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 廃村集落跡の「道普請の日」と定めた7月第一週日曜日の昨日、明治学院大学ボランティア演習の学生8名と教員2名は、時ノ寿の森クラブの会員と一緒に林道を整備しました。今年も、九州地方が梅雨の大雨に見舞われ、大きな災害がありました。若干20歳の大学2年生は、二日間の演習を通じて、現代社会においても森林が人間社会に対して多くの恵みをもたらしていることを、肌で体験したようです。大都市で生まれ育った者は森林の魅力に初めて感動し、また地方で育った者は地方の良さを再発見したという感想を、学生たちから聞くことができました。「森林と人の関係」に新たな気付きを覚えた学生たちに、未来を期待したいと思います。
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 きょう、倉真地域で第二号となる農家民宿がオープンしました。その名は「お里のゲストハウス・まつんば」です。このゲストハウスの運営を担当するのは、時ノ寿の森クラブのスタッフN君ですが、現在彼は、明治学院大学で学ぶ学生でもあります。そんなN君を応援するとともに、自らも中山間地の現状を見聞し、地域住民とも交流しながら日常では感じることのできない新たな「コト」を体験したいと、2年生8名、教員3名、幼児1名が、一番客として駆けつけてくれました。 
 時ノ寿の森では、再生著しい森林を歩き、その心地を肌で感じ、夏草を抜き取る作業では大汗を流してくれました。夕方からの地域住民との交流BBQでは、住民と学生が、いま感じていることを飾ることなく率直に語り合い、過疎化にあえぐ地域の不安な空気を一掃してしまうほど賑わいました。
 「お里のゲストハウス・まつんば」は、若者たちに日本の里山を実体験してもらいたいと願っています。どうぞ、お気軽にご利用ください。
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 昭和の末、「知床で夢を買いませんか」の呼びかけに全国の人々が1区画8000円を出し合い、北の大自然を守り育てる運動は大きく広がり、今なお続いています。平成を経て令和の時代を迎えた今日、日本の国土は、津々浦々まで豊かな緑に包まれています。しかし、人口は減少し、経済の仕組みは大きく変化し、これからは森林所有者の責任だけでは、森林が豊かな姿で維持管理されていくことは難しくなっています。
 時ノ寿の森クラブは、風光明媚でない普通の里山を、未来の子どもたちの「いのちの森」として、所有者に代わって守り育てていきたいと思っています。社会のみんなの夢を「時ノ寿の森」に集めたいのです。
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第9回NPO通常総会

 NPO法人になって9年目、きょう9回目の通常総会を開催しました。初回からの面々の一方、入会1年目の20代の青年が出席してくれているのが、時ノ寿の森クラブの今日の姿です。昭和の時代に植林され育林されてきた森林は、平成の時代に荒廃が進みましたが、令和の時代は再び「人と森林が共生する社会」を創ることが肝要だと思います。未来の子どもたちへ森林の持つ豊かな多様性と多面的な機能を引き継ぐことが、時ノ寿の森クラブの活動目的です。その目的を達成するためには、現場で汗を流す「土の民」だけではなく、それを応援する「風の民」が必要です。「初心忘るべからず」をモットーに、活動への賛同者を広く集めることが、私のミッションであると自覚を新たにしました。
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 11年前、時ノ寿の森で始まった「いのちの森づくり植樹祭」です。昨日は、時ノ寿の森の一角「椎の木平」を人も生物も喜ぶ花と実の成る里山にしようと、13種類1000本の苗木を植えました。東海4県のほか関東3県から子供、大人が合わせて146人集まってくれました。かつて、人々の食糧基地であった日本の里山は、人と生物の営みによって豊かな姿でありました。しかし、今は人の姿はなく荒れ果て、生物も棲めない状態に陥っています。今を生きる私たちは、未来の子どもたちのために、人間の力と自然の力が融合した社会環境を創らなければいけないと思います。どんな時代が来ても、そのような環境の中で子どもたちが育ってほしいと願っています。
 時ノ寿の森クラブは、これからも「生命の源」である森を守っていきます。
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