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FC東京の記念すべき20周年イヤーの2018年シーズンが終了します。
FC東京がJlリーグ最終戦である埼スタで浦和レッズに負けてからというものブログを書く気持が起こらず
長い時間が経過してしまいました。
20周年記念イヤーのこの年、結局何もタイトルを取れず順位も6位で終わりました。
そして梶山選手の引退を含め、選手達の移籍のニュースばかり。
大好きな草民が福岡へ完全移籍し、GK大久保は鳥栖に完全移籍・・・ショックを受けました。
それに較べて新規入団や大物移籍のニュースは、さっぱり入ってきません。
来季、果たしてこの戦力で大丈夫なのかと心配になってきます。余りにも層が薄いような気がしてきます。
他のクラブは積極的に色々な補強をしているだけに何だか物足りなさとフロントが一体何を考えているのか
疑問です。室谷選手の契約更新もまだだし、マリノスにレンタル中の久保君の去就も判っていません。
大晦日の今日、契約更新が発表されたのはGK林選手や丹羽選手、矢島選手、大森選手の4名でした。
更新した中でコメントから情熱を感じたのは丹羽選手だけでした。丹羽選手は素晴らしい!
このコメントを読み、心が励まされ丹羽選手を強く応援する気持になりました。
来季はきっとまた苦しい闘いが始まると思いますが、私達サポーターは頑張って応援を続けて行くのみです。
選手達には飽くなき闘争心と情熱を持って戦って欲しいと願っています。
死ぬ気で果敢に戦って欲しい!これが多くのサポーターの気持ではないかと思います。
今年も、拙ブログにご訪問頂き本当に有難うございました。後半からはチームが中々勝てず私も心折れた
状況になり記事が書けなくなりました。申し訳ありません。
来年はまた皆様と一緒に熱い応援をさせて頂きたいと思っていますので、何卒宜しくお願い致します。
来季のFC東京の活躍と幸運を心から祈らせて頂きます。
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FC東京2018年シーズン
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東京の10番である梶山選手が引退しました・・・・・。
今季の途中、梶山選手はアルビレックス新潟にレンタル移籍しました。東京の10番なのに何故レンタルさせられなければならないのか少々疑問に思っていました。
彼の膝や足はもう悲鳴を上げていました。もうこれ以上プレーは出来ないと考え引退を決断したと思いますが、
彼の心の中の葛藤はさぞかし苦しいものだったに違いないと思います。まだ33歳、引退するには早すぎます。
彼の産まれ育った深川の近くにあったFC東京深川スクール、ここから彼は天才プレーヤーとして上り詰めて
行きます。トップチームへの昇格、FC東京にとって悲願であったアカデミー出身者による10番でした。
数々のアンダーの代表に選ばれ、北京オリンピックでも彼は10番をつけました。
その頃から彼は怪我に悩まされることになります。特に膝にはいつぃも爆弾を抱えているような状況でした。
この怪我が無ければ、彼はW杯に選ばれていいはずの実力を持っていました。
確かに彼のプレーには波がありましたが、それはやはり怪我からくる物だったと思います。好調の時の彼は
時々素晴らしいプレーを見せてくれました。それは”変態プレー”とも言われ、誰にも真似ができないものでした。
太田コースケによると自分にとって天才と呼べるのは小野選手とこの梶山選手であったという事です。
J2の最終戦にアルビのスタメンとして出てくるかと期待していましたが、ベンチに座わったまま一度もピッチに
立ちませんでした。数分間でいいから出してくれてもいいのにとアルビの監督を恨みました。
こうやって彼の22年に及ぶサッカー人生は余りにもあkっけなく、はかなく終わってしまったのです。
11月24日のFC東京ホーム最終戦が終わり、彼の引退セレモニーが始まりました。
彼はまずは川崎サポに向かって「優勝おめでとうございます。多摩川クラシコを盛り上げて下さって有難うございました。」と挨拶しました。そして向きを変え、私達サポーターに向かってスピーチを始めました。
何だか胸が熱くなって涙がこぼれてきたので、よく聴いていませんでしたが彼の表情には何の未練も無く
すっきりとした表情が印象的でした。その後にご家族が出てきて花束が渡されました。
7年前のユーロスポーツ2階での3ショット写真撮影会とサイン会の後、誰も居なくなった頃を見計らって、私は梶山選手に写真を撮らせてもらいました。
「足や膝の怪我はどうですか?」と聞いたところ、「もうかなり良くなってきたので大丈夫です」と聞いてほっと
したことを覚えています。そんな時に「パパ!パパ!」と言って当時4歳のお嬢さんが足下に寄ってきて梶山選手はお嬢さんを抱き上げ、にこにこしていました。お嬢さんと一緒の写真も撮らせてもらいました。
お嬢さんに「今いくつ?お名前は?」と私の質問に可愛らしく答えてくれました。その後も梶山選手と色々立ち話をしたのは私にとって良き思い出です。お嬢さんにバイバイと言って下に降りると、梶山選手の美しい奥様が
ベビーカーに男の子の赤ちゃんを乗せて押している所に遭遇しました。その後にも、もう一人男の子が生まれて
お子さんが3人になったようですね。
そして翌12年の元旦の天皇杯に優勝し、アミノバイタルでの優勝報告会の後、偶然梶山選手が通りかかった
ので、「梶山さん、有難うございました!」と声をかけた所、とびきりの笑顔で応えてくれました。
22年のサッカー人生に終止符を打つとはいえ、今後は石川ナオや羽生さんのようにFC東京内部に残って
後輩の育成に力を注いで欲しいと願っています。
梶山選手とご家族の方々、本当にお疲れ様でした!そして素晴らしいプレーの数々有難うございました。
梶山選手の第ニの人生に幸多かれとお祈り致します♪
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11月24日(土)、に行われたホーム最終戦、川崎との「多摩川クラシコ」は0−2で完敗となってしまいました(涙)
すっかり秋めいてきた味スタ
日中は日差しがまぶしく暑いくらいでした。
マッチデープログラム
ドロンパは「東京ばな奈」仕様、スポンサー様になって頂いたデルモンテのバナナが脇に置いてありました。
バナナと川崎と東京は因縁がありますね。川崎のバナナスポンサーはドールですよね。
この試合は全席完売ということで、人々が溢れかえっていました。特に川崎フロンターレのサポさん達が沢山
来て下さいました。東京の列移動が終わってユーロスポーツの辺りにくると、川崎サポさん達の移動中の列が
すごくて大変なことになっていて驚かされました。
従来10時列移動が9時に早められ、開門も30分早く行われました。入り口には今季で退団する平岡選手が
サポさん達とハイタッチしていました。私は社長とハイタッチして走って客席に行きました。
座席にはコレオ用の青い用紙が置いてあり、裏面には梶山選手用の10番の入っていて梶山選手のお別れ
スピーチの時はそちらの面を掲げて下さいと書かれていました。
私は20周年記念のゴールドユニを着て闘志満々でしたが、周りは何故か緩く呑気な雰囲気。
試合内容は最低でこの前の磐田戦よりも悪かったような感じがしました。
全く点を取れる気配がしないので、ゴール裏からは「シュート打て!」コールや「意地見せろ」コールが飛ぶほど
でした。それに較べて、川崎はパスワークが上手いし、東京に付け入れる隙を与えない。さすがです。
Jリーグ2連覇しただけの事はあります。風間元監督が5年に渡り植え付けてきた勝負のポイントを継承し続けて
いる姿に川崎はサッカーが上手くなったという実感を心底思いました。
アウェイ等々力での「多摩川クラシコ」には勝利したので、今季はダブルで勝ちたいと思っていましたが、前半で
既にあきらめモードになって行ってしまいました。サポも選手もこれではダメですよね。これが安定の東京クオリティなのか・・・。来季は最後の最後まで粘り続ける姿勢を見せてもらいたいものです。
試合の前に行われた子供達の「コラシコ」は5−1で東京が勝っただけに、子供達のほうがよっぽど点が取れる
、少しはこの子達に見習って欲しいと思いました。
試合後のセレモニーではキャプテンのチャン・ヒョンスと長谷川監督のスピーチがありましたが、長谷川監督って
こんなに軽い感じの人だったかしらと思いました。社長にちくちく言われて胃が痛くなったとか何だか他人事。、優勝もACLも逃したのだから、もう少し真摯な態度でサポに誤って欲しかったと思います。
その後は、梶山選手の引退スピーチでした。川崎に皆さんが多く残って下さって見守って下さっていたことに
官舎します。
毎年慣例の選手達の場内一周、そして梶山選手と平岡選手の胴上げ。
両選手ともお疲れ様でした!心残りは平岡選手が一度もJlリーグのピッチに立たせて上げられなかった事です。
今後、どこのチームに行くのかは判りませんが、頑張って東京を見返して欲しい。活躍を祈っています。
ホーム最終戦は終わりましたが、12月1日には敵地であり鬼門の埼玉スタジアムでの浦和戦が残っています。
何とか勝って5位をキープしたいですね。
皆様、最終戦の浦和戦では前身全霊を込めて応援しましょう! 頑張ろう!FC東京!
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11月10日(土)のホーム味スタでの磐田戦は惜しくも0−0に終わってしまいました、残念・・・・。
この磐田戦は最初からなんだか勝てるような気が余りしませんでした。
アウェイの磐田戦では東京は負けています。そして「きらぼし銀行デー」である事、キッズチアーが出ること、
そして試合冒頭のチャントが「勝つのは俺達だ」と最初から負けるジンクスてんこ盛りの試合だからです。
「きらぼし銀行」さんは元は「都民銀行」で、東京がJ 2に落ちた年からスポンサーになって頂き、育成費などを
出して頂き、この日も多数の行員の方々が応援に駆けつけて下さいました。
それなのに、昨年までの「都民銀行デー」では勝ったためしが無く、いつも申し訳ない気持で一杯になります。
3つの銀行が合併した為か試合前の頭取挨拶も以前の方ではなく、少々残念な気持になりましたが、今後も
東京を応援して下さる姿勢に感謝するのみです。
試合は前節のマリノス戦に較べて何だか覇気が無いように見えました。ディエゴの惜しいシュートもありましたが、どうしても点が取れません。東京はいつぃまでたっても本当に天の取れないチームです。
これが解消されない限り上位や優勝は夢また夢の話だと思います。
FC東京は中断明けの後半から負けが続き、ずっと苦戦してきました。マリノスに勝って3位に帰り咲いたと思う
間もなく、その後に試合のあった札幌と鹿島に順位を抜かれ5位になってしまいました。これではACL出場も
叶えられません。そういった意味からもこの磐田戦に何が何でも勝ちたかったのですが、スコアレスドローとは
負けに等しい引き分けです。情けなくなりました。
FC東京の後半期の不振は、もしかしたら”するが銀行不正融資”に関係しているのでは?と勘繰りたくもなります。9月だったかDFのM選手が突然移籍してしまいました。何故、突然の移籍なのか腑に落ちなかったのですが、知人サポさんで事情通の方から「スルガ銀行問題じゃないの」と聞かされ驚いた記憶があります。
10月の末だったか「夕刊フジ」のネット記事は驚愕でした。独身女性用のシェアハウス「かぼちゃの馬車」の
融資話に11人のJ リーガー、元J リーガーが乗ってしまったという話です。その選手達の大部分は関東にある
J 1クラブだと書いてありました。これってFC東京のことでは?と強く確信しました。
元J リーガーは将来は日本を背負うFWと期待されていたが、その後伸び悩み現役を引退したと書かれていました。これってかつての東京のFWだったH選手では・・・と、もっぱらの噂でした。
スルガ銀行の融資話を信じ「かぼちゃの馬車」のオーナーになってしまった選手達は何千万円という多額の謝金を背負ってしまったのです。スルガ銀行はJ リーグと深い関係にあり、スルガ銀行杯を主催し、ルヴァン杯や
天皇杯にも資金を提供してきました。それだけに選手達もスルガ銀行を信じて融資話に乗ってしまったのでは
と思われます。「かぼちゃの馬車」は文字通りカボチャでシェアハウスに人は入居せず、30年保証のあった
家賃保証もたった3年で打ち切られるという詐欺話に発展してしまいました。
スルガ銀行は今後、サッカーから撤退する旨を発表しましたが、時すでに遅しです。そういえばFC東京は
2010年にスルガ銀行杯で優勝したことを思い出していました。何たる皮肉でしょうか・・・。
上に私が述べた事は単なる私の憶測ですが、東京の選手達が多額の借金に悩ませられていない事を祈る
ばかりです。
磐田戦終了後に川崎フロンターレが悲願の2連覇をしたというニュースを見ました。次節の多摩川クラシコで
味スタで私達の目の前で優勝を決められる事を何としてでも避けたかったので、ある意味ほっとしました。
いつの間に川崎とこんなに差がついてしまったのだろうかと悔しい気持で一杯でもあります。
次節の味スタでの川崎戦には絶対勝ってもらいたい!今はただそれだけを祈っています。
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長らくこちらのブログを休止していました。大変申し訳ありません。また再開させて頂きます。
このマリノス戦の直前に東京のキャプテんであるチャン・ヒョンスに韓国側から韓国代表永久追放という
大変厳しい結果が突き付けられました。
事の発端はアジア大会で金メダルを授与され兵役免除となったヒョンスに課せられた555時間の奉仕活動
の報告書を偽造申請したことにあります。故国の大学でのサッカー指導をしたと報告されていた日が大雪だった
ことから発覚したのです。このニュースは私にとっても衝撃的でした。
日本でも通産省の書類改ざん、虚偽報告などで大問題になっていた事を考えると絶対にやっては行けない事
だったと思います。
韓国では19歳〜29歳まで2年間の兵役に就く事が義務化されています。人気絶頂の俳優でも歌手でもアイドルグループの一員でも容赦なく兵役につかされます。
”兵役免除”というのは、ごくごく僅かな少人数の人達に限られているのです。
現在の韓国では北朝鮮との戦争は終戦にはなっておらず、あくまで”停戦”で臨戦体戦に変わりありません。
日本とは違い、韓国国民は今でも毎日戦争と対峙していなければならないのです。その事をヒョンスも充分に判っていたと思います。兵役免除という事を彼はどれだけ重く受け止めていたのでしょうか。
この話を聞いた時は私は彼が許せませんでした。サッカー選手という前に彼の人間性に疑問を持ちました。
チャン・ヒョンスとFC東京は公式HPで長文のお詫び文を載せ、東京も今後の奉仕活動をサポートして行く事を
表明しました。普段は東京の主力でキャプテンとして試合に出ているヒョンスにとって確かに母国韓国での
奉仕活動は時間的にもかなり難しいとは思います。東京が日本に来るように誘っていたとしても、日本に来たのは彼の意思です。その上で彼は母国での奉仕活動をしなければならないのです。
そして11月3日の日産スタジアムでのマリノス戦に彼が出られるのか懸念していましたが、ヒョンスはスタメンで
出場し、渾身のヘディングで先制点を撮りました。ゴールを決めた後、ゴール裏サポの前に来て深くお辞儀しました。結局、東京はこの1点を守り切りマリノスに0−1で辛勝しました。
私は名古屋戦には行っていないので、「眠らない街」を10試合ぶりに歌いました。その時からもう涙が出そうでした。選手達の挨拶が終わり、そこに引っ張りだされたのは丹羽選手でした。森重選手がイエローカード累積で
出られなかった分、丹羽選手は本当に頑張りました。そこで丹羽選手のシャ〜が初めて行われました。
その後にヒョンスが出てきました。私達に向かって何度も何度も頭を下げていました。
サポ達はもちろん何度もヒャンスコールし、ヒョンスにもシャ〜をさせました。
彼が退出する時には「ヒョンス トーキョー!ヒョンス。トーキョー!」とコールして彼を励ましました。
その時、ヒョンスが泣いているのを見て私も涙がこぼれました。
全面的に彼を容認した訳では無いにしても、他のサポの方々が言うように「東京サポが彼を守らなくてどうするのか」という気持がゴール裏のサポの気持だったと思います。
他サポさん達や一般人の方々からは東京を辞めさせろ!とか規律違反を起こした選手にキャプテンを未だにまかせているのか?首にしろ!国外退去にしろ!などなど厳しい言葉がネットにあふれていました。
クラブもフロントも選手もサポも温いのかも知れませんが、やはりヒョンスにはサッカーで頑張って行くしかないと思います。長谷川健太監督はこの事があってもヒョンスに絶対的信頼を置いているそうです。
今から何年前でしょうか、確か2012年の東京都庁都民の広場でのファンを前にしての決起集会終了後、
ステージの裏に廻ると大学を出たばかりのチャン・ヒョンスが立っていました。
日本語が理解できるのか判りませんでしたが、「応援しています。頑張って下さい!」と言って握手してもらった事がついこの前の事のように感じますが、あれからもうすぐ7年になるのですね・・・・・・。
一度は東京を離れ中国かどこかのクラブに行っていましたが、彼は東京に戻ってきてくれました。
今後は兵役免除の重みを胸にサッカーと奉仕活動に頑張ってもらいたいと願っています。
明日のホーム味スタでの磐田戦も頑張って、東京を勝利に導いて下さい。
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