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3月2日、前の晩からの雨が続いている寒い東京ですが、今季初のテープ貼りに味スタに行ってきました!
土曜日のホーム大宮戦を前に昨日朝、久しぶりに2日前の場所取りガムテープ貼りに行ってきました。
あいにくの雨模様でしたが、いつも通り始発電車に乗り、味スタ前の三角公園に到着したのが午前5時50分
ごろ、名前を書いたペットボトルを置き係員の点検のある午前9時まで待たなければなりません。
毎回、線路向こうのローソンの椅子のあるスペース(FC東京の写真や選手のサイン入りスパイク、ドロンパなど
が飾ってあるケースがある通称”FC東京ルーム”で約2時間半を読書しながら過ごし8時半に三角公園に戻りました。そして9時に係員の方が来てペットボトルの名前を確認、そして前から順番に番号をもらって行きます。
こうして正式?な場所取り作業は終わり帰宅しましたが、三角公園で何人かの顔馴染みのサポさん達とお会い
出来て嬉しくなりました。
電車に乗る前、駅前の「マスヤ」さんの店主のおじ様がいたのでご挨拶して、しばしお話しをする。「マスヤ」の
おじ様に「じゃあ、土曜日会おうな!絶対(試合に)来るんだよ!」と念押されホームへ。
そうしたら来た京王線の電車がまさかの「緑」の電車(高尾山電車)・・・今まで通るのは見た事がありますが、
乗るのは初めてです。もうありえない・・・と思いながらも時間が無いので乗りこみました。
東京ゴール裏コールリーダーの朝日さんが「グリーン車にも絶対に乗らない」と述べていたのを思い出し、私ってひ弱っているなあと痛感した次第です
。府中で南武線に乗り換えた時は駆け込み乗車で身体を挟まれそうになるし、さんざんな目に遭いました。
(皆さん、駆け込み乗車は危険なので絶対やめましょう。私も、もうしません。)
波乱含みのホーム開幕戦のテープ貼りでしたが、ずっと味スタでは勝てない大宮に勝ちたいと思っています。
皆様、心を一つにして頑張って応援しましょう!今季もどうぞ宜しくお願い致します。
追記: 尚、三角公園からの待機列移動は東京のHPには9:30となっておりますが、10:00と係員の方が
言っていました。(再度変わる可能性もありますので当日の情報をお確かめ下さい。)
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その他
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2月25(土)J 1リーグが開幕され、FC東京はアウェイ鹿島スタジアムでの鹿島戦でした。
今年もとうとうJリーグが始まりました。昔は3月開幕だったように思うのですが早くなったものです。
東京はあいにくのアウェイ鹿島戦、私は行くことが出来ずに残念に思っていました。
とはいえ鹿島スタジアムは遠く行きにくいしたとえ、暇とお金があって多分行かなかったと思います。
鹿島スタジアムはFC東京にとって最大の鬼門です。埼スタも鬼門ですが、まだ埼スタのほうがましかも
知れません。東京は鹿島スタジアムでのアウェイ戦には2007年から勝っていないので、もし負けたら
11年連続で負けることになります。本当に鹿島スタジアムでは勝てない東京なので、私もかなり弱気になって
いました。前の日にスタメン予想を見ましたが、鹿島は凄い選手ばかりだと改めて思いました。
そして新潟から獲ったレオ・シルバが怖い!怖すぎると思ってしまいました。
土曜日の試合開始は午後2時、1時間前のスタメン発表を見ましたが大体予想通りでした。
東京のスタメンはGK林、DF室屋、丸山、モリげ、コースケ、MF橋本、高萩、東がトップ下でサイドに河野と
永井、そして大久保の1トップ、ベンチはGK大久保、DF徳永、吉本、MF中島、ソータン、FW前田、FW阿部拓と
いった布陣です。バーンズがベンチ外なのが残念です。徳さんが開幕スタメンでないのは初めてではない
でしょうか・・・・。鹿島は柴崎が抜けても小笠原、遠藤、昌子、西、レオ・シルバなど強そうです。
土曜日の午後は用事があったのでNHK(BS)のTV中継を見る事が出来ませんでしたし、いつものように
行けない試合は終了するまで全く情報を見ません。
そして試合終了の時間を見計らって速報を見た所、何と0−1で東京が勝っていたのにはもうビックリ!
内容をよく見ると得点は何とオウンゴール(鹿島の三竿)での1点ではないですか、いかにも東京らしい
勝ち方だと笑いがこみあげてきましたが、勝ちは勝ち!10年間勝てなかった鹿島にようやく勝てて本当に
嬉しく思いました。神様からのプレゼントかと思いました。
このオウンゴールを引き寄せたのは後半途中で河野と交代してピッチに立った中島でした。彼がドリブルで
上がって行きシュートを放った”ごぼれ玉”を鹿島の選手達がゴール前で搔き出そうとして三竿選手が
ゴールに入れてしまったようです。
大久保は強烈なシュートを放ったにも関わらずゴール出来ませんでした。逆に林がファインセーブを連発
していたそうで、林を獲得した事は正解だったと思います。
その大久保選手ですが試合後のインタビューで「中島はドリブルでなく俺にパスをすれば良かったのに、
ドフリーなんだから、そのあたり気を付けてプレーして欲しい。」というような事を述べていましたが、
やはり以前から言われていた、代表でも自分のチームでも「俺に球をよこせ、俺に球を出せ!」と始終言うのは
本当だったのだと思いました。今後、大久保と他の選手とのピッチ上での兼ね合いが、連携がどうなって行くのか非常に興味あるところですし、心配な面でもあります。
大久保がまだフロンターレに居た12月の東京との天皇杯の試合終了後、すぐモリげの所に行って、選手間が
広すぎるからもっとコンパクトにしろ、とかソータンには俺と並行して走っていてもダメ!俺の前に行って塞げ!と
アドバイスしたそうです。大久保の意見も的を得てはいますが、監督が居るのだから余り首を突っ込むのも
どうなのか・・・と少し思ってしまいました。
鹿島サポさんが、東京は全員気合が入っていた。監督はもう死ぬ覚悟でやっているような感じだったと
述べていました。今後の試合、一つも気が抜けません。現在、他の数チームと横並びで4位です。
今年は3位くらいになって欲しいと思っています。”優勝”と口で言うと逃げて行くよに思うので、あえて
私は言いません。今後も気合を入れて頑張って欲しいです。
鹿島スタジアムまで応援に行かれたサポの皆様、お疲れ様でした。そして有難うございました。
味スタでまたお会いしましょう♪
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最近、FC東京のHPや超掲示板、ツイッターなど忙しくて見ていなかったので、高萩選手の東京入団は
恥ずかしながら全く知りませんでした。
最近になって東京から送られてきたSOCIOカードに添付されていた選手リストを見てビックリ仰天した次第です。
私としたことが、全くの不覚です。嬉しい誤算でもあります。
私は彼が広島時代からいい選手だなと思っていて、毎年のように東京がオファーを出してくれればいいににと
思っていただけにとても嬉しいです。晴天の霹靂です。まさか本当に来てくれるとは・・・。
何でも1月25日に正式発表されたそうですが、ネットの話題に載らなかったように思います。
約1か月も入団を知らなかった私は本当に馬鹿だと思いました。
高萩選手は30歳、広島を出てからはウエスタンシドニーで半年プレーし、その後FCソウルに入団しました。
FCソウルではかなり頑張っていたようで韓国でも人気があったようです。
今回、ハ・デソンとの交換トレードのように言われていますが実際はよく判りません。
FCソウルのファンはハ・デソンが戻ってくるよりも高萩に残って欲しかったというような記事を目にしました。
今回のJリーグ復帰は3年振りになります。今季、MFの要が居ないと思っていたので、高萩の入団は大歓迎
です。きっと指令塔としてがんばってくれるのでは・・・と期待しています。
広島ユースの出身ですから、その当時はモリゲとは一緒にプレーしていたのかも知れませんね。
今回の高萩の獲得は東京のフロントにしてはグッドジョブだと思います。これで開幕が楽しみになってきました。
何だかワクワクしてきます。
背番号8の高萩選手を今年は一オシで、全力で応援したいと思っています。
高萩選手、FC東京を宜しくお願い致します♪
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1昨日、衝撃のニュースが飛び込んできました。あの権田修一選手が鳥栖に入団とのこと、本当に驚きました!
権ちゃんは昨年、レンタル先だった本田のチームSVホルン(オーストラリア)を退団。FC東京に戻るものと
思われていましたが、1月16日に双方の合意での契約解除がFC東京から発表されました。
その時は今後もヨーロッパのチームでやって行きたいう趣旨の発言をしていたと思います。
権ちゃんがヨーロッパで切磋琢磨したいと望むなら、それも仕方ないと思っていました。
それが急転直下、鳥栖への入団が発表になったのです。まさに晴天の霹靂です。
FC東京のU-15,U-18からトップチームに昇格し、当時の正GKだった塩田選手(現・大宮)の病気により一躍
正GKのポジションを掴み、その後は”東京の守護神”として、またA代表選手として期待されていました。
その権ちゃんが体調不良となったのは2015年の夏ごろだったでしょうか、当初は熱中症などとも言われて
いましたが、診断の結果は「オーバートレーニング症候群」という精神的にも肉体的にもダメージの大きい
病気でした。いつもストイックに練習に取り組み、誰よりも長く練習していた彼の性格が災いしたのだと
思っていました。彼は休養を余儀なくされ、後は榎本選手が彼のいなくなった穴を埋めて頑張っていました。
「オーバートレーニング症候群」はそう簡単に治る病気ではなく、欧州の選手では引退する人も多いと聞きました。広島の森崎選手がこの病気に苦しめられ、お子さんを抱くことも出来ない、感情が無くなるなどそうとう
過酷な病気だと聞きました。そんな権ちゃんに声をかけてくれたのが本田で、彼がオーナーのSVホルンへの
レンタル移籍が決まった時は、しばらく日本を離れ新天地で心と身体の病を治すのも良い治療法になるのではと
大部分の東京サポは温かく見守っていました。
SVホルンで少し試合にでられるようになったと聞いて、病状が良くなってきたのかと期待していました。
FC東京も権ちゃんに再オファーをしたと昨年の秋に聞いていましたが、1月のまさかの契約解除。
私は戻ってきてくれるとばかり思っていたので非常に残念に思いがっくりしました。
アンダーからの生え抜きのかつての東京の守護神の最後は余りに悲しいものでした。
権ちゃんが「オーバートレーニング症候群」になったのは、日本代表のアリル監督にベンチ外にされた事や、
マッシモ元東京監督との確執などと言われていました。マッシモ監督とは戦術などで口論の日々だったと
聞いていました。それらの要素が複雑に絡み合って病気を発症したのかも知れません。
今後、ヨーロッパで彼を獲ってくれる所があるのかと心配していた矢先のことです。何と鳥栖への入団が決まってしまったのです。背番号33、かれはもう完全に鳥栖の選手になってしまいました。
今後はマッシモ監督との間は和解したとしえも大丈夫なのかと少し心配になってきます。
皮肉なことに鳥栖からは鳥栖の正GKだった林選手が移籍してきました。この林選手は東京のゴール裏(応援団
と揉めたことのある因縁のGKです。結局林選手と権田選手の交換ということなのでしょうか・・・。
FC東京のフロントは随分前から鳥栖への移籍を知っていたのではないでしょうか。
この辺りが非情に不可解で、そうだとしたら何故クラブ間のトレードという形にしなかったのでしょう。疑問です。
サポ達の間には、権ちゃんに裏切られたという声や、立石GMを始めフロントに経過説明の義務があるとの
声も多く聞かれます。何とも後味の悪い今回の権田選手の鳥栖入りです。
今シーズン、鳥栖と対決する際に出てきたら、彼はブーイングを受けるのでしょうか・・・。
それとも長い間の東京への貢献に対しての拍手でしょうか・・・。
ただ一つ言えることは、權ちゃんまたサッカーが出来るようになって良かったね!ということです。
他のチームに行ったのは残念ですが、あまり頑張り過ぎないでプレーして欲しいと思います。
まだ27歳、ワールドカップも狙えると思います。
権ちゃん、15年間に及ぶ東京での選手生活ありがとうございました。感謝しています。
寂しいけれど、あなたの選んだ道を堂々と歩んで行って下さい。
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今年も沖縄キャンプが始まりました!
いつも今頃になると、2011年の府中 大国魂神社での必勝祈願の光景を思い出します。
それまでは一度も必勝祈願の式に行った事が無かったのに、前年にJ2に落ちたため、もう矢も楯もたまらず
必勝祈願の式に臨みました。
拝殿前の参道の両側に分かれて見守るサポ達の中、裃を羽織った大熊監督と塩田選手が神妙な面持ちで
登場、その後に続く選手達、石川ナオ、羽生さん、モリゲ、北斗、平山、秀人、米ちゃん、上里などが私の目の前を通り過ぎて行きました。拝殿に上がった選手達と一緒に必勝及びJ1復帰を願ったあの日からもう6年が
過ぎました。3月11日に東日本大震災が起きるとは夢にも思わなかった時でした。
地震による中断明けにJ2で勝てず、悩んだ日々。結果はめでたくJ2で優勝しJ1に復帰、2012年元旦に天皇杯優勝。柏とのゼロックス杯を前に小雪が散らつく中、東京都庁の広場での新監督ポポさんを迎えての決起大会。選手会長の椋原、塩さん、ヤザ―もアーリアもカズマも権ちゃんも北斗も平山、秀人も、チャン・ヒョンスも皆
ステージの壇上に居ました。その人達はもう誰も東京に居ない・・・。レオさんの指揮のもと、強くなる雪もいとわずタオマフを掲げサポ全員で魂を込めて歌った”ユルネバ”の思い出。
ゼロックス杯では柏に負けたけれど、選手達はACLの初戦オーストラリア戦に出場するため、国立競技場から
すぐ空港に向かったあの日のことが鮮やかに思い出されます。何だかあの頃が一番胸が躍っていたような
気がします。6年前や5年前のことを今更思い出しても仕方が無いけれど、もう一度あのワクワク感を味わいたい・・・・そう思っている私がいます。
監督がポポさんからマッシモさんに替り、そして城福さんに替り、篠田さんに替わり、目まぐるしく日々は過ぎて
行きました。今年はコースケが復帰し、大久保嘉人選手や永井選手、鳥栖からGK林選手などの大型補強をした東京ですが、何だか選手が替わり過ぎて、他のチームのような気もしてきます。
一度に16人も選手が居なくなってしまったというのは初めてではないでしょうか・・・。
東京だけでなく、マリノスから磐田に移籍した中村俊輔、広島から名古屋に移籍した佐藤寿人、清水から大宮に
移籍した大前、新潟から浦和に移籍したラファエル・シルバ、鹿島に移籍したレオ・シルバ、仙台にレンタルで
行った増嶋、米国から帰国し広島に入った工藤、そういえばアーリアも湘南から大宮に行きましたね。
選手の移動が多すぎて、訳が判らなくなっている今日この頃です。
こうやってみると、日本のサッカー界、Jリーグが大きな変換機にきているようにも思います。
ベテラン勢は頑張っているけれど、新しい有力な選手が育っていないような気もします。
東京のトップリーグに今年は何人もの若手選手が上がってきましたし、かつてU-15深川にいてU-18に昇格
出来ず青森山田に行き高校サッカー優勝時のGKとして名を残し東京に戻ってきた廣末などこれからのFC東京を担って行くと思われる若手選手達に切磋琢磨して頑張って欲しいと思います。もう一度、胸がわくわくする
ようなサッカーを見せて下さい。
大久保嘉人選手が敵として見ていた東京は「対戦相手として怖くない、球際に弱い、みんな仲良し」だったそうで、鳥栖から来た因縁のGK林選手は「東京の選手は試合中に急にバラバラになる時がある」そうです。
小平での練習で、大久保選手からもう既に「元気が無い!」と喝を入れられたそうなので、今頃沖縄キャンプでも喝を入れまくられているのではないでしょうか。今季はもう「良い人、東京」ではなく、「手強い東京」に変貌する事を望んでいます。そして沖縄キャンプでは誰も怪我しないことを願っています。
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