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時ノ寿の森クラブへようこそ
 きょうは、日本の多くの企業や官公庁で、新人たちが希望を胸にスタートしたことでしょう。時ノ寿の森クラブは、新入社員はいませんが、朝礼で「挨拶と返事と電話応対は、素早く・明るく・笑顔で・大きな声でしましょう。」等々、仕事の基本を皆で確認し合いました。スマホやネット、人工知能の時代ですが、「意思疎通」が上手にできる人間でありたいものです。今日の新聞コラムでも、「近年、電話応対を苦手とし、嫌う新入社員が急増している」と書いていました。その訳も、固定電話で見ず知らずの相手と話した経験のないスマホ世代だからだそうです。これは、今の日本社会を浮き彫りにした氷山の一角ですが、若人よ心を失ってはなりません。
 先月、カンボジアから帰る際に、若者たちが校庭でサヨナラパーティーをやってくれました。たどたどしくも好きな日本の歌謡曲を歌ってくれて、奥ゆかしい笑顔で接し、日本で勉強したいという素直な気持ちがヒシヒシと伝わってきました。あのカンボジア人の国民性こそ、私たちは学ぶべきだと思います。
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試練の3月

 厳寒の余波の残る3月1日でしたが、今日31日、時ノ寿の山々はヤマザクラが満開です。昔から3月は去ると申しますが、つむじ風の如く過ぎてしまった一方、この間の様々な出来事を振り返ると数か月の期間であったように錯覚してしまいす。今更ながら3月とは、経営者にとって試練の月であることを痛感しています。
 2017年度が今日で終わりますが、1年間なんと多くの人に出会い、支えられ、そして多くの事柄に関わらせていただきました。関係の方々に心より感謝いたしますとともに、自らのカラダにも感謝しています。年度を締めくくり、新しい年度を展望する試練の中で、いま私の心を明るくさせているものは、今月訪ねたカンボジアの若人たちの「輝いた目」「明るさ」「素直な夢」です。
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榛村さんを偲ぶ

 今、掛川城周辺は、掛川桜が見ごろを迎えています。城と桜の見事な景色を見ながら、先日亡くなられた榛村純一さんの生前を偲び、多くの市民がご冥福をお祈りされていることと思います。掛川市長をされていた27年間、私は職員として大変ご指導をいただきました。榛村さんの講話を何百回と拝聴する機会に恵まれましたが、いつの場でも哲学が滲み出たお話でした。中でも生涯学習哲学は、私の生き方の基盤になっています。生涯を通じて森林保全活動に御指導いただきたいと願っていましたので、残念でなりません。今後は、榛村さんの遺徳を肝に据え、森と共生する循環型社会を目指して活動をしてまいります。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌
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異常気象の啓蟄

 3日前が啓蟄でした。今冬は、各地とも大雪に見舞われ、時ノ寿も例年以上の凍結でした。虫たちも、のんびり春を待っていたと思います。しかし、春一番と一緒にやって来たのは、初夏を思わせる暖かな風と大雨でした。一昨日は、時ノ寿でも災害を心配するほどの大雨でした。虫たちも大慌てでしょうが、人間もたまりません。野菜は大高騰ですが、一年中がこのような異常気象では、農作物も動植物も心配です。時ノ寿の梅の花が、半月遅れて満開です。
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 もうじき7年目の3月11日がやって来ます。今夜も福島のドキュメントに胸を撃たれました。帰還困難区域において、いつの日にか住民皆が故郷に戻るために、ふるさとを懸命に守っている人々、その一方で、自然界の動植物への被ばくに関する深刻な調査結果も報じられていました。辛く苦しい思いに必死に耐え、未来の子どもたちのために、ふるさとへの希望を持ち続けて暮らしている福島の人々に、今を生きる私たちの使命を教えられた気がします。私たちは、7年前の原発事故を絶対に忘れてはならいと、そして未来の子どもたちのためにふるさとの安心安全な環境を守っていかねばならないと思いました。時ノ寿の森の一番奥には、かつて大沢集落が栄えていた半世紀前と変わらぬ神社が、今も立派に残っています。時ノ寿の活動は、毎年、神社への初詣で始まります。
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