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空の気持ち
空から見たすべてはどんな風に映っているのでしょう。もう一つのブログkazetakenobujutsuもよろしくお願いします

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自然の壁

自然が当たり前だった昔は自然から逃げようなんて思わずに居た。

自然と街が離れてから人はどう変わったのか。

身体を見つめていると、自然のことを考えずにはいられない。

この身体は自然なのだろうか・・と。

自然の中で育った自分は山が当たり前に在り、海が当たり前にあった。

特別でもなく有り難くもなく当たり前。

今は、自然は特別な場所。行けば身体も緩み心も解放される。

こんなに不自然になってしまったのだろうか。

身体は順応するという。

街に居れば街の身体になる。

良いとか悪いではなく。

ただ、硬い身体を感じると身体はほんとうに今を欲しているのだろうか。

山で修行中、滝に入り山をかけ、祈り、1日中山に居た。

寂しい時は山の岩に触れ、土に触れ、ほんとうにいだかれている思いだった。

山と一体を望んだ頃だ。

大雨の日も、山を歩き、傘などささず、それが心地よかった。一体だと感じていた。

今では、離れているので山に行って雨が降れば傘もさすだろう。

それほど別になっている。


その硬さはやはり恐れなのだろう。一体でないことの恐れ。

人の身体がいま硬くなってきていて、それは分離感なのかもしれない。

だから何かと繋がっていたい、スマホなども繋がっていたいという恐れからきているのかもしれない。


時代と共に関わりは変わっていく。


だから今身体を見つめる必要が在るように思う。

いちばん身近にある自然は、自分自身という生命現象。

力を抜こうと心が決めれば、力は抜けてくる。

人との繋がりも、身体が緩むだけで相手と一つになれる。

わかれば恐れることはない。

分からないから怖い。

身体を緩め重力に身を委ねることが、関わりの壁をなくすことになる・・。

たまには自然に出かけよう・・。


この写真は自然と一体になる天臨という技。
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