇ・・

蛇・・あれこれ・

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昔はね・・

西条のじいさんの所へ行って田んぼのあぜを歩いていると・・

モウソウダケの竹に両手で○したくらいの大きい蛇がグルグル巻き付いていたものよ^^

緑の竹に緑の青大将^^

あぜを歩くときはマムシがでるので必ず長靴と先をナナメに切った細い竹を持って歩きました

なぜかってね・歩きながら前を竹で右左に動かしながら進むんよ・・

「おった!!」

じいさんの掛け声と竹にクルクルっと蒔きついたマムシ・・・

すばやくマムシの口を両手で持ちサッと一気に下へさげると。。あっという間にマムシの

串刺し・・

お見事!名人芸でしたねぇ・・・

西条といえば広島大学があります・今は開発されて賑やかになりましたが・・

昔は山と田んぼと川しかありません^^

いくぞ〜!

爺さんの掛け声で背中に背負子をおぶって山道に入ります・・

今では考えられないけど・・・

山道に入るともうそこには大きなマツタケが雑草の如くあちこちにはえているんですね^^

取っては背負子に投げ込み・・上に登って行きます^^

山のてっぺんに上がると・・

大きな池がありました・・

上から見ると右は緑色の池・・・左はブルーの色の池・・

その頃はブルーの池なんてみた事なかったから・・感動ものでした

そこにはスイカが植えてあって^^今日のおやつのスイカを取りにきたんですが・・

美味しそうなスイカはカラスやキジが食べてつついてしまい・・・

魔女さん達が食べれるのは赤くない桃色の熟れていないスイカです・・・(悲)

「うまい所は皆トリが喰いよるけえのぉ・・仕方がない・熟れてないがそれを持って帰ろう・」

爺さんも孫にうまいスイカを食わそうと思ったのに残念そうに帰ることになりました

しかし・背中の駕籠にはマツタケが山のように入っています^^

いい香りがプンプンします^^

「帰るとじいさんが今日はマツタケ飯じゃ・お前が来たけぇの^^御馳走じゃ^^」

そういうと土間に作ってあった小屋から鶏をつかみ・・

履いていた下駄を脱ぎ/・パカッ!っと大きな音がしたと思うと鶏の首が一瞬で折れていました

じいさんは手際よく毛をむしり・・

美味しいマツタケご飯になりました・・(複雑・・)

ある日・・田舎道を歩いていると・・

カエルがじっとしたまま動かないで坐っています・・??

よくみると・30cmほど?離れた位置に蛇がいました・・・

蛇に睨まれたカエル・・・

ほんとにカエルは意識がもうろうとして目がうつろになっています・・

蛇はじっとして目を離しません・・

どうしようかな・と思ったけど可愛そうなので・パンっ!!!っと手を叩いてやりました

カエルは音にびっくりして我に帰り//ぴょンっと飛んで草むらに飛び込んでいきました

魔女さんは蛇と目があいました・・

何してくれるンや!と言わんばかりに睨みつけていましたが諦めて草むらにするすると

入っていきました・・

魔女さんは考えました・・

カエルは食べられなくてよかった・・・

蛇は久々の御馳走を逃してしまった・・

う〜〜〜ん・・・これはいい事をしたのか・・悪い事をしたのか・・・

しかーし・蛇に睨まれるとなにやら催眠術でも掛けられたようになるのか・・

カエルのうつろな目が不思議です・・

原爆記念日

昨日は広島は原爆記念日でした・・

幼い頃は8月6日は海や川で泳いだらいけないって親に言われたものです・・

「足を引っ張られて水の中にひっぱりこまれるからね」

真顔でそんな事を言われたものです・・

8月6日は数年間・・・だれも川遊びや海で海水浴などするものはいませんでした

何年かたって・・すこしずつ川遊びをするものがふえて・・・いつの間にかそんな事をいうものは

いなくなりました・

原爆が落ちた時の惨状を目の当たりにみた被災者達は怖くて当分泳げなかったんでしょうね

そのくらい亡くなった人々が川が見えなくなるくらい埋って流れていたのでしょう・・

原爆ドームの周りの道路は人間の白い骨が砕けて道路全体に埋っていたそうです・・

今もその上を歩いているんでしょう。。合掌

先日テレビである小学校の話をしていました・・

校庭の半分に穴を掘って亡くなった人々をず〜っと焼いていたそうです・・

広島市内のあちこちでにわかの火葬場とかしていたのでしょう・・

幼い頃は近所に沢山の顔や体にやけどを負いケロイドになって目が引きつって顔の形が

変わっていた人が大勢いました・・

当たり前のようにそういう人がいたので何も思いませんでした・・

町に出てもあちこちでケロイドが残った人をみかけていました・・

最近はそんな被災者を見ることもなくなりました・・

原爆を受けた人々も高齢になったり・・・原爆症で亡くなったり・・・

皆の意識も薄れていっているようです・・

原爆記念日には被災者の子孫・家族・・心ある方が参加されて平和の叫びを訴えます

今年は福田総理大臣がこられました・・

戦争は何もかも失います・・・

子ども達の未来が明るいものであるよう祈らずにはおれません・・


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