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都高野連・副会長

 5月27日(火) 朝日新聞  スポーツ欄および都内版より

高校野球の「育成功労賞」

松山さんと森田さんに




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 大変おめでたいニュースです。

 東京都高野連で理事長をされていた森田郁朗先生が、この春より副会長に就任され、長年の功績により高校野球の育成功労賞を受賞されました。HPでは以前、紹介しましたが、森田先生はボクら親子2代にわたる恩師であります。おめでとうございます!

 繰り返しになりますが、桐朋高校は進学校として有名ですが甲子園には1回も出場していません。ボクらの代の時(1975年)の西東京大会、準決勝進出が今でも最高であり、和大が中1の時21世紀枠、最後の2校に残って選にもれたのが惜しかったNO1でもあります。
 朝から食堂に報道が詰めかけ記者会見の準備がされていましたが、教頭が手に×をつくり食堂に駆け込むと潮が引くように人は消えていきました。その後、人気のなくどんよりとした重い空気が立ち込める中、校長先生とスキー部の顧問と和大の3人だけで、全国中学に向けての壮行会が開かれました。校長先生のお言葉..「あとはキミに頼んだぞ・・」って、和大もかなりのプレッシャーがかかったと思います。(笑)

 記録に残るほど運動音痴だったボクを、なぜか森田先生は目をかけてくれました。
 ボクは、高2の時、修学旅行委員長だったわけだけど、「今日は早退するから、HRはおまえに任せた」と信頼されていました。実は、野球グランドでゴルフ・パットの練習をやっていたことも知っている..。そんなのが借りになっているわけではないんでしょうが、修学旅行の直前、生徒会をかわいがる先生が「修学旅行のまとめ役は生徒会」と言い出し、ボクらはおおいに反抗しました。そんなとき、夜の8時に自宅に電話がかかってきて、森田先生より「始めから修学旅行の企画で骨を折っていたのはお前達だ。俺は職員会議で戦うから、お前達は胸を張っていろ!」
 今でも、思い出すと胸が熱くなってきます。

 大学に入って考古学の道に入り込んだボクは、すっかり運動のことはどこかへ置き忘れていました(まあ今から考えると、考古学も十分体育会系なんですけど..)。森田先生に飲みに連れて行ってもらい、小一時間説教されてしまいました。「お前は運動苦手でも、剣道だけは最後まで続けたんだから絶対に忘れるなよ。後輩たちに、そして将来の息子にその取り組む背中を見せてやれ!」
 実はその時、ずっと心の中では「ごめんなさい..もう運動には関わることはないと思います..」と謝っていたんです。


ところが・・・

 本当に、人生ってどう転ぶかわからないっす!!  しかも、和大が桐朋に入って体育はほとんど森田先生なんだから・・。

 「やっぱりお前はやってくれると思ったよ。昔、俺が言ったことをちゃんと覚えていてくれたんだな」

 なんだか、とても後ろめたい気がしました.. まっ、いいか。

 考えてみると、競技界において森田先生みたいに年をとってから輝きだす方もめずらしい。1度でいいから先生が生きているうちに甲子園に行ってくれないかなあ。

 ボクはといえば..ジャンプだって仕事の作文指導だって、死ぬまで表彰されるなんてことはないでしょう。家族だけがわかっているからそれでいいのだけれど..。

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