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まづは、甲府に応援に行かれた皆様、お疲れ様でした!
10月27日の甲府戦は珍しく日曜日、それも昼間の13時キックオフ、心配された台風が通過した後で
青空の下、八ヶ岳が見える素晴らしい秋の日だったようです。
私はゴール裏のチケットが取れなかったので観に行けませんでしたが、こんな秋晴れの日、やはり秋の
甲府に行きたかったと残念な気持で一杯でした。
今日の試合は相手の監督が東京を知り尽くしている城福さんだし、降格争いから抜け出そうと身体を張ってくる
と思ったので多分難しい試合になるだろうと思っていました。それでも何だか勝てそうな気もしていました。
パトリックも出場停止だし、きっと参戦された方々が勝ち点3をお土産に持ってきてくれると思っていました。
いつものように全ての情報をシャットダウンし、試合終了ごろを見計らってヤフーの試合概要を見たら、何と
1−1のドロー、少なからずがっかりしてしまいました。
ポポさんの試合後のコメントを見ると、前半は”眠っていた”そうですが、何でそんな入り方をしたのかよく
判りません。城福さんは東京を徹底的に分析し試合に臨んだらしいので、采配は城福さんの勝ちです。
見ていないのでよく判りませんが、前半は甲府が試合の主導権を握ったとのことです。
そして前半28分に平本一樹に先制点を決められてしまいます。今季、味スタでの甲府戦でも平本に先制されて
いるのに、何故同じ人に再びやられてしまうのか不可解です。試合前、家でも息子達と平本に気をつけないと
いけないと話していました。選手達だって判っているはずなのに・・・。
その後は布陣を変えた東京は序々に目が覚めてきたのかリズムが出てきたそうですが、引いて守る甲府の
壁をこじあけられません。後半17分にカズマから平山に交代、27分にはルーカスからネマさんへ、それでも得点を奪えません。ベンチでは珍しくルーカスがキレて物を蹴り飛ばしていたそうです。ルーカスも悔しかった
のでしょう。そして無得点のまま迎えた後半35分、東からのリターンを何と徳永が決め1−1の同点にします。
その後も逆転を狙い果敢に闘うも追加点を奪えず、東君と替わった河野君もシュートが決められず、
1−1のドローのまま試合終了・・・・。
東京のシュート17本に対し甲府の7本、やはり決定力不足です。残念ながらポポ体制の限界が見えたような
試合結果になってしまいましたが、まあ負けなくて良かったと捉えることにしました。
甲府が負け、磐田が清水に負けると磐田のJ2降格が決定する試合でした。結局磐田は清水に負けましたが、
甲府vs東京がドローだったため磐田は僅かな望みをつなぐことになりました。
ヤフーの記事には”3人の恩師の窮地を救った徳永”と書いてありました。恩師とは元FC東京のコーチだった
長澤コーチ、五輪監督だった関塚監督、そして東京の強化部長だったGMの方です。
磐田は残り4戦を全部勝たないと降格するという茨の道が待ち受けています。2010年の東京の降格間際と
だぶってきて胸が痛くなりました。
残り、あと4戦、東京もACLから少し遠のいた感もありますが、残り全試合勝つよう今後も全力で応援
します。次節のセレッソ戦、秀人が累積で出場出来ないのは痛いですが、みんなで頑張りましょう!
それにしても、山梨名物で私の大好物”ほうとう”が食べたかったと今でも思っている私です。
甲府さんも頑張って残留してください。来季は絶対行きますので・・。
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2013年の選手
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10月20日(日)、大雨の中14時から新潟との練習試合が行われました。
前半、3点先制されるも、河野君、ナオ、ネマさんのゴールで同点に追いつきました。
後半は怒涛のゴールラッシュで、ネマさん2発、平山、練習生の平岡君2発、林君2発の7得点!
合計10−3で東京が快勝しました。
中でも目立ったのは来季加入候補、作陽高校の平岡翼( たすく)君の2ゴールだと思います。
作陽高校3年生のMF平岡翼君
☆平岡翼(ひらおか たすく)君データ
1996年(平成8年)2月23日生まれの17歳。奈良県橿原市生まれ
作陽高校(岡山)の3年生
165cm
小学校〜中学まで“ポルべ二ルカシハラでプレー
ポジション: MF
平岡君は小柄ながら、高校No.1快速アタッカーと言われる逸材で、リオデジャネイロ五輪のホープとして
期待されています。現在、浦和や磐田などJ1クラブで争奪戦が繰り広げられています。
FC東京には五月にも練習に参加しています。土曜日の味スタでの新潟戦をスタンドから観戦したとのこと。
現在、浦和などと熾烈な争奪戦が繰り広げられていますが、FC東京に加入する確率は、かなり
高くなったのではないでしょうか。
日曜日の新潟との練習試合では後半16分から2列目の右サイドでプレー、29分、39分と2回のゴールを
鮮やかに決めました。是非、何が何でもFC東京に来てもらいたいと思っています。
ちなみに名前の翼(たすく)は、”鳥は翼が無ければ生きられない、人間の翼のような欠かせない存在の
人間になってもらいたい”というご両親の願いが込められているそうです。
もう一つの嬉しいことは、吉本君が後半31分、ピッチに立ったことです!!
やっと怪我から復帰でき、15分ながら1年2ヶ月ぶりの対外試合出場となりました。
吉本君、良かったね。本格的な復帰を待っています。頑張って下さい♪
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李忠成のFC東京への期限付き移籍が発表された時、思わず「チュンソン、お帰りなさい!」と
叫んでしまいました!思えば9年ぶりの東京への復帰ですね。
昨日発売のエルゴラ紙
「俺は優勝するために来た」〜この言葉嬉しいです!
李の今までのサッカー人生
☆李忠成・・・・・1985年12月19日生まれ、0型、射手座、182cm
東京都田無市(現・西東京市)出身、在日韓国人4世、田無高校卒
実家は西武新宿線田無駅南口前、父は実業団「横浜トライスターS.C」所属の
サッカー選手だった。叔父もサッカー選手
4歳からサッカーを始め、地元「こみねFC」(東京朝鮮第九初級学校)に所属
小五から横河電機ジュニア(現・横河武蔵FCジュニア)に所属
2001〜2003 FC東京U-18に所属(中三から)、梶山が同期
2004 FC東京トップチームに昇格
韓国U-20のメンバーに選出される
2005 東京では全く出場機会が無かったため、柏レイソルに移籍
2007 北京五輪代表をめざし、日本国籍を取得
2008 U-23日本代表に選ばれ、北京五輪出場
2009途中 サンフレッチェ広島に移籍
2011 日本代表に選ばれ、アジア杯に出場。決勝戦でゴールを決め
一躍ヒーローに!
2012 イングランド、サウサンプトンに移籍
2013 6月30日までの期限付きでFC東京に移籍
アジア杯でゴールを決めた後
英国から急遽帰国、宮崎での合宿に合流するための羽田での乗り換えで囲み取材を受ける。
(移籍するかどうか20時間前まで迷ったという。)
李忠成のこれまでのプロサッカー人生は必ずしも順風ではありませんでした。
FC東京U−18からトップチームに昇格しながらも、1試合も出場させてもらえませんでした。
韓国のU-19に召集され、韓国での合宿に赴いた所、韓国の人達から差別的、侮辱的な言葉を
投げかけられ彼はショックを受けます。この時から日本国籍を取ることを考え始めたのではと思います。
東京での出番が無いまま、やむなく、彼は出場機会を求め柏レイソルに完全移籍します。
2007年、北京五輪代表を目指し、日本国籍を取得します。親戚縁者の猛反対にあいながらも両親の
「自分の意思をつらぬきなさい」という言葉で決心しました。そして念願だった北京五輪に出場します。
柏でかなり活躍するものの、ネルシーニョ監督になってからは出場機会は減っていきます。
そこで新天地を求めサンフレッチェ広島に移籍、佐藤寿人などの強力FW陣のいる広島でも中々出場
出来ませんでしたが、寿人の怪我などもあって頭角を表し、活躍するようになります。
2011には念願の日本A代表に選ばれます。アジア杯の韓国戦では、韓国は祖国だがゴールを奪いたいと
述べていました。決勝のvsオーストリア戦で彼は長友選手からの渾身のクロスを見事なボレーシュートで
決め、日本のアジア杯優勝の立役者になり一躍、日本中のヒーローになりました。
しかし韓国の人たちは彼を「売国奴」と罵りました。2つの祖国、韓国と日本の架け橋になりたいという
彼の気持ちが通じることはありませんでした。今後も彼は2つの祖国の間で揺れ動くのかも知れません。
そして2012年、彼はイングランドのサウサンプトン(当時2部)に移籍します。最初は1ゴールも決め
期待されていましたが、シーズン半ばで怪我をし、今季の出場は全くありません。
そんな時に飛び込んできた古巣FC東京からのオファーに彼は悩みぬきました。プレミアリーグの選手に
なれる事は滅多に無い・・出来ればプレミアでプレーしたいといのが彼の本音でしょう。
その反面、もう一度日本代表に選ばれたい、ブラジルW杯に出たい、そのためにJリーグに戻って
活躍をしして認められたいという思いのほうが勝ったのでしょう。
6月30日までという短期間で結果が出せるかどうかは判りません。彼にとっても一種の賭けだと思います。
万年決定力不足の東京にとっては泥臭く力溢れるプレーが出来る李がチームを引っ張っていくことを
強く望んでいると思います。
そして今日の東スポでは、李が移籍を決めたのは梶山が移籍したことに関係があると書いてありました。
同い年で、東京U-18で一緒に戦ってきた李と梶山は不仲だとういうのです。2人はそりが合わない。
梶山が居ないから李は東京復帰を決めたというのです。
東スポさんの記事に信憑性があるかどうかは判りませんが、梶山選手もパナシナイコスとのレンタル期間
終了は奇しくも6月30日です。梶山が戻り、李がサウサンプトンに戻るのか、それとも梶山は帰ってこないで
李が残るのか、梶山が戻り、李と仲良くやって行けるようになるのか・・・・今は全く判りません。
私にはチームを超えて好きな選手、気になる選手がいます。鈴木隆之選手(水戸)、佐藤寿人選手(広島)、
故・松田選手などがそうです。李忠成も何故かいつも気になって仕方ない選手でした。
やはりFC東京U-18出身だからでしょうか。雑誌などでいつも彼を追っていました。
その彼を今年、FC東京の選手としてピッチで見れることがとても嬉しく思います。
思えば彼は随分遠回りしたものです。9年前、試合に出られなかったあの悔しく、辛い日々を思い出し、
東京にあなたの力を思う存分みせつけて欲しい!私は今そう思っています。
チュンソン、私はあなたを全力で応援します♪ 頑張って下さい♪
「1試合、1ゴール」と彼が目標に掲げているように、有言実行で頑張ってもらいたいと思っています。 |
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