レコード喫茶「盤だらけ」よもやま話し

いつか聴いた想い出のあの歌あの曲、ジャケットを眺めるだけで貴方をいにしえの青春時代に誘います。

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生神さん
背水の陣の無理な生活が続いた結果、いつのまにかテフ子の身体には異変がおきていたんだ。
昭和48年春ころからおなかが痛みだし、当時最初の診断では「胆石」とされ、いったん手術をして安心していたのだが、依然として痛みがおさまらず、他の病院を受診した結果「肝臓がん」との診断を受け、さらに、もう手遅れで手術もできない状態であり、余命1カ月との宣告を受けたんだ。
テフ子の最後のそして衝撃的な挫折でした。

心配した友人らに対し、テフ子は、「徳島の日赤病院に入院したい。」と希望したんだ。当時徳島県小松島市にある日本赤十字病院には、兄嫁(いとこ同士の結婚で当時離婚していた)で、テフ子の元義理の姉「訓子」が看護婦長をしていたこともあり、テフ子は最後に訓子を頼ったんだ。
訓子に付き添われて帰郷したテフ子は、日赤病院で闘病生活に入ったが、目に見えて病状が悪化して、悲しいことに宣告通りの1カ月後の昭和48年8月18日、訓子や親しい友人らに見守られて、52歳の若さで波乱に満ちた生涯を終えたんだ。
 
    
帰郷して治療中、折から郷里の徳島県海部郡宍喰町(現:海陽町)では、町制50周年事業を機に、「緑の立町」のシンボルとして、テフ子の偉業を称え「お山の杉の子」の歌詞を刻んだ歌碑建立の計画が進んでいたんだ。
この話はテフ子にも伝えられ、テフ子も除幕の日を楽しみにして、それを励みに闘病を続けていたのですが、ついにかなわなかった。
なお、テフ子が待ち焦がれた「お山の杉の子」の歌詞が刻まれた御影石の歌碑は、昭和49年11月3日宍喰(現:海陽町)町民センターで完成し除幕されたんだ。
 
終わりに
 
影の声
「お山の杉の子」の石碑は、東京都西部地区奥多摩町にも建立されている。同石碑は作曲の佐々木すぐるを顕彰するもので、歌手の安西愛子さん直筆の歌詞と、佐々木すぐる直筆の楽譜原稿が刻まれています。
                   
除幕式には 「お山の杉の子」で歌手デビューした、当時参議院議員であった安西愛子さんから、次のような文面の弔辞が寄せられた。
 
 
 「吉田テフ子さま、『お山の杉の子』を初めて唄った安西愛子です。想えば30数年前第二次世界大戦のさなか、あなたの歌で日本中が勇気と希望をもって頑張りました。 −中略― 人造りの厳しい今日こそ、もう一度あなたにお会いしたかった。でもあなたの歌は、そして心はいつまでも生きています。静かに冥福を祈りつつ『お山の杉の子』を捧げます。」
 
 
その後、安西愛子さんの唄う「お山の杉の子」のテープが秋晴れの空に流れていきました。
 テフ子にとって、最後の晴れやかな瞬間であり、永くその偉業が語り継がれることになったのです。
 
おわりに、「お山の杉の子」に対する歌謡曲関連書籍のコメントを紹介します。    
 
「歌詞も曲も明るく楽しいので大流行した。昭和20年のその他の歌は・・まったく低調で目に付くのはこの「お山の杉の子」ぐらいであったろう。記念すべき歌でもある。」
 
(新版・「日本流行歌史」引用)
 
「昭和20年に入って、かわいらしい歌が、戦後、歌のおばさんとして有名になった安西愛子らの吹き込みによってコロムビアから発売された。少国民歌<お山の杉の子>がそれで、  
「昔々 その昔・・・」とユーモラスで明るく元気なこの童謡は、はりつめた国民のこころに快くしみ込んでいった。この歌は大日本少国民文化協会が一般から募集し制作したもので、最初10位で没になっていた・・・・この歌も戦後歌詞の一部を改作して再発売され童謡としてヒットした。
                 (「音盤歌謡史」歌と映画とレコードと 引用)
 
「お山の杉の子」が出されて、全国的にヒットした。・・・(歌詞略)
童謡風の歌詞もやさしく、曲もそれとピッタリ合った傑作であった。
歌の内容は、はじめ小さかった杉の苗木が、椎の木たちにバカにされていたのに、お日さまの温かい励ましに目を醒まして努力した末、椎の木よりはるかにりっぱな大木となり、杉の大林を形成するという物語歌である。歌の内容のおもしろさと曲の美しい優しい温かいメロディに魅せられて、家庭ではもちろん、おとなも子供も歌った。
疲れ切った冷たい気分の敗戦まぢかな世の人々の心に、この歌は思いがけない温かい明るい贈り物であった。・・・(中略)世の息吹が作者を通して歌に反映したものであろうか。
世に歌い出される歌の姿の玄妙さ、歌の心の敏感さというものはまことに深いものがある。
・・・(後略)
                       (「日本流行歌史」 引用)
 
          〽 昔々 その昔 椎の木ばやしの すぐそばに


     小さなお山が あったとさ あったとさ ・・・♪

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初めてお邪魔しました。「お山の杉の子」の吉田テフ子さんについて、とても貴重なお話を読ませて頂きまして感激しました。高齢者の音楽授業で「時代と歌」をテーマに10月に講師をするので資料の参考になりました。
有難うございました。
私もyahoo!blogをしていましたが、今年で終了するそうなので残念ながら今は移転しました。
素晴らしい記事、本当に有難うございました。

2019/8/23(金) 午後 10:20 mizuho_bunkaza

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> mizuho_bunkazaさん
コメントありがとうございます。
私の拙文でもお役に立てたでしょうか?
テフ子さんも時代に翻弄された一人の女性でしたねえ。
しかし、
大戦末期の暗い世の中で、明るくユーモラスな歌で、疎開児童らを励ましました。
今後もよろしく。

2019/8/24(土) 午前 5:57 [ マスター ]


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