★私の鳥取生活★

美しい自然とおいしい食べ物に囲まれた鳥取生活を気ままなペースで書いております!

ブログ再開について

しばらくお休みしておりましたが、気持ちを新たに再開しました。
内容は以前ととくに変わりませんが、ぼちぼち書いていきたいと思います。
どうぞ御覧ください。
 
こちらからどうぞ。

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日立分の1

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あるCMにふと目が留まった。
それは、日立のCMであり、
「日立分の1」というコンセプトで日立グループの社員一人一人に焦点を当てた企業CM。
ある男性社員が鳥取の街並みを歩いているのだ。
 
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鳥取駅前から県庁に向かって伸びる若桜街道が登場。
 
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若桜街道のアーケードを歩くサラリーマン。
 
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麒麟獅子のオブジェから、間違いなく鳥取であることがわかる。

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私の鉄道物語

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展覧会を見られた方は、
「あの頃はこんな列車が走っていたなあ」と、それぞれの人生に鉄道を重ね合わせて見られたと思う。
私の場合は、もっぱらベージュ地に赤のストライプが入ったこの車両に乗って、
母に連れられて祖父母の家に帰省していたころを思い出した。
今となってはお目にかかることができなくなってしまった。
 
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この車両も一昨年廃止されてしまった。
島根県の浜田市に行っていたころ、この車両に乗っていた。
あのおなかに響くような力強いエンジン音が懐かしい。
 
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伯備線は電化された1982年、特急「やくも」には当時最新型の振子式電車が導入された。
当時は乗客の乗り物酔いが問題になったが、コンピューターで揺れを制御する方式に改良された。
外装や内装は変更されているが、今でもこの車両は当時のままである。
先日のダイヤ改正で、特急「くろしお」に使用されていたこの車両が最新型の電車に置き換わったので、
この車両も残り少ない「絶滅危惧種」になってしまった。
 
ところで、新幹線の300系が先日のダイヤ改正で廃止されたが、
山陰にはもっと古い車両がたくさん走っているので、もったいないなあと思うのは私だけだろうか。

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鳥取の映画館

鳥取市唯一の映画館である「鳥取シネマ」には、
うれしいことに、誕生月に行くと1,000円で見られるという割引制度がある。
しかし、ここは昔ながらの映画館でスクリーンが一つしかなので、上映作品は1日3本が限度。
私の誕生月は、「ドラえもん」、「ライアーゲーム」、「3丁目の夕日(2D)」しかなくて、観たいのがない。
だから、鳥取の人は、どうしても映画館で観たい映画がある時は、
わざわざ車で2時間かけて米子市(正確には日吉津村)のMOVIXまで行く人が多いようである。
 
以前、鳥取市には「フェイドイン」という映画館があったが、とっくの昔になくなってしまった。
お隣り島根県には、3年ほど前、山陰最大のシネコン「T−JOY出雲」ができて、上映環境が飛躍的に整った。
鳥取市で上映された映画の本数は、全国で上映された映画の1割にも満たず、
各県人口最大都市の中で、下関市に次ぐワースト2であるという情報もある。
(下関市は隣接する北九州市が近いのに比べ、鳥取市は近隣に大都市がないため、ある意味最下位である。)
ジャスコ鳥取北店ができる時、どうしてシネコンも一緒にできなかったかと思うのは私だけだろうか。

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鳥取鉄道物語

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今年は山陰本線の京都〜出雲今市(現出雲市)間が開通してちょうど100年目になる。
これを記念して、鳥取県立博物館で展覧会が開催されているので見に行ってきた。
 
山陰地方で最初に開業したのは、境(現境港)〜米子〜御来屋間で1902年のことであった。
その後、東西に順次延伸され、
難工事となった余部鉄橋と桃観隧道の完成をもって、1912年に京都〜出雲今市間が開通した。
1872年に日本で初めて新橋〜横浜間に鉄道が開業してから40年も遅れたことになる。
最終的に山陰本線京都〜幡生間全線開通は1933年までずれ込んだのである。
 
現代のように自動車が普及していなかった時代、陸上輸送の主役は鉄道が担っており、
蒸気機関車が客車や貨車を引っ張って大活躍をしていた。
戦後の高度経済成長期には、気動車導入でスピードアップが図られた半面、蒸気機関車が姿を消した。
やがて、自動車の普及に伴い鉄道は衰退し始め、国鉄分割民営化に合わせて倉吉線などが廃止された。
国鉄の経営悪化で建設が凍結されていた智頭線が、1994年に第三セクター智頭急行として開業。
2003年には山陰本線鳥取〜米子間、因美線鳥取〜智頭間、境線が高速化され、
新型車両の導入により近代化が図られた一方で、
2006年の寝台特急「出雲」の廃止など、昔懐かしい列車はほぼ一掃されてしまったのである。
 
このように、私たちの人生とともにあった山陰の鉄道の歴史について、学んでみるのはいかがだろうか?

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春の空気

もう春まで融けないだろうと思っていた大量の積雪は、2日の雨で一気になくなってしまった。
まだ春と言うには程遠い冷たい雨ではあるが、
あの肌を突き刺すような厳しい寒さはなくどんよりとしたこの時期の天候は、
今から20年ほど前に旅をしたこの時期の中国を想起させるのである。
あのころの中国は、今のように目覚ましい経済成長を遂げるはるか前の中国。
ザーサイのような、あの独特の匂いが街中を漂っていたのが懐かしい。
 
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「楓橋夜泊」の漢詩で有名な中国・蘇州の楓橋。
 
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その楓橋の近くの「寒山寺」。

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鳥取のハワイだで

今月から突然あのCMで鳥取県が登場し、みんな驚いている。
 
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なるほど、「鳥」を「取る」で「トリンドル」か。
 
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今は合併して湯梨浜町になってしまったが、
旧羽合町では役場の職員がアロハシャツを着て知名度アップに躍起になっていた。
ここにきて、やっと夢がかなったということかもしれない。
あの看板の下で記念撮影をする観光客が後を絶たないとか。
 
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鳥取編第2弾も放送され、砂丘の名物に糸電話をという話が観光関係者の間で真剣に議論されているらしい。
一番喜んでいるのは平井知事のようで、孫社長に第3弾もよろしくと直談判したということだ。
何はともあれ、小さな鳥取県が人気CMに乗っかって全国に知れ渡ることは喜ばしいことである。

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記録的大雪

今冬もカメムシの予報が的中し、鳥取は2年連続の大雪となった。
降雪量の累計は313センチに達し、昨年の272センチを超えて、気象台観測史上4番目となった。
ちなみに過去最も雪が降ったのは1984年で、この年の累計降雪量は545センチにも達し、
「五九豪雪」という記録的大雪となり、鳥取では最高89センチの積雪を記録している。
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昨年末から毎日のように続いた大雪もようやく一休み。
しかし、大量に積もった雪はまだ大部分が融けずに残っており、
朝晩の厳しい冷え込みで路面がガチガチに凍結している。
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18日は典型的な「山雪」となり、山間部を中心に大量に雪が積もった。
天気が回復して気温が上昇すると、雪崩の危険が付きまとう。
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新潟県の山間部ほどではないが、鳥取でもこれだけの雪が積もっているのだ。
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田園地帯が一面の大雪原となる。
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駐車場を除雪した際の雪が、アルプス山脈のようにうず高く積まれている。
雪国では、どこの事業所でも、駐車場の除雪は頭が痛い問題だ。
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歩道にも大量の雪。歩くのも一苦労だ。
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約1週間降り続いた雪がようやくやんで、久しぶりに晴れ間がのぞいた。
3日に最高で61センチも降り積もった雪は次第に融けつつあるが、
依然として鳥取の街は大量の雪に埋もれている。
61センチごときで騒いでいては、新潟県の人に怒られそうだが、
雪かきと雪道の徒歩通勤で疲れもピークに。
やはりカメムシが大発生した年は大雪になるという言い伝えは正しかった。
 
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除雪した雪が壁のようになり、当分融けそうにない。歩道も雪で埋もれて歩きにくいのだ。
 
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道路はツルツルテカテカで車はノロノロ運転。
雪かきをして車を出す時間を考えたら、歩いたほうが断然早いかもしれない。
 
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子供のころ、軒先のつららに雪玉をぶつけて落としてアイスキャンディーのように舐めて遊んでいた。
最近は見なくなったと思っていたが、このところの厳しい寒さで久しぶりに見た。

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山雪・里雪

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23日から今冬最強の寒波が襲来し、24日には鳥取で37センチの積雪。気温も連日氷点下。
25日になっても断続的に雪が降り続き、週間天気予報を見ても、当分雪がやみそうにない。
 
ところで、25日の県内各地の積雪深を見ると、鳥取36センチに対して、山間部の智頭は17センチしかない。
山間部より平野部で積雪が多い不思議な現象が時々見られ、私たちはこの現象を「里雪」と呼んでいる。
また、大山の積雪深は261センチに達しており、
中国地方の中でもここだけが新潟県の豪雪地帯に匹敵する、まさにミステリアスなスポットとなっている。

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