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ヤワラーから歩いて15分、大都会の掃き溜めの臭いが歩きながら感じられるところ、たしか私の記憶では1975年頃 この周辺は、まだ貧乏旅行者の間では(バックパッカー)このエリアはヤバイと言われてた地域です ホアランポー駅から向こうへはいかない方が?なぜなのかと疑問に思いフラフラと昼飯の店探しに出かけることに、その頃は駅横の運河はまだボートが走っていて、バンランプーまで乗り換えて行けた、 ホアランポー駅周辺は中華系安宿が一杯あった、そのなかでもラマ4世通りに面した「タイソン.グリット」 一階が中華食堂で二階にレセプションがあり、値段も二通りラマ4世通りに面した部屋は安く(車の騒音)内側にいくほど高くなる、初日インドビザの手続きを終え帰ってきて、階段を上がるとレセプション横のソファーに 4..5人のタイ娘が、仲にはぎりぎりのそれ以上もいました、宿のオヤジもコンタクト料が入るのか、 しきりに、どうだ、ジャパニーズ好い娘いらないか、と、これが毎回、宿に帰る度にやられると10回に 1回は引ッ掛かる、オヤジも永年の経験上、知り尽くした手練手管、この仕事が彼の人生そのもの。 1、ジュライホテル今はもう廃墟、つわものどもの夢の後、周りをブリキの壁で囲み入れないように放置
事情で壊すにも金が必要、したがってそのまま、 2、筋隣の台北大旅社ここは、いまだ現役、誰が泊るのか?この辺りを?解りました、一階の入り口と横の 路地に見るからに、おばちゃん達が、長いすに腰掛、行き交う人を目で追いやり、声をかける、この 旅社はこれで持ってるんですね、 3、斜め筋向かいを入った所に、楽宮旅社ここも歴史は同じころ、ジュライ全盛の頃はここは二番手の順位 一泊60B〜70Bの時代、 4、5、スワニーさんの店北京飯店、日本人貧乏旅行者御用達の店、スワニーさん自体もう引退して、 この写真のおじさんが、どうやら後をやっているのか?奥に厚板の置物「小錦」が時代を感じさせる、 6、マレーシアホテル、今は別の意味で有名に、 |
ジュライロータリー周辺
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