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5月12日(日)の為に!
訪問看護ステーションの管理者とは
週4日間のパート希望のはずが、
『ぜひ管理者になって下さい。時間を短くするから毎日出て来て下さい。』と言われ、契約は1日9〜17時勤務。昼休憩60分。週5日勤務と言われ、実際勤めてみると、何とサービス残業後の終業が22時帰りの毎日。
しかも夜間の呼び出しは滅多にない物の、ある時には数ケ所の施設から、一度に重なる。
夜間最終が1時30分に相談電話。次は朝5時30分に呼び出し電話。
しかも翌朝は、子育て中のパートタイマーの皆さんは一斉お休みで、土日続けて出勤。
私一人が寝る暇も無くフルに1日中、訪問看護に回らなければならない。
『オンコールは2人で行っています。』と面接時に聞き、安心して管理者を引き受けたが、何と実際は一人で毎日オンコール当番!
こんな生活が数か月間続き、『もう管理者を辞めたい!普通のパートになりたいです。』と社長に愚痴を漏らした。
それからと言うものは、社長の感情的はパワーハラスメントが続いた。
役職とは、社長の叱られ役!とよく言ったものです。
ついに根を上げ、6月10日付で退職を決めました。
そして、本日。2年前にスカウトメールを頂いた会社から『6月10日過ぎの面接予約連絡』頂いた!
今度こそ、楽しく勤められますように!
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ささやかな楽しみ
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ショッピングで、日焼け防止の夏ジャケットを買った。
値段の割には、オシャレで派手目と思ったが、とても気に入った。 レジを済ませた後に、お店のオーナー婆さんが 『これは、お盆で田舎へお墓参りにでも着て行く服で、どうせ2〜3回ぐらいしか着ないでしょう?
だからお買い得なのよ〜!』
と言われ、一瞬買うのを辞めようかと悩んだが、結局買ってしまった。 家に帰って、良く見てみると、普段着くらいには不自然なくらい派手に見えた! クローゼットの中には、2〜3回しか着ていない、数万円もした服が何と多い事だろうか? 『断舎利時代』時々、それらの服を眺めるだけで、満足しているのはおかしいだろうか?
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5月、心臓発作から3週間余り過ぎ、状態も落ち着き、気分の良い日に、ショピングセンターに売っていたマーガレット『スプリングブーケ』を買ってきた。
花の開き始めは黄色で、徐々にピンク色に変わっていく。
外気より涼しい室内に置いてあったのだが、6月1日になり満開になった。
6月2日には花が垂れるくらいの凄さ〜!
今度の涼しい日に、花壇に植える予定。
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今日は、小雪が舞う中、朝に弱い次男を、自動車運転免許を取らせるために、運転免許センター迄送って行った。
バイクしか持たない次男は、外出を面倒がり、中々行こうとしない。
次男は、昨年の6月に、関東から帰省。24歳。
就職準備のために、自動車免許を取らせようと、8月に自動車学校へ入学した。
もちろん費用は母親負担。
長々頑張ってくれたおかげで、年が明けた3月5日に卒業してくれたが、はたして試験に合格するか〜
午後になり、何時まで待っても、連絡がない
8ヶ月間の間、毎日がお昼寝とゲームで忙しかったようで、身分証明書の写真は、ダイエット開始前後の写真を反対にしたくらいに、別人のような違いがある。
芸能人を目指していた頃の、持ち帰ったオシャレな服はどれも入らず、母親が買った僅かな服のみが着られる。サイズはMサイズ→LLサイズとなった。
はたして〜無事に就職してくれるのかどうか、母親として心配が尽きない。
暗いことばかりでは、人生もイヤになる。
免許センターからの帰りに、JA経営の『ほがらか村』でショッピングを楽しんだ。
農家の人達からのお惣菜や農作物が販売されていた。
今日の買い物は、左上から〜
よもぎ餅、大根寿し、豚玉お好み焼き、干赤ずいき、みたまおにぎり、平茸、たくあん漬け、揚げ煎餅、酒粕飴、なばな等。
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今日で、Wワーク老人ホーム8ヶ月間のバイトが終了した。
3月は、『 しっかり責任を果たして来なさい。』事務長さんからの勧めでのバイト。
先週、苦しさに必死で耐えていたパーキンソン病のお婆さんは、亡くなっていた。
水分も食事も口にできず1週間以上が過ぎ、血圧低下と頭痛で、言い表せないような苦痛表情をしていた。
ヘルパーさんがお茶を飲ませることが出来ず、困っているところを、
私が変わり、リクライニング椅子を低めに保ち、トロミを付けたスポーツドリンクを飲ませてやると、楽になったのか穏やかな表情に変わった。
『助けて欲しい〜〜』懇願するような表情で、私を見つめていた。
お婆さんは、家族は誰もおらずに、一人暮らし。
『もう経管栄養対象なのに病院へ入院させないの〜?』
と聞いても 『親戚の人は誰も看取りを希望されているのよ〜!』
『夜になって危篤状態になっても、「後を、お願いします。」と言って親戚3人で帰宅された。
深夜に亡くなられたが、朝まで、親戚の人は来られなかった。』
私は、『誰でも死ぬときは一人なのよ〜。親戚の人を責められないわ〜!』と言った。
そのお婆さんの表情が、何度も脳裏に浮かぶ。
〜〜 どうか、天国へ行って幸せになって下さい 〜〜〜
それから、いつも見る老人ホームのお年寄りたちと、心ゆくまで色々な話をした。
認知症があり、どうも話の内容のつじつまが合わないが、面白かった。
本当に私は、こんなに楽しい職場を離れて良いのだろうか〜
職場は、人間関係の大変な病院一筋にすべきなのだろうか〜
帰宅し、夜、眠りにつこうとすると、老人ホームでの出来事を思い出されて仕方がない。
ユニホームを返しに行く時、『 もし、今の勤め先の病院を辞めたなら、又この老人ホームにパートとして雇って下さい。』と、お願いしてみようかな〜〜〜
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