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【中央区】人形町・・・日本橋人形町・・・老舗の街(1) 中央区日本橋人形町。 なんで「人形町?」と誰もが一度は疑問に思う不思議な名前。 東京駅周辺から手軽に足を伸ばせる散策スポットとして人気の街です。 とりたててこれといった見処があるわけではないけれど、 よ〜く調べてみると街は老舗だらけ。 かなり古くからの繁華街だったことは窺うことができます。 まだ行かれたことがない方々のために、そんな老舗のいくつかをピックアップして ちょっとこの街の表情をお伝えしたいと思います。 まずは江戸時代、宝暦10年(1760)創業の「玉ひで」さん。 人形町では一番、23区内でも屈指の老舗です。 明治時代になって親子丼を発明されたお店として有名ですね。 ランチタイムに「玉ひで」を取り囲む長い行列は、もはや人形町の日課?となっております。 次はこちらの甘味屋さん、一見どこにでもあるお店ですが、 実は現在都内に残っている甘味屋さんのなかでは最も古い!歴史を持つお店。 訪れるだけですごい価値があるんですよ。 創業は江戸時代の天保8年。日本史で出てきた「天保の改革」のころですね。170年余昔のことです。 さて、次は明治時代に入っての創業店。 いなり寿司で有名な「志乃多寿司」さんは明治10年。 海苔巻きといなり寿司のランチパックがお手頃でお弁当に最適! こちらは人形町で最も古い洋食のお店「来福亭」さん。明治37年の創業です。 さすがに年季が入っています! ほかにも人形町には洋食の有名店がいくつかあります。 こちらの「小春軒」さんも明治末の創業で歴史あるお店。 人形町の老舗、またご紹介します。 ★このコーナーでは、東京での散歩やウォーキングの途中で出会うことができるスポットを ジャンルにはこだわらずに、お気楽にただ地域別にまとめていきます。 名所・旧跡、定番の老舗、話題のグルメや地元の名店などはもちろん、 ツアーの途中、街で見かけたちょっとした風景や謎の物体?など・・・ 東京観光や散策の穴場などもご紹介できるかもしれません。 エピソードや説明などは、少しずつ、更新という形で付け加えていきたいと思います。 まずは写真をご覧ください。 by TOKYO CITY TOURS
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【中央区】散策スポット
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【中央区】銀座 アートな大人の隠れ家(2) 銀座一丁目、「奥野ビル」。 つづきです。 アートな中味・・・も興味深々なのはもちろんですが、 やっぱりまずは建物が気になります。 昭和7年の完成ということですが、 当初はもちろん普通の集合住宅としての建設でした。 「銀座アパートメント」という名前。 今でこそありえない命名ですが、当時は「超高級」なイメージで光り輝いていたそうです。 一種「ステイタス・シンボル」たりうるほどの存在だったのだと思います。 いろいろ不思議な意匠のつまった建物ですが、 まず「?」が点るのがこちら、室内にある窓です。 階段を昇っていくと重たげな引き上げ窓があり、その向こうにも同じような階段が見えます。 おまけに古びた硝子には頑丈な金網まで入っています。 実はこれ、このビルが建築された当時の事情を物語るもの。 外観写真をよく見るとわかりますが、実はこちらのビル本体はもともと二つの別の建物です。 先に左側のビルが建設され、その翌年に右側のビルがこれに付け足される形で建てられたのだそうです。 ですから、最初の一年間、この窓はほんとうに「窓」として機能していたのです。 昭和7年の銀座、この窓の外にはどんな風景が広がっていたのでしょう? 満州国建国、血盟団事件、そしてあの五・一五事件、決して明るい年ではありませんでした。 銀座奥野ビル:東京都中央区銀座1-9-8 ★このコーナーでは、東京での散歩やウォーキングの途中で出会うことができるスポットを ジャンルにはこだわらずに、お気楽にただ地域別にまとめていきます。 名所・旧跡、定番の老舗、話題のグルメや地元の名店などはもちろん、 ツアーの途中、街で見かけたちょっとした風景や謎の物体?など・・・ 東京観光や散策の穴場などもご紹介できるかもしれません。 エピソードや説明などは、少しずつ、更新という形で付け加えていきたいと思います。 まずは写真をご覧ください。 by TOKYO CITY TOURS
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【中央区】銀座 アートな大人の隠れ家 銀座一丁目、裏通り。 昭和7年築のレトロ建築「奥野ビル」があります。 知る人ぞ知るアートな大人の隠れ家です。 今日は初めての方のために、この建物の味わいの深さをちょっとだけ。 古色蒼然たるエントランス。 レトロなエレベーターが迎えてくれます。 何と、いまどき珍しい完全手動式!です。 到着階を示すプレートもすてきすぎます。 ああ、これこそ大人の隠れ家です。 こんな穴倉のなかに、 すてきな空間が待っているのです。 わたしが銀座で一番好きな場所のひとつです。 銀座奥野ビル:東京都中央区銀座1-9-8 ★このコーナーでは、東京での散歩やウォーキングの途中で出会うことができるスポットを ジャンルにはこだわらずに、お気楽にただ地域別にまとめていきます。 名所・旧跡、定番の老舗、話題のグルメや地元の名店などはもちろん、 ツアーの途中、街で見かけたちょっとした風景や謎の物体?など・・・ 東京観光や散策の穴場などもご紹介できるかもしれません。 エピソードや説明などは、少しずつ、更新という形で付け加えていきたいと思います。 まずは写真をご覧ください。 by TOKYO CITY TOURS
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【中央区】謎の水上家屋(2) 東京の「水上生活者」・・・その残像第二弾! こちらの建物は、文句なく「水上家屋」そのもの。 川面に浮かぶ桟橋のそのまた上に建てられています。 ここ月島近辺の運河、その歴史を記した写真集を見たことがありますが、 こうしたタイプの水上家屋が当たり前のように運河の縁を埋め尽くしていました。 そして、そうした生活をする人たちは、 古くは幕末頃から存在したらしいのです。 一時は東京湾周辺で一万人近くに及んだとか。 想像できませんね。 東京湾の埋め立て、開発が進み、同時に海上からの物品輸送が盛んになると そのための艀(はしけ)とそれを扱う労働者が大量に必要とされ、 「職住近接」の原理により、艀そのものが住居へと変貌していったのだと言います。 もっといろいろ調べていきたいですね。 こんな金網と看板で、今は都市と水辺が切り離されてしまっているのですが・・・。
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【中央区】都心の漁港 佃島 佃島。 もともとは隅田川の中洲だった場所です。 ガイドブックにも書いてありますね。 今から400年ほど前、徳川家康が江戸入府に際して呼び寄せた 摂津国佃村(現・大阪市西淀川区佃町)の漁夫三十数名が、 この中洲を拝領し、埋め立て造成して住まったのが始まり。 何となく、「ふーん、そうなんだ」というお話です。 でも、ガイドブックに載っているのはここまで。 どうして家康は摂津国佃村の漁民と知り合ったのでしょう? なんのために家康は彼らを江戸に呼び寄せたのでしょう? のどかな漁村の風景を眺めながら、ちょっと気になりませんか? 私はとっても気になります。 ★このコーナーでは、東京での散歩やウォーキングの途中で出会うことができるスポットを ジャンルにはこだわらずに、お気楽にただ地域別にまとめていきます。 名所・旧跡、定番の老舗、話題のグルメや地元の名店などはもちろん、 ツアーの途中、街で見かけたちょっとした風景や謎の物体?など・・・ 東京観光や散策の穴場などもご紹介できるかもしれません。 エピソードや説明などは、少しずつ、更新という形で付け加えていきたいと思います。 まずは写真をご覧ください。 by TOKYO CITY TOURS
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